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聖王伝  作者: 竜人
第四章 新たなる脅威
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第103話

エドワードが率いる部隊は、夕刻の閉門時間ギリギリに帰還した

成果は上々で、オーガの討伐数も12匹になっていた

帰還中にオークの集団も発見して、城壁の近くで掃討もしていた

その為に時間が遅くなったが、歩兵達はやりきったと満足気であった

城門を潜る兵士達は疲れ切っており、中には肩を貸す者も居た

エドワードもさすがに疲れたのか、兵士に支えられていたが、怪我をしている様子は無かった

寧ろこれだけの戦果を挙げたのに、軽傷の者しか居ないのが驚きであった


「おかえりなさい」

「ああ

 今戻ったよ」


城門で兵士に挨拶をしながら、エドワードはにこやかに笑顔を浮かべた。


「成果は上々だよ

 怪我人の手当てを頼みますよ」

「はい

 と言っても、ポーションで十分ですね」

「うん

 そこまでの怪我はしていないと思います

 一応、そちらの二人は休ませてあげてください

 オーガに吹っ飛ばされましたから」

「だ、大丈夫で…痛っ」

「ほら、無理はしないで」

「すぐに担架用意させます

 おい!」


担架が用意されて、負傷した兵士が運ばれた。

外傷は無いものの、衝撃で内臓にダメージがあるかも知れない。

数日は安静にさせる様に指示を出して、エドワードは街に入って行った。

そこにはエドワード達が狩った以外に、まだ他の部隊が狩った魔物の遺骸も残っていた。


「ほおう

 アレはワイルド・ベアですか?」

「はい

 アーネストが魔法で仕留めたそうです」

「そうですか

 さすがですね」

「ええ

 一人でアレを仕留めるとは…

 いや、将来が楽しみですね」


兵士はそう褒めていたが、エドワードは顔を顰めた。


「そうは言っても、彼はまだ子供ですよ」

「え?

 はあ

 まあ、まだ成人は迎えていませんですね」

「成人もなにも、まだ11でしょう

 彼も殿下も、まだまだ子供なんです

 それなのに…私達大人は頼ってばかりで…」


「そうでしょうか?

 彼も殿下も、もう立派に大人顔負けの活躍をしています

 ここは頼るべきではありませんか?」

「それは違うでしょうに…」


エドワードはそう言う兵士を情けないと思いながらも、実際に頼らなければならない現状を嘆いた。

本来は大人が前に出て、彼等を安全な街の中で守るべきなのだ。

それなのに、逆に多くの大人が安全な街の中で大きな顔をしている。

あまつさえ、先日はそんな彼等を排除しようとした者までいた。

それはフランドールの排除が目的だったとはいえ、この街の自治権まで狙われていた。

情けない事に、自分達の方が上手く治めれると思い込んでいたのだ。

それは統治の問題では無く、単に利権を独占して旨い思いが出来ると言う浅はかな考えであった。


「頼れる大人が居ないから…

 子供が大人の代わりをしているんじゃないですか?」

「それは…」

「まあ、君を責めてるわけではありません

 ただ、もっとしっかりとして欲しいのです

 私達は守らなければならない者に守られています

 そこのところを、もう少し考えてください」

「は、はい」


エドワードの言葉に、兵士は何かを気付かされた様にはっとした。

守る筈の領主や子供に戦わせて、自分達は安全な街に居たのだ。

それを当たり前の様に、守ってもらえば良いと言っていた。


「申し訳ありません」

「いえ、良いんですよ

 君は気付ける良識のある人だから、つい私も年甲斐もなく注意してしまいました」

「いえ、そんな…」

「今の気持ちを大事にして、君の出来る事をしてください」

「はい!」


兵士は敬礼をして、エドワードの元から去った。

兵士はエドワードを、ただの引退した老兵と思っていた。

しかし、こうして話してみると、人間的にも出来た隊長だったんだと思い知らされた。


「あんな隊長に出会っていれば…

 いや、腐っていても仕様が無い

 今のオレに出来る事、それだけでもしよう」


さっきまでは覇気の無い兵士だったが、エドワードの言葉でやる気が漲ったのか、彼はその日から暫くは真面目に仕事をしていた。

暫くな辺りが、辺境の兵士らしい事なのだが、彼のやる気は周りを驚かせていた。

それが広がらなかったのが、残念な事であった。


エドワードは疲れていたが、隊長としては有能であった。

部下の兵士達は解散して休ませたが、自分は魔物の遺骸を検分して回った。


「これは誰の部隊が?」

「はい

 こちらはフランドール様が討伐されました」

「ふむ

 状態も良いし、魔法を使った形跡が無いね

 魔術師達はどうしていたのかな?」


「そうですね

 聞いた話では、足止めや牽制に回っていたそうです」

「なるほど

 攻撃魔法と言っても、直接的な物では無いのか」

「そうですね

 直接攻撃する以外にも、味方を守ったり、仲間を強化したり

 使い道は色々あるそうです」

「そうか…

 それを指揮する者も、なかなか良かったのでしょうね」

「ええ」


「そう言えば

 殿下の部隊の魔物は?」


「それが…」


兵士は1体のオーガをチラチラと見て、言い難そうにする。


「何かあったのですか?」

「ええ」


エドワードは兵士が問題を起こしたのかと思って、顔を険しくする。


「いえ

 兵士は問題は…

 指示通りにしていたみたいですし」

「ん?」


「実は…」


兵士は魔術師達が起こした問題を話し、最後にこう締め括った。


「問題は色々ありますが、一番は、仲間を攻撃した事でしょう

 許されませんよ」


兵士は仲間が魔法で火傷を負った事を聞いていて、憤慨していた。


「なるほど

 確かに問題ですね」

「ええ

 いきなり魔法を…」

「いえ

 それも問題ですが、それ以外にもありますよ」

「え?」


「悪いんですが、その兵士達は今、どちらに居ますか?」

「はあ

 兵士達なら、将軍と食事に向かいました」

「そうですか

 それでは、私もそこへ行きましょうか」


エドワードはそう言うと、検分はもう良いのか、その場を後にした。

兵士は難しい顔をしたエドワードを、訝し気に見送った。


エドワードが食堂に向かうと、そこでは喧騒が起こっていた。

騒ぎの中心は食堂の奥で、兵士達が口汚く魔術師達を罵っていた。

その奥には将軍が座っていて、むっすりとして座っていた。

エドワードがは騒いでいる兵士を横目に、奥の将軍の元へと向かった。


「将軍」

「ん?

 ああ、エドワード隊長

 おかえりなさい」


「これは、何の騒ぎですか?」

「ん

 ああ

 実は昼間にな、魔術師達と揉めてな」


将軍は言い難そうに、難しい顔をして答える。

そこへ一人の兵士が立ちあがり、二人に近付く。


「これはこれは隊長

 おつかれさまです」


兵士はコップに葡萄酒を入れており、息は酒臭かった。


「酒の許可を出したんですか?」

「ああ…

 だが一杯だけだ」

「それは…

 明日も行軍なんでしょう?」

「そんな固い事は言わないでくださいよ」


将軍は渋い顔をしていたが、兵士が収まらないので、酒を出して誤魔化したのは明白だった。

それに微妙な表情をして、エドワードは溜息を吐く。

兵士の憂さを晴らすのに、酒を出すなとは言わないが、これでは駄目だろう。


「将軍…

 あなたが居ながらこれでは…」

「いや、ううむ…」


「そんな事より

 隊長、聞いてくださいよお」


兵士はそんな空気も読めずに、エドワードに絡んで来た。


「昼間は馬鹿魔術師達が…」

「その話なら聞きました」

「なら、なんでオレ達が怒っているか、分かるでしょう」


ここでエドワードは、将軍の方を睨む。

将軍は両手をヒラヒラさせて、首を振った。

エドワードは溜息を再び吐くと、目を瞑って意を決した。


「貴様ら!

 弛んどるぞ!」


食堂に怒声が響き、兵士の持っていたカップも吹っ飛んだ。

その怒声は凄まじく、まるでワイルド・ベアの咆哮の様だった。

普段は温厚なエドワードの怒声に、食堂はしんと静まり返った。


「聞けば、魔術師は相当素行も悪く、最悪だったそうだな」

「は、はひ」


エドワードは声を抑えていたが、迫力に負けて、兵士の返答はしどろもどろだった。


「それでも、貴様らはこの街の護り手である兵士だよなあ」

「はい」

「それが今、ここで何をしている?」

「え?」


「魔術師達のした事は、確かに問題がある

 殿下や将軍が怒るのも、納得がいく」


「だが、貴様らがここでしているのは…何だ」

「え…と」

「ただの思い通りにならない、憂さ晴らしだろうが!」

「はい!」


最後の方は、また怒声に変わり、兵士も思わず大声で返事した。


「向こうが悪いのは分かる

 しかし、ここで悪口を言ってて何になる?」

「そのう…」

「明日の行軍に、支障を来さんのか?」

「ええっと…」


「腹が立つのは分かる

 それで酒を飲みたくなるのもな

 だが、明日の行軍では、忘れて行かんとな

 それでないと、街も守れないが、自分の身も守れなくなるぞ」

「…はい」


「貴様らもだ!

 騒ぐの良いが、ほどほどにしろ

 聞けば馬鹿をやったのは一部の魔術師だろう

 後に禍根は残すなよ」


エドワードはそう言うと、チラリと将軍の方を見た。

将軍はバツが悪そうに、頭を掻いて誤魔化していた。

恐らくは将軍も注意をしたのだろうが、今日はそれでも収まらなかった。

だからここで、エドワードが締めた事は正解だった。


「でも…

 また奴等が増長したら…」

「その時は、その時でしょう

 将軍が何とかしますよ」


エドワードはそう言って、ニヤリと笑って将軍を見る。

今度は将軍が溜息を吐き、立ち上がって語りだす。


「諸君らが不満を持つのは分かる

 オレも腹に据えかねているからな」


「だが、それでいつまでも、ぐじぐじ言ってても仕様が無いだろう

 オレ達は大人だ

 明日には忘れて、足並みを乱さない様にするぞ」

「はい」


将軍にまで言われれば、兵士ももう、文句は言えなかった。

隣の同僚が肩を叩き、大人しく座った。


「さあさあ

 これで騒ぎは終わりだ

 明日も早いんだから、早く休みなさい」


エドワードが最後に締めて、兵士達は大人しく食事に戻った。

中にはまだ、不満そうにする者も居たが、これ以上騒いでも自分が悪くなるだけだった。

席に戻って食事を続けるか、そのまま片付けて宿舎に戻って行った。


兵士が大人しくなったのを見て、エドワードも食卓に座った。

部下が気を利かせて、エドワードの分の食事を取りに行く。


「すいません」


将軍は、隣に座ったエドワードに頭を下げて、一言謝った。


「いえ、良いんですよ

 これは誰かが、悪役になってでも締めませんとね」


エドワードはニコニコしていたが、今のでエドワードに、不信感を持った者は居ただろう。


「申し訳ない

 オレでは出来ませんでした」

「まあ、普段がありますからね」

「お恥ずかしい」


「確かに、隊長が怒ったところを見た事がありませんものね」

「でも…

 これじゃあ隊長が悪者ですよ」


「良いんですよ

それで部隊が纏まるなら」

「はあ」


ここで兵士が食事を持って来て、エドワードに渡した。

固い黒パンに野菜のスープ、肉厚のワイルド・ベアのステーキが野菜と共に載せられていた。

旨そうなジュワッと音を立てる肉が、食欲をそそった。


「これは…旨そうな」

「今日獲れたワイルド・ボアの肉です」


エドワードはワイルド・ボアの肉を切ると、焼き立ての肉を頬張った。


「うまい

 しっかりとした肉でありながら、口中で柔らかく溶けて行く

 新鮮なワイルド・ボアの肉は、極上ですな」

「はははは

 このまま魔物が増えてくれれば、旨い食事には困りませんな」


将軍はエドワードの評価に気分を良くして、ワイルド・ボアが本当に増えないか祈っていた。

しかし、実際に魔物の数が増えれば、他で弊害が増える。

旨い肉の魔物だけが増える等と、都合の良い事は起こらないだろう。


「それで?

 明日は大丈夫なんでしょうか?」


エドワードはパンをスープに浸しつつ、口の中に放った。


「うーん

 フランドール殿が妙案を考えてくれたので、恐らくは」

「そうですか」


「彼には指揮官の素質があります

 期待しましょう」

「そうですね」


「今日の失敗を糧に、明日は上手くやってくれれば良いんですが」

「そうですね

 本番を前に、問題が出たのは良い事です

 そう思うしかありませんですね」

「ええ」


エドワードは肉をペロリと平らげて、葡萄酒で流し込んだ。


「魔物が侵攻して来たら

 城門に籠るのは得策ではありません」

「ええ」

「今度の魔物は大型が主になります

 打って出るしかないでしょう」


「そうですね

 城門の前の広場で迎え撃つしかないでしょう」

「あそこを越えられたら…

 後は在りませんからね」

「ええ

 必ずあそこを死守して、魔物を押さえこみましょう」


大型の魔物の前では、城門など柵と大差ないだろう。

壊されて街に侵入されては、住民の避難する場所など無い。

だから使徒は、街を捨てて逃げる事を提案してきたのだ。


しかし、この街で産まれた者は、ここを捨てる事は出来ない。

恐らく死ぬ事となっても、街に残る事を望むだろう。

それならば、兵士達も死ぬ気でここを守るしかない。

その為にも、魔術師達が前に出て、城門を守りつつ応戦するしかない。

城門の上からの攻撃では、広場に広がる魔物の軍勢に対しては効果が低いだろうからだ。


「明日と明後日の訓練で、少しでも連携のコツを掴みたいですな」

「ええ

 4日後には魔物が来るでしょうから、残された時間は少ないでしょう」


魔物の軍勢が到着するまで、後3日しか残っていなかった。

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