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聖王伝  作者: 竜人
プロローグ
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第1話

始めに

女神が我々を造られた

そうして、我々は女神の神話を生み出した

女神は我々を唯一の存在として認め、慈しみ、護ってくださった

されど我々は女神を忘れ去った

故に女神は我々を見放された

世界は女神を失い

我々は滅びに向かって歩み始めた

仄暗い森の奥にて…。


ミッドガルドの帝国領の北西に当たる小国、クリサリス聖教王国がある。

古より女神教は『女神が世界を造られ、今も見守ってくださっている』という教義を掲げていた。

女神を崇拝する宗主に選ばれた貴族が、国王として国を治める。

それがこの、クリサリス聖教王国であった。


女神を崇める女神教は古よりあったとされる。

しかし帝国には、独自の戦の神々が崇められ、女神教は弾圧を受けて辺境へと落ち延びていった。

帝国の没落に合わせるように、地方に逃れていた女神教は息を吹き返した。

北西の辺境を訪れると、クリサリス公爵を擁して再び台頭してきたのだ。

これは後に、帝国の動乱という大きな内戦の発端になる出来事だった。


クリサリス侯爵は、帝国の西進を抑えた働きを認められて建国を認められた。

それが今から、約30年ぐらい前の話である。

それから他国からの干渉を退けて、クリサリスが完全な独立を果たしたのはまだ10年ほど前の事だ。

まだ国境を狙う国はあれど、ようやく国として軌道に乗り始めた、そんな感じであった。

そうしたわけで、昨年の春から始めた国事は、国を栄えさせる念願の事業として期待されていた。


クリサリスの北に、海と山岳に囲まれた小さな領主がいた。

自領の北側は海に面して、東は険しい山岳『竜の背骨山脈』に囲まれていた。

しかし温暖な気候に恵まれ、その街はゆっくりと発展していた。

街の名前はダーナと呼ばれ、西方に咲く花と例えられる長閑な街であった。


周囲の海は波が高く、荒れる事も多くかった。

急峻な崖が多いので、漁に出る事も向いてはいなかった。

それに対して内陸部は、肥沃な土地も多かったので、小麦や根菜、畜産等が盛んであった。

この度の開拓団も、山岳の麓の森を切り拓いて、肥沃な土地と大河の治水を目的としていた。

これは同時に、山岳に通っている首都への公道を整備し、集落を経由して安全に使える事も目的にしていた。

大規模な公用道に仕上げる事も含まれた、正に国を挙げた一大プロジェクトなのだ。


『竜の背骨山脈』の麓に、大きな森が広がっている。

嘗ては『ダーナの森』と呼ばれていたが、今は『ノルドの森』と呼ばれている。

『竜の背骨山脈』の中のノルド山にある、『ノルドの泉』という湖がある。

湖からは『ノルドの大河』という河が森に流れ込み、それに合わせて『ノルドの森』と改名されていた。


その森の周りに、新たに5つの集落が造られていた。

森の中にも幾つか造られていたが、まだ外壁や公道へ繋がる道路等も整備が間に合っていなかった。

中には簡素な木組みの小屋を、簡易の住居としている集落もあった。

住民は農民や職にあぶれた者、独立を希望する職人等が集まっていた。


治安と見張りには、近場の街や村の警備兵やギルドから派遣された冒険者が当たっていた。

勿論、田舎の小領主の警備兵や冒険者だ。

凄腕ではないのだが、野犬や猪、酔っ払いの相手ならその程度で十分だった。

そんな森の中の集落の一つで、突然連絡が付かない集落が出る。

しかし警備も不十分なので、住民が行方不明になってもすぐには発覚しなかった。


仄暗い森の中で、公道から少し奥まった位置にその集落はあった。

12軒の小さな家に、住民と4人の警備兵が常駐していた。

その前日から村からの依頼で、猪の討伐に来ていた冒険者の3人も小屋を借りて宿泊していた。

隣の集落から用事で来ていた者も居たのだが、彼は暗くなる前に帰っていて難を逃れていた。


事が発覚したのは、翌日の昼を過ぎてからだ。

昼を過ぎたのに、警備の兵士が帰って来なかったからだ。

集落では早朝、開拓地に住民を送り届けた後に警備兵の内の2人が非番となる。

そして近くの砦に戻って、交代の兵士が代わりに向かう事になっていたのだ。

しかし昼を過ぎた今も、件の兵士2人が一向に戻って来なかった。

遅くても昼前には、砦には着く予定だった筈なのにだ。


通常は異常があれば、信号の狼煙が上がる筈だがそれも上がってはいなかった。

不審に思った砦の警備隊長は、集落に向けて兵士を1部隊向かわせる事にした。


件の集落には、簡素ではあるが木を組み合わせた防壁を造っている。

野犬や狼の群れでは摺り抜けて危険だが、猪の突進程度なら防げる筈だ。

熊か狼でも現れたのかと、兵士達の間では思われていた。

しかしここ数年では、熊や狼をこの辺りで目撃したという報告も挙がっていない。

隊長は念の為にと、1部隊12名の兵士を送り込む事にした。

相手が熊や狼の群れなら、数人の兵士では危険だからだ。


警備兵達が集落の入り口に到着した時、集落の中は静まり返っていた。

集落に入る前から、周囲は異様なほどに静まり返っていた。


「どう思う?」

「みんな作業に出てるんじゃないのか?」


集落のあまりの静けさに、些か拍子抜けしたのか入り口で私語を始める者も居る。

その姿に苛立ちながら、兵士の一人が小声で注意した。


「静かにしろ!」

「しかし、何も居ないじゃないか?」


その兵士の言う通り、集落はもぬけの殻なのか静まり返っていた。

いや、静か過ぎるのだ。


「隊長は獣か何かの襲撃を警戒してたが…」

「しっ!

 静かにしろ、気付かないのか?」


先ほどの兵士が、皆を黙らせようと注意する。

彼は周囲を見回し、警戒心を露わにしていた。


「なんだよ?」

「馬鹿!

 おかしいと思わないのか?」

「だから何がだよ?」


馬鹿と言われた兵士は苛立って聞き返した。

それに対して、兵士は辺りをキョロキョロと警戒しながら小声で告げる。


「声がしない!

 音もだ!」


「はあ?」

「何を言ってるんだ?」

「分からないのか?

 何も聞こえないだろう?」

「そりゃあ住民が居ないんじゃないか?」

「馬鹿言うな

 全ての住民が居なくなるなんて事が…起こると思うか?」

「え?」


ここにきて、ようやく他の兵士達も彼が言わんとする意味が分かってきた。

昼の食事の為の炊事の煙も無ければ、子供達の歓声も聞こえてこない。

集落に残って作業をしている筈の職人達が、出すであろう作業音すらも聞こえてこない。

それに集落には、少なくとも警備兵は他に2人居る筈だ。


「どういう事だ?」

「分からない…

 ただ…」

「ただ?」

「少なくとも息を潜めているのか?

 あるいは…」

「あるいは?」


誰かがゴクリと、唾を飲み込む音が響く。

それに続けて、他の者がその言葉を続ける。


「誰も居ないか…なのか?」

「ああ、生きてる者が誰も居ない…

 という事だろうな」

「と、兎に角!

 まずはな、中に、は、入って…」

「静かにしろ

 周囲には小鳥の声すら聞こえていないんだ」


兵士の一人は、引き攣り上擦った声を上げると、震えながら集落の入り口を覗き込む。

しかし集落の中は、不気味なほどに静まり返っていた。

只ならぬ雰囲気に、まるで鳥すらもも鳴く事を忘れている様だった。

一人が押されて入ると、それに続けて他の兵士も身構えながら入って行く。

今や皆が警戒しながら、恐る恐ると周りをキョロキョロと見回していた。


地方の小さな砦の警備兵だ、無理も無いだろう。

ましては、ここ数年は他国からの潜入も越境も収まっていた。

その前の帝国との戦争の際にも、この辺りは野生の獣の多くが狩られるか逃げていた筈だ。

ここ数年は戦闘と呼べる物も少なく、明らかに彼等は、実戦経験が乏しかったのだ。


「見ろ!」


一人の兵士が、警備兵の宿舎の入り口で声を上げた。


「これは…」

「どうやら寝込みをやられたようだな」

「うっ…これは血か?」


入り口の戸は何ともなっていないかったが、その中は血だらけだった。

恐らく寝込みを襲われて、頸動脈でもバッサリと切られたのだろう…。

壁に飛び散った返り血は、2人分に見えていた。


隊を二手に分けると、各々が住居の中を検め始める。

どの家も中は荒らされており、住民は恐らく皆殺しにされている様だった。

夥しい返り血が、建物の中のあちこちに飛び散っている。

そして粗方見回ったが、どの家にも住民の姿は見られなかった。

残されていたのは前日の夜の営みの跡と、虐殺の痕跡だけだった。


「まずいな…」


先ほど入り口で冷静だった兵士が、渋い顔で一人愚痴っていた。

それは何かを懸念している様子だった。


「どうした?」

「まずいんだよ!誰も居ないじゃないか!」

「ん?」

「何がまずいんだ?」


彼は溜息を吐くと、仲間に説明し始めた。

住民が誰一人も居ないという事、それがどれだけ異常かと。

しかし他の兵士達は、それが意味する事を理解していない様なので彼は続ける。


「誰の姿も見られないだろう?」

「そりゃあ虐殺されたみたいだからな」

「違うんだよ

 死体…

 死体が無いんだ」

「死体?」

「そう!

 死体だよ!

 誰の死体も、一体も見当たらないだろ!」


キョトンとする仲間を見て、彼は頭を抱えていた。


「はあ…

 分からないか?

 死体が無いんだよ!」

「それがどうしたって…」


「一体もだ!

 何でだ?

 どうしてだ?」

「え?」

「襲った奴等は、何の必要があって死体を持って行くんだ?」


一同は彼の言葉の意図が分からず、困惑して沈黙していた。


「それが何だって…」

「皆殺しなら…

 死体を隠す必要は無いんだ!

 持ち運びには嵩張るし、わざわざ運ぶ意味が無いんだよ!」

「はあ?」


しかし仲間は、まだその言葉の意味を理解出来なかった。

というよりは、意味が判らなかったのだ。


兵士は肩を竦めると、仲間に分かる様に語り始めた。


襲撃犯は何故、わざわざ危険を冒して死体を運んだのか?

運ばなければならない理由がないのだ?

それが分からないので、襲撃の意図も理解出来ない


そして野生の獣に襲われたのなら?

それなら餌にする為に持って行ったとも考えられる

しかし現場の様子からは、獣が襲った痕跡には見えなかった

野生の獣が、刃物を持って襲う事など無いだろう


それなら、他国の斥候が皆殺しにした?

しかしそれにしては、わざわざ死体を運ぶ意味が分からない

運んでいる途中に見つかる可能性もあるだろう

襲撃の痕跡を消すなら、先ず血の跡を消す必要があるだろう

捕虜にするつもりなら、ここで殺す意味も無い

いずれにせよ、襲撃者の意図や目的が理解出来なかった


兵士は一息に捲くし立てる様に話すと、仲間である兵士達を見回す。


「それに…」

「それに?」


彼は再び辺りを見回し、隠れ易そうな場所を何ヶ所か指し示した後に続ける。


「発覚を恐れるなら…

 隠れるのにうってつけの場所は幾らでもあるだろ?

 なのに待ち伏せは無かった

 でも死体は持って行った…

 何故だ?」


彼の表情に押されて、兵士達はその場所を調べる。

確かに隠れ易い場所なのに、誰かが隠れていた痕跡は残されていなかった。

そうすると襲撃者は、死体を持ち帰っただけになる。

彼はブツブツと顎に手をやり考え込んでいた。

それから周囲を見回して、念入りに調べていた。


「なあ?

 それってそんなに重要なのか?」

「そうだよ」

「むしろ処理の手間が省けて…」

「よせ!

 死者を冒涜するなよ!」

「はあ…

 仕方がない、一旦帰ろう」


仲間達の楽観的な態度に呆れていたが、確かにここに居てもどうにもならないだろう。

相手の正体や目的が不明な以上、これ以上調べ様が無いのだ。

一抹の不安を感じるが、今はその懸念が外れる様に祈るしか無かった


兵士達は帰還する事にして、周辺の片付けを始めた。

死体が無かった事で、処理をするのは血を井戸水で洗い流すぐらいである。

血の匂いに寄せられて、野生の獣が来るかも知れないからだ。

簡単にだが、目立った場所の血だけを流す事にした。


住居や物は、そのままにする事となった。

証拠になりそうな目ぼしい物も無かったし、下手に触るのは躊躇われた。

死者を辱める事になりそうで怖いとも思ったからだ。

後で焼き払うかは、上司に相談しようと話し合って、その場は立ち去る事になった。


周りには人の気配も、隠れていたり隠れていた痕跡もない。

この様子では、恐らく夜も更けてからの夜襲で、誰も気付かない内に殺されたのだろう。

彼等はそう思いながら、砦への岐路に着いていた。


「ああ!」


帰路に着いてから暫くして、一人の兵士が突然声を上げた。

先程まで現場を、一番詳しく調べていた兵士だ。


「なんだ!」

「どうした?」


仲間がその声に慌てて集まる。


「どうして気が付かなかったんだ?」

「何がだよ?」

「敵だよ!」

「敵?」


兵士の問い掛けに、仲間は首を傾げる。


「これだけの集落だ!

 しかも一気に皆殺しだったんだぞ!」

「だから?」

「一体どうしたんだ?」


「警備の者達もだが、住民を皆殺しにしたんだ!

 どれだけの規模の敵が居たんだ?」


そこで意味に気付いて、我に返った兵士達は不安に震えた。


「そ、そんな…」

「いや…でも…」

「どれほどの兵士が…」


一度にやられたのでは無いんじゃないか?


そう食い下がる者も居たが、みんな気付いてしまっていた。

警備兵が先にやられたとしても、住民が物音に気付く筈なのだ。

少なくとも全ての住居を、一度に襲えるだけの人数が居た筈なのだ。

それも恐らくは、住居を囲んで逃げ出せない様にするだけの人数が必要だっただろう。

現場の状況が、それを物語っていた。


事の異様さに気圧されて、砦に向かう兵士達の足は早くなった。


本来なら、先に早馬でも走らせるべきだが、もし見張られていたり待ち伏せが居たら危険だ。

戦々恐々としながら、兵士は砦へと逃げ帰っていった。

小さな地方の砦に、兵役で勤めている兵士達だ。

戦闘慣れしていない彼等からすれば、仕方がない事だったのだろう。


兵士は砦に逃げる様に砦に戻ると、異様な事件を報告するのだった。

一旦、大まかな設定も見直して書き直します

暦や度量衡はまだ伏せていますが、私達の世界の単位とほぼ同じです。

メートルやグラムなど殆ど同じ単位で使われています

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[一言] どうもはじめまして。 作品拝見しました。 とても面白かったです。 (((o(*゜▽゜*)o)))
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