化物の恋
抑の話、人どころか生物ですら無い此の私が、人に恋をした事が間違いであったのだろう。
しかし、此の恋慕の情が過ちであったと、間違いであったと認めたくは無いのだ。どうしようも無く間違っていても、どうしようも無く愛しい此の恋を。
もう、彼が屍となってから幾千年と経った。
未だ彼を想い慕う気持ちは薄れぬ。きっと永遠に薄れる事は無い。
彼を好いていると認めたら、彼が居無くなったとき耐えられぬ。そう思って気の無い振りをしていたが、なんと間抜けな事か。もっと愛していると言えば良かった。もっと優しく接すれば良かった。
そして今日も鬱々と、時の流れに身を任せている。
嗚呼、自分の体が疎ましい。憎たらしい。
我が双眸は見たものを凡て石に変えてしまう。愛しい男を見る事すら叶わぬ。
我が両腕は簡単に地を裂く。愛しい男を抱くには強すぎる。
だが、見えなくとも耐えられた。感じる事は出来たのだから。
抱けなくとも耐えられた。傍に居るだけで充たされたのだから。
一つだけ耐えられ無かったのは、歳を取らず、傷付く事も無い、頑強にして永久の此の身体。
彼の居無い世界など、私には無意味であった。地獄であった。
彼と出会う前、こんなにも人を想って身が裂けそうになった事など一度だって無い。
彼は私を幸せにし、そして弱くした。
幸福とは恐ろしい物だ。
一度空を知って終えば、地に足を着けた生き方が出来無くなる。
然して、私は何時も恨めしそうに空を羨望している。
彼だけが私の総てであり、其の総てが喪われたのだから、私の生きる意味など有りはしない。
私は涙を流した。
今も枯れる事無く流し続けて居る。
私は声を上げた。
叫びは遠く響いた。
私は髪の蛇を切り落とし殺した。
力の一里も失われ無かった。
私は使えるだけの魔法を使った。
全て等しく空に散り、私の魔力が尽きる事は無かった。
私は考え付く限りの方法で自分を傷付けた。
原形を失おうとも構わず元通りに快復した。
死ななかった。
涙だけが止めど無く溢れた。
死にたい。死んで終いたい。
其の様な事ばかりを考えている。
私には死と謂う物が無い。
生と死は表裏一体。生物を越えた存在の私は生きてい無い。其故に死ぬ事も無い。だから尚更、手に入らぬ玩具を欲しがる子供の様に、死を欲する。
嗚呼、誰でも良い。あの甘美な死を、終焉を、私に与えたまえ。
あの世など無くて良い。そこで彼と会え無くとも良い。ただ此の苦しみが終われば良い。
遠い昔の或日、私は不平を漏らした。
人間に産まれたかったと。
彼はこう応えた。
其れでは私達は会えなかったかも知れ無いと。
私が化け物だったから、二人は出会えたのだと。
彼に逢えた事、彼を愛せた事、彼に愛された事、其れだけで私が此の醜い私で良かったと思えた。
どうしようも無く間違っていて、どうしようも無く愛しい此の恋を、今日も抱き締めて歩いていく。