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5話 きらめくもの

 レジーナがマップを完成させ、『足を奪う塔』を出ると、あたりはすでに真っ暗だった。

 半日はかかっただろう。

 それとも、半日程度しかかからなかった、と喜ぶべきなのだろうか。


 塔の入口近辺は、ぼんやりとした青い光で照らされていた。

『セーブポイント』だ。


 そばには、アレクも立っていた。

 待っていてくれたのだろう。


 彼はいつもの笑顔でこちらを見る。

 そして、一礼した。



「お疲れ様です。目的の物は手に入りましたか?」

「あ、は、はい……」



 声には疲れが色濃くにじんでいた。

 実際にへとへとだ。


 もともとクセの強い髪は砂がからんで大変なことになっているし、服や武器だって砂まみれで、顔も体もかなり汚れているだろう。

 実際、武器は置いていけばよかったと後悔しているぐらいだ。

 重いしかさばるし、邪魔でしかなかった。


 平穏無事な道行きではなかった。

 何度も死んで、何度も甦った。


 それでも。

 達成した。


 レジーナは腰あたりに装備したポーチを探る。

 そうして取り出したものを、アレクの眼前に示した。



「これが『きらめく流砂』です」



 親指サイズの小さな瓶。

 ふたはコルクで閉じられており、落としたりしなければ開くことはないだろう。


 内部には、不思議なものが詰まっていた。

 周囲にはセーブポイントぐらいしか灯りがないにもかかわらず、様々な色に輝く砂。


 それは砂自体が内部で流動しているようだった。

 だから、たった一つの光源からでも、幾重にも幾重にも色を変えて輝き続けるのだ。



「おめでとうございます。あとは、お母様にごらんいただくだけですね」

「はい。……あ、でも、お金も手に入れないと……借金があるんです、実は……」

「マップは完成しましたか?」

「……え? あ、はい。描き損じもかなりありますけど……完成はしました」

「それを冒険者ギルドに持っていけば、まとまったお金になると思いますよ。もともと霊感商法みたいなことをしている人が独占しているようなので、別に公開してしまってもいいと俺は思います。まあ、先人よろしく、その『きらめく流砂』を売ったっていいですけどね」



 彼はなんでもなさそうに告げた。

 レジーナは、しばし呆然とする。


 まさか、ここまで考えてマップを描かせたのだろうか?

 単なる拷問の一種ではなかった?


 たしかに、未踏破ダンジョンのマップはそれなりのお金になる。

 難易度が高く、内部に価値がある物が多ければ多いほど、高く引き取ってもらえる。


『足を奪う塔』は、難易度も有用性もそこそこという感じだ。

 一応『きらめく流砂』というアイテムはあるものの、それ自体、物書きでもない限り必要とはしないだろう。


 というか、物書きにだって必要ない。

 本当にきらめくものは、こんな砂粒ではないのだから。



「……私の冒険は、母のインスピレーションを刺激するでしょうか?」



 アレクが正解を知っているはずがないのは、わかっていた。

 それでもレジーナは問いかける。


 彼は変わらず笑う。

 それから、しばし考えて、口を開いた。



「さて、俺は作家ではないので、インスピレーションとか言われてもよくわかりませんが」

「……ですよね」

「子を持つ親として、自分の子供が、自分のために危険を冒してくれたら、『なんて危ないことをするんだ』と怒るでしょうね」

「…………ですよね」

「まあ、怒りますが、同時に、嬉しくもありますかね」

「……」

「自分が単純な生き物だと自覚している俺でさえ、この程度には複雑なのです。きっとあなたのお母様は、もっと複雑な気持ちになることでしょう。その複雑な感情を生み出すという点において、刺激にはなるのでは?」

「……そうですか」



 レジーナははにかむように笑う。

 アレクはいつも通りの笑顔を浮かべて、セーブポイントを消した。



「では、帰りますか。一度宿へ? それともおうちへ?」

「できたらすぐ、母に『きらめく流砂』を――私が自分で冒険してとった宝物を、見せてあげたいです」

「では後日、宿代を支払いに来てください」

「……えっと、いいんですか? そんなに私を信用して……踏み倒すかもしれないのに……」

「まあ、宿屋以外の儲けがありますので。それに、せっかく宝物を手に入れたんだ。ここでつまらない事務処理をさせるのも、野暮でしょう?」

「アレクさん、空気読めたんですね……」



 たぶん宿で過ごした短い時間の中で、一番おどろいた。

 アレクは笑う。



「では、ここお別れですね。後日、宿でお待ちしておりますよ」

「は、はい! また、絶対にうかがいますから! その時は――新作はまだ無理だけど、母が書いた本を一冊、持ってきますね!」

「はい。楽しみにしております」



 レジーナが走って行く。

 アレクはそれを見送った。





 ――この物語は『銀の狐亭』にとある赤毛の少女がおとずれるより、あるいは白髪の少女が来るよりも、ずっと前の話。

 宿屋店主アレクサンダーの事情にかかわりのない、普通の来客に対する、店主の『普通の』対応を記したものである。

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