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4話『足を奪う塔』

『湯船をためてつかることのできる風呂』。

『見たこともない異世界のものだというオリジナルの食事』。

『藁でも布を詰めただけでもない、体を包みこむような弾力のあるベッド』。

 それら、豪華すぎる、場末の宿屋どころか世界のどこにもありえない設備を体験し――


 翌日。

 レジーナはアレクと二人、『足を奪う塔』の前まで来ていた。


 持ち物は簡素なものだけだ。

 レジーナが、半日分の食糧が入った、お宝をおさめるためのポーチ一つ。

 服装はシャツに古くさい革鎧と籠手、そして馬上槍だ。


 アレクはエプロンを外しただけの宿屋で働く服装だった。

 持ち物は、大きな革のリュックが一つだ。

『大きい』とはいえ、子供だって入らないだろうそのリュックは、以前豆を入れていた包みに比べれば、ずいぶん常識的な装備に見えた。


 朝の光に照らされた、やや肌寒い時間帯。

 たどり着いたダンジョンを前にして彼は口を開く。



「ご存じのようですが、一応簡単に、このダンジョンについてご説明しましょうか」



 塔の入口前で、アレクはそんなようなことを言う。

 レジーナは彼の方を見ず、これから挑むダンジョンを見上げていた。


『足を奪う塔』。

 天高くそびえる、焦げ茶色の石でできた円錐形の建造物の名前が、それだった。


 ひどく凶悪な名前だけれど、さもありなん。

 ダンジョンレベルは四十という、一部の才能ある冒険者しか挑まないような場所だ。



「内部は流砂がうずまいています。これは、通常の足腰ですと足をとられ、砂と同じ方向に流され、最終的にはモンスターの巣穴に放り込まれると、そういう仕掛けですね」

「……はい」

「その仕掛けと、仕掛けの奧に待ち受けるモンスターのせいでダンジョンレベルは四十になっておりますが、逆に言えば、仕掛けさえ見切り、モンスターと出会わなければ、子供でも探索できます」

「……でも、中の流砂は複雑に流れていて、正しいルートを熟知していないとただ進むことさえ困難だって聞いてます」



 簡単に攻略できるならレベル四十ではない。

 流砂の流れを見切るのは大変なことだ。


 マップもない。

 ただし、描いた人がいない、という意味ではない。



「さて、ここで質問があります。あなたの求める『きらめく流砂』は店で買えますね?」



 ……そうなのだ。

『きらめく流砂』は、出回る数こそ少ないものの、店売りされている。


 もちろん高価で、今のレジーナが手を出せるものではないが、買える。

 なぜならば、マップを描き、独占している人が仕入れて売り出しているからだ。


 先ほどアレクも言っていたが、このダンジョンは、流砂の流れさえ熟知していれば難しくない。子供でも探索できるというのはさすがに大げさかもしれないが、難易度はグッとさがる。

 だから、アレクはたずねるのだろう。



「本当に、自分でこのダンジョンに挑みますか? もっとレベルの低いダンジョンでお金を稼いで、お店で買ってもいいと、俺は思いますけれど」



 わざわざ危険を冒すことはないと彼は言う。

 それは『冒険者』という職業自体を否定するような発言だけれど……


 実際。

 普通の冒険者は、人の口にのぼるほどの冒険はしないものだ。


 だって、冒険は生きていくための手段だから。

 多くの人がレベル三十程度のダンジョンを探索し一生を終えるというのは、そのためだ。


 人はルーチンワークをしたがる生き物だとレジーナは思う。

 毎日毎日、同じことを繰り返す。

 それで安全にお金を稼ぐことができて、生活できる。


 だからこそ。

 冒険者が実在するこの時代でも、創作冒険譚は売れる。


 ……いや。

 売れる創作冒険譚は、売れるのだ。

 レジーナの母の冒険譚は売れないけれど……


 収入が目的なだけならば、『危険を冒さない冒険』でもいいのだろう。

 わざわざ物語の主人公がそうするように、身の丈に合わないことをする必要はない。

 でも。



「私は、自分で『きらめく流砂』をとりに行きます」

「なぜ? 今のあなたの実力でしたら、店売りの品を買えるようになるのも、そう遠くない未来の話ですよ。保証しましょう。すぐ必要なら、代金を俺が立て替えてもいい。確実な返済が見込めますからね」

「だって、それじゃあ物語にならないじゃないですか」

「……」

「あの、『きらめく流砂』の伝説は知ってます?」

「物書きのお守りですよね? ヨミから聞きました」

「……それで、本当に『きらめく流砂』を所持しただけで、どんどんアイディアが湧いてくるとは思いますか?」

「……そのような魔法は存じ上げませんねえ。雑誌の後ろにある『幸運のお守り』と同レベルのうさんくささに感じます」

「……えっと」

「ああ、俺の世界の話です。お気になさらず」

「は、はい……とにかく、私は迷信だと思います。せいぜい気休めとか、その程度かなって」

「ではなぜ、この難易度のダンジョンに挑もうと? 普通、命懸けになるのに」

「だから、いいんです」

「……」

「『きらめく流砂』に力はなくても、私が『きらめく流砂』を求めた冒険は、きっと母に力を与えると思うんです。だから、私が取りに行かなくちゃ」

「ふむ」



 アレクは笑う。

 そして。



「俺にはあなたの言っていることがよくわかりません。きっと、多くの人は『そんなことに命を懸ける価値があるのか?』と疑問に思うでしょう」

「……」

「だからこそ、いいと思う。誰にも理解されないからこそ、俺があなたの助けになりたい」

「ありがとうございます」

「……では、『足を奪う塔』の攻略手順をお伝えしましょう」

「それもサービスの一環ですか?」

「いえ、修行の続きです」



 彼は笑ったまま淡々と述べた。

 レジーナは半笑いの表情で首を横に振った。



「え……? でも、修行……あれだけ、つらい、修行をして……え? 終わりじゃ……?」

「まだです」

「でもここ、本番の舞台ですよね? 母の書く物語だったら私の見せ場だと思うんですけど」

「そう言われましても。まあ足腰を鍛えて流されないようにしてもいいのですが、なるべく早い方がいいとのことでしたので、なるべく早くいける手順を踏んでいるまでです」

「ちなみに、ここでなにをさせられるんですか?」

「『死に覚え』」



 耳慣れない言葉だった。

 でも、レジーナにはそれが途方もなく不吉な発言に聞こえる。



「……なんですか、それ」

「『死んで』『覚える』から『死に覚え』ですね。ここが流砂の流れさえ覚えれば簡単なダンジョンというのは先ほど述べた通りです。けれどあなたにマップはない。そこで、実際に流されながらマップを覚えようと、そういうことです」

「…………あ、あのお…………記憶力に、自信がないって、いうか……」

「そこで、こちらを」



 と、彼が背負っていた革のリュックをおろす。

 それから口を開いて、中身を示した。


 レジーナはリュックをのぞきこむ。

 中にあったのは……


 大量の羊皮紙とインク。

 それから、羽ペンに……定規、分度器……?


 レジーナが戸惑っていると。

 アレクが笑顔のまま説明を開始した。



「こちら、地図作成キットとなっております」

「……あ、あの、ひょっとしてですけど、それで、自分で地図を作れと?」

「記憶の中でマップを埋めるより、物質的にマップを埋める方が、マッパー的には楽しいですからね」

「…………あの、間違っていたら申し訳ないんですけど」

「お気になさらず。なんでしょうか?」

「その地図作成キットに、私は流砂に流されたあと、マップを描いていくんですよね?」

「はい」

「でも、流砂に流された先は、モンスターの巣なんですよね?」

「はい」

「……いつマップを描くんですか?」

「描く場所としては、モンスターの巣が適切ですね」

「…………あの、このダンジョンがレベル四十の理由の半分は、モンスターの強さにあるんですよね?」

「半分というか、全部ですね。流砂が怖ろしいのも、そのモンスターの巣に運ばれるからであって、流された先にモンスターがいないならば、流砂はおそるるにたりません。まあ巣穴に呑み込まれると、普通、誰かの助けなしでは出られませんが。だからモンスターからも逃げられない」

「そんなモンスターの巣でのんびりマップを描く時間がありますか?」

「丈夫さとHPを鍛えました」

「…………」

「それら二つは、あなたに『マップを描く時間』を与えてくれるはずです。他に質問は?」

「モンスターを倒せたりは……」

「攻撃力が足りません。丈夫な甲殻を持つアリジゴク……こっちの世界で通じる表現かな? まあ、巨大なハサミを持つ虫系モンスターですので、あなたの今の攻撃は通りにくいと思いますよ。引き返して攻撃力を鍛えてもいいですが、それよりも死にながらマップを描く方が、総合的に判断して時間の短縮になります」

「………………」

「他に質問は?」

「……そのモンスターさんは、マップを描くあいだ、待っていてくださったりする……?」

「ははは」



 どうやら自分は面白いことを言ったらしい。

 レジーナにはなにがなんだかわからなかった。



「あなたのお母様が、いい冒険譚を書けるといいですね」



 彼は笑う。

 そして、『セーブポイント』を出現させた。


 レジーナも笑う。

 でも、その笑顔は引きつっていて、目には涙が浮かんでいた。

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