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シンプルにヒドい第二話

 お待たせいたしました……。


 現在コミカライズ第2巻、発売中でございます。


「結局祈里はどんな能力にするつもりなんですか?」


 早々に能力の方針を固めた「黒薔薇」様が何か言ってますよ。


「……拗ねないでくださいよ」

「拗ねてないが?」


 悔しくもないが?


「まあ、俺の場合は『キリ』にするかな。というか他にやりようがない」

「『キリ』? ……VRMMOで二刀流にするんですか?」


 それは別人だろ。


「しかし特に意味のない偽名ですよね」

「日本語なら別だろう」

「キリ……斬り……ああ、なるほど」


 俺は影からナイフを取り出し、皮膚を傷つけて血を垂らす。それを《闇魔法》の「支配」で黒くする。

 血は俺の肉体の一部であり「支配」することはできない。だが、一度体外に排出すればそれは死体と同様の扱いになり、「支配」したり材料として《武器錬成》に組み込む事が可能だ。

 ただし、血を「支配」しても今まではあまり意味はなかった。「遠隔操作」では液体を操作することが困難であったためだ。少なくとも戦闘で使えるレベルの操作性ではない。

 だが呪魔術と組み合わせれば……できるのではなかろうか。


 とはいえ俺も呪魔術をちゃんと理解できているわけではない。「名前」という枠を「媒体」で満たすとかいう、具体性のない理屈しか分かっていないのだ。……まあ呪いと名のつくものにそこまで理屈を求めるのも酷か。

 本当に俺の想定通りに行くかは分からない。


「ユニウ。この黒い血を刃物状にして、相手を斬りつけたりしたいんだが、呪魔術でそういうことは可能だろうか」

「……私はもうだいぶ置いてかれてるんだけども。なんだいその黒い血」

「《闇魔法》の『支配』。液体だと難しいが、固体なら『遠隔操作』で動かせる」

「何がなんだか分からないんだが。『加護』か何かかい?」


 そういうのいいから。

 未知の能力使ってチヤホヤされるとかそういう段階じゃないからもう。


 と、ユニウに大まかな説明をしていると、横から背中をつつかれる。


「(なんだ?)」

「(彼女にそこまで教えていいんですか?)」

「(まあ、別にいいだろ)」


 他の誰かに話すとか無いだろうし。

 何を言っているんだろうと頬を掻いていると、アリーヤはジトッとこちらを睨んできた。


「(ずいぶんと信用してるんですね。彼女を)」

「(いや信用しているというか、そもそも……)」


「何二人でコソコソしてるんだい?」


 ユニウが眉をひそめて聞いてきた。ぱっと離れるアリーヤ。


「いや大した話じゃない。それより、できそうか?」

「まあできると思うよ。偽名だから『枠』としての効果は低いと思うけど、元々使える能力を後押ししている状態だからねぇ。ただ、威力はやってみないと分からない」


 よし。ならとりあえずこれで行こう。「キリ」のあとに言葉をひっつけて、キリ裂けとかすれば汎用性も上がるだろうし。


 あとは反復練習あるのみ、と言うことらしい。呪魔術の詠唱を口で言いながら、引き起こされる現象をイメージしていく。あと魔力を込めることも重要とのことだ。

 俺の場合、戦闘に使えないとはいえある程度は液体も「遠隔操作」で動かせるため、練習の感覚は掴みやすい。


 むしろ問題はアリーヤか。


「ずいぶんとややこしい能力にするんだな」


 ユニウと相談しているところを聞くに、「黒薔薇」の呪魔術は詠唱が長い上に、必要なステップも多い。すなわち、得たい効果が彼女の能力や名前に比して大きく、それをサポートするために複雑化しているわけだ。


「祈里のは、スピードと汎用性重視ですよね。まあらしいと言えばらしいですが」

「というか俺のあだ名や偽名なんて、知名度的に複雑化しても多分強い能力にならないというか」


 目指せ十徳ナイフである。


 俺の能力はだいたい汎用性が強みだ。それらを組み合わせることで無限に手札を作り出せる。一番複雑で準備が必要なのが「ストーンバレット」なわけだが、あれは実質詠唱無しみたいなものだからな。


 アリーヤが現在構想中の「黒薔薇」は、発動までに大きく分けて二〜三段階のステップがある。

 まず、これは省略してもいいが、相手に傷をつけること。元々傷がついている場合はそれでいい。

 次に自傷して、血を霧化して周囲に充満させる。相手の傷から自分の血を取り込ませるわけだ。

 最後に詠唱して、能力発現。相手の傷から黒い茨が成長し、拘束する。アリーヤは詠唱にバリエーションを持たせるつもりのようだ。それで最低限の汎用性を確保するのだろう。


 ……というか、血を霧化させるって何? 俺知らないんだけど。


 それをアリーヤに聞くと、いつの間にか増えていた特性だという。彼女もいつそんなことができるようになったのか分からないんだとか。


 アリーヤは吸血鬼である俺の下僕であり、俺が強くなれば彼女にある程度力が流入する。とはいえステータスが上がるだけだと思っていたのだが、もしかしたら俺の持つスキルに近い特性が生える(・・・)こともあるのかもしれない。……流石にスキルがそのまま継承されることはないとは思うが。

 血を霧化させるというのは、予想するに「黒風」の劣化版みたいなものだろうか。あるいは、吸血鬼の能力に元々霧になるみたいな能力がある場合(というか創作)が多いため、それの下位能力という可能性もある。


 ただ、血を霧化させるだけというのは特に強い能力ではない。使い方も思い浮かばなかったため、わざわざ俺には話さなかったのだという。

 ……まあ、一発芸にもならないかもしれない特性ではある。


「霧化はともかくとして、アリーヤは拘束とかに似た能力を持ってないだろ? どう練習するんだ?」

「闇魔法に似たものがあるらしいので、そちらを参考にしようかと」

「闇魔法との複合もありだろうね」


 既存の魔法との複合もありなのか。割と自由だな呪魔術。その分制限も多いし、習得も難しいが。


「なぜわざわざ拘束なんて効果に?」

「多人数を対象にしたとき、現実的なラインがこの辺かなと思いまして。……ほら、祈里は対多人数の搦手ってあまりないじゃないですか」


 ああ、そこをカバーしようとしてくれている訳か。確かに現状だと対多人数だと手札が絞られる。というか、ストーンバレットとかナイフばら撒きとか銃弾乱射とか、そういう脳筋殲滅手法に限られてしまうのだ。


「……ふーん?」


 ……ユニウが意味深にニヤニヤとしているのは謎である。










──マッカード帝国 帝都──


 会議室に数人を除いた各国の勇者が円卓を囲い、勢揃いしている異様な光景。そんな彼らの視線の先、壁に張り出された人間領の地図を前に、金城啓斗が立つ。


 「第一回勇者軍作戦会議」が、今まさに始まろうとしていた。


「じゃ、まずウチの国の宰相に調査報告(・・・・)をやってもらおか」

「もうご存知かとは思われますが、マッカード帝国の宰相、インデラ・ジェンダです。勇者軍とマッカード帝国のつなぎは私が担うこととなりますので、よろしくお願いします」


 インデラは立ち上がり、啓斗と地図を挟んで反対側に立つ。


「今回我々が調査したのは、先日の襲撃における魔族の出現位置です。まず前提として、彼ら魔族は転移で突然現れたと推測し、それを基に調査を行いました」


 会議室がにわかにザワついた。もし魔族が自由に転移できるとしたら、それは計り知れない驚異となる。

 人間側は、空の持つ加護の『空間魔法』でしか転移を可能としていないのだ。


「しかし転移が希少な技術であることは魔族側も同じです。そうでなければ、人類は今までの歴史で既に魔族に滅ぼされているはずです。ゆえに我々は、魔族の出現場所に予め転移魔法陣が設置されていたのだと推測しました」


 インデラは各国のいくつかのポイントに印をつけた。


「各国に一つずつ、このそれぞれの場所を調査した結果、いくつかの場所で転移魔法陣を発見しました。例えばこのマッカード帝国では、ボンド砦──これは先日の魔族襲撃において最初に占拠された砦ですが──その付近の湖の底から、設置型の転移魔法陣が確認されました」


 新たにインデラが壁に貼り付けたのは、その発見された魔法陣と思われるもののスケッチである。


「元ライジングサン王国王都付近の森など、まだ調査が不十分ゆえ見つかっていない地点もありますが、おそらくこの印をつけた地点全てに、同様の魔法陣が設置されていると思われます」

「……つまり急に魔族の部隊が襲撃してきたわけではなく、斥候のような魔族……あるいは魔族に与するものが予め魔法陣を各地に設置していた、ということでしょうか」


 おずおずと挙手をした、『ノート』の加護を持つ勇者、田中雄一が質問した。それは自ずと出てくる答えの一つに思えたが、しかしインデラは首を振って否定する。


「いえ。これだけの規模の魔法陣を一晩で作れたとは思えません。ボンドの街の湖は、シルブシェルの特産地でミスリルの湖とも呼ばれています。今はちょうどシルブシェルの収穫時期と重なっているため、毎日のように漁に人が出ているんです」

「すると、いくら斥候の魔族がいたとしても、魔法陣を作っている最中に気づかれるということですか」

「そうなります」


 一応の納得を見せる雄一。しかし、彼は発言を続けた。


「しかし、考え難い話ではあるかもしれませんが、魔族の内通者がいた可能性も捨てきれません。あるいは、ライジングサン王国の勇者である珠希さんや葵さんのように、住民が催眠を受けていた可能性も……」

「そうですね。ですが、別の観点からその線は否定してもいいと、我々調査班は予想しています」

「別の観点って何よ」


 田中雄一の横から、同じくグランツ共和国の勇者であり『光魔法』の加護を持つ合田光が、口を尖らせて割り込んでくる。


「あくまで予想の域を出ないのですが……各国の魔族が出現した地点には、ある共通点があります」

「共通点?」

「ええ。全ての場所、あるいはその付近の地域や街は、何かしらの特産品(・・・)があるんです」

「…………………?」


 会議室が沈黙に包まれる。明らかに全員の頭の上に疑問符が浮かんでいた。その中でも合田光は首を六十度に傾げている。


「どういうことよ!」

「つまり、生態系が異常なんです。例えばマッカード帝国のボンドの湖ではシルブシェルが、元ライジングサン王国王都付近の森ではケッチョーが、生態系のほとんどを占めているんです」


 そしてそれらの地域では、特産品の元となる生物や魔物を養殖したり栽培したり放牧したりしているわけではない。彼らはそこに、なぜかたまたま(・・・・・・・)大量発生している物を収穫しているのだ。


「調べたところ、魔法陣周囲の魔力濃度が高い数値を示しました。つまり、その魔力濃度の高さが生態系を乱していた可能性があります」


 インデラは壁に貼られた設置型転移魔法陣のスケッチを手で指す。


ケッチョー(ニワトリ)が先か卵が先かという話ではありますが、この魔法陣から魔族領の魔力が流出し、生態系を乱していたとも考えられる訳です」


 インデラはあえて言及することはなかったが、魔力の異常発生地帯であるから、その魔力を利用して転移魔法陣が作られた、と考えることもできる。

 しかしその場合魔力濃度は転移魔法陣により変化することとなり、生態系もこれに影響される。各特産地の収穫量が近年大きく変動していないことから、この可能性は低いとインデラ達は推測していた。


「失礼。そのボンドの湖とやらは、いつからシルブシェルが捕れたのだ」


 ドイル連邦の勇者、『肉体親和』の加護を持つ松井 健吾がした質問は核心であった。


「確認された最古の記録だと……200年前です」

「つまり少なくとも200年間、人類は魔族の用意した抜け穴に気づかなかった……というわけだな」


 会議室に重い沈黙が流れた。勇者達よりも、周囲に控えた各国の重鎮の方が表情は暗い。彼らは喉元にナイフが突きつけられていることに200年の間、気づいてすらいなかったのだ。

 その時、パンパンという手を叩く音が会議室に響く。


「ま、終わったことはええやろ。それよりも重要なんは、これからの話や」


 金城啓斗はパンッともう一つ手を鳴らした。


「とりあえず、今回の襲撃からいくつか魔族について、分かったことがある。それをおさらいしていこか? ……まず一つ目は、今回の襲撃における、奴らの目的や」

「目的……だと? 魔族に人類を滅ぼす以外の目的などあるのですか?」

「おいおい。こんな同時襲撃受けてそれはナシやで。敢えて言うけど、逆にないわけがない(・・・・・・・)やろ」


 啓斗は訝しげな重鎮の一人に、嘲るとも取れるような笑いを返した。


「今回の襲撃には、作戦が透けて見える。確実に魔王か……知略に優れた指揮官がおる。せやけど、魔族が脳筋やってことも間違いとは思わん。先代までの記録を見るに、少なくとも今まではそうやった」


 啓斗は笑いを収め、目を薄っすらと開く。


「魔族に『変革』が起ころうとしとる。思考と思想のパラダイムシフト。今まさにその真っ只中や」


 まあ、今は今回の話やと、啓斗は表情を緩めた。


「最初は転移魔法陣を機動力に見立てた、変則的な電撃戦かと思うた。転移することで断続的に自軍を展開し、俺らを撹乱させるような。……実際、空の『空間魔法』が無かったら、もっと滅茶苦茶になっとったやろな」


 そこで啓斗は、壁に貼られた地図を振り返る。


「けど、それはよく考えるとおかしい。わざわざ転移する時間をズラす必要はないはずや。おかげで俺らも対応する時間ができたわけやし」

「……転移魔法陣は一組ずつしか使えないから、順番待ちしてたんじゃないの?」

「ま、それもあるかもな。しかしそれやったら、襲撃のタイミングを決めて、皆揃ったら一斉に行けばええやん」

「まぁ、そうね」


 シュンとおとなしくなった合田光に、啓斗は苦笑する。


「意図的にタイミングをズラしたと考えるのが、多分妥当やろ。他にもおかしいところはある。投入した戦力が中途半端とか、転移した位置がバラバラ過ぎるとか、その後の動きが無いとか、色々あるけど。少なくとも、この襲撃で、人類に甚大な被害を出そうとは考えてなさそうってことやな」


 しかしそうすると、魔族の目的は一体何なのかという最初の問に返ってくる。


「ってことでインデラちゃん。ここでクイズです」

「………え? 私ですか!?」

「攻めるには中途半端。せやけど俺らがちゃんと応戦せなあかん戦力を送り込む。これなーんだ」

「えと、ええっと……威力偵察でしょうか」

「ピンポーン。正解や」


 啓斗はニヤッと笑った。


「ま、そう考えるといくつか合点がいく。多分人間側の兵力やなく、勇者の力量と位置を探りたかったんやろ。だから国ごとにバラバラに魔族を転移させたし、わざわざタイミングをズラしたんや」

「待て。国別に転移というのは、勇者の位置を探るためだと納得できる。だが、タイミングをズラすと何が分かるというのだ」

「松井くん、いい質問ですね〜」

「ふざけるな」


 眉をひそめる松井に啓斗は肩をすくめた。


「タイミングをズラしたんは、人間側に対応させるためや。そうすれば各国間の連絡速度や連携度合いが分かるやろ、何より勇者が『空間魔法』の加護……転移の能力を持ってるかが分かる。転移の有無で戦略が変わってくるのは、あちらさんもよー分かっとるやろ」

「しかし……自分で言っておいてなんですが、威力偵察と呼ぶにはやや戦力が大きすぎるのでは」

「それは当然の疑問やな。俺としては、単純な威力偵察ってだけやなかったように思う。たまたま各国に勇者がいて、『空間魔法』の加護も持ってたから、被害は軽微やった」


 だが仮に例年通り、数人しか勇者が召喚されなければ、人間側に致命的な打撃が入ることは必至だったであろう。


「あわよくばって感じやろうな。個人的には、偵察か攻撃のどちらかに徹するんがええと思うけど」

「その……『戦力が大きすぎる』っていうのは、人間から見た話ですよね」


 雄一が、やはりおずおずと発言する。


「えっと、実は魔族からしたら偵察に出す程度の戦力かもしれないと、少し思って」

「つまり、俺らが魔族側の戦力を読み違えてるかもってことやな」

「ええ、まぁ」

「それも考えたんやけど……多分それもない。あっちもあっちで、偵察には過剰な戦力を出した……いや、出さざるを得なかった(・・・・・・・・・・)んやと思う」

「どういうことでしょうか?」


 訝しげなインデラに、啓斗は3本の指を立てた。


「根拠は3つ。まず、魔族の内何人かが、自分らのことを『魔王直属護衛軍「ノーブル」の第○位』と発言しとった。字面通り捉えれば、魔王の直接的な手下ってとこやろ。そんな幹部に近い奴らを、わざわざこんな襲撃に出しとる」


 啓斗は一つ指を折る。


「根拠2つ目。作戦がチグハグや。というか、戦略レベルと戦術レベルの齟齬が大きい」

「戦略?戦術?」

「ざっくりいうと、軍隊全体の作戦部隊ごとの作戦って感じや。(まあ作戦も別の意味になってくるけど)……大きな視点と小さな視点って考えてくれたらええで」


 啓斗の言う戦略と戦術の齟齬とは、偵察という戦略に対し、直属護衛軍を名乗る部隊が深追いをしすぎていることにある。撤退を顧みない、なんなら侵略を目的としているような行動。


「逆に言うと、直属護衛軍をわざわざ動かしたから、ついでにある程度侵略もせんと釣り合わんってことかもしれんけど、正直愚策も愚策や」


 実際その中途半端な攻撃のため、魔族は重要な戦力を大いに失ったことになる。


「そして最後に3つ目。あれ以降魔族側に動きがない。ドイル連邦によると、そっちの戦線も後退したらしいで。偵察に失敗したから慎重になってるって見方もできるけど、今まで維持していた前線を下げる意味はないやろ」

「……つまりどういうことよ」

「順にまとめていくで」


 啓斗はまた3本の指を立てた。


「1つ目。直属護衛軍が直々に偵察に出てる。これで、魔王の手駒が少ないことが分かる。2つ目、戦略と戦術の齟齬。ここから、魔王は統率力が低いことがわかる」

「魔王なのに……ですか?」


 インデラはにわかに信じがたかった。魔王とは、その存在だけでそれぞれが暴れ馬のような魔族をまとめ上げることができる。ゆえにこそ魔王は魔王であり、魔王誕生が人類の危機になる所以である。


「魔王なのに、やな。思想の違いが原因かは知らんけど、この2つの根拠から言えることは一つ。『まだ知性の変革は始まったばかり』……ってことや」


 おそらく魔王より始まろうとしている、魔族におけるパラダイムシフト。しかしそれは、魔王及び直属護衛軍の一部にしか波及していないのではないか、と啓斗は推測した。


「言い換えれば、魔族は知略を錬る『改革派』と、従来通りの脳筋である『保守派』に分かれてるんちゃうかってこと。そんでこれは、3つ目の根拠に繋がる。つまり……」


 啓斗は黒い笑みを浮かべた。


「今奴ら、内部分裂しとるんちゃう?」


「な、内乱が起こっていると? 魔族にですか?」

「自分らの立場で考えてみ。改革起こそうとしてる魔王達が、作戦立てて人間襲いに行ったら見事に返り討ちにされたんやで。そら反対派が盛り上がるやろ。……まあ、内乱まで行ってるかは知らんけど、一触即発って事態ちゃうか? せやから前線から兵を引かせて戦力を内側に移した、と考えれば辻褄は合う」


 ちゅーことで、と金城啓斗はまた一つ手を鳴らした。


「ようやく今回の本題。『今攻め時ちゃう?』ってことで、お返しに急襲すんで」








「今勇者達が攻めてきたら、魔族はひとたまりもないんじゃないか?」

「まあ、そうだろうね」


 祈里の疑問に、ユニウは苦笑しつつ頷いた。


「ただでさえ『神の怒り』で戦力が文字通り半減しているのに、改革派の『魔王派』と保守派の『ヒドロ派』で内乱しようとしているんだから、魔王様も可愛そうにって感じだね」

「聞く限り、稚拙な作戦が招いた自業自得だがな」

「そう言わないでくれよ。魔王ちゃんだって知恵を振り絞って頑張って考えた初めての作戦なんだから」

「魔王『ちゃん』ってお前……」


 まるで幼い時を知っている子供をからかうような言い草に、祈里は「お前何歳だよ」と聞きたくなった。現魔王のヘリウとやらは、先々代魔王の頃から生きている吸血鬼との噂である。


「まあそれはいいとして、フリーの傭兵でもどっち派閥につくとかあるんだろう? 『魔王派』と『ヒドロ派』、どっちにつくつもりなんだ?」

「私としては断然『魔王派』だね。劣勢かもしれないけど、まだ作戦ってもんがあるからさ。『ヒドロ派』は脳筋の極みだからね。何されるか分かったもんじゃない」

「俺としては暴れられる『ヒドロ派』が良かったが……」


 なにせ脳筋派閥なら、味方も殺し放題である(祈里の偏見)。


「まあ、ユニウがそう言うなら『魔王派』にするか」

「……え!?」


 そう言った祈里に大きな反応を示したのはアリーヤであった。彼女は信じられない物を見る目で祈里を見る。


「なんだ?」

「いえ……悪いものでも食べましたか?」

「いや。なんでだ?」

「……なんでもないですけど、ですけど」


 ちょっとがっくりした様子のアリーヤに、祈里は「そんなに脳筋殺戮を楽しみたかったのか?」と彼女の人格評価を改めた。


「そうだ、ユニウ。呪魔術でわからないことがあるんだが」

「お、なんだい? 何でも聞きな?」

「ここじゃ壁を傷つけそうだから、少し外で」


 そう言って、二人連れ立って外に出る。アリーヤは一人部屋に残される形となった。

 彼女は一人黙々と呪魔術の練習を行う。


(なんですかなんですか。また二人っきりですか)


 だが、全く集中できていなかった。


(いや別にいいんですけど。ちょっとあの女のことを信用しすぎじゃないですかね? いつもの無駄な警戒心はどこへ行ったんですか)


 だからこそ、代わりにアリーヤがユニウを警戒しなければという思いもあった。だが、今感情を乱されている原因は別である。

 アリーヤは練習を一時中断し、フーっと息をついた。


(わかっている。これは「嫉妬」だ。だからこそ嫌だ。だって、だって)


 彼女はガシガシと頭を掻きむしる。


(嫉妬深すぎないですか私! 祈里の隣に女が現れたらすぐこれとか! 付き合ってもないのに! 恥ずかしい!)


 よくわからない一人相撲をしているアリーヤであった。


(いやあのレギンの街でのシスター……ファナティークに関しては別にいいですよ。明らかにすり寄って来てましたからね? 挑発もしてきましたし……でも今回は違うじゃないですか! 少なくともユニウさんは祈里に教えてるだけじゃないですか! それに対して祈里がちょっと信用しすぎてて無警戒なだけじゃないですか! なんなんですかあの男! ああいうのがタイプか!)


 最終的に矛先が祈里に向かった。

 一人相撲の行司が明後日の方向にお出かけしたところで、またアリーヤは息をつく。


(……嫌ですね。感情を自制できていない自分も嫌ですし、ふりまわされている私も嫌だ。恋愛は束縛だとよく言ったものです。これは……自由(・・)じゃない)


「なんか面白いことやっているねぇ」

「ぴゃっ」


 突然彼女の肩に手がのせられ、アリーヤは振り返った。


「な、ユニウ……さん。どうしましたか」

「いやなんか見てたら、頭をかきむしったりイライラしたり机叩いたり、かと思えば上向いてため息をついたり、すぐ悲しそうな顔になったり」

「見てたんですか……」


 一人相撲かと思えばがっつり一部始終を観戦されていた。アリーヤは耳を赤くしながらうずくまる。


「……祈里の方はいいんですか?」

「本当に聞きたいことは少しだったみたいだからねぇ。基本はほぼ完成してるみたいだけど、さらに汎用性を広げられないか模索してるみたいだね」

「さすがに早いですね」

「対してアリーヤは、うまく行っていないみたいだけど」

「……放っておいてください」

「いやいや。私も先生だからねぇ」


 ユニウは未だに蹲っているアリーヤの横に座り、囁いた。


「私もイノリも、互いをそういう対象として認識しているわけじゃないから、安心しな」

「…………」

「むしろ私はアリーヤを応援しているまである」

「……応援して、あなたになにかメリットがあるんですか?」

「しいて言えばアリーヤが集中できるようになるってことだけど、本当は……」


 疑わしげなアリーヤの目を、ユニウはニヤリと覗き込む。


「男女がイチャイチャしているのを目の前で見たい」

「……シンプルにヒドいです。真面目な空気作った私が馬鹿みたいです」

「うるせぇ早よくっつけ。両思いの恋人未満が目の前でじれったい感じにされるとちょっとやらしい空気にしたくなる」

「ヒドい。今すごくデリケートな部分を踏みにじられている気分です」


 アリーヤは項垂れた。だがユニウは止まらない。


「ただ、内乱が起こるともうイチャイチャできないだろうから、個人的には内乱までにくっついてほしいねぇ」

「知ったこっちゃないんですけど」

「でも内乱までには悩み事をさっぱり解決して、呪魔術を完成させたいだろう? 愛しの彼のためにも!」

「ウザい。シンプルにウザいです」


 アリーヤはユニウの人物評価を「厄介カプ厨」へと改めた。


「ということで、明日デートに行ってきたまえ」

「デートなら、……なんでもないです」

「ちなみに我々が会った日に二人でショッピングしてたのよりも本格的なやつだ」

「何も言ってないじゃないですか!」


 まぁまぁ、とユニウはアリーヤの肩を叩く。


「アリーヤだって、ずっと今のままでいいわけじゃないだろう?」

「それは、そうですけど……」

「そこで、恋愛強者のユニウ様からアドバイスがあるわけだねぇ」

「恋愛強者とか初耳なんですけど」

「いいかい。恋愛の秘訣はねぇ」


 ユニウが無駄に溜める。アリーヤも勢いに呑まれ、ゴクリと喉を鳴らす。


「ランチ、観光、ディナーと酒、夜景、酔っ払った勢いといい感じのムードで既成事実さ」

「時間を無駄にしましたさようなら」

「ちょっ……冗談だってアリーヤ!」


 立ち去ろうとする彼女をユニウは引き止めた。


「明日デートしたらどうかって所までは本当だよ。うまく運ぶためのプランも私が考えよう」

「不安しかないんですけど」

「アリーヤが少し協力してくれたら簡単だ。少し私の『眼』を見てくれ。そうすれば私が未来を見通して、お誘いからゴールまで、最適な道筋を教えてあげられる」


 ユニウは自信ありげに胸を張る。


「君の未来には、私がついているからね」

「不安しかないんですけど」

「ちょっと休憩〜。ん? 二人ともどうした?」

「あ、イノリ。明日アリーヤとデートしてくれないかい?」

「『お誘い』とは!?」

「別にいいが」

「よしアリーヤ! プラン通りに頑張るんだ

!」

「不安しかないんですけど!」


 なにはともあれ、デート決定。




 偵察するつもりが逆に啓斗に内部事情把握されちゃう魔王ちゃん……。



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[良い点] 普通におもろかった。早く続きが出て欲しい。 あと、主人公もっと強くしてくれー。
[一言] 一気読みしました、面白かったです!  まぁ、つづきは何時になるかは解りませんが、楽しみにしておきます。
[一言] つづきがすごい気になります!続きお願いいたします!
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