九
――入部することに決めてしまったんです。と、そう締めくくる言葉を聞いて、ベラベラとよくしゃべる、理屈っぽいOBは、その時ばかりは言葉少なに、「そうか」とだけ言って、なんだか嬉しそうに、その場を辞していった。
文学部最大のイベントである文化祭を終えて、去年の春以来の来訪のOBも帰宅し、日も落ちて、暗くなった夏の終わり、部室にいるのは、その時と同じ三人だった。
祭りが終わったからか、はたまた夏が終わるからか、蛍光灯の明かりに照らされる部室内は気怠い雰囲気に包まれていた。
OBの彼が差し入れてくれたお菓子をなんとなく口に運びいくだけで、売れ残った文集に囲まれて、文学部の時間は過ぎていく。
心地良い沈黙の中、外からザッーとたくさんの粒が固いものを打つような音が響いて、同時に、開け放した扉から、雨の匂いが入ってくる。
「雨、降ってきましたね」
大粒の雨がアスファルトに降り注いでいく様を眺めながら、ポツリとそう呟く。
「夕立だろう。すぐ止む」
返事を期待していたわけではないが、千春先輩が応えた。
視界の隅で、文乃先輩が大きく伸びをした。んぅぅ、という小さな呻きも耳に届く。終えて、ちゃぶ台に身を預けた。
会話を始める。
「夏休みも終わりだねえ」
「そうですね。朝起きれるか心配です」
いざ、イベントとなれば早起きはできたものの、行きたくもない授業となると、どうだろう。
文乃先輩が薄いポテトチップスを、パリと齧る。俺も袋に手を伸ばして、小さめのを一枚取り出して、口に放り込んだ。
咀嚼していると、千春先輩が口を開いた。
「私は、いい加減満員電車が辛いな」
彼女は俺と逆方向の電車に乗ってくるため、毎朝満員電車なのだそうだ。
「本当に、満員電車にはいい思い出が無いですよ」
そう言って、俺は体を後ろに倒し、畳に寝転がる。蒸し暑い部室の中で、少しだけひんやりとした畳が心地よい。頭のすぐ上の段ボール箱を避ける。
「あるじゃん、いい思い出」
俺の言に、文乃先輩が、面白がるような表情をしながら、反論した。
「無いですって」
それだけ返す。先輩はちゃぶ台から移動して、仰向けで寝そべる俺の横まで来た。俺の顔を覗き込むようにして、笑う。
「だって、痴漢騒動のお陰で私達に会えたんでしょ?」
俺は、少し眩しい蛍光灯の光から、顔を隠した。
「せいぜい、プラスマイナスゼロってとこです」




