七
話が中断され、嵐のように運動部が去っていったあとに残された三人は、なぜか、口を開くことはなく、期せずして、静謐な空間が戻ってきた。
四月の曇り空を小さな窓から望み、春雨を待つ、湿りけを含んで、気温の下がりつつある空気を肌で感じていると、薄暗い部室の閉塞感が大きくなっていくような気がした。狭い部屋は一層狭く感じるのに、隣の人の温もりはどこまでも離れていくような、矛盾した感覚。
隣り合う二人が持つ感覚はどうなっているのかわからないけれど、彼女達を見ていると、それぞれがそれぞれに、各々が各々に、寂しさとか思い出みたいな、壁や距離を感じているような、そんな感じが、それが春の不安定さが見せる幻想であったとしても、確かにあった。
ふと、窓の外の、木の葉の隙間から見える灰色の雲に目を向けると、少しして、無性に人と話したくなって、ぼーっと畳の目を眺めていた文乃先輩に、他愛のない疑問をぶつける。
「白松先輩はどこに行ったんですか?」
意外にも、彼女の返事はすぐになされた。声色は先程と少しも変わらず、やっぱり幻想だったのかもしれないと、心中で決した。
「新歓でしょ。体育館で新入生の前で宣伝するの」
そういえば、昨日のホームルームでそんなことを言っていたような気がする。それを見て、新入生は本格的に勧誘に身を投ずるとか。
しかし、じゃあなぜ俺はここにいるのか。
「へぇ、俺も新入生なんですけど」
特に後半を、主に右隣の人に向かって、いやみったらしく言えば、白々しい返答が返ってくる。なんとも素晴らしい先輩だ。
「そいつは奇遇だな。ここは新入部員募集中なのだが」
真っ黒い双眸がこちらを見る。薄暗い中、逆光の彼女の顔は一際見え難かったけれど、その瞳が小刻みに震えていることだけは、なぜか、よくわかった。
「他の部活を見に行くのはダメですか」
「ダメだな。君はこの部に入部するんだ」
腕を組んでそう断ずる新美先輩の表情は頑なで、今までのどこか演技くさい、一見して訳の分からない『変な人』の顔ではなかった。
単純で底の浅い、風向きに合わせてくるくる回る風見鶏の様な、見た目にわかる表情。
自然に微笑みを型作っていた自分の顔を、ぐにぐにと元に戻す。文乃先輩は目をぱちくりさせていた。
目を瞑って、黙ったままの新美先輩に向かって一つお誘いを差し上げた。
「じゃあ、勝負しましょう」
唐突な、脈絡の無い提案に、彼女は端整なその顔を、怒りでも、戸惑いでもなく、俺と同じく笑いに彩って、その目を開く。
「いいだろう」
短く、低く、奏でられた彼女の声が、弾んでいるように聞こえたのは、俺の錯覚だろうか。
その横から、状況はわかっても筋道はわからない文乃先輩が疑問を挟む。
「待って待って、なんでいきなり勝負?」
そんなものは決まっている。俺の行動原理は突き詰めれば、唯一つだ。
にっこりと、困惑に占められた文乃先輩に、笑いかける。
「先輩、人はなぜ戦争をすると思いますか?」
朱の差した顔いっぱいにはてなマークを敷き詰めた彼女が答えを紡ぐ前に、俺はたった一つの持論を告げた。
――その方が、面白いから。




