表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/23

 話が中断され、嵐のように運動部が去っていったあとに残された三人は、なぜか、口を開くことはなく、期せずして、静謐な空間が戻ってきた。

 四月の曇り空を小さな窓から望み、春雨を待つ、湿りけを含んで、気温の下がりつつある空気を肌で感じていると、薄暗い部室の閉塞感が大きくなっていくような気がした。狭い部屋は一層狭く感じるのに、隣の人の温もりはどこまでも離れていくような、矛盾した感覚。

 隣り合う二人が持つ感覚はどうなっているのかわからないけれど、彼女達を見ていると、それぞれがそれぞれに、各々が各々に、寂しさとか思い出みたいな、壁や距離を感じているような、そんな感じが、それが春の不安定さが見せる幻想であったとしても、確かにあった。

 ふと、窓の外の、木の葉の隙間から見える灰色の雲に目を向けると、少しして、無性に人と話したくなって、ぼーっと畳の目を眺めていた文乃先輩に、他愛のない疑問をぶつける。

「白松先輩はどこに行ったんですか?」

 意外にも、彼女の返事はすぐになされた。声色は先程と少しも変わらず、やっぱり幻想だったのかもしれないと、心中で決した。

「新歓でしょ。体育館で新入生の前で宣伝するの」

 そういえば、昨日のホームルームでそんなことを言っていたような気がする。それを見て、新入生は本格的に勧誘に身を投ずるとか。

 しかし、じゃあなぜ俺はここにいるのか。

「へぇ、俺も新入生なんですけど」

 特に後半を、主に右隣の人に向かって、いやみったらしく言えば、白々しい返答が返ってくる。なんとも素晴らしい先輩だ。

「そいつは奇遇だな。ここは新入部員募集中なのだが」

 真っ黒い双眸がこちらを見る。薄暗い中、逆光の彼女の顔は一際見え難かったけれど、その瞳が小刻みに震えていることだけは、なぜか、よくわかった。

「他の部活を見に行くのはダメですか」

「ダメだな。君はこの部に入部するんだ」

 腕を組んでそう断ずる新美先輩の表情は頑なで、今までのどこか演技くさい、一見して訳の分からない『変な人』の顔ではなかった。

 単純で底の浅い、風向きに合わせてくるくる回る風見鶏の様な、見た目にわかる表情。

 自然に微笑みを型作っていた自分の顔を、ぐにぐにと元に戻す。文乃先輩は目をぱちくりさせていた。

 目を瞑って、黙ったままの新美先輩に向かって一つお誘いを差し上げた。

「じゃあ、勝負しましょう」

 唐突な、脈絡の無い提案に、彼女は端整なその顔を、怒りでも、戸惑いでもなく、俺と同じく笑いに彩って、その目を開く。

「いいだろう」

 短く、低く、奏でられた彼女の声が、弾んでいるように聞こえたのは、俺の錯覚だろうか。

 その横から、状況はわかっても筋道はわからない文乃先輩が疑問を挟む。

「待って待って、なんでいきなり勝負?」

 そんなものは決まっている。俺の行動原理は突き詰めれば、唯一つだ。

 にっこりと、困惑に占められた文乃先輩に、笑いかける。

「先輩、人はなぜ戦争をすると思いますか?」

 朱の差した顔いっぱいにはてなマークを敷き詰めた彼女が答えを紡ぐ前に、俺はたった一つの持論を告げた。


 ――その方が、面白いから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ