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 結局、俺達が追いつくまで待っていた千春を先導にして、部室へと向かった。

 まず、廊下から出て、渡り廊下から延びる外階段で一階に降りる。次に、一階で本校舎に入って、昇降口まで歩いた。

 そこで言われたのがこれ。

「高遠、外靴を持ってこい」

 どうやら、もう高遠君と呼ぶ気はなくなったらしい。

 そろそろ彼女に命令口調で言われるのにも慣れてきたな。でも、一応理由を聞いておく。

「なんでですか?」

「部室棟は校舎の外だからだよ〜」

 いや、でも貴女達上履きですよね?

 ただ、いちいち反発していても仕方ないので、言う通りに下駄箱から外靴を取り出して、上履きと入れ替える。

 しかし、指示に従ったはずなのに、戻った俺を見て、二人はため息をつく。

「なんですか、その『はぁー、こいつわかってねえなあ。これだから素人は』的なため息は!」

「なぜ、上履きを脱いだ?」

「だって、部室は外なんでしょう?」

「部室まではな。だが、ここはアメリカじゃない」

「室内が土足禁止なのはわかりますけど」

「お前は室内だからと言って、体育館の中で裸足で歩くのか?」

 あ、そっか。部室も体育館みたいに上履きで入る場所なのか。学校なんだからそっちの方が自然なのかもしれない。でも面倒なシステムだな。

 一応の納得をした俺は、もう一度下駄箱まで上履きを取りに行って、履き直した。下駄箱三百七十番は覚えやすいが、ちょっと遠い。

「よし、持ったな」

 俺が外靴を手に持ち、上履きを履いていることを確認して、千春は歩き始めた。

 そういえば結局、彼女らは外靴持ってないけどいいのかな……。

 と、少し考えたところで、隣を歩くあやのが話しかけてきた。

「高遠くん、高遠くん。そろそろ重たくなってきたんだけど、半分ほど持ってはくれないかな?」

 どうやら、荷物持ちのお願いのようだ。確かに、俺を捕まえる段になってから、千春の分まで持っていたからな。それに、男が手ぶらなのも格好悪い。もちろん、手ブラでも気持ち悪い。

「いいですよ。半分と言わず全部でも」

「いえいえ、流石に部員でもないのに全部持ってもらうわけにはいきません」

 半分と言うところは譲らないらしい。結構、律儀な性格なようだ。

 しかし、見た目はこれだけど、物腰は柔らかいし、さっきのことからしても気配り上手でもある。しかも、こうしてまともに立って歩けるようになってわかったが、顔もそこそこ可愛い。モデルのようなのとは違う、着物とか似合いそうな感じだ。

 性格良し、器量良しなんだなあ。大変おモテになりそうだ。

 そんなことを考えていたから、真正面から顔を見つめたまま、文集を受け取ってしまった。

 当然、あちらも不躾な視線に気がついて、面白そうに目を細めた。

「どうしたんだい? お姉さんに惚れちゃいましたか?」

 この、気まずくならず、かつ、核心をつく言い方のチョイスが、もう既にコミュニケーションスキルの高さを物語っているな。

「いや、先輩モテそうだな、と思って」

 返答に困った俺が、正直なところを語ってしまうと、あやのは、あははと軽く笑った。

「なにそれ、ナンパみたい。見た目に似合わず軟派なんだね?」

「辞書の第二義と第四義を一台詞の中で使い分けないでください。わかりにくいです」

 俺がツッコむと、彼女は更に笑って、

「高遠くん、なかなかやるなあ」

 一体なにについてなのかよくわからない褒め言葉をもらった。


 ちょうど、会話がキリよいところで、本校舎の端に辿り着いた。ここには二つの出入り口があって、廊下からまっすぐ行けば本校舎別棟へ、九十度に折れると、生自こと生徒自治会館(生徒会室があったり、合宿用の宿泊設備があったりする)への渡り廊下に出られる。

 我々三人は、生自方面の広い出口から、俺だけは靴に履き替えて、外に出る。

 太陽のもとに出た瞬間、ふわり、と一陣の風が吹き抜けた。生温い風が気になって、空を見ると、青を塗りつぶす白の割合は学校に来る前よりも大きくなっていた。帰りは雨になるかもしれない。

「ほら、あれが部室棟」

 校舎とともに、登校時の道を挟んでいる二階建てのアパートのような建物を指して、あやのは言った。

 側面に階段が張り付いていて、そこからベランダのように廊下がせり出ている階層構造で、上下それぞれ十二程のアルミサッシが見える。扉の横には概ね下駄箱が置かれ、その他ゴミなど様々な物品もドアの前に放置されていた。

「ああ、やっぱりここだったんですね。やたらこの前で勧誘やってましたし」

「この道は人も通るしねえ」

 急な階段を登り、外から見た以上に細く、雑然とした廊下を歩く。

 汚いのが好きというわけではないけれど、その雑多坩堝な感じは、いかにも学生の部室棟らしい気がして、そこを歩いていると、なんだかこの学校の一員として正式に認められたような、不思議な高揚感があった。

「ついたぞ。ここだ」

 先頭を歩いていた千春が、二階のちょうど中程、他とは違って扉の前にすのこがおいてある部室の前で止まった。

 すのこの前には小さな上履きが脱ぎ捨てられていた。

「あれ、なは来てるんだ」

「バド部のミーティングが終わって来たんじゃないか?」

 なにやら先客がいるようで、彼女らはそのことについて会話をしながら、自然な流れで、上履きを脱ぎ、すのこに乗り上げた。

「待ってください」

「どうした?」「なに?」

 先客の上履きがあった時点で、おかしいと思っていた。その上、二人が普通に脱いだことに待ったをかける。二人は同時に、心当たりも無さげに、返事をした。

「なぜ、上履き脱いだんです?」

 俺の意趣返しのような問いかけに、千春は、狭いすのこの上でこちらに向き直り、先程の反応とは裏腹に、したり顔で即答した。

「ここは日本だからだ」

「部室内が土足禁止なのはわかりますけど」

「体育館は上履きかもしれないが、学校内と言えど部室はその限りではない」

 なんか、無駄に騙された……確かに、嘘は言っていないんだけど……。なんとも、小癪な誘導だ。

「じゃあ、なんでわざわざ持ってこさせたんですか!?」

 そう聞くと、いつの間にか上履きを履き直し、下駄箱の前まで移動していたあやのが、下駄箱の扉を一つ開いた。

「さあ、上履きをこちらへどうぞ」

「上履きを?」

「ああ。さっき通ってきた扉は五時を過ぎると鍵を閉められてしまう。わざわざ昇降口待て回るのも面倒だろうと思ってな」

 うーん、なんか引っかかるな。それならそうと、わざわざ誘導なんかせずに、あの場で言えばいいと思うんだが。

「えーと、お気遣い痛み入ります?」

「なに、気にするな」

 なんだか、二人とも俺が上履きをしまうのを待っているような気がして、片手で文集を持ち直して、胸あたりのちょうど良い高さ、開いた下駄箱の前まで上履きを持ち上げる。

 そこで、一つ気づく。

「あ、別に俺五時までここにいるつもりはないんですけど」

「それならそれで別にいいじゃないか。困ることはないだろう?」

 うーん、確かに、彼女の言うことは正しい気がするのだけれど、なにか引っかかる……。

 持ち上げた上履きをゆっくり進めて、爪先まで入ったあたりで、一つ懸念が湧く。

「ここ、盗まれたりしないですよね?」

「そんなことあるわけないだろう。二階に上がってまで下駄箱を漁る人間はそうそういないよ」

 そりゃそうか。じゃあなにがわからないんだろ。

「それより、は、早く入れないか」「そうだよ、早く早く」

 ……怪しい。だまくらかして持ってこさせ、さらにここまで急かすなんて、あからさまに怪しい。しかし、なにが……。

 外靴……五時……昇降口……下駄箱……上履き?

 あれ、先輩方は今、上履きを履いている? 五時に閉まるということ知っているということは、普段からその時間までいるわけで……となると、ここに置いておくメリット・デメリットは……。

 ぐるぐると頭を悩ませながらも、答えが出ぬままに、俺は上履きを下駄箱の中にしまった。すぐさま、横からあやのが扉を閉める。

「よし、しまったな」

「私もついでに靴だしとこー」

 満足げな千春と俺が今入れた場所の斜め下の扉を開くあやの。そして、中から使い古されたローファーを取り出す。

 今ここにあるってことは、朝ここに入れたってことで…………朝!?

「あ! もしかして、先輩は登校して、ここで靴履き替えるんですか!?」

「ようやく気づいたか」

 勝ち誇ったように言う千春。高笑いとかしてもおかしくない雰囲気だ。少し下がった目尻に口元が緩んだ。

 俺としては――ここまで乗せられた上で言うと負け惜しみのようだけど――こうやって、些細なことで詭弁を弄し、緊張した様子で騙り、最後には誇らしげに微笑む、彼女のような行動は、どちらかと言えば爽やかな風で、騙されたというのに少しの楽しさがあった。終始楽しそうな彼女の様子に釣られたのかもしれない。

「ここに上履き置いて帰ったら、明日の朝部室に寄らなければならないってことか……ちょっと置いてきます」

「まーまー、お入りよ」「歓迎するぞ」


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