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三・2

 恥ずかしい……。

 同級生らしき男を脇に抱えている珍妙な先輩が現れ、教卓に立つ。

 それを見たクラスメイトの驚きとどよめきは非常に大きいものだった。クラス中がひそひそ話に沸き立つ。

「おい、あれ、あのへんに座ってたやつじゃね?」「そういえば今日学校来てなかった」「一体どういう状況なわけ?」「先輩じゃん」

 色めくクラスメイトの反応が辛い……明日から学校来たくない……。

 さらに、パシャパシャピロリンという写メの音が俺の心を刻んでいく。

「うーん、この中で入っていくの辛いなあ」

 そんなことを言いながら、あやのは照れ笑いをしながら、ドアを通って、千春の隣に立った。それから、教卓へ文集の束を置く。

「はいはーい! ちゅうもーく!」

 これ以上なく教室の視線は集中しているのだが、あやのはお約束の言葉を呼びかけて、紹介を始めた。

「私たちは文学部でーす! 今日は部活の紹介とー、」教卓の上の文集を一冊取り上げて、あちらに見えるように高く翳す。「この文集を配りに来ましたー」

 文学部なる組織だったのか、この二人は。うん、絶対近づかないようにしよう。

 そこまで言ったあやのは、「バトンタッチ」と言って、黒板に向き直る。交代選手として千春が説明を続けた。

「我々文学部は、年に四回の文集発行を活動にしています。言わば文芸部ですね。部員としての活動義務は文集用の文章作品の提出のみで、兼部することも可能です。現在、部員は二年女子三名のみなので、少し困っています。興味のある方は、本日の新歓の後3Hに来るか、部室棟二階真ん中の文学部室へどうぞ」

 普通に、まるで原稿を丸暗記したような部活紹介を始めたが、この間も俺は彼女に捕らえられたままである。クラスメイトも困惑顔だ。

 黒板にチョークでなにやら書きつけていたあやのも作業を終え、説明の終わりを見計らって教室に呼びかけた。

「はいじゃあ、文集欲しい人、手あげてー! 無料です!」

 沈黙。手を上げるものも、文集が欲しい人もいなかったらしい。まあ、男子生徒を文字通り抱えた怪しい部活の文集をわざわざ貰う人間はそうそういないだろう。

「あるぇー? 誰もいないのかー」

 不思議そうに声を上げているけど、原因はわかりきってるだろ!

「じゃあ最後に、質問ある人ー」

 こちらには、クラス中で視線が交わされ、代表として一人が挙手し、全員が思った疑問を投げかける。

「はいそこの男子!」

「えっと、その彼は……なんなんですか?」

 案の定、俺のことである。そもそも、まず俺が聞きたい。そして、やっぱり名前を覚えられていないことが少し寂しい。

 この質問には千春が答えた。

「高遠君は諸事情あって同行願っている」

 その諸事情が聞きたいんだよ! 質問した君も「はぁ……」とか言って引き下がらないで! 食い下がって!

「もうないかなー。じゃあ終わりまーす」

 結局、なぜ俺がこうなっているのかはわからずに、あやのがその場を締めてしまった。それから、彼女が教卓の一冊も減らなかった文集を持ち上げた瞬間、昼休み終了のチャイムが鳴った。

 やった! ようやく解放される――

「じゃあ文乃、行くか」

 ――と思ったのだが、なぜか千春は俺の首を離さずに、出口へと向かった。

 えぇー、なんで?

 しかし、こんな目立った状態で問答をしたくないので、ここは一旦従うことにした。

 三人揃ってぞろぞろと廊下へと出たところで、俺は口を開いた。

「すいません、俺はいつまでこうなってればいいんです?」

 二人は足を止めた。

「そうだな。ひとまず、部室へと来てもらおうか」

「今、昼休み終わりましたよね!?」

「どうせあとはホームルームだけだろう」

「先生に怒られますって!」

 それに、欠席をつけないためにわざわざ学校に来たのに、それでは意味がない。

 その言葉に、千春は少し考えるような顔をした後、校舎の奥へ体を向けた。

「佐藤先生」

 ちょうどその時、B組の隣、数学研究室から担任の佐藤先生が出てきたところだった。ホームルームのためだろう。

 声をかけられて、気づいた先生はこちらに近づいてくる。

「新美と唐澤と……捕まってるのはうちのクラスの高遠かぁ? 今日は一日サボりかと思ったぞ」

 どうやら彼女ら二人は佐藤先生と知り合いらしい。まあ、この二人であれば例え授業を受けていなくとも、教員に知られていること不思議はないが。こういうことが初めてとは思えない。

「どうした、また文学部か」

 先生の口から、予想通りではあるが聞きたくなかった言葉が転び出た。

 あぁ……こういうのは日常茶飯事なんですね。

「彼、借りていっても構いませんか?」

「まあ、あとはホームルームだけだし、別にいいだろ」

 えぇー! それが教師の言葉かよ!? 大体、俺の意思は無視か!

 そして、先生はこう続けた。 

「高遠、一応、遅刻でつけといてやるよ。でも変なことすんなよー」

 欠席でなくなったのは良いのだけれど、こうして、俺が反論する目はなくなってしまったわけだ。先生は、それだけ言って教室に入ってしまった。もう中ではホームルームが始まっている。

 またもや、訪れた強制イベントにため息をつかずにはいられない。

「じゃあ、行こうか」

 俺の諦めたような雰囲気を感じ取って、彼女は目的地へと、歩き始めた。

 冤罪からは逃げ切ったのに警察に連行されている気分だよ。

「てか、この姿勢じゃなきゃダメですか? 腰痛いんですけど」

 中途半端な角度に固定されているせいで腰に大きな負担がかかっているようだ。逃げる気も無くなったし、いい加減解放してほしい。

 すると、俺の抗議に対して、あやのがとんでもないことを言い出した。

「いーじゃん。その位置、ちはっペの意外におっきいお胸が当たるでしょ?」

 なっ……!?

 さっきから頬に感じていた、この暖かい感触はそれだったのか……! 言われてみれば、体の厚み的にはそうあるはずだ……。

「文乃、妙なことを言うなっ!」

「女子の胸の感触なんか知らないからわからなかった……!」

「恥ずかしくなっちゃうかい?」

「うるさいっ! 高遠も変なこと考えるな!」

 初対面でいきなりあんなに身体的接触を取ってきたくせに、胸があたるのは恥ずかしいのか。意識してしまうとダメなタイプなのかもしれない。慌てている声も相まって少し可愛い。

「まあ、今更逃げも隠れもしないだろうしな」

 それから、照れ隠しに小さくオホンと咳払いをして、俺の首から腕を外した。そして、俺の顔を見るのが恥ずかしいのか、背を向けて先に歩いて行ってしまう。

 久しぶりに腰が伸ばせる感動に浸りつつ、大きく背伸びをすると、あやのがこっちに体を向けて、意外にも綺麗な歯並びを見せながら、小さなピースサインを文集の山の麓から寄越した。

 なるほど、この展開は予想済みだったわけか。

 それなら俺も、と相手に合わせて左手の親指を立て――グッジョブを送った。頷くあやのを見て、手を下げたところで、

「文乃、高遠、早く来い」

 廊下の端の扉、さっき二人と出会ったところで、なぜか不自然に横を向きながら、千春が声をかけてくる。

 先に行ったんじゃないのか。ていうか、まだこっち見れないのか。

 むう、彼女、意外と……。

 そんな思いを含めて、あやのへ目を向ければ、彼女もちょうど同じようにしていた。

 その表情を見ると、思いを一にしていたことは明白で、お互いに顔を見合わせながら、笑ってしまった。

 どちらからともなく、千春に向かって、足を踏み出した。


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