二
あとがきまで読み終えた文庫本を閉じて、腕時計を覗きこむと、時刻は十二時五分過ぎだった。
夢中になりすぎたかもしれない。
朝は、ホームルームへの遅刻の心配をしていたというのに、結果として、最低昼休み登校になってしまった。三時間以上も読んでいたのか。
まあ、いいや。どうせ今日は、授業があるわけじゃないし。確か、午前中いっぱい使って委員会・生徒会組織のオリエンテーションが行われるんだっけ。見なくたって問題ないだろ。
なってしまったものはしょうがない、と俺は新学期早々の半日サボりへの心配をやめた。ひょっとしたら家に連絡がいくかもしれない、とも危惧したが、姉や妹ならいざ知らず、家には母親しかいないのだから、怒られることもあるまい。
そんな心理的予防線を次々に張りながら、俺はトレイを片付けて、お昼時になって、混み合ってきたファーストフード店を後にする。アイスコーヒー一杯で三時間半もねばってごめんなさい。
外に出ると、空に雲がかかってきていることに気付く。この時期の天気は不安定だ。折り畳み傘の用意はあっただろうか。
春の雨を心配しながら歩いていると、ふと、麻婆春雨食べたくなった。
改札を入ってホームに降りる。どこの駅でも同じデザインの電光掲示板によれば、遅延こそ回復しているものの、次の電車が来るまでは少し待たなければならないようだ。
人のいないホームで、暇を持て余す。
ファーストフード店で文庫本を読み切ってしまったことを後悔した。そもそも、さっきの本は電車での暇つぶし用に持ってきていたものだったのに、本末転倒もいいところだ。
なんとなく、近くにあった太く、白い柱にもたれかかってみる。ただ立っているだけで疲れるというほど、体力が無いわけではない。しかし、今日はもう精神的疲労がマックスだ。少しの間でも落ち着きたい。
まったく、こんなにも嫌な出来事があったのだから、
「この後は楽しくあって欲しい……」
良い人生なんて欲張りは言わないから、せめてプラマイゼロくらいで生きていきたい、という小市民的な願望。
瞼が、少しだけ重い。
少し経って時間通り電車が来た。昼過ぎの電車内は閑散としていて、朝と同じ乗り物だとは思えない気怠い雰囲気に包まれていた。入ってすぐ右の席に座ると、正面に、俺より少し年上くらいの兄ちゃんが口を開けて眠りこけていて、俺はなんだか、自然と目を細めてしまった。
一駅向こうなだけなので、数分もすれば目的の駅に着く。だが、電車を降りて到着を確認すると、たかが登校の道のりの長さに感慨深い思いを抱いた。ほとんどの時間は読書していただけという事実には目を瞑っておく。
駅を出て、十分も歩けば、俺の通う高校だ。駅から近いのは大変よろしいのだけれど、そのせいで皆歩きだから、朝は大渋滞になるのは頂けない。
学校への道のりの途にはカレー屋やらラーメン屋やらの美味しそうな店が並んでいる。うまい具合に空腹になっている胃袋にその匂いはクリティカルヒットだが、しかし、俺はちゃんと弁当を持っているのだ。なんとかやり過ごす。
空腹通り(命名今)を抜けたら学校の門はすぐそこだ。登校時間を過ぎて閉じられた門を開けて敷地に入り、右手の柱時計に目を向ける。午後十二時三十七分。昼休み半ば、かな。
昇降口から入って、上履きに履き替えた後、階段で三階まで上がり、更に渡り廊下を渡った先の旧校舎の手前から二番目、それが俺のクラスの教室になる。まだまだ入学したばかりだからあまり実感はないけども。




