最終話 答案と個人成績表返却 優利子、烈學館強制入塾回避なるか？
翌週月曜日から、答案が続々と返却されていく。
最初に返却されたのは、世界史Ａだった。
……嘘でしょ。六四点って。前より、二六点も下がってる。
優利子は高校に入ってからの自己最低点に落胆し、顔も蒼ざめた。
一応は得意科目なので、ショックの強さは一入だったのだ。
「優利子ちゃん、元気出して。平均点も大きく下がってるみたいだし」
「ゆりちょこ、うちなんか三七やで。一夜漬けしてんけど」
休み時間、実希と千夏は慰めてくれたが、
今回、平均点は五七って言ってたけど、平均は関係ないよ。
優利子の気分は晴れなかった。
続いて返却された古典は、八三点。
これはまあ、想定通り。もう少し稼ぎたかったけど。
優利子は少しだけ安堵した。平均点は未採点のクラスがあるので公表してもらえなかった。
現国は、前回より平均点は上がったものの、優利子の点数は中間の七三点から六七点に下がってしまった。
今回も平均は、あったけど……。
優利子はまた不安な気持ちになる。
帰りのＳＨＲにて返却された生物基礎は、七八点でまずまずの出来だった。
＊
「優利子ぉ、古典は褒めてあげるけど、現国と世界史でこんなひどい点取って。もっと本気で勉強せな、あかんやないのっ！」
「ママ、その二つも平均点よりは少し上だったんよ」
「優利子は理系クラスに進もうとしとるんやろ？ 国公立目指しとるんやろ？」
「確かにそうだけど」
「ほな文系科目も全部平均より相当上やないとあかんの分かっとる？」
「分かってるって」
「実希ちゃんは、世界史なんぼやったん？」
「……九五点だったよ。ちなみに学佳は九八点」
「ほらね。いつも真面目に勉強して来た子ぉは、いくら問題が難しなって平均点が下がっても高得点が取れとるでしょ」
「私も今回は真面目に勉強したよ。実希ちゃんや学佳は私と地頭が違うんだって」
その日、優利子が帰宅したあとのリビングでの母との会話。デジャブが感じられた。
「得意科目でこの有様じゃ、もう烈學館行き確定的ね♪」
母はにやりと笑った。
「ママ、他の科目で平均を大幅に上回ったら百位超えるでしょ」
「あとは現社以外苦手科目しかないくせに、そんな奇跡みたいな事起きるはずないでしょ。明日さっそく烈學館に申し込んでおくから」
「待ってよママ。今度は絶対超えてるから」
「ふふふ。まあ、一応順位が出るまで申し込むのを期待せずに楽しみに待ってあげるわ」
「……」
優利子は不愉快そうに三つの答案を取り返すと、自室へ。
「ユリコちゃん、Ｓｈｏｗ ｍｅ ｙｏｕｒ ａｎｓｗｅｒ ｓｈｅｅｔ．」
「ユリコイル、テスト、テスト」
「優利子君、さっさとテスト見せろ」
「優利子お姉ちゃん、テストーッ」
「優利子さん、見せたくないとは思いますが、受講生の成績をきちんと把握することはわらわ達の使命ですので、お願いします」
教材キャラ達はさっそく要求してくる。モニター越しに事前に知ろうと思えば知ることは出来たのだが、弥生の権限により、優利子が帰ってくるまで待つことにしたのだ。
優利子はもちろんこの五人にも答案を見せてあげた。
「古典、高得点おめでとうございます。現国は急に成績を上げるのが難しい科目ですから、あまり気になさらないで下さいね」
弥生は満面の笑みを浮かべる。
「世界史Ａも優利子君は今回良く頑張ったと思うぜ。今回は論述問題も多くて難易度高かったし。それで六割以上はまあまあ立派だ。前回高かった分、今回大幅に下がった平均点はまるでセンター試験みてえだな」
怜央も優しく褒めてくれた。
＊
翌日火曜日も引き続きテスト返却Ｄａｙ。
朝のＳＨＲ時に返却された化学基礎、優利子の点数は六五点だった。
一時限目数学Ａ、七一点。
二時限目現代社会、八四点。
三時限目数学Ⅰ、七〇点。
いずれの科目も中間テストの時よりは一〇点以上アップしていた。
この四科目は、古典と同じ理由で平均点は公表されず。
そして四時限目。
「今からテスト返すぞー」
阪下先生による英語の授業にて、優利子の最も苦手としている英語のテストが返却されることになった。
「今回、平均点は中間より一〇点以上ダウンして五三点になってたぞ。でも模試はもっと難しいから、しっかり勉強しとくように」
阪下先生はこう付け加えて、答案を男女混合出席番号順に返却していく。
「樋上さん、次はもっと頑張ろうぜ」
「うわっ、予想通り赤点や」
阪下先生は苦笑いを浮かべて、千夏に答案を返却した。
「千夏、何点だった？」
優利子は気になって尋ねてみた。
「二四」
千夏は爽やか笑顔で堂々と言い張る。
「やばいなぁ」
優利子の表情は若干引き攣った。自分もそれに近い点数かもしれないと思ったからだ。
「心配しないで。房本さんは今回、とてもよく出来てたぞ」
「えっ……嘘ぉ！！」
優利子は受け取って点数を眺めた瞬間、驚愕の声を上げた。
一学期末以降三回連続で五〇点台だった英語が、八二点もあったのだ。
「ゆりちょこ、すごいやん！」
千夏もかなり驚いていた。
えっと、全部足すと……。
優利子は自分の席に戻ったあと、これまでに返却された九科目分の合計点を頭の中で計算してみる。九〇〇点満点中、六六四点。一科目あたりの平均は約七四点だ。
この点数で、百位以内に入れるか微妙だなぁ。
優利子は一学期末テストの時を思い出した。
その時は六七一点で、一〇四位だった。
平均点は今回、あの時より大幅に下がってるはず。
優利子はそのことを強く願った。
「優利子ちゃん、英語すごく頑張ったんだね。おめでとう」
「おめでとうございます。優利子さん、かなり実力を上げて来ましたね」
「いやあ、これはまぐれだよ」
休み時間が始まると、優利子の席へ実希と学佳が祝福の言葉を述べに来てくれた。優利子は照れくさそうに謙遜する。
実希は九七点、学佳は満点。さすがにこの二人には適わなかった。
＊
「あら優利子、意外とええ点取れたのね。実希ちゃんの答案カンニングしたんやないの？」
「してないって。っていうか、出来るわけないでしょ。私の努力、素直に認めてよ」
「ふふふ、冗談やって。せやけど、優利子がこんなに取れとるんやし、平均八〇以上はあるんやないの？」
「ママ、それはあり得ないって」
この日の帰ってからのリビングでの母とのやり取り。母は優利子の点数が予想以上に良かったことを不審に思ったようだ。
☆
その日の夜、優利子が夕飯を食べて自室に戻ると、
「ユリコイル、シグマントルがユリコイルの五教科九科目での予想学年順位、出してくれたぜ」
剛流磁がこんなことを伝えて来た。
「科目毎の予想平均点と、過去の校内テストから分析してみた結果、優利子お姉ちゃんの予想順位はぁ……」
指偶真がそう言ってから数秒間、沈黙が続く。
優利子の心拍数はかなり高まっていた。
「一〇二位。誤差はプラスマイナス五位以内となったよ」
「……微妙過ぎる」
いよいよ指偶真が告げると、優利子は苦虫を潰したような表情で突っ込んだ。
「ユリコちゃん、ネガティブになっちゃダメ。ａｂｓｏｌｕｔｅｌｙ九九位以内だって」
「優利子さん、あくまでも予想ですので」
「ユリコイル、元気出しなよ」
「優利子お姉ちゃん、これはぼくが遊びで出したものだからね。当てにならないよ」
「優利子君、自信を持て。たとえ百位以下だったとしても、母さんを説得すればなんとかなるから」
教材キャラ達は優しく励ましてくれる。
「ありがとう。でも、ママに言い訳は絶対通用しないよ」
「ユリコちゃん、このピンチを乗り越えられたら、二年後の大学受験にも大いに自信が持てるようになるよ」
それでも不安になる優利子に、クリフはウィンクして勇気付けた。
＊
翌日には副教科も返却され、優利子は保健六八、家庭科七五点で共に学年平均よりやや高い点を取ることが出来た。
☆ ☆ ☆
同じ週の金曜日、帰りのＳＨＲ開始直後。
「それではみんなお待ちかねの、個人成績表を配布するぞ」
担任の阪下先生がこう告げた瞬間、
……つっ、ついにこの時が来たぁーっ！
優利子は今まで経験したことがないくらい心拍数が上がった。
「呼ばれたら取りに来てね。赤阪くん」
テストの答案と同じく出席番号順だった。
十四番の学佳は受け取った瞬間、
よかった♪
ホッとして満面の笑みを浮かべた。またしても学年トップだった彼女の総合得点は一一〇〇点満点中一〇七七点。この高校の期末テスト個人成績表には、副教科を除いた分の総合得点と学年順位も記載されており、そちらは九〇〇点満点中八八四点。もちろんトップである。
「ゆりちょこ、いよいよ運命が決まっちゃうね」
「うん。英語で八二点も取れるとは思わなかったし、もしかすると、いけるかも」
「絶対あるって」
「優利子ちゃんなら、きっとあるよ」
それ以降のクラスメートの名前が呼ばれている最中、千夏と実希が優利子の席へ近寄って来て勇気付けてくれる。
「樋上さん」
「あっ、もううちか」
いよいよ呼ばれた千夏は慌てて個人成績表を取りに行く。
優利子も彼女のすぐ後ろなのですぐさま立ち上がって教卓の方へと向かった。
「房本さん」
「はい」
百位以上、あって下さい、あって下さい、あって下さいっ！
優利子は心の中でこう何度も唱えながら、個人成績表を受け取った。
そして休まず副教科を除いた総合得点の学年順位が載っている欄を見つめた瞬間、
そっ、そんな……あんなに、頑張ったのに。
優利子はかなり落胆する。百位を、超えられなかったのだ。三五三人中、一〇七位だった。《副教科を含めての学年順位は一一八位》
まあ、仕方ないよねぇ。これが現実かぁ。他のみんなも同じように勉強してるもんね。
優利子は暗い表情で自分の席へと戻っていく。
「ゆりちょこ、惜しくも百位超えれなかったんやな。元気出し」
「優利子ちゃん、残念だったね。でも、気を落としちゃダメだよ。冬休み明けの課題テストで頑張れば、なんとかなるよ」
千夏と実希だけでなく、
「優利子さん、前回よりは順位かなり上がっているから希望を持って」
学佳も優利子のそばへ寄って来てくれ慰めてくれた。
「まあゆりちょこ、気にせんとき。うちなんかさらに順位下がってワースト記録更新してもうたで」
千夏は苦笑いする。全科目平均点を大幅に下回り、学年順位は副教科を除くと二九七位、含めると三〇二位だった。当然のごとく、一科目も学佳に勝つことは出来なかった。
高校生になってからの最高順位だ。すごく嬉しい♪
実希は受け取った瞬間、満面の笑みを浮かべた。一〇〇八点で学年十三位。中間テストの時より三つアップ。家庭科では満点を取り、学佳より順位が上だった。副教科を除くと八一五点で十四位。中学時代は同級生二三〇人くらい中、最高六位、最悪でも十一位だった実希。一学年の人数が増え、周りの学力水準も上がったこの高校でも前回まで最高十五位、最低十九位とそれほど順位を落とすことなく済んでいるのだ。
「ママにどうやって言い訳しよう？」
解散したあと、優利子は廊下を俯き加減で歩きながらため息まじりに呟いた。
「ゆりちょこ、七つくらいの差ぁやったら、大目に見てくれるかもしれへんよ」
「ここは優利子さんの高度な説得力が試されますね」
千夏はにこやかな表情で、学佳はきりっとした表情で言う。
「優利子ちゃん、塾に行きたくない、マンガ類捨てられたくないってこと、わたしもいっしょにおば様に交渉してあげるよ」
実希はとても心配してくれる。
「なんか、悪いけど。頼むよ、実希ちゃん」
優利子は自分の力だけでは絶対無理だろうと感じ、実希に協力を求めることにした。
優利子、実希、学佳、千夏の四人はいっしょに帰り道を進んでいく。週に二、三回はこの四人で途中までいっしょに帰っているのだ。
四人が正門を通り抜けてから三分ほどが過ぎた頃、
プップー♪ と、四人の後方から、車のクラクション音がした。
ほとんど間を置かず、
「おーい、房本さん」
男性の叫び声。担任の阪下先生だった。四人は立ち止まる。
「あの、房本さんの個人成績表に、一箇所重大な間違いがあったんだ」
「えっ！」
阪下先生から伝えられたことに、優利子は目を丸めた。
「世界史Ａの点数が、位が逆になってるはずだから、確かめてみて」
「……そっ、それじゃぁ」
阪下先生から伝えられると、優利子は慌てて通学鞄から個人成績表の答案を取り出した。世界史Ａの得点欄をよく確かめてみる。
六四点を取ったはずが、四六点と表記されていたのだ。
「これが訂正分だよ」
阪下先生は車の窓越しに新しい用紙を渡してくれた。
「…………やっ、やったぁーっ！ ギリギリで烈學館行き回避だぁーっ！」
受け取って自分の本当の順位を知った途端、優利子の顔は瞬く間にほころんだ。
訂正された彼女の副教科を除く学年順位は、一〇七位から八つ上がって九九位となった。総合得点も六四六から十の位と一の位とが入れ替わって六六四へ。よく似ているためか優利子も配布された時気づかなかったのだ。副教科で足を引っ張ってしまい、総合では一〇九位だったがかなりの健闘である。
優利子の目は、ちょっぴり涙で潤んでいた。
「房本さん、よっぽど嬉しかったんだな」
阪下先生はそんな彼女を見て優しく微笑む。
「よかったね、優利子ちゃん」
「優利子さん、おめでとうございます！」
実希と学佳も大喜びしてくれた。
「見事な大逆転やね。なあ、ゆりちょこ、なんでそんなに急激に順位上げれたん？」
千夏は不思議そうに質問してくる。
「通信教育のおかげかな」
優利子はにこにこ顔で答えた。
「でも、それ白紙やったんやろ？」
千夏は腑に落ちなかったようで、きょとんとしながら突っ込む。
「そうだけど、ノートとしてとても役に立ったよ。烈學館行きとマンガ類捨てられないように、本気出したってものあるかな」
優利子は生き生きとした表情で説明する。
「まあ、ゆりちょこは高校入学以来ずっと学年平均未満なうちと違って、元々成績良かったもんね。うちも冬休みは頑張らんと。冬休み明けの課題テストではうちも百位以内を目指すで」
「口だけにならないようにね♪」
学佳は得意顔で千夏に忠告しておいた。
「樋上さん、ジョークじゃなく、本当に頑張らなきゃ二年生になれないかもしれないぞ」
阪下先生は苦笑いで念を押し、Ｕターンして学校へと戻っていった。
＊
「ママーッ、これ、見てくれよ！」
「どうしたの優利子？ そんなに興奮して」
優利子は家に帰り着くとすぐさま、訂正された個人成績表をリビングでお昼のバラエティ番組を見ていた母に見せ付けた。
「百位以内に、入れたの」
「あらぁ、すごいやない優利子。ひょっとして、今回は一五〇人くらいしかテスト受けへんかったんやないの？」
母はにやりとした。
「そんなこと無いって。いつも通りだよ。何人中の順位かも載ってるでしょ」
「あらほんまやね……それにしても、本当にギリギリ回避ね、優利子」
「どう、私もやれば出来るでしょ」
優利子は得意げににっこり笑う。とても上機嫌だった。個人成績表を返してもらうと、意気揚々と自室へ駆ける。
「Ｃｏｎｇｒａｔｕｒａｔｉｏｎ！」
「通信教育の不倶戴天の敵、学習塾行き辛くも回避、おめでとうございます！」
「やったな、ユリコイル」
「優利子お姉ちゃん、ぼくも極めて嬉しいよ」
「優利子君、メスブタのくせによく頑張ったな。この調子で次も更なる高みを目指して頑張れよ」
教材キャラ達もパチパチ拍手を交えて大いに祝福してくれた。
「私がこんなに順位が上がったのは、みんなのおかげだよ。ありがとう」
優利子は嬉し涙を浮かべながら感謝の気持ちを述べる。
「おいおい優利子君、泣くなよ。ただでさえひどいメスブタ顔が、ますますひどくなっちまってるぜ」
怜央は優しく微笑みかけ、頭をそっとなでてあげた。
「だって私、本当に、嬉しくって」
優利子はさらに涙がぽろぽろ溢れ出てくる。
「優利子お姉ちゃん、あんまり泣くと『あー○あん』の絵本みたいに、お魚さんになっちゃうよ」
「ユリコイル、喜びの刺激が閾値に達したんだな。ちなみに涙の原料は血液なんだぜ」
「優利子さんの目にも涙ですね」
「ユリコちゃん、Ｄｏｎ‘ｔ ｃｒｙ．学校の定期テストなんて、ただのｗａｙｐｏｉｎｔだよ。泣くのは、第一志望大学にパスした時だよ」
他の四人は微笑ましく眺めていた。
☆ ☆ ☆
「うーん、どうしよう。提出期限明日までだよ」
あれから数日が過ぎたある日の夜、優利子は自室で学習机の椅子に座ってプリントを眺めながら悩んでいた。
「文理選択希望の最終調査かぁ。ユリコちゃんは文系に進むんだよね？」
クリフが覗き込んでくる。
「いや、私は理系に進もうかなぁっと」
「えっ！ おれさま、てっきり優利子君は文系に進むものだと。国語と社会科が得意なようだし、英語も今回かなり成績伸びただろ」
怜央は驚き顔になった。
「そうなんだよね。だから私、本当に理系にしていいのかなぁって。実希ちゃんは文系クラスに進むみたいだし、千夏は成績で弾かれそうだし。私も二学期の課題と中間の成績が悪いし、期末だって数学と化学は一三〇位台だったから、無理かもしれないし」
「優利子お姉ちゃん、理系に来てっ！ 優利子お姉ちゃんは理系に進むのぉーっ！ 数Ⅲの範囲までいっしょにお勉強するのぉーっ！」
指偶真は優利子にぎゅぅーっとしがみ付きながら、うるうるした瞳を浮かばせ大声でわめいた。
「ユリコイル、理系に進んで物理と化学と生物、出来れば地学もさらに深く学ぼうぜ。その方が絶対将来役立つよ」
剛流磁もきらきらした目つきで袖を引っ張って来て強く要求してくる。
「あの、指偶真くん、剛流磁くん」
優利子は当然のごとくとても迷惑がる。
「進路を、強制するのはよくないです。これは優利子さん自身の問題ですから。出来ることなら、文系に来て欲しいですが……」
弥生は暗に願う。
「優利子君の成績なら、文系の方が後々絶対楽だぜ。それによぉ、理系クラスってのは三次元のメスブタに縁のねえキモヲタ男ばかりだから、不細工な優利子君ですらそいつらのおかずにされちまう危険性だってあるんだぜ」
「ユリコちゃん、理系に行ったらミキちゃんとクラスが別になっちゃうよ」
「それは、まあ、クラスは別だったことの方が多かったから、べつに、いいよ。理系クラスでは５人中３人が国公立現役で行ってるから、文系志望でも国公立狙いだから理系に進むって子も毎年二割近くはいるみたいだし……私、理系に進むよ」
優利子は意志を固めた。
「やったぁ！ これから優利子お姉ちゃんといーっぱい付き合えるね」
「さすがユリコイル、まあ文系と理系を分けるのはナンセンスだとオレっちは思うけどな」
指偶真と剛流磁は満面の笑みを浮かべ、大喜びする。
「英語はどちらに進むにしても重要科目だから、付き合いはいっぱい出来るね」
クリフは得意げな表情だった。
「優利子君、本当にそれでいいのか？ もう一度じっくり考えてみねえか？」
「優利子さんがそうするのなら、仕方ないですよね」
「怜央くん、弥生ちゃん、私は国公立志望だから、理系学部に進んでも国語と社会科は入試で使うし、理数と英語に負けないくらいいっぱい勉強するから」
怜央と弥生に困惑顔で残念がられるも、優利子は意志を曲げなかった。文理選択希望調査表に黒のボールペンで理系クラス。地歴選択Ｂ科目については日本史か世界史か地理かで地理に○を付けた。
☆
翌日の帰りのＳＨＲの後、三者面談が始まる。
終業式の日まで数日に渡ってクラスメート全員に行われるのだ。優利子は初日の午後一時半から、実希は三時からだった。
「房本さん、期末テストよく頑張ったな。この調子でもっと順位を上げていけば、理系クラスのハードなカリキュラムでもじゅうぶんついていけるぞ。東大京大現役合格だって夢じゃないかも」
「そうですか」
阪下先生からこう告げられると、優利子は緊張が解れ表情がほころぶ。
「よかったね、優利子」
母もとても喜んでいた。
「房本さんは、大学は国公立志望かな？」
「はい。まあ、一応。阪大でも行ければいいかなぁっと」
「それなら三学期以降は今よりもっともっと良い成績が取れるように、冬休みはめっちゃ頑張らなきゃダメだぞ。この高校から阪大現役合格狙うには、学年十位以内が目安だからな。正月三が日は遊んでもいいけど、それ以外の日は一日最低五時間は勉強するように」
阪下先生はきりっとした表情で告げる。
「えーっ、そんなに？ まだ一年生なのに」
優利子は苦虫を噛み潰したような顔になった。
「受験勉強は、一年生の頃からの積み重ねが大事だからね」
阪下先生は爽やか笑顔で忠告する。
「優利子、分かった？」
母に肩をポンッと叩かれた。
「いっ、一応」
優利子は沈んだ声で答える。
「房本さん、頑張ってね。冬休み明けの課題テスト、期待してるぞっ！」
阪下先生は優しく微笑みかけ、エールを送ってくれた。
これにて三者面談は終わり、優利子と母は教室をあとにする。
「それにしても優利子、男の子と女の子のアニメ絵が描かれとる教材使って、本当に一気に成績上がったわね。母さんはまさかあんなに上手くいくとは思わへんかったわ」
「まあ、私も日々たゆまぬ努力をし続けたからね」
「よく言うわ。実希ちゃんが面倒見てくれたおかげでしょ。そういえば優利子、あの教材、十二月号は送られて来てないわよね？ 通信教育の教材って、毎月届くはずやろ？」
「初回で、来年三月までの五ヶ月分まとめて送られて来たよ」
母に不審がられると、優利子は慌ててこう答えた。
「なぁんや。そうやったの」
危ない、危ない。
優利子の心拍数はちょっぴり高まる。
「せやけど優利子、塾行かんでも大丈夫？ 母さんが小中学生の頃通わされた思い出の烈學館、優利子にも行かせてあげたいなぁ。冬期講習だけは参加した方がええんやない？」
「大丈夫だって、あんなとこ行かなくても。あの教材だけで勉強は十二分だよ」
廊下を歩きながら、楽しげに会話を弾ませる優利子と母。
「甚だ嬉しいです。教えるプロでもなく、指導法もまだまだ試行錯誤中なわらわ達を頼りにしてくれて」
「なんか照れるなぁ」
「ユリコちゃん、いいこと言ってくれるね」
「優利子お姉ちゃんに気に入ってもらえて、ぼくも嬉しさ正の無限大に発散だよ♪」
「優利子君ったら。厳しく指導した甲斐があったぜ。これからもおれさま達といっしょに成長していこうぜ」
その様子は、教材キャラ達からもテレビモニター越しにしっかり観察されていた。
音声も入るように、剛流磁が改良したのだ。
☆
『あの、優利子ちゃん、理系クラスに行けた？』
その日の夕方、優利子のスマホに実希から電話がかかって来た。
「うん。私は大丈夫だったよ」
『よかったねー優利子ちゃん、わたしも理系クラスに進むことにしたよ』
「えっ！ 実希ちゃんも理系なの！？ でも、希望調査、文系特進で出してたよね？」
予想外の報告に、優利子はかなり驚いた。
『そうなんだけど、わたし、被服学や栄養学の方にも興味があって。そのためには化学や生物をもっと詳しく勉強した方がいいかな、とも思って。それと、理系クラスは多くの科目が勉強出来るから進路の幅を広げ易いよって阪下先生からも三者面談で勧められて、変更したの』
「そっ、そうなんだ」
『三クラスだけだから、また優利子ちゃんと同じクラスになれる可能性は高いね』
「そっ、そうだね。じゃあ私、そろそろ、切るね」
『うん。優利子ちゃん、また明日ね』
「分かった」
こうして優利子は電話を切った。彼女の表情に、少し笑みが浮かんでいた。
「ミキちゃんも、理系に進むんだねっ。Ｗｏｎｄｅｒｆｕｌ！」
「ユリコイル、理系を選んでよかったな」
「あたし、これからも優利子お姉ちゃんといーっぱいお付き合い出来るからとっても嬉しい♪」
剛流磁と指偶真は満面の笑みを浮かべていた。
「数学は、特に進度が速いみたいだから不安はいっぱいあるけどね」
優利子は苦笑いする。
「優利子君、絶対国公立に進めよ。文転してもいいんだぜ」
「優利子さん、理系こそ国語はライバル達と差を付けるための重要科目です。古文と漢文はマーク模試で常に満点を狙えるように頑張っていきましょう」
怜央と弥生から真剣な眼差しで強く要求された。
「みんな、引き続きよろしくね。あとは千夏が心配だな。文系クラスの方に回されないか」
千夏は最終日の午前十一時から三者面談が組まれてあった。一人当たり通常十五分のところを彼女は三〇分取られていた。
