第六話 お泊まりしに来たよ♪
「優利子、期末テストも百位以内に入れてへんかったら、分かってるわよねぇ?」
十一月二十四日、月曜日。期末テストまであとちょうど一週間に迫った本日。寄り道はせず普段通りの午後四時過ぎに帰宅した優利子は、母から爽やかな笑顔で問いかけられた。
「烈學館行きと本を捨てるってやつでしょ」
「その通りよ。ちゃーんと覚えててえらいわ、優利子。そうならへんように頑張りや」
「はいはい」
優利子はちょっぴり不機嫌そうに生返事してリビングをあとにし、自分のお部屋へ。
「優利子君、いよいよ期末テスト一週間前だな」
「ユリコちゃん、テスト前はテンション上がるよね」
「優利子お姉ちゃん、今日からはさらに本気を出して数学頑張ろう」
「ユリコイル、化学と生物は普段あまり勉強してくれないからここでいっぱい勉強しようぜ」
「優利子さん、今日からは家庭学習時間を二時間増やしましょう」
教材キャラ達は普段以上に機嫌良さそうだった。
「分かってるよ。期末は副教科もあるのが面倒だなぁ」
「副教科も頑張らなきゃダメです。大学入試でAOや推薦を狙うなら、評定平均に大きく響くので」
今日の帰りのSHRで配布された、期末テスト日程範囲表を眺めつつため息まじりに呟いた優利子に、弥生はきりっとした表情でエールを送る。体育、書道、情報は授業評価のみで期末テストは無しだ。
「洸君はAOと推薦は邪道。当日一発勝負の一般入試で挑むべきっておっしゃってたけどな」
「私、推薦やAOは考えてないし、ママは副教科の分の成績は考慮しないって言ってたから……とりあえず平均点くらいは取れる程度に頑張るよ」
「それがベストだね。日程はDecemberの一、二、三、四、五か。今度のSaturday,Sundayはユリコちゃんをconfinementだね」
「つまり土日は幽閉されて勉強漬け、外出禁止ってことだ。覚悟しとけよメスブタ」
「えっ、でも今週の土曜は毎月買ってるアニメ雑誌の発売日なのに」
クリフと怜央から告げられたことに、優利子はどぎまぎする。
「そんなもん、テスト終わってから買えばいいだろ」
怜央は不機嫌そうな表情でこう意見した。
「でも、きっと売り切れちゃうよぅ」
「ユリコちゃん、雑誌に萌えキャラを求めなくても、ボク達がいるじゃない」
クリフはウィンクする。
「確かにあなた達はアニメの萌えキャラに匹敵、いや凌駕するくらいとっても魅力的だけど、実際に放送されてあるアニメのキャラじゃないと話題性が……」
優利子はかなり不満そうにした。
「それもテスト終了後のお楽しみということでー」
クリフににっこり笑顔で突っ込まれる。
「気になって余計勉強に実が入らないかも」
「そういう子はたとえアニメが無くても何かと理由を付けてそう言うものです。優利子さん、期末試験は今学期の成績に大きく響く一大イベントですので、一生懸命頑張りましょうね」
弥生は真剣な眼差しでエールを送る。
「分かったよ。テスト終わるまで我慢するよ。総合順位百位以内に入らないと、ママに塾へ行かされるし」
「Oh,no! ユリコちゃんのマミーはデビルだね。ユリコちゃん、これはますます本気出さなきゃいけないね。塾なんかに行かされたらボク達と付き合える時間が減っちゃうもん」
「うっ、うん」
こうして優利子は椅子に座るというか、ギラギラした目つきのクリフに力ずくで座らされる。
「優利子君の通う高校で上位百位以内なら、国公立大も余裕で目指せそうだな。半数くらいが東大に進学する灘や開成や筑駒と比較すりゃぁかなり劣っちまうけど、優利子君の高校も毎年東大一、二名、京大七、八名の現役合格者が出てるから、それなりの進学実績があるじゃねえか」
怜央は優利子の高校入学時に配布されていた高校生活の手引きの冊子、進路状況の項目を眺めながら話しかける。
「まあ、近隣の公立で二番手か三番手みたいだから。三人に一人は国公立大に進学してるみたいだし」
「優利子さんも、国公立大狙いですか?」
弥生は興味深そうに尋ねてくる。
「うん。ママもそれを望んでるし。私立大は学費高いからね」
「親孝行だな、優利子君。メスブタのくせに」
「いっ、いやぁ、そんなことは……」
怜央に頭を優しく撫でられ、優利子は頬を少し赤らめ照れくさがった。
「ユリコイル、期末テストで楽々百位以内に入れる裏技があるぜ」
「そんな方法が本当にあるの!?」
剛流磁から突然告げられたことに、優利子は驚き顔で問う。
「うん。職員室に忍び込んで問題を盗み出せばいいのだ」
「そっ、そんなことしたらダメに決まってるでしょ」
剛流磁の説明に、優利子はすかさず突っ込んだ。
「剛流磁君、校則の厳しい高校だったら退学に値する行為だぜ」
「あいだぁ~っ!」
怜央に頭をゴチッと思いっ切り叩かれ、
「カンニングは厳禁です。試験は正当な方法で臨まなければなりません!」
弥生に険しい表情を浮かべられ、
「ごめんなさぁーい」
剛流磁は慌ててぺこんと頭を下げた。
本音としてはやりたいけどね。
優利子がこう思ってしまったその時、
ピンポーン♪ といつもの朝のように玄関チャイムが鳴らされた。
「優利子ちゃん、おば様。こんばんはー」
実希がやって来たのだ。
やっぱり来たぁー。
優利子は気まずい心境に陥る。テスト直前になると実希は毎回、テスト範囲の重要ポイントなどを教えに来てくれるのだ。中学一年一学期中間テストの頃から続けている実希の習慣となっている。
「優利子ぉ、実希ちゃんが来てくれたわよーっ。下りてらっしゃぁい」
「はいはい」
母に大声で叫ばれ、優利子は部屋から出て階段を下り、玄関先へと向かっていく。
「優利子ちゃん、今日はお泊りするね」
「えっ!!」
実希からの突然の発言に、優利子は目を大きく見開く。
「優利子、よかったわね。今夜実希ちゃんがお勉強、付きっ切りで指導してくれるって」
母はにこやかな表情で伝えた。
「優利子ちゃん、今夜はよろしくね♪ 外泊許可はちゃんと阪下先生に取って来たよ」
「べっ、べつに、そこまでしてくれなくても」
優利子は困惑する。
「だってわたし、久し振りに優利子ちゃんちでお泊りしたくなったんだもん。英語の授業でパジャマパーティが出て来たでしょ。わたしもやりたいなぁって思ったの」
実希は満面の笑みを浮かべながら言う。大きめのトートバッグも手に持っていて泊まる気満々な様子であった。
「そんな理由かぁ」
優利子は納得出来たが、やはり困っている。
「実希ちゃん、自分のおウチのようにくつろいでね」
母は温かく歓迎した。
「はい、お世話になります。英語で言うとメイクユアセルフアットホームですね」
実希は靴を脱いで廊下に上がると嬉しそうに階段を駆け上がり、優利子のお部屋へ向かって行った。
「あっ、ちょっと待って、実希ちゃぁーん!」
優利子は大声で叫んだ。しかし実希は聞く耳持たず、優利子の自室に入ってしまった。
これも毎度のことなのだ。
「どうしたの? 優利子。今回はやけに慌てて。優利子が持ってるオタクっぽい物、今さら見られたってなんともないでしょ?」
母はにやにやしながら尋ねて来た。
「確かにそうだけど」
優利子はそう答えて、急いで二階へ駆け上がった。
自室の扉を開けると、
「優利子ちゃん、かわいいお人形さん、また増えたね」
実希はちょっぴり前傾姿勢になって専用ケース上をじーっと見つめていた。
よかったぁ。あの子達の姿は、見られてない。
優利子はホッと一安心する。
「優利子ちゃん、テスト範囲のプリント揃ってる? 足りないのがあったら、コピーしてあげるよ」
続いて実希は、机の上や引出を物色し始めた。
「全部揃ってるよ」
優利子はそう答えると、机の上の本立てからファイルを取り出す。科目毎にきちんと分けられ九冊あった。
「本当だ、一枚も抜けがない。えらいね、優利子ちゃん。ちゃんと整理整頓出来るようになって」
一冊ずつ捲って確認してみて、実希は大いに褒めてあげる。
「いやぁ、それほどたいしたことでもないと思うけど」
優利子はちょっぴり照れ気味。あの子達の指導のおかげだし、と心の中で思っていた。
「今までは全然出来てなかったんだから、大きな進歩だよ。そういえば優利子ちゃん、通信教育始めたんだよね。あっ、これだね。イラストすごくかわいいね。わたし、こんなイラストのTシャツがあったら着たいよ」
実希は床に置かれてあった英語のテキストを拾い上げ、表紙をじっと眺める。
「そっ、それは……」
優利子の表情は凍りつく。
「優利子ちゃん、ちゃんとやってるね」
三〇秒ほど見つめた後、実希はページを捲り始めた。
「えっ、あっ、うっ、うん。ちゃんと毎日続けてるよ」
「えらいよ、優利子ちゃん。授業中も最近はいつも真面目にノートを取るようになったし、期末テストでは良い点取れそうだね」
「うっ、うん」
優利子は背中から冷や汗を流しながら適当に頷く。
あの子達、飛び出して来ないよね?
と、優利子はかなり心配になっていた。
「じゃ、夕飯までいっしょにテスト勉強始めよう」
「うっ、うん」
優利子が椅子に座ると、
「優利子ちゃん、もう少し詰めてね」
椅子の僅かなスペースに、実希が座ってこようとして来た。
「あの、実希ちゃん。そんなに引っ付かなくても」
「でも、落ちそうだし。じゃあベッドの上でやろう」
実希はそう言うと、優利子の腕をぐいっと引っ張った。
「わわわ」
優利子はベッドの上に座らされる。
「ベッドふかふか~♪ わたし、今夜は優利子ちゃんと同じベッドで寝るね」
実希はうつ伏せになって足をパタパタさせながら言う。
「ダッ、ダメだよ。引っ付くと暑いし」
優利子は嫌がる素振りを見せる。
「あーん、お願ぁい」
「でもぉ」
「優利子ぉ、実希ちゃぁん。夕飯出来たわよー」
気まずい雰囲気を打ち消すかのように、母に叫ばれた。
二人はキッチンへと向かっていくと、
「今夜は実希ちゃんの大好物よ」
母から機嫌良さそうに伝えられた。
夕飯のメインメニューは、ハンバーグステーキだった。
「わぁーっ。とっても美味しそう。ありがとうございます、おば様。わたし、貧血で倒れて以来、苦手な緑黄色野菜を日々たくさん摂ろうと心掛けてるんです。ハンバーグは最適ですね」
実希は満面の笑みを浮かべる。
「優利子も未だけっこう好き嫌いが激しいのよ、ミカンとか」
「だって酸っぱいし」
「優利子ちゃん、ビタミンCが不足して壊血病になっちゃうよ」
「私、柑橘系は絶対好きになれないな」
優利子は苦笑いで主張し、椅子に座った。
「実希ちゃんはここに座りなさい」
母は微笑みながら、優利子の向かい側の椅子を差した。
「はい、失礼します」
実希は嬉しそうにその場所に座る。
そこ、ママの席なんだけどな。
優利子はちょっぴり気まずく感じるも、ともあれ食事開始。母は普段は誰も使ってない予備の椅子に座った。
ともあれ食事開始。
十五分ほどのち、三人が食事を終えようとしたところ、
「ただいまー」
父が帰って来た。まもなくキッチンにやってくる。
「おじゃましてます。おじ様」
「やあ実希ちゃん、お久し振りだね。ますますかわいらしくなって」
「おじ様ったら」
実希は頬をほんのり赤らめた。
「ハハハ」
父は上機嫌で笑いながら、スーツから普段着に着替えるためリビングの方へ。
「実希ちゃん、お風呂ももう沸いてるから、このあとどうぞ」
母は笑顔で伝える。
「ありがとうございます。でも、優利子ちゃん先にどうぞ。わたし、夕飯のお片づけを手伝うから」
「あら悪いわね、実希ちゃん」
「いえいえ」
「じゃあ、先に入るね」
優利子は夕飯を平らげると椅子から立ち上がり、風呂場へと向かっていった。
すっぽんぽんで風呂イスに腰掛け髪の毛を擦っている最中、
「ユリコイルゥ!」
剛流磁が湯船から飛び出して来た。
「もう、剛流磁くん。私の入浴中に入り込んでくるのはやめようね」
優利子は優しく注意する。こういうことが度々あり、優利子はもはや驚く様子は無かった。
「まあいいじゃん。生ミキガス、本当にかわいいね。生殖器と内臓のみならず細胞レベルまで観察したいくらいだぜ。ねえユリコイル、今夜はミキガスとベッドの上で百合プレイ的なことするんでしょ? あの漫画みたいに」
「……何言ってるのよ。すっ、するわけないでしょ、そんなこと」
にやにや顔で質問してくる剛流磁。優利子は焦り顔で即否定した。
「ユリコイル、つれないなぁ。パートナーを大切にしてあげなきゃダメだぜ」
「大切にするってそういうことじゃないでしょ」
剛流磁の意見に、優利子が迷惑顔で反論していたその時、
「おじゃまするね、優利子ちゃん」
浴室扉がガラガラッと開かれた。
「うわぁっ!」
「ゲッ!」
優利子と剛流磁はびくーっと反応する。
実希がすっぽんぽんで入って来たのだ。
「あれ? 男の子……」
実希は剛流磁の方に目を向けた。
「やっべ」
剛流磁はこう呟くと、一瞬で姿を消した。
「ねえ、優利子ちゃん。さっき素っ裸で銀髪の男の子がいなかった?」
実希はきょとんした表情で尋ねてくる。
「きっ、きっ、きっ、気のせい、気のせいだよ」
優利子は慌てて説明すると、
「……そうだよね? まあ、いいや。優利子ちゃん。お背中流すよ」
実希はあっという間に素の表情へと戻り、何事も無かったかのように優利子に接する。
「あっ、ありがとう」
「どういたしまして。わたしと優利子ちゃん、二人きりで入るのは、二年振りくらいだね」
「そっ、そうだね」
□
「どうしよう。ミキガスに微小時間だけどオレっちの姿見られちゃったぜ」
優利子の部屋に戻った剛流磁は苦笑いで四人に伝える。
「Oh my god!」
「剛流磁お兄ちゃん、間に合わなかったんだね」
クリフと指偶真はハハッと笑う。
「その後は何事も無かったかのように普通に接してるみてえだけどな」
怜央はモニターに二人の映像を映した。
「幸いなことに実希さんは、お部屋の様子を見る限りメルヘンチックなお方でしょうから、わらわ達の姿を見られても全く問題ないかもです」
弥生は冷静に分析する。
「それじゃあさ……」
剛流磁はあることを提案した。
□
あれから二十五分ほどのち、
「優利子ちゃん、お部屋に戻ってテスト勉強の続きやろう」
「私これから見たい番組があるんだけどなぁ」
「ダメダメ、テスト終わるまで我慢だよ」
お風呂から上がってパジャマを着た実希と優利子は、いっしょに優利子の自室へ。
「ユリコイルゥ!」
「うひゃあああっ!」
入った瞬間、優利子は思わず仰け反った。
五人全員、テキストから飛び出していたのだ。
「ちょっ、ちょっと、あっ、あの……」
「あらまっ、男の子がいっぱいいるね。女の子も一人」
実希は素の表情で的確に突っ込んだ。
「いとうつくしきかたちなる実希さん、初めまして。わらわは優利子さんに現国と古典を教えている新玉弥生です」
「ぼく、数学担当の三分一指偶真だよ」
「アイアム栗須クリフ。Englishをレクチャーしてるよ」
「長宗我部・スレイマン・怜央だ。現社と世界史担当だぜ」
「理科の原子剛流磁なのだ」
教材キャラ達は陽気な声で、実希にごく普通に自己紹介した。
「あっ、あっ、あっ、あのう……」
優利子はかなり焦る。
「はじめまして。わたし、光久実希です」
実希は爽やか笑顔で教材キャラ達に自己紹介して、ぺこんと頭を下げた。
「優利子ちゃんの家庭教師さん?」
続いて優利子の方を向き、興味深そうに問いかける。
「まっ、まあ、そんな、感じ」
優利子は焦り顔で説明した。
「オレっち達みんな、この教材の中から飛び出て来たのだ」
剛流磁はあのテキスト五冊をピッと手で指し示す。
「そうなんですかぁ。すごいですねぇ!」
すると実希は目をきらきら輝かせ、五人の方へぴょこぴょこ歩み寄った。
「もっ、実希ちゃん、この子達のこと、不思議に、思わないの?」
優利子は驚き顔で問いかけた。
「さすがにちょっとびっくりはしたよ。でも、飛び出す絵本の進化版だって考えれば、そんなに不思議には思わなかったよ」
実希はとても嬉しそうに伝える。
「そっ、そう?」
優利子はかなりホッとした。
「剛流磁さん、実希さんにあのことを謝っておきなさい」
弥生は困惑顔で命令する。
「うっ、うん」
「えっ、剛流磁くんわたしに何か悪いことしたっけ?」
実希はきょとんとなった。
「オレっち、ミキガスのお部屋にこっそり忍び込んで、下着を何枚か盗みましたのだ。ごめんなさい」
剛流磁は土下座姿勢で謝罪の言葉を述べた。
「なぁんだ。そんなことかぁ。いいの、いいの、わたし、全然気にしてないよ」
実希は爽やかな表情で言う。
「ありがとうございます。ミキガス」
実希の寛容さに、剛流磁は深々と頭を下げ感謝の意を表した。
「今夜はみんなでいっしょにテスト勉強しよう。七人でやるとすごく楽しそう」
実希は嬉しそうに提案する。
「OK.ボクもたまには他の教科もラーニングしてみたいからね」
「もちろんいいよ。ぼくもいろんな教科勉強して、もっともっと賢くなりたいから」
「わらわも勿論参加致します。理数科目の苦手意識をほんの少しでも無くしたいですし」
「オレっちもいっしょに頑張るぜ。ユリコイルとミキガスだけにたくさんの科目を学ばせるのは不公平だからな」
「洸君も専門バカにならないように幅広い教養を身につけた方が良いとおっしゃられていたから、おれさまもしぶしぶ参加してやるぜ」
教材キャラ達は快く承諾した。こうして七人で副教科を除く五教科九科目の重要項目をそれぞれ十五分から二〇分ほど軽く勉強していき、あっという間に日付が変わる頃になった。
「優利子お姉ちゃん、実希お姉ちゃん、おやすみなさーい。ぼく、いろんな教科が学べて知識も増えて楽しかったよ」
「おやすみ、ユリコイル、ミキガス。太陽の中心のように暑い夜を楽しんでね」
「おやすみなさいです」
「グッナイ! See you again,ミキちゃん」
「優利子君、実希君。おやすみ♪」
教材キャラ達は就寝前の挨拶をして、テキストに飛び込む。
「おやすみーっ。出会えて嬉しかったよ。優利子ちゃん、とってもいい子達だね」
実希は全く不思議がることなくその様子を眺めていた。
「あの、実希ちゃん。あの子達の存在は、他のみんなには絶対ナイショにしてね」
「もちろんだよ。二人だけの秘密にしようね」
実希がこう言ってくれて、優利子はホッとする。
「あの、実希ちゃん、もう一つお願いがあるんだけど、私と同じ布団で寝るのは、やめて欲しいなぁ」
「それは嫌だよ。わたし、優利子ちゃんと同じお布団で寝るぅ!」
この要求は、実希は受け入れてくれなかった。優利子は当然のように困惑してしまう。
「じゃあ私は、床で寝よっかな」
「ダメだよ。そんな所で寝たら風邪引いちゃうよ。いっしょに寝るのはわたしと優利子ちゃんだけじゃないよ。この子もいっしょだよ」
実希はそう言うと、
「じゃーん、これ見て。優利子ちゃんに取ってもらったナマちゃん。川の字に寝よう」
トートバッグからそれを取り出し、敷布団の上に置く。
「それも、持って来てたんだね」
優利子は苦笑いを浮かべながらも、なんだか嬉しくも思った。
「優利子ちゃんも早く寝よう。夜更かしは体に毒だよ」
実希はおかまいなく、いつも優利子が使っている冬蒲団に潜り込んだ。
「わっ、分かった」
優利子はそれからすぐに電気を消して、ゆっくりとした動作で慎重に同じお布団に潜り込む。
「おやすみ優利子ちゃん」
「……おやすみ」
そんな会話を交わしてから二分も経たないうちに、実希の寝息がスースー聞こえて来た。
「ねっ、眠れない」
優利子は極度の緊張で目が冴えてしまっていた。
それから三〇分くらい経っても、状況は変わらず。
間にあのナマケモノのぬいぐるみがあったため、体が引っ付き合うことは避ける事が出来たのだが、それでもやはり気になってしまう。
「ユリコイル、今、交尾する絶好のチャンスだぜ」
「うわぁっ!」
剛流磁が突然目の前に現れ、優利子はびくーっと反応した。
「ミキガスの寝顔、とってもかわいいでしょ?」
「たっ、確かにかわいいけど……」
優利子は実希の寝顔をちらっと覗いてしまった。
「まず手始めにパジャマを捲りあげて、ブラジャー外しておっぱいじかに触っちゃえ」
「そんなこと、出来るわけないでしょ」
「ユリコイル、草食動物みたいだな。同性同士でそんなんじゃ三次元の男と交尾出来ないぜ」
「剛流磁君!」
「あいたぁ!」
突然、怜央に背後から頭を叩かれた。
「すまねえ優利子君。剛流磁君がご迷惑おかけしたようで。すぐに引き戻すから」
「あーん、レオルニチン。もう少しだけぇー」
「ダメだ、優利子君困ってるだろ。剛流磁君は、今夜はおれさまと寝るんだっ!」
「やっ、やめてぇぇぇ~」
怜央は嫌がる剛流磁を、自分のものと同じ社会科のテキストに押し込めた。
「それじゃ、おやすみ優利子君。剛流磁君のことならもう心配ないぜ。自分用のテキスト以外からは、自ら脱出も侵入も出来ないからな」
怜央はにこにこしながらこう告げて、社会科のテキストに飛び込む。
そんな仕様もあったんだ。よかった。
優利子はこれで一安心する。布団に潜り込もうとしたら、
「あの、優利子君」
「うわっ!」
再び怜央が飛び出して来た。優利子は少し驚く。
「今日、というか時刻的にもう昨日だけど、実希君っていう優利子君以上に臭いメスブタがいたから体罰は控えてやったけど、また今日から復活するからなっ♪」
怜央はウィンクして、再度テキストに飛び込んだ。
「……やっぱり。実希ちゃんを、メスブタ呼ばわりするのはやめて欲しいな。私は、怜央くんに言われるとなぜか嬉しく感じちゃうけど」
優利子は苦笑いする。彼女は再び布団に潜り込んだが、やはり実希がすぐ隣に寝ていることもあって、なかなか寝付けなかったのだった。
☆
朝、七時四五分頃。
実希ちゃん、いないな。
優利子が目を覚ました頃には、すでに実希の姿は無かった。優利子はいつも通り制服に着替え、一階ダイニングへと向かっていく。
「おはようママ、実希ちゃん」
「おはよう優利子ちゃん」
「おはよう優利子、今朝の朝食、実希ちゃんも手伝ってくれたわよ」
「そうなんだ」
実希もすでに制服に着替え終えていた。制服は持って来ていなかったので、一旦家に戻ったらしい。
「わたしは卵焼きを作ったよ。食べてみて」
「美味しそう♪ いただきます」
優利子は椅子に座ると、最初に卵焼きに箸をつけた。
「けっこう、甘いね。私の好みだよ」
いつもの母の作る塩味とは違い、お砂糖いっぱいだった。
「ありがとう。嬉しいな♪」
実希は満面の笑みを浮かべる。彼女も優利子と同様、甘党なのだ。