第五話 ついにママにバレちゃった?
次の木曜日。朝、七時四五分頃。
「おはよう、ママ」
優利子が起きて制服に着替えキッチンへやって来ると、母が不思議そうな表情を浮かべながら戸棚を漁っていた。
「おはよう優利子、なんか最近、戸棚や冷蔵庫の中身が凄い勢いで減ってるの。おまけに電気代やガス代、水道代も今月はけっこう上がってるのよ。ア○エッティにでも入られたのか妖怪のせいなのかしら?」
母は首をかしげる。深夜アニメは嫌う母だが、朝夕に放送している国民的アニメやジ○リアニメ映画は大絶賛しているのだ。
「!!」
優利子はギクッと反応した。背中から冷や汗も流れ出す。
「優利子、何か心当たりない?」
「なっ、ないよ」
「何かペットをこっそり飼ってるんじゃないでしょうね? ウサギとか」
母はニヤニヤしながら問いかけて来た。
「あるわけないって!」
優利子は迷惑顔で、早口調で即否定した。
「ふふふ、冗談よ」
母は大きく笑いながらテーブル席へ戻る。
やっぱり私、疑われたかぁ。
呆れた優利子は急いで朝食を食べ終えたあと、
「ちょっと忘れ物が……」
母にこう伝えて階段を駆け上がっていく。
「実希ちゃん待たせないように、なるべく早くしなさいね」
「うん」
自室に足を踏み入れ、教材キャラ達がテキストから飛び出してくると、
「あの、私んちの冷蔵庫や戸棚、勝手に漁ったでしょ?」
困惑顔ですぐさま質問した。
「Yes! ボク、キッチンのrefrigeratorからプディングとかジェリーとかフルーツとか盗って食べたよ。ちなみに『食べる』を表す英語eatは現在形、過去形、過去分詞でeat,ate,eatenと不規則変化する動詞だからしっかり覚えておこうね」
「ぼくも漁ったよ。優利子お姉ちゃんのおウチの戸棚って、美味しいお菓子がいっぱい入ってて四次元ポケットみたいだね」
クリフと指偶真はにこにこしながら明るい声で答えた。
「いけなかったのか? すまんな優利子君。地図帳や家庭科の教科書にある食材だけでは物足りなくて、ついつい。おれさま達は優利子君の家族、つまり房本家の一員だから自由に漁っていいものかと」
「わらわもそう思っておりました。他人のおウチから私物を盗るのは立派な窃盗罪ってことは知っていましたけど」
怜央と弥生は気まずそうに告げた。
「いつ私の家族になったんよ?」
優利子は呆れ返る。
「あの、ユリコイル、ヤヨイソロイシン。じつはオレっち、ミキガスんちから、いくつか私物を盗みました」
剛流磁は申し訳無さそうに白状した。
「えっ、実希ちゃんちのも、盗ったの?」
優利子は眉をぴくりと動かす。
「うん。オレっち、ミキガスんちから下着を何枚か拝借したのだ。その……柄が、すごくかわいかったので。オレっち、服は男モノより女モノの方が好きなんだ。シグマントルと共に男の娘って設定になってるからな」
剛流磁はもじもじしながら照れくさそうに打ち明けた。
「剛流磁さん、それは泥棒さんのすることよ。ごんぎつねの世界ならあとでお詫びをしても猟銃で撃たれてますよ」
弥生は困惑顔で注意する。
「衣類・日用品は、おれさまがスーパーのチラシから取り出してあげてるだろっ!」
怜央は剛流磁の頭をグーでゴチーッンと叩いた。
「あいだぁっ! だってそれだと種類が少なくて。分からないように最近使ってなさそうな奥の方から取り出したから」
剛流磁は唇を軟体動物タコのように尖らせ、涙目で不満を呟いた。
「あとでちゃんとこっそり返してあげてね。あと、私んちの光熱費が上がってるのも、あなた達のせいでしょ?」
「はい。わらわ達は優利子さんの垂乳根がお買い物に行ってる隙に、シャワーを浴びたり炊事をしたりテレビ番組を視聴したりしています。まさに〝鬼の居ぬ間に洗濯〟をしています。あと、寒いので暖房も使わせていただきました」
弥生は申し訳無さそうに正直に伝える。
「そういうことかぁ。確かに、お風呂には毎日入らないといけないよね」
優利子は教材キャラ達の行動に同情心を抱いてしまった。
その頃、実希のおウチでは、
「あれ? パンツが入ってるところ、ちょっと引き出しやすくなったような……気のせいかな?」
パジャマから制服へ着替え中の実希が、ちょっぴり不思議に感じていたのであった。
☆
「優利子、ママに何か隠し事してるでしょう?」
その日の夕方、優利子が帰宅して玄関へ入った瞬間、いきなり母からにこにこ顔で問い詰められた。
まっ、まさか。バレちゃった? あの子達のこと。
全身から冷や汗が出て来た優利子は、
「べっ、べつに、ないけど」
やや声を震わせながら答える。
「嘘おっしゃい!」
仁王立ちしていた母は眉をへの字に曲げた。
「嘘なんかついてないって」
優利子は間髪を容れず反論する。
「まったく、優利子ったら。ママは知っとるんよ。明日、〝授業参観〟があるんでしょ?」
「……あっ、そういうこと。たっ、確かにあるよ。なっ、なんで知ってるの?」
予想外のことを指摘され、優利子は焦りつつもホッと一安心した。
「実希ちゃんがさっき知らせてくれたの。優利子、黙ってるなんてどういうつもりなの?」
母はさらに険しい表情を浮かべる。
「だって、言ったら、ママ絶対見に来るし」
優利子は困惑顔で答えた。
「まあ優利子ったら、そんなにママに見に来られるのが嫌なのかしら?」
「ママ、さすがに高校で授業参観に来る親なんてほとんどいないよ。恥ずかしいからやめて」
「ダーメ、見に行きます。よそはよそ、うちはうち」
母はきりっとした表情で、子どもをたしなめる母親の定番文句を告げる。
「そんなぁ。よりによって一番苦手な英語なのにぃ」
がっくり肩を落とし落胆する優利子をよそに、
「さてと、明日はどの服を着ていこうかしら♪」
母は行く気満々なのであった。
※
翌日金曜日、二時限目現代社会終了後の休み時間。
「ああ、嫌だなあ。ママものすごーく張り切ってたし」
優利子は英語の教科書とワーク、ノートを机に上に出したあと、学佳と千夏に向かってため息まじりに愚痴を呟いた。
「ワタシんちのママは、お仕事が忙しいから来られないの」
学佳はしょんぼりとした様子で残念そうに伝える。
「見に来て欲しいんだ……」
優利子はすかさず突っ込んだ。学佳はこくりと頷く。
「うちの母さんは見に来ぉへんよ。っいうか授業参観のプリントすら渡してへんからあること自体知らへんよ」
千夏は余裕の表情であった。
「いいなあ」
優利子は当然のごとく羨む。
「千夏ちゃん、ダメだよ、そんないい加減なことしちゃっ! 保護者向けの配布物は全部渡さなきゃ」
「ひゃうううううううっ!」
突如背後から、やや険しい表情を浮かべた実希に両肩をぐーっと押さえ付けられ、千夏はびくーっと反応した。
「千夏、そんなに驚かなくても」
優利子は楽しそうに笑う。けれども彼女の心の中は不安でいっぱいだった。
ともあれまもなく始まった三時限目、英語。開始から五分ほどが過ぎた頃、
やっぱり、来ちゃってるよ。ママ、なんて格好してるのよ。
優利子は後ろをチラッと振り返ってみた。
宣言通り、優利子の母は見に来ていた。しかも実希のママといっしょに。優利子の母は無駄に厚化粧して、秋らしい赤茶色のもみじ柄ワンピースを身に着けていた。さらに白の厚底ブーツという組み合わせ。
実希の母はココア色の春秋用カーディガンにグレーのスカート、黒色のハイヒールという無難な格好をしていた。このクラスで他に見て来ている父兄の方々は十数名いた。
「ほな先生が今から黒板に書く日本語文をノートに書き写して、各自英訳してやー」
阪下先生はこう指示すると白チョークを手に取り、『きみのレインコートが無かったら、私はずぶ濡れになっていただろう。』と板書した。
それから約一分後、
「みんな出来たかーっ? 当てるぞ。トゥデイイズノーヴェンバートウェンティワンの三時限目だから、№トウェンティフォーのミズ房本」
「はっ、はいぃぃっ!」
なんで二十四番? 普通二十一番でしょ?
いきなり当てられてしまった優利子は勢いよく椅子を引いてガバッと立ち上がり、黒板前へと向かった。白チョークを右手に取ると、
Had it not been for your raincoat,I would have been drenched to the skin.
と、やや緊張気味に板書した。
「You are correct! よく出来たな。ずぶ濡れになるも上手く訳せてるし、スペルのミスもなしだ」
すると阪下先生が笑顔で褒めてくれた。
あっ、当たってたのか。
優利子は上手く答えられた自分自身に驚いていた。
あらっ、正解したの!? 優利子らしくないわね。
母もけっこう驚く。
やったね、優利子ちゃん。でもわたし正直、優利子ちゃんが正解出来るとは思わなかったよ。
優利子の隣の席の実希も、ちょっぴり驚いていた。
*
「Congratulations! ユリコちゃん、日々の学習の成果が現れ始めてるね」
クリフは優利子の自室から、モニターを通じてとても嬉しそうに眺めていた。
「オレっちもユリコイル達の通ってる学校の授業、いっしょに参加したいぜ。今から忍び込んで来ようかなぁ。見つからねえように気体の窒素にでも変身して」
そんな計画を企てた剛流磁に、
「剛流磁さん、わらわ達は〝家庭学習用教材〟ですよ。基本的にお外へは出ず、受講生の自室に引き篭っているのが役目ですからね」
弥生はにこっと微笑みかける。
「……分かりましたのだヤヨイソロイシン。今後は緊急の場合を除き、ユリコイルんち宅内部から外へは出ません」
すると剛流磁は本能的に引き留まったのだった。