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第二話 乙女向け萌え教材到着! 開いてびっくりだよ

あれから五日後の水曜日。

「ただいまー。千夏と本屋さんとか寄ってたから遅くなっちゃった」

「おかえり優利子。ついさっき、あの変な教材が届いたわよ」

夕方六時過ぎ、優利子が帰宅すると下駄箱の上に優利子宛で【品名:学習教材】と書かれたラベルの貼られた段ボール箱が置かれてあった。

「もう届いたんだ! 入金後一週間程度って書いてたから予定より早いね。それに、宅配テロもされなかったし、送り主はいい人ね。重たっ」

 優利子はわくわく気分でそれを自室へ運び入れると床の上にそーっと置き、ガムテープを解く。中には申し込んでいた五教科分のテキスト、それぞれ一冊ずつの計五冊が詰められてあった。どの教科もサイズは同じでB5用紙くらい。厚みは二センチほど。紙質もけっこう良かった。

「表紙にも、萌えキャラのイラストが描かれてる」

 優利子は最初に、英語のテキストを捲ってみた。

「おう!」

 思わず感激の声を漏らす。一ページ目に、英語に対応するキャラクターの全身カラーイラストと簡単なプロフィールが載せられていたのだ。

「この栗須クリフっていうキャラ名のカッコかわいい男の子が、解説してくれるというわけね。これはかなり期待出来そう」

 わくわくしながら次以降のページをパラパラ捲ってみる。

「あれれ? どうなってるの?」

優利子は目を疑った。要点のまとめや練習問題が載っているのかと思いきや、何も書かれていなかったのだ。

「こっちは……」

 続いて社会科のテキストを捲って確認してみる。これも表紙と最初のページにキャラクターイラストとプロフィールが載せられているだけで、あとは白紙だった。

「……どれも、真っ白だ」

全教科分捲ってみて、優利子はさらに目を疑った。

「中身は、いったいどうなってるんよ。今月号には付いてないの?」

 優利子は不審に思い、父の部屋へ向かった。すぐさまノートパソコンを立ち上げ、例のホームページを開いてみる。

「……経営不振により、誠に勝手ながら、ネットショップを廃止することになりました。非常に短い間でしたが、ご利用ありがとうございました。安居院洸……」

 例のホームページは、背景を彩っていた五人の美男美女キャライラストと応募フォームが全て消え、グレイ地の背景にこんな謝罪文が述べられただけの仕様に簡素化されていた。

「こっ、これって。中学の時に家庭科で習った、消費者にお金だけ払わせてトンズラする、通販詐欺ってやつじゃ……」

 優利子は焦りの表情を浮かべた。

 パソコンの電源を落とし自室に戻ると、段ボール箱の中にもう一つ入ってあったB5用紙一枚分の説明書を確認してみる。

 2頭身くらいにデフォルメされた、八歳くらいに見えるショタキャラのカラーイラストが描かれており、ふきだしに丸っこくかわいらしい文字でこんなことも書かれてあった。

「お友達に紹介すると、半額返却するよ♪」

 優利子は棒読みで読み上げると、

「もろにマルチ商法じゃないっ」

 説明書をぐしゃぐしゃに丸め床に叩きつけ、嘆きの声を上げた。

     ☆

 その日の夕食団欒時。

『次のニュースをお伝えします。架空請求詐欺の疑いで、株式会社コバルトラーニング社長、桑田麗奈容疑者(45)を逮捕しました。桑田容疑者は、架空の幼児・小学生向け学習教材をインターネット上で通信販売したとして、少なくとも五〇名以上の顧客から二百万円以上を騙し取った疑いがあり……《中略》……調べに対し、桑田容疑者は「一切知りません!」と容疑を否認しているという……』

リビングのテレビから流れていた、夜七時台のこのニュースを聞いて、

「……」

優利子は背中から冷や汗が流れ出た。

「ネット通販っていうのは、詐欺まがいのものも多いからな。うちの生徒の中にも化粧品で騙された子がいたよ」

 テレビを眺めながら、父はため息まじりに呟く。

「優利子、あの教材は大丈夫だったの?」

「うん」

 母から問いかけられたことに、優利子は素の表情できっぱりと答えるが、

この教材じゃないけど……絶対、騙されたよね。十万以上も払ってもらったのに。

 後悔の気持ちと父に対する罪悪感でいっぱい。一刻も早くここから抜け出したかった。

優利子は急いで夕食を取り、自室に戻る。明日の授業の用意を整え、ベッドに寝転がってこれからどうすればいいのか考えていた最中、彼女所有のスマホの着信音が鳴り響いた。

 着メロは今流行りのアニソンだ。

「千夏か」

 番号を確認すると優利子はこう呟いて、通話アイコンをタップする。

『ゆりちょこ、教材、届いた?』

 千夏は陽気な声でいきなり質問して来た。

「うん。今日帰ったら届いてた」

『おう、ついに来たんか。中身どんな感じやった?』

「あのさ、千夏。この教材、美男美女キャライラストが表紙と最初のページに描かれてただけで、あとは白紙だったの。自由帳みたいに」

『えっ! マージで?』

「うん、アニメ雑誌の付録に時々キャライラスト入りのノートが付いてくるでしょ。そんなのが五冊送られて来ただけって感じ。とても十万円の教材とは思えないよ。千円でも高過ぎるくらいよ」

『落ち着きゆりちょこ、それって十ヶ月分まとめての値段っしょ。来月はすっごい豪華付録が送られてくるんじゃないの?』

「それがさぁ、販売元のホームページも閉鎖されてたの。謝罪文があったよ」

『そうなんか。そりゃ完璧に詐欺やね、その教材売ったとこ。せっかく説得出来たのに残念やったね、ゆりちょこ。まあ、何かしら送られて来ただけでもマシじゃん』

 千夏がくすくす笑っている様子が、電話越しにでも分かった。

「私の身にもなってよぉ~」

『落ち着きってゆりちょこ、うちなんかさぁ、小学校の頃の話だけどヤ○オクの商品、二万円の初回限定生産のフィギュアやねんけど、お金払ったあと何も送られて来んかったことがあるんよ』

「なんでヤ○オクが使えたんよ? 十八歳以上じゃないと使えないでしょ」

『父さんに頼んで申し込んでもらってん』

「ああ、そういうことね」

『まあゆりちょこ、これも社会勉強だと考えればいいじゃん。将来きっとええ思い出になるって。ほなね』

「……うん、また明日ね」

 しょんぼりとした声で告げて、優利子は電話を切った。

……これ、ママには中身こんなんだったって絶対バレないようにしなきゃ。

 沈んだ気分で英語のテキストをパラパラと捲っていたその時、予期せぬ出来事が――。

「あっ、あのう」

 どこからか、聞きなれぬ男の子の声が聞こえて来たのだ。

「なに? 今の声」

 優利子は不思議に思い、周囲をきょろきょろ見渡す。

耳元で聞こえた気がするんだけど、誰もいないよね?

 少しドキッとしながらそう思った直後、

「うっ、うひゃわぁぁぁっ!」

 優利子はあっと驚き、口を縦に大きく開けて、絶叫した。

 突如、英語のテキストの中から、飛び出して来たのだ。

服装は『Let‘s enjoy studying♪』とホワイトロゴプリントされたオレンジ色Vネックシャツに、デニムのジーパンという組み合わせ。ほんのり茶色なナチュラルショートヘア、つぶらなグレーの瞳。背はやや高めで、一七〇センチ台半ばくらいあるように見えた男の子が――。

イラストそっくりだった。紙上に描かれた人間の男の子が飛び出してくるという、物理現象を完全無視した出来事が今しがた優利子の目の前で起こったというわけだ。

「グッイーブニン、ナイストゥーミートゥ。ボク、ユリコちゃんに英語を指導することになった、栗須クリフだよ。アイムフロムインジィイングリッシュテキスト、リトゥンバイアンキョインヒカル。ユリコちゃんと同じ学年、十年生だよ。アイムフィフティーンイヤーズオールド。マイファザーがアメリカン、マイマザーがジャパニーズなハーフなんだ。ボク達といっしょに勉強頑張ろうね♪」 

 その男の子はクリフと名乗りぺこりと頭を下げ、微妙な発音の英語も交えて挨拶した。そのあと優利子の手を握り締めて来た。

「……」 

 優利子の口は、顎が外れそうなくらいパカリと開かれていた。

「Oh,ユリコちゃん、を発音する上でベストな口の形だね。Very good!」

 そんな姿を見て、クリフは嬉しそうににこにこ微笑む。

 続いて、国語のテキストが自動的に開かれた。

そして中から今度は女の子が――。

「こんばんは、房本優利子さん。この度は飛び出す萌え教材高校講座乙女用をご購入下さり、誠にありがとうございました。わらわは現国と古典を担当させていただく、新玉弥生あらたま やよいと申します。中学二年生です。今後、末永くよろしくお願い致します」

 江戸時代の町人娘を思わせる地味な着物姿だった。黒縁の丸眼鏡をかけ、濡れ羽色の髪を撫子の花簪で飾り、背丈は一五〇センチをちょっと超えるくらい。優利子に向かって丁重に深々と頭を下げ、おっとりとした口調で挨拶して来た。

さらにもう一冊、社会科のテキストからも。

「はじめまして優利子君、おれさま、社会科担当の長宗我部・スレイマン・怜央。高校二年生、グレゴリオ暦換算で十七歳だ。分からないことや悩み事があったら、遠慮せずに何でも相談してくれよ。このメスブタ」

 この男の子の背丈は一八〇センチくらい。小麦色の肌、面長でつぶらな鳶色の瞳、ほんのり栗色な髪を肩の辺りまで下ろし、色鮮やかなアンデスの民族衣装『ポンチョ』と、スコットランドの民族衣装なタータン柄スカート『キルト』を身に纏っていた。

「えっ、あっ、どっ、どうも。わっ、私、とうとうアニメの世界と現実の世界との区別が付かなくなっちゃったのかな?」

 優利子は当然のように戸惑う。

「夢じゃないよ。現実なのだ」

「実数の世界だよ」

 背後からまた聞きなれぬ二人の男の子の声がした。

「オレっち、理科担当の原子剛流磁はらこ ごるじだよ。物理・化学・生物・地学、どの選択科目でもオレっちにお任せあれ。中学一年生、十二歳。よろしくね♪ ユリコイル」

 この子は銀色の髪を螺旋状に巻いていた。四角顔でネコのように縦長な瞳、背丈は優利子よりちょっと低いくらい。イチョウの葉っぱで恥部を覆っただけの非常に露出度の高い姿だった。

「数学担当の、三分一指偶真さんぶいち しぐまです。小学四年生、十歳です。これからよろしくね、優利子お姉ちゃん」

 こちらの子は坊ちゃん刈りにしたクリーム色の髪を、松ぼっくりとパイナップルとひまわりの花、合わせて三つのチャームを付けたダブルりぼんで飾っていた。丸っこいお顔とくりくりした瞳。背丈は一三〇センチあるかないか。なんと、全裸だった。

「うひゃっ! お○んちん丸見え」

 振り返った優利子はそんな二人のあられもない身なりを目にし、反射的にのけぞる。さらに目を覆った。

「こらっ、剛流磁君、指偶真君、受講生の優利子君はエリクソンとかいう野郎のライフサイクル論によると青年期のメスブタなんだから、そんなはしたない格好で現れちゃダメだろ! おう、ちょうど都合良くいいのがあったぜ」

 怜央が注意した。そして彼は、学習机備え付け本棚に並べられてあった、優利子が学校で使っている地図帳を手に取りパラパラッと捲る。

続いて、開かれたページに手を添えると、なんと波打つ水面のように揺らいだのだ。

 三秒ほどのち、怜央は何かを掴み上げた。

「これを着ろ」

「分かった。裸子植物風に登場してみたけど、被子植物風になるよ」

「きれいな模様だね。この部分の面積はどれくらいかな?」  

 剛流磁と指偶真に投げ渡す。この二人は素直に従ってくれた。

怜央が先ほど取り出した物の正体は、ベトナムの民族衣装『アオザイ』だった。色は純白で花柄の刺繍も施されていた。

なっ、なんでこんなことが、起こってるの?

 優利子は目の前で次々と起こった超常現象にただただ唖然とするばかり。

「絶対、夢だよね?」 

 とりあえず右手をゆっくりと自分のほっぺたへ動かし、ぎゅーっと強くつねってみる。

「いったぁーぃ!」

 痛かった。

 現実、だったようだ。

「嘘でしょ?」

 まだ優利子は、今の状況を信じられなかった。

「どうしたの優利子? さっきから騒ぎ回って」

 ガチャリと部屋の扉が開かれる。母が入り込んで来たわけだ。

「マッ、マッ、ママ! さっ、さっき、今日届いた教材の中から、おっ、おっ、男の子と女の子が、合わせて五人、飛び出して、来たのっ! ほらここにっ……あっ、あれ?」

優利子は強張った表情で伝えたものの、

「誰もおらへんやないの」

母にきょとんとした表情で突っ込まれてしまう。

「いや、さっきいたんだけど、おかしいな」

 優利子は訝しげな表情を浮かべた。

「優利子ったら、とうとうマンガやアニメの世界と現実の世界との区別が付かなくなったのね。それより優利子、はよお風呂入っちゃいなさい」

 母は呆れ顔でため息まじりにこう言い残し、部屋から出て行った。

やっぱ、気のせい、だよねー?

 優利子はハハハッと笑う。

 次の瞬間、

「あのお方が、優利子さんの垂乳根ですね」

 国語のテキストから、弥生がぴょこっとお顔を出した。

「うひぁぁぁっ!」

 優利子は反射的に仰け反る。

「また驚かせて申し訳ありません。というか、こんなに驚くとは思いませんでした」

 弥生はてへりと笑ったのち、全身を出して直立姿勢になった。

「驚くに決まってるでしょ」

 優利子は困惑顔でごもっともな意見を述べた。

 他の四人もまた飛び出てくる。

「お部屋の様子を見て、ユリコちゃんは本当にBL・乙女・百合・萌え系のアニメが大好きなガールなんだなぁってjudgmentしたんだ。これならボク達がテキストから飛び出して、三次元化する。というphenomenonを起こしてもごく普通に受け入れてくれるかなぁと思って♪」

 クリフは爽やかスマイルで楽しげに伝えた。

「優利子さんの垂乳根は、常識的なお方のようですし、わらわ達の姿を見たら腰を抜かすかと思いまして、とっさに隠れました」

「私だって相当驚いたよ」

「ユリコちゃん、ボク達の広告に3Dにも対応って説明があったでしょ?」

「いや、それって、特殊な眼鏡をかけて、最近では裸眼でも見えるやつもあるけど、実際は平面上にある映像や絵が立体的に見えるやつのことでしょ」

「優利子さん、それは前世紀的な発想ですよ。今や3Dというのは、二次元平面上に描かれたイラストが質感と触感と重量感と香りを伴って実際に飛び出してくるものなのです。優利子さん若いのにお年寄り風な考え方ですね」

 江戸時代風な格好をした弥生にくすっと微笑まれ指摘され、

「私の考えは、間違ってないと思うんだけど……」

 優利子は困惑顔だ。

「まあまあユリコイル、素粒子の世界じゃ日常生活では起こり得ない現象がしょっちゅう起きてるんだし、素直に受け入れなよ」

「優利子お姉ちゃん、二次元が三次元になることは、Z軸座標が増えたってことだよ」

 剛流磁と指偶真はにっこり笑顔で言った。

「受け入れろと言われても……ていうか、この教材を発明した人、凄過ぎでしょ」

「そりゃぁこの教材の発明者は、東大卒業生だからな」

「そうなんだ。まさに東大卒の発明品って感じね」

 怜央からどや顔で伝えられたことに、優利子は強く感心させられる。

「ボク達みんなファミリーネームは違うけど、設定上は五人兄弟姉妹だってボクたちのキャラクターデザインもしてくれた開発者さんはウザいくらい熱く語ってたよ」

「開発者って、代表者名で書かれてた安居院洸って人?」

「ザッツラーイト。その人、その人。ペンネームだからherリアルネームはボクも知らないけどね。分かるのはunmarried womanってことオンリー」

「洸さんは桜蔭から現役で東大文Ⅲに合格されたそうですよ」

 弥生がこんな説明を加えると、

「桜蔭って、あの東大合格者数女子校で一番多い学校でしょ。絵に描いたようなエリートコースだね」

 優利子はさらに強く感心させられた。 

「マーチ以下はFランが口癖で、大学入試改革に猛反対している洸さんは東大生時代、大手予備校が主催する中高浪人生対象の模擬試験の採点アルバイトをしていたそうです。そのさい、成績不振な中高浪人生達に、勉強することの面白さをもっと知ってもらいたいなとしみじみ感じたそうです。そこで、萌えキャラ達と楽しく学べる教材を作ろうと、ある日一人で乙女ロード巡りをしていた時にふと思い立ったそうです。しかしながら、ただ平面上に描かれた二次元キャラが解説するというやり方では、既存の教材でも使われていた手法なので、洸さんはさらにそれを発展させ、二次元キャラを三次元化させようと考えたそうです。キャラクターを五人にしようと思った理由は、主要五教科の数と同じということもありますが、洸さんが当時嵌っていて、また、東大を目指すきっかけとなった少年漫画のヒロインの数に倣ったということもあるようです」

 弥生は伝聞表現を何度か用いて、この教材が生まれるに至った経緯を長々と話す。

「私も二次元美男子キャラが飛び出してこないかなぁって空想しちゃうことはたまにあるけど、そんなこと絶対起こり得ないって分かり切ってるよ」

 優利子はアニメの世界と現実との区別がきちんと付いていることをアピールした。

「洸君は在学中に二次元キャラ三次元化計画を実現させるつもりだったんだけど、上手くいかなかったから就職はせずにその研究に専念するための会社を立ち上げたんだ。社員は他にも一人いたんだぜ」

 今度は怜央が説明する。

「起業したってわけかぁ。他にも似たようなこと考えた仲間がいたことにはびっくりだけど」

「洸君は計画実現のために情報科学、数学、電磁気学、量子力学、特殊相対性理論、生命科学、人間科学、心理学、音声学、その他様々な学問をたった一人で自室に引き篭もって日夜研究し、去年の三月、ついにおれさま達を三次元化させることに成功したってわけさ」

「……てっ、天才過ぎる! 二次元キャラを三次元化させるって、普通そんなこと、どう頑張っても実現出来ないでしょ」

「それが出来ちまったんだから、そう突っ込まれると反応に困っちゃうぜ。完成後、洸君はさっそくホームページを作成し、通信販売を開始したんだが、ホームページ自体を見つけてくれるやつもほとんど現れなくて、魅力が無かったのかスルーされ続けられちまったんだ」

 唖然とする優利子に、怜央はさらに説明を続ける。

「この教材、販売当初のプライスは一億円、つまりワンハンドレッドミリオン円だったんだよ」

「ええええええええっ!!」

 クリフから聞かされ、優利子はびっくり仰天する。

「あまりに売れないので、清水の舞台から飛び降りるつもりで値下げに値下げをしまして、今の価格になったんです。美少女アニメ大好きで勉強嫌いなお子さんを持つ、芦屋の六麓荘か、東京の田園調布にお住まいの教育ママさんなら、販売当初の価格でもご購入していただけるかと洸さんは想定しておられたようでして」

「いやいやいや、あり得ないから」

 弥生の説明に、優利子はすかさず突っ込んだ。

「かわいい女の子やカッコかわいい男の子キャラがいっぱい出てくるコミックやアニメやゲーム、ラノベ、同人誌のせいで成績が下がった女子高生にぴったりの教材だよってヒカルちゃんは自信満々に言ってたよ」

「まさに、私のことだな」

 クリフから聞かされ、優利子は苦笑い。

「優利子君がご購入してくれたおかげでようやく売れたわけだ。でもやっぱその価格程度じゃこれまでに浪費した研究開発費等を回収することは出来ず、莫大な負債を抱えて販売元が倒産しちゃったってわけさ」

 怜央は寂しげな声で伝える。

「そういうことだったのか」

 優利子は開発者に気を許してしまったようだ。

「でも洸さんは、会社は潰れてしまったけど、一セットでも売れてくれて、とっても嬉しいと喜んでおられましたよ」

 弥生はにこにこ顔で伝える。 

「いい人なんだか、奇人変人なんだか……その人、今はどうしてるの?」

「現在はメスブタの特権、家事手伝いすらしない筋金入りのニートだ」

 怜央が即答した。

「その用語、この間の中間テスト現社の問題で出てたよ。定義を説明せよって。Not in Education,Employment or Trainingの略だっけ? 私、その問題はちゃんと当たってたよ。千夏はうちらの将来だねって笑いながら言ってたけど。それにしても、才能の無駄遣いだね。東大出て、それだけノーベル賞級のもの凄い功績を作りながら、どうしてそうなっちゃったの?」

 優利子はかなり不思議に思ったようだ。

「昨今じゃたとえ東大大学院卒といえども、コミュニケーション能力、リーダーシップ、協調性というものが欠けていては、就職が上手く行かねえみてえだ。引き篭もって日夜一人で研究に勤しんでいるような人は敬遠されちまうんだと、洸君はおれさま達が優利子君ちへ向けて旅立つ前日、二〇畳の自室に篭ってFr○e! のブルーレイを熱心に視聴しながら語ってたぜ」

 怜央は呆れ顔で説明する。

「例えば優利子さんのクラスにも、お勉強はとても良く出来るけど、お友達はほとんどいないお方が一人くらいはおられるでしょう?」

「……あっ、確かに」

 弥生に問われると、学佳のことがすぐに浮かんでしまった。

「そういう子が将来、高学歴未婚ニートになりやすいみたいだ」

 怜央は説明する。

学佳も、十年後にそうなっちゃいそうな予感が……。

 優利子は学佳のことが少し心配になったようだ。

「それに、洸君はすでに三十路を迎えられているから、年齢的に就職は厳しいとか言ってたぜ」

 怜央はさらりと言う。

「社会は厳しいんだね。もう一人の、お方は?」

 優利子は気になって尋ねてみた。

「もう一人は、洸さんの垂乳根です」

「ママなんだ」

 弥生が答える。優利子は思わず突っ込んだ。

「そろそろ還暦を迎えられる彼女は研究には携わっていませんでしたよ。洸さん専属のお食事係、いわばメシスタント的な地位だったそうです」

「ちょっ……」

 次に伝えられたことに、優利子は思わず噴き出してしまった。

 その直後に、

「優利子ぉー、はよ入りなさーい。お湯冷めちゃうでしょ」

 母にまた扉を開けられた。

「わっ、分かった」

 優利子はビクッと反応し、周囲を見渡す。

 またもみんな姿を消していた。

やっぱ、夢なのかな?

 優利子は首をかしげながら電気を消して部屋を出て、風呂場へと向かっていった。

洗面所兼脱衣場で服を脱ぐと、ハンドタオルを手に取って、いつもと変わらず恥部は隠さずにすっぽんぽんで浴室に入る。続いて風呂椅子に腰掛けて、シャンプーを押し出した。

 髪の毛をゴシゴシ擦っている最中だった。

「やっほーユリコイル♪」 

 突然そんな声がしたと思ったら、湯船がバシャァァァーッと飛沫を上げ、中から剛流磁が飛び出して来たのだ。

「どっひゃぁぁぁぁぁぁぁーっ!」

 優利子はびっくりして思わず仰け反る。もう少しで後ろのタイル壁に後頭部をぶつけるところだった。

「遊びに来ちゃった♪」

 剛流磁は舌をぺろりと出して、てへっと笑う。

「もう、剛流磁くんのエッチ。ていうか、どうやって、入って来たの?」

 優利子は当然のように驚き顔だ。

「空気中、およそ二〇パーセントを占める酸素に変身してここまで浮遊して来た後、お湯の中に溶け込んでたのだ」

「そっ、そんな能力まで、使えるの?」

 優利子は目を大きく見開く。

「うん! 主要五教科五人の中で変身能力を使えるのは、理科のこのオレっちだけなんだよ。えっへん!」

 剛流磁は自慢げに、嬉しそうに答える。

「そっ、そうなんだ……っていうか、せめてお○んちんは隠したら」

 優利子は剛流磁のあの部分をばっちり見てしまい、照れ笑いしつつ手で目を覆う。

「ユリコイル、オレっち、中一だけどまだ毛が生えてないお子様体型だから全然問題ないでしょ?」

「いやぁ、でも、ちょっと、困るな」

「ユリコイル照れ屋さんだな。じゃあこうするよ。ユリコイル、手ぬぐいであそこ隠したから手をのけてみて」

「ほっ、本当?」

 言われるままに、優利子は手をゆっくりと目から離した。

 本当に手ぬぐいが剛流磁のあの部分を隠すようにしっかりと巻かれていた。

「どう? 似合う?」

「うっ、うん。それより、どうやって一瞬で?」

「さっきはオレっちの体の一部を手ぬぐいの素材、ポリエステル繊維に変化させたのだ」

「そっ、そういうことかぁ」

「酸素に変身したのもそうだけど、普通はこんなこと化学的に起り得ないでしょ。でもオレっち、物質の化学的性質とか質量保存の法則とかは完全無視して自由自在に変身出来るという設定になってるから。オレっち、当然のようにこんなのにも変身出来るのだ」

 そう告げると剛流磁はパッと姿を消して、一辺の長さ三センチくらいの立方体の形をした銀白色の物体へと変化した。そのまま重力に逆らえず湯船の中にポチャンと落下する。

 飛沫を上げた次の瞬間、

 バチバチバチッ、ポーンッ! と破裂音を立て湯船から火花も上がった。

「うひゃぁぁぁーっ!」

 優利子はさっき以上に大きく仰け反る。

 ――ゴツンッ!

「いったぁぁぁいーっ」

 後頭部を後ろ壁にぶつけてしまった。

「金属ナトリウムに変身してみたよ♪ ナトリウムは原子番号11の、体心立方格子構造を持つアルカリ金属元素でK殻に2個、L殻に8個、M殻に1個の電子があり、イオン化傾向が大きく、電子配置は【1s2、2s2、2p6、3s1】、炎色反応は黄色を示し、水と激しく反応し水素を発生させる性質を持ってるのだ。勉強になったでしょ?」

 剛流磁は再び元の姿に戻った。

「……ってことは、湯船の中、今、水酸化ナトリウム水溶液になってるんじゃないの?」

「ご名答。ちなみに化学反応式は2Na + 2H20 →2NaOH + H2だよ。浸かったらお肌ぬるぬるになるぜ」

 剛流磁は無邪気な笑顔で解説する。

「ご名答じゃないよ、危なくて入れないでしょ」

 優利子はかなり困惑した表情を浮かべる。

「変身した量は少なかったし、そんなに濃度は高くないから安全性にはほとんど問題ないんだけどね。ユリコイル気になってるようだから元の状態に戻しておくね」

 そう言うと、剛流磁はその水溶液の中にドボォォォーンッと飛び込み瞬く間に姿を消した。

「優利子、やけに騒がしいけど何かあったの?」

 母が浴室扉のすぐそばまで迫ってくる。

「なっ、なんでもないよ」

 優利子は慌てて返事した。

「優利子、今日帰ってから何か変よ」

 母はそう不思議そうに告げて、リビングへと戻っていく。

「ユリコイル、中和しておいたぜ」

 剛流磁はまたさっきの姿へ。

「うわっ」

 優利子は少しだけ驚く。

「ユリコイル、さっきオレっち、どんな物質に変身したと思う?」

「分かるはずないでしょ」

「化学式HClの塩酸だぜ。NaOH + HCl → NaCl + H20の化学反応式で表されるのだ。中学でも習ったでしょ? 中和反応における基礎中の基礎知識だからちゃんと覚えておかなきゃダメだぞ」

「……わっ、分かった」

「ユリコイルの本名の優利子って、ユリア樹脂みたいな名前だから親しみやすいよ」

「ユリア樹脂って、何?」

「熱硬化性樹脂である尿素樹脂の別称だよ。化学式CO(NH2)2の尿素とHCHOのホルムアルデヒドとを縮合重合させることによって生成されるんだ。無色透明、着色性に優れ食器や衣服のボタン、漆器の素地、麻雀牌、電車やバスの吊り輪、合板接着剤などなど幅広く利用されているのだ」

「そんなのもあるんだね」

「基礎を付してない化学の方で習うぜ。ところでユリコイルって、月一回程度、数日に渡って血液が子宮から体外に排出される三次元世界のヒトのメスで言うアノ日はもう来たのかな?」

 剛流磁はにこにこ顔で、優利子のすっぽんぽん姿をじーっと眺めながら楽しそうに質問してくる。

「もう、剛流磁くん、男の子が女の子にそういうこと聞くのは失礼よ」

 優利子は照れ笑いし、剛流磁の頭をぺチンッと叩いておいた。

「すまん、すまん。まあ気にするな。オレっちだって精通まだ来てねえから」

 剛流磁はにやけ顔だ。

「剛流磁くん、私、中三の終わり頃に初めての来たからね」

 優利子は頬をちょっぴり赤らませ、ふくれっ面で打ち明けた。

「そうだったのか。こりゃ失礼。そんじゃあユリコイル、オレっち、先にユリコイルのお部屋に戻っておくね」

 剛流磁はそう告げてウィンクし、またもパッと姿を消した。

気体の酸素に変身したのかな?

と優利子は推測した。

このお湯、本当に、大丈夫なのかな?

 恐る恐る、湯船に手を突っ込んでみる。

 いつもの湯加減と変わりなかった。確かに元通りになっていた。

 優利子は安心して洗面器にこのお湯を掬い、頭を洗い流す。

 そのさい、優利子の舌にお湯がわずかにかかった。

なんか、少ししょっぱぁい。

 優利子は少し顔をしかめる。化学反応によって生成された食塩がちょっぴり含まれていたのだ。

もう一度、冷静に考えてみよう。さっき起きたことって、本当に、現実なの? あり得ないでしょ。男の子と女の子が、テキストから飛び出して来たなんて。

 風呂から上がった優利子は脱衣場でパジャマに着替えながら、思い直してみる。

いるわけ、ないよね?

 二階に上がり、恐る恐る、部屋の扉を開けてみた。

「おかえりユリコイル」

「優利子君、メスブタ臭かった体が少しはマシになったな」

「優利子さん、入浴時間から推測すると、烏の行水ではなかったようですね」

「優利子お姉ちゃん、ちゃんと百まで数えた?」

「ユリコちゃん、入浴するは英語でtake a bathだよ」

 いた。

 さっきの五人が――彼らの姿が、しっかりと優利子の目に映った。

 消していったはずの電気もついていた。

「……あの、私、今日は疲れてるみたいだから、もう寝るね」

優利子は教材キャラ達に向かってこう伝えると電気を消してベッドに上がり、布団にしっかりと潜り込んだ。

「ありゃまっ、もう睡眠状態に入るの? ユリコイル」

「ぼく、優利子お姉ちゃんともっとお話したいのに。でもぼくももう眠いし、寝よう。おやすみ、優利子お姉ちゃん」 

「優利子君、おれさま達が三次元化したせいで、急な環境変化に順応出来ず体調崩しちまったのか?」

「そうかもしれませんよ、怜央さん。今宵はゆっくり寝させてあげましょう」

「ユリコちゃん、明日からは本格的に家庭学習指導していくよ。グッナイ!」

 こうして教材キャラ達は、それぞれの教科に対応するテキストの中へと飛び込んでいった。

……あれは、幻覚に違いないわ。

 優利子はそう思い込むことにした。


     ☆

 

真夜中、三時頃。

「ねーえ、優利子お姉ちゃぁん」

 どこからか、とろけるような声が聞こえてくる。

「――っ」

 優利子はハッと目を覚まし、ガバッと上体を起こした。

「ん?」

 瞬間、優利子は妙な気分を味わう。左腕に、何か違和感があったのだ。

「優利子お姉ちゃぁん」

「この、声は?」

 優利子は恐る恐るゆっくりと、顔を横に向けてみた。

「うひゃぁっ!」

 思わず声を漏らす。彼女のすぐ隣、しかも同じベッド同じ布団の中に、指偶真がいたのだ。

「おしっこしたいから、付いて来て、お願ぁい」

 頬を赤らめて、優利子の左袖を引っ張りながら照れくさそうに要求してくる。

「あっ、あっ、あの……」

 私は今、夢を見ているんだ。きっとそぅだ、それ以外あり得ないでしょ。

 優利子は自分自身にこう言い聞かせる。

「優利子お姉ちゃぁん、ぼく、オーバーフローして漏れそう。もう我慢出来ないぃぃぃ」

 指偶真は今にも泣き出しそうな表情になり、全身をプルプル震わせた。

これは夢だ、これは夢だ、夢に違いないって。

 けれども優利子は無視することに決めた。心の中でこう呟いて、再び布団に潜り込む。

 ほどなく彼女は二度目の眠りに付いた。


      ☆  ☆  ☆


朝、七時四〇分頃。

「うひゃあああああああーっ! うっ、嘘でしょ」

 萌えショタキャライラスト入り目覚まし時計の、とろけるようなボイスアラームと共に目覚めた優利子は、起き上がった直後に絶叫した。

 布団とシーツが、おしっこまみれになっていたのだ。

「こっ、これって……」

 優利子は布団とシーツを見下ろす。彼女の着ているパジャマも、おしっこまみれだった。ちょうどズボンの前の部分が黄色いシミになっていた。もちろんにおいも併せて漂う。

どう処理しよう。

 冷や汗を流し、深刻そうな表情で悩んでいたその時、

「優利子、どうしたの? 朝からご近所迷惑な大声出して」

「うわっ! マッ、マッ、ママッ!」

 折悪しく、扉が開かれ母が入り込んで来た。

「ん? 何これ? 優利子、ひょっとして、おねしょしたのぉ?」

 母は優利子のパジャマズボンの前側をじーっと見つめながら、にこやかな表情で問い詰めてくる。

「ちっ、違う! 断じて違うのママ。これは、真夜中に、小学生の男の子が私の布団に入り込んで来てそれで、その……」

 優利子は必死に言い訳しようとする。

「優利子、アニメの世界と現実の世界を混合するんじゃないの」

 母はくすっと笑った。

「ほっ、本当なんだって。その、あの教材の中から、飛び出して来て」

 優利子は床の上に置かれたそれを指差しながら訴えてみた。

「はいはい、メルヘンチックなこと言ってないではよ着替えなさい。実希ちゃんもうすぐ来ちゃうわよ」

 けれどもやはり無駄だった。母はにやにや笑いながら命令してくる。

「信じてよぉー」

優利子は悲しげな表情を浮かべながらパジャマを脱ぎ、下着も替えた。そして制服に着替え始める。

「それ、貸しなさい」

「いいって、私が持っていくから」

「まあまあ優利子、恥ずかしがらずに」

「あっ!」

 あっという間に、パジャマ一式と下着を奪われてしまった。

「早めに洗濯しなきゃ、汚れが落ちにくくなるでしょ」

 母は部屋から出て、意気揚々と階段を下りていく。

 今、時刻は七時四七分。

まだ大丈夫ね。

 優利子がそう思った直後、ピンポーン♪ と玄関チャイムが鳴ってしまった。

「おはようございまーす、優利子ちゃん、おば様。今日は昨晩お祖母ちゃんちから届いた秋のお野菜果物詰め合わせをお裾分けするため、少し早めに来ちゃいました♪」

いつもより十分ほど早く実希が迎えに来てくれたのだ。しかも実希が玄関扉を開けたのと、母が階段を降り切って玄関前に差し掛かったのとが同じタイミングだった。

「おはよう実希ちゃん、今朝優利子ね。おねしょしちゃったのよ。これ見て♪」

 母は嬉しそうに、実希の目の前に黄色く変色し特有のにおいも漂わせていた優利子のパジャマをかざした。

「あらまぁ」

 実希は段ボール箱を両手に抱えたままやや前かがみになり、興味深そうにそれをじっーと見つめる。 

「わああああああああーんっ、えっ、冤罪よぉーっ!」

 優利子は長袖ワイシャツに首と袖を通しつつ、慌てて階段を駆け下りながら弁明する。

「優利子ちゃん、恥ずかしがらなくても。たまにはこういうことだってあるよ」

 実希は柔和な顔でフォローしてあげた。

「あの、実希ちゃぁん」

 知られてしまった優利子は、かなり沈んだ気分になる。

「優利子、はよ顔洗って朝ごはん食べて、学校行く準備しなさい」

 母は笑いながら命令する。

「わっ、分かったよ」

 優利子はしょんぼりとした気分で洗面所へ向かっていった。

こんなことがあったためか、実希と優利子は普段より三分ほど遅れて出発した。

 今日は十月三十日、木曜日。

もし昨日の出来事が本当のことだったら、私はおねしょをしていない。もし夢の中の出来事だったなら、私はおねしょをしたことになっちゃうよぅ。どっちがいいの? この場合。

 優利子は俯き加減で歩きながら葛藤する。

「あの、優利子ちゃん。元気出して。おねしょのことはもう忘れちゃおう」

 実希に優しく励まされ、

「うん、そうだね」

優利子は穴があったら入りたい気分になった。

「そういえば昨日、教材が届いたんでしょ、学佳ちゃんから聞いたよ。あまり良くなかったみたいだね」

「いや、よく確かめたら、使えそうな教材だったよ」

「そうなんだ。よかったね。今度わたしにも見せてーっ」

 実希はやや興奮気味に要求してくる。

「いやっ、そっ、それは……そのうち、見せてあげる」

 優利子は少し躊躇うも、一応約束してあげた。

「楽しみにしてるよ」

 実希はにっこり微笑む。 

同じ頃、優利子のお部屋ではクリフ、指偶真、怜央、弥生が三次元化して部屋の中央付近に集まっていた。剛流磁だけはまだ教材内で睡眠中だ。

「シグマくん、bedwettingしちゃったんだね」

「ごめんなさい。暗くて、おばけが出そうで、怖くて行けなかったんだ。優利子お姉ちゃんが帰って来たら謝らなくちゃ」 

 しゅーんとなっていた指偶真の頭を、クリフは優しくなでて慰めてあげた。

「指偶真君、今夜からは、おれさまが付いていってやるよ」

「ありがとう、怜央お兄ちゃん。大好き♪」

 指偶真は怜央の胸元にぎゅっと抱きついた。彼は弱虫で甘えん坊さんのようだ。

「寝小便を垂らしてわぶる指偶真さん、いとらうたしです」

 弥生は我が子を見守るようにその様子を微笑ましく眺めていた。


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