2-2
「チェックリストクリア、エンジン始動…各部動作確認開始…オールグリーン、LLP装着準備完了、…」現在時刻は正午過ぎ。空は曇り、薄く白ずんだ空のもとには大勢のメカニック、機械類に囲まれた斬金が核凝結炉の獰猛な音を響かせていた。各可動部を必要最低限瞬時に動かし動作確認を終えると、敵地襲撃用大型コンテナパックが後方からゆっくりと近づいた。
薄煙が周囲を取り囲み、周りのメディアや見物人の目から隠された中で斬金は出撃の時を待ち侘びていた。何でも組立工程ではあまり見られてはいけないものなどもあるらしい。時々垣間見える、そこにいるメカニックたちにも中身が知らされていない装具が有馬中尉の座るコックピットのモニターにちらほらと煙の中に影として映っている。気になるが中尉の方こそそれが何なのか、見たところでわかるはずのない話であった。最後にコンテナパックが後方から覆い被さり、接続が確認されると、薄煙が取り払われ徐々にその全様が露わになった。
フルパッケージ化された斬金、シュミレーターの時とは違い黒と金の塗装が施されている機体の名に相応しいカラーリングは、曇天と周囲に残る薄煙によりその深みを増していた。そしてその後ろに据え付けられた機体と同じくらいの大きさを持つコンテナパックは、まるである種の建造物のようだ。
これこそが本物、そう言わんばかりの風貌であった。
だがそこで、コックピットの機器類を操作し最終チェックを行う有馬に急遽通信が入った。
「有馬中尉、急で悪いが作戦の変更を伝える。」司令の言葉に手を休め有馬は耳を傾けた。
「茨城が急遽候補地の変更を行った、よって我々の攻撃目標地点も変更となる。」
「どういうことですか?」訝しむ有馬に司令も同調した。
「詳しい意図は不明だが、つい先ほど申請が受理された事が公表された。なに、君がやる事に変わりは無い。ただ場所が違うだけさ」
「…了解しました。それで、新たな候補地(目標)はどこになるのですか?」
「今マップに地点を送る。どうやら山の麓にある場所のようだ。つくば市、となっている。」
「つくば市、了解しました、詳しい地形データは移動中に確認致します。」
「うむ…もう時間だな。私はこれにて失礼するよ。では中尉、健闘を祈る。」
通信が切れたコックピットのモニターには新たな目的地のマップが表示されている。有馬はそれをひとしきり見た後、再び作業を再開したのだった。
(所詮は茨城、何をしようと我々愛知の敵ではない!)むしろ水戸が戦場になるのを避けるための策ではないかという考えが彼の頭の中にはあった。
オペレーターと通信を終えると、離陸の合図を出す。
「斬金5型フルパッケージ仕様、出撃します!」
高周波音と共に徐々に高度を上げるその機体はまだかすかに残る煙を蹴散らし、空高く飛翔していったのだった。
「間も無く目標地点到達、繰り返す、間も無く目標地点到達…」
愛知から数十分の飛行を経て茨城県に入ると、暫く眼下にはのどかな田園風景が広がっていた。地上のほとんどが緑。左手には平野の中に一つだけ取り残されたかのような山が見えた。"筑波山"と呼ばれる山、斬金はその山を目印に高度を下げていったのだった。
そのまま進み続けると、やがて足下は発達した街並みになり始める。
あそこだ、中尉は街の中央部にある建物が候補地の旗を掲げているのを捕らえたのであった。
第二首都争奪戦においては、防衛側の県はその候補地にある司令本部に県旗を掲げる。そしてその候補地の壊滅或いは降伏するまで戦闘は続き、戦闘中は候補地にご当地ロボが操作する迎撃兵器であれば使用可能。またご当地ロボへの補給箇所の制限がない。更にはご当地ロボが相打ちの場合は防衛側の勝利になるというハンデがあった。その代わり候補地には戦闘による建築物の損壊などもあるため、防衛戦は行わないとしている県もあるくらいである。
たいていであればこのぐらいまで近づいたら敵の機体の遠距離武装で砲撃されようものだが、余りにも静か過ぎた。拍子抜けしながらも斬金はあっけなく中心部についてしまったのだった。