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ご当地戦機 イバラギア  作者: くぴどー
第一話 最下位の"あの県"
4/32

1-3

3.

 中国の茂県の広大な軍事演習基地では今日もまた新型機の模擬戦闘が行われていた。周りを山で囲まれ、中央には大きな川が流れるのどかなこの土地は中国軍が数十年前から軍事拠点の一つとしていて、周囲の市街はその軍事基地によりもたらされる収益で成り立っていた。過疎化が進み寂れた街では、軍事施設建設ということから周囲の交通網強化や街の近代化、また援助金があるとなっては断る理由もなかった。

 その演習基地の市街地再現区画には、ビルを模した構造物が立ち並んでいて、そしてそのどれもこれもが打ち付けられた銃弾や戦闘による傷跡を残している。だがしかし、それがそこで戦う兵士にとっての成長を記す傷であり、その傷が増えるたびにまた、彼らは成長していったのだった。

「噂はかねがね聞いていますよ、結構その機体は強いそうですねぇ」軍施設の応接室で微笑を浮かべるのはこの基地の兵士の養成を一任されている林抄遵(リ・ショウジュン)大尉である。彼はいかにも言いたげに次の言葉をつなげた。

「しかし、どんなにその所属不明機が強くとも、我が基地の特機は倒せませんよ。うちのは中国軍の最新鋭機なんですから、それもエースパイロットと戦うと言うのでしょう?馬鹿にするのも大概にしてもらいたいものですねぇ」声がだんだん大きくなる大尉に対して一向に表情を変えない向かい側のソファに座る日本人はいかにもらしい作り笑い(中国人に言わせるところの日本人スマイル)を浮かべながら言った。

「もちろんあなた方の部隊の強さは我々としても重々承知しております。だからこそ我々に是非ご指導をお願いしたく…」そのようなことを言われても日本人スマイルを浮かべた彼の本心など知れたことである。

「いいでしょう、あなたがどうこう言おうと関係ない、とっととはじめましょう」大尉は早くこの場を終わらせたかった。その意を察したのか日本人もバックにしまってある書類を取り出した。どうにも日本人のこの相手に合わせるような振る舞いはもどかしくて見るに堪えない。大尉は苛立ちを隠すために目線を窓の外の景色に移した。外からは基礎練習中の兵士たちの掛け声が聞こえてくる。外が熱くとも、奴らを指導している方がまだましだ。

「では、こちらが書類になります。」差し出された書類は今回の演習に際して中国側から要求された必要書類である。56項まであるその紙の束にさっと目を通すと、立ち上がって言った。

「我々の準備はできています。そちら側の準備ができたらいつでもどうぞ」

「では、準備ができ次第連絡いたします」そう言って日本人はお辞儀をしながら去って行った。

「はぁ…しかし、敵のロボットは一体どんなロボットなのか…」いずれにしてもやることは一つだ。


 基地管理棟を後にした日本人、松井睦(まつい むつみ)は腕時計端末を操作し、パイロットに連絡した。

「もしもしサダ君?相手はいつでもいいってさ。相手の指揮官ちょっと怒り気味だったから覚悟しておいた方がいいかもよ?」

「また怒らせちゃったんですか睦さん!?これで何回目ですか?前行ったロシアでも怒らせてませんでしたっけ?」そう言うのは、今回この基地で戦うことになるパイロット、佐久間定(さくま さだめ)である。定は続けて言った。

「じゃあこっちも急いだほうがよさそうですね、ということで、切りますよ」そういう定に睦は気になるとでもいうかのように聞いた。

「今回も勝てるかねぇ…」

「それはわかりません。」定はきっぱりと言い放った。だが不安そうな顔が端末から現れているホログラムに表示されているのを見てさらに言葉を続けた。

「今できる最善を尽くす…でしょう?」それは我々が最も大事にしている標語のような言葉であった。睦はその言葉にそれを忘れかけていたことを思い出す。まったくうちのパイロットはよくできた人だ。そう思い、睦はふと頬を緩めた。

「そうだね、でもサダ君、ますます父さんに似てきたねぇ」

「ん?何か言いました?」

「いや、何でもない、がんばってね」

 通話を終了すると、睦は足早に指揮車両へと向かった。


「睦さんも人が悪いわけじゃないんだけどなぁ~」そう呟きながら定はハンガーの中で機体の立ち上げ作業に追われていた。機体外装各部の目視点検を終え、ハッチを閉める。そうするともうほとんど身動きができなくなるほどまでにこの機体においてのコックピットと呼ばれる空間は狭かった。

 一通りの立ち上げ操作が完了すると、定は手元にある赤く光るボタンを押した。その途端、定の体は各種装置が駆動するモーター音と共にさらにそのコックピットの中に埋もれ、動かせるのは指先だけとなる。そして最後に頭に複雑そうな装置が覆いかぶさると、定の全神経は、強制的に彼の体と切り離されたのだった。

 

 定が再び目を覚ました時、彼は上下左右360°方向の全方位レーダーが作り出す視界の中にいた。この機体にはカメラは搭載されていなく、その代わりに高性能電子レーダーによって周囲の状態を色彩に至るまで可視化している。機体の周囲にいる者たちがせわしなく働く姿とともに、各種機体の状態を示す表示が現れた。

 各部の動作点検を素早く行う。どこの部位も異常なく動いてくれる、動かせている。問題などどこにもない。そう自分に言い聞かせるようにその言葉を頭の中で唱えた。


「機体立ち上げ完了しました。いつでも行けます」定はいつもこの時になると感じる言い知れない気持ちの悪さをかみ殺して、オペレーターと通信で連絡を取った。自分が人でなくなってしまうような気がしてならなくなるのだ。 

「了解、ではハンガーのハッチを開放します」真面目そうな声が聞こえると、機体の目の前のハッチが開き、そこからはハンガーの中に真夏の日差しが差し込んできた。一世代前の電動ハッチはガタつきながらも着実に動いていた。その構造は比較的単純だが、だからこそ壊れにくくもある。定はこうした機械らしい機械は好きであったため、暫くその健気に働く姿を黙って見守っていた。そしてハッチが完全に開いたのを確認すると、機体はしっかりと地面を確かめるかのようにその足を踏み出したのだった。普段は地面を歩く事はしないがこれは定には必要な事であった。聞かれても詳しくは答えないが、動作確認の一種だと周囲には伝えていた。機関音を轟かせ、一歩一歩進むごとに各部から軋みが上がる。その衝撃を和らげるために脚部に搭載された電子サスペンションに制御が掛けられる。最早手馴れたものである。一見地味に見えるこの動作もやるとなればかなり高度な制御システムを必要としていたのだが、定はこれをほぼマニュアル制御でやっているというのだから驚きものである。

 機体の眼前に広がるのはコンクリートで舗装された飛行場で、容赦ない照り返しの先には、今回の戦闘場所である市街地再現区画のビル群が陽炎によって歪まされていた。

「戦闘は市街地再現区画に入った段階から始まります。相手は既に現地で待ち伏せを行っているので十分注意してください」

「了解」

「それではご武運を…」その声が聞こえると、定は機体をゆっくりとかがませた。そして機体の後方に向けられた電磁推進装置がけたたましい唸りを上げると、たちまちのうちに彼は陽炎の中へと吸い込まれていったのだった。



 

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