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ご当地戦機 イバラギア  作者: くぴどー
第七話 誰が為に
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7-2

 定は対大阪戦を経てから、自身の技術や戦術が至らないと考え、ただひたすらに自身の技能や知識の向上に努めていた。様々な県のご当地ロボの元パイロットだった人達にも協力してもらい、特機の操縦や戦術を学んでいた。また、イバラギアの開発に関わる企業にも働きかけ、イバラギアに使われている装置や技術を教えてもらい、操縦方法の改善を行っていた。

 だがしかし、心の奥底では解っていたのだ。そんなことではないということを。

 その事を隠すかのように今日もまた、定はシミュレーター室で遠回りな努力を繰り返していた。

 それは巌十朗も把握していないはずが無かった。だが今ひとつよい答えが見つからないといった形で、今日もまた遠くからもどかしそうに見ていたが、やがて額に人差し指を当てると、その場を後にした。

 

 巌十朗が連絡通路を歩いているとちょうど向かいから歩いてくる者がいた。

(あれは、鷲宮さんか)

 巌十朗が気付くと向こうも気づいたようで挨拶があった。

「お疲れさまです」

「ああ、お疲れ様、遅くまで残業かな?」

「いえ、これはその、定さんに何か食べるものをお持ちしようかと、まだ頑張っていらっしゃる様なので」

「それはありがとう。定も喜ぶだろう。すまない、時間をとらせてしまった」

「いえ、そんな事は。では、失礼します」

 そう言って二人はすれ違ったが、巌十朗は暫く考えるような素振りをした後、先程までの冴えない表情は消えて下素笑いになり、呟いた。


「定は、変わるかもしれんな・・・」


 鷲宮は定の元へ急いでいた。何度も失敗してようやく作った弁当なのだ。遅くなってしまったが食べてもらえるだろうかという不安もあり、私ってこういうときに限って転んだりするのよね、などと考えながらも歩く速度は早くなっていた。


 まさかあんな事になろうとは、このときまだ誰も思いはしなかった。


 鷲宮は、シミュレーター室と書かれた扉にIDカードを翳す。するとカチッとロックが外れた。

 鉄製の重いドアを開けるとそこには計器類が並んだ部屋になっていた。だが最近の施設らしく配線の類は見当たらない。これは床下に超短距離通信装置を用いた事により通信ケーブルを敷設しなくても良くなったためである。鷲宮も最近になって出入りするようになって慣れてきたが、この整然とした雰囲気は何か得体の知れない不気味さを醸し出していた。

 その部屋の奥にある少し広いスペースにシミュレーター用のゴンドラが配置されていた。動いていないが、稼動中のランプがついていたので暫し待っていようとそばにあった椅子に座ろうとしたときである。モニタリング用の警告ランプが点灯しブザーが辺りに鳴り響いた。鷲宮は何事かと周囲を見回すと定の各種脳波のモニタリング結果が異常な値を示していた。

 鷲宮は慌ててゴンドラの元に駆け寄り、定の安否を確認した。

 

「定さん!大丈夫ですか?」


 しかし、中からは返事が無く定の苦しむ声が聞こえた。


 鷲宮はPMCSの緊急解除の手順は心得ていた。

 監視システムの遠隔操作のロック解除を選択し、パスコードを入力。強制解除ボタンを押し実行しますか?の注意書きに躊躇いなく実行を押した。

 ブザーの断続音がなった後自動でゴンドラが降りてくる。


 あとは定の頭に着いている脳波コントローラーの切断用ボタンを押せば良いだけである。

 しかし、鷲宮がそのボタンを押すことはなかった。

 確かに今このボタンを押すことで定をPMCSから切り離す事が可能であることは知っていた。しかし、鷲宮はこの時あることを考えていた。それは今日の昼間に言われたことである。


「私は、定めさんの事を知らなければいけない・・・」

 そう呟くと、机に置いてあるもう一つの脳波コントローラーを手に取り、装着した。

 ゴンドラに接続されていた定の脳波コントローラーのコネクターを外し、自身のコントローラーに接続する。


 それはまだ誰もやったことのない事であった。


「LINK開始・・・」


 PMCSを使用した人の脳と脳の接続。それはとても危険な行為であった、特にこの男の場合では・・・


 接続されたとたん、鷲宮の意識は強烈な重力に引かれるように感情の奔流へと流されていった。今までに感じたことの無いようなおぞましい何かが自分の中に流れ込むような感覚。鷲宮が直感的に感じたその感覚は狂気という言い方がもっとも正しかったように思う。その狂気は鷲宮では到底抗えない程の質量を以て呑み込もうとしていた。

 そして彼女が深い闇の中に落ちそうになった所で、意識が途絶えたのであった。



「・・・さん、・・・さん!」


「鷲宮さん!起きてくれ!」


 気がつくと鷲宮は定めに抱えられていた。酷い頭痛と倦怠感を感じていると。目の前の定は心底ほっとした表情を見せた後、呟いた。


「どうして、こんな事」


 鷲宮はその言葉に申し訳無さそうに答えた。


「すいません。私、定さんの事を知りたくてつい、」


 だがそれは定が聞かずとも解っていたことであった。なぜなら定と鷲宮がPMCSによる接続を行った際に、その時の総ての感情が互いに流れ込んだ為である。そして定はこの時、鷲宮の感情を初めて知ったのだった。

 それは定が今までに感じたことのない感情であった。その感情は新手の感染症の様に定の心を覆っていった。だが同時に鷲宮も定の中の禍々しい存在を知ってしまったことにもなる。


「鷲宮さん、LINKをした時、私の全てを見たでしょう?それでも私の事を信じていられるのですか?」定はふと目を逸らしながら言った。


「定さんの本質は、誰よりも優しい心を持っていると解りましたから、もう何があっても信じていられます」鷲宮は恐ろしい思いをした後だというのに優しく微笑んでいた。そのときの笑顔は定にはまだ理解できないものであったが、それが分かる様になるのも時間の問題である。




ハングラビオンとの再戦の日、その日はそう遠くない内にやってきた。撤退した事もあり茨城に対する応援の熱もある程度冷めてしまった節もあったが、出撃を控えるイバラギアから見えるビルの屋上や道路の脇には応援メッセージを掲げた応援者たちの姿が見えていた。

 イバラギアの立ち上げ作業が行われ、各部の点検を行いながら定はふと掲げられた横断幕の一つが目に入った。

 そこには「信じています」というメッセージが掲げられていた。暫く目線をそちらに遣った後、軽く微笑み反対側に目を遣った。

 そこには司令本部があり、イバラギアの目線と同じ高さのフロアには巌十朗と睦、そして鷲宮がいた。定は前を見据えると機体を僅かに屈ませる。


「私を信じてくれる人達がいる限り、私はもう・・・」

 LLPの電磁推進装置がけたたましい唸りをあげる。



「・・・迷わない!」



イバラギアは離陸をすると二次関数的な加速で飛び立っていった。




イバラギアが飛び立った後、巌重郎の元に一本の電話が入った。腕時計端末を操作し、小型インカムにて応答する。端末の画面には壱ヶ瀬の名前があった。

「どうした?壱ヶ瀬」

「イバラギアはもう出撃した頃か?」

「たった今出撃したところだが?」

「そうか・・・、今回は勝てるかもしれんな、お前が何をやったのかは知らんが大したものだよ」

「クックック!今回は私は何もしていないよ」

「そうなのか、だがあれは相当な何かがあったようにしか思えんが?」

「相当な何か、ね」

 巌十朗は下素笑いをしていた。そしてその目線の先には鷲宮の姿があった。睦は端からその姿を見て、とんでもない勘違いをしてオロオロしていたが、当の鷲宮は新しく買った御守りを握り締め、定の無事を祈っていた。

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