7-1
私は暗い渦の目の前にいた。ゆっくりと中心に向かって螺旋を描くその渦の中心を、ただ呆然と見つめていたが、直ぐにいつものあの嫌な感覚を覚えた。
自分が人間でなくなってしまうような漠然とした不安感。
「お前は人間じゃない。化け物だ!人のように振る舞っているだけの魔物め!」
「違う!私は・・・!」
「お前は人間になれはしない。お前のような存在はこの世界にいてはいけない存在だ!」
「やめろ!」
「お前は人じゃない!お前は人じゃない!お前は人じゃない!」
「やめろ!やめてくれ!」
ハングラビオンとの戦闘の最後の場面が脳内にフラッシュバックする。何度も何度も反響のようにその場面だけが繰り返し流れ続けていた。そしてそのときの私の顔は・・・
「俺は、人間なんだ!・・・」
ハッと目を覚ます。この暖かな日の射し込みは見覚えがあった。
「そうか、私は・・・負けたのか!」
涙が流れた。
「定さん!」
目を開けると鷲宮さんが心配そうに私を見る顔があった。
「っ、すいません!失礼しました」
直ぐに涙を拭う。
「良かった!」
そんな私に構わず安堵の微笑みを見せた彼女に、私は咄嗟に目を逸らした。そうだ、私はそんなに心配されるような存在ではないのだ。
あの時の感覚が嫌悪感と共に蘇ってくる。
「定さん?」
私はやはり人のようには生きられないのか?いつまでもアレを抱えていなければならないのだろうか。
「もう少し、休まれた方が良いみたいですね。担当医の方を呼んできます。私はこれで・・・」
「すいません、ありがとうございます」
私の口から出た声は、自分のものとは思えない感情の抜けたような声だった。
また鷲宮さんに怖がられてしまっただろうか、まあ仕方ないか。
「何せ俺は、化け物だからな」
自嘲気味に言った言葉が、何度も頭に響いていた。
私の名前は鷲宮玲、縁あってここ茨城県の第二首都争奪戦作戦司令本部でテストパイロットとして働いています。
ですが最近気掛かりなことが一つあります。同じパイロットの佐久間定さんです。
対大阪戦で撤退をしてからというもの、元気があまりないように思えます。何とかしてあげたいと思ってはみるものの、私にできることなんて有るのでしょうか?
最近お話をするようになった方達に聞いてみましょう!
まずは廊下でたまたまお会いした松井司令補から
「ええっ!定君元気なかったの?そんなそぶりは、いや、私が気づけなかったということか!なんということだ!司令には報告すべきか?そうだな、報連相は大切だからな・・・」
「いや、これはあくまで私が見た様子だとそうかもしれないと思っただけで、実際にどうかは・・・」
そんな私をよそに松井司令補は何事かを呟きながらどこかへ行ってしまいました。
気を取り直して二人目です。
更衣室でお会いした施設見学のガイドも行っている営業課の島崎さんです。
「なるほど、愛しの彼の元気がないと、そういうことなのね~?」
「そ、そんな事は一言もっ!・・・」
「ふぅーん、まあ人なんてみんなそれぞれだし、正解なんて私が言えたものじゃないけど、うっかり地雷を踏まないように、先ずは相手のことをもっと知ることが良いんじゃないかしら?」
「確かに、私は定さんのことを何も知らないかもしれません!島崎さんありがとうございます!」
「お役に立てたかな?」
定さんが今何で悩んでいるのか、それも分からないで元気づけようとしても無駄だと思わなかったなんて、全く自分が情けない限りです。
そんなことを沸々と考えながら搬入口の方に歩いていると、声を掛けられました。
「あら、鷲宮ちゃん浮かない顔してぇ~、折角のかわいい顔が台無しよ!」
食堂の須藤さんです。最近よく声をかけて頂きます。何でも出身が京都のようで、アンシエントを応援して下さっていたみたいです。
「これは~・・・佐久間君の事ね!」
「えぇ~!何で分かったんですか?」
「女の勘よ」
「女の勘というのは凄いですねぇ~」
「何言うてはんの?あんたも女でしょ?」
「えへへ、それもそうでした」
「それで、どういった悩みなの?私でよかったら聞いてあげるわよ」
「ほんとうですか!是非お願いします!」
そんなこんなで須藤さんにも相談してみることにしました。
「そうねぇ、佐久間くんみたいなタイプは普段しっかりした感じだからどこかに甘えをあげるといいんじゃないかしらね?」
「甘え・・・っ!」
「バカねぇ、なに想像してるの?そういう甘えじゃなくって、抱えてるものを認めてあげたり、一緒に背負ってあげるっていう意味よ!」
「こ、これはすみません!」
「まぁ、そっちの甘えでも?よろしいのですけどね?」
「もう!からかわないでください!」
やはり年配の方の意見は深いと言うことでしょうか、私もそんな深みを手に入れたいものです