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「さあ、今回の戦闘は大阪対茨城!もはや茨城の強さは誰もが知ることとなりましたが、大阪は今回も機械的旋棍で一撃必殺でしょうか?それとも茨城のあの超絶技巧の前に倒されてしまうのか?非常に気になる一戦であります!」
イバラギアとハングラビオンはしばし睨み合っていた。こう言う時に先に仕掛けた方が負けると言われているようだが、先に仕掛けたのはハングラビオンであった。電磁推進装置のけたたましい唸り音を発しながらイバラギアに向かって急加速する。今までの敵ににない戦い方だが、ハングラビオンはそちらの方が慣れていると言わんばかりに肩部の電磁推進装置により僅かに構えられたコイルガンから機体をずらす。そして足を踏み込み機械的旋棍をイバラギアに叩き込む、はずだった。イバラギアはその時、機体を仰向けになるようにして地面スレスレを通っていた。飛島は慌てて肩部の電磁推進装置を点け、こちらに向けて伸ばしている右腕の射線から機体を逸らした。だが飛島はここで失敗に気づく、奴の本命は右腕ではなくさりげなくハングラビオンの回避方向に向けられていた左腕であったことに。
だが気付いた時には既にハングラビオンの胴体には初弾が打ち込まれていた。
「ウグッ!」飛島は至近距離から浴びたコイルガンの衝撃に苦悶の表情を浮かべた。これが特機に乗っていて初めて受けた攻撃であったのだ。飛島は動揺する心を抑え込みつつ、頭部のバルカン砲を放った。戦闘機ならまだしも特機の装甲相手に20mmの口径では余りにも心許なかった。事実イバラギアも回避こそしたもののその中で当たった弾丸は装甲板を弾の形に僅かに変形させるに留まった。とっさの行動であるが、お陰で距離は稼げた。胸部の装甲板には抉られた跡が残るがこの威力ならすぐにやられることもないであろうと判断した。ハングラビオンは通常の特機より極端に前後の装甲バランスが異なっている。前からの攻撃に関しては絶対的な耐久力がある反面、後部の装甲は皆無に等しく作る事で、機動性と防御性の両立をさせた。また、エンジンルームを機体前部に設けることにより、そのスペースで更に前面防御力を高めることに成功していた。ここまで前面に装甲を集中できるのも、想定が一対一の戦闘であるからであった。その為、イバラギアのコイルガンの威力では分が悪い。
両者再び睨み合いの体制となった。
「イバラギアのパイロット!あんたもPMCSを使ってるんやろ!」
「ええ、使っていますよ」
「そうかやはり、俺以外にもPMCSが使えるやつが居るとはな、」
その言葉を皮切りに、ハングラビオンは腕部の電磁推進装置を展開し、イバラギアは推進器腕を構えた。だが今度はハングラビオンが先制を仕掛けた。ジグザグに接近してくる様はやられる側からすると非常に対処しにくいことがわかる。定も最初からこの距離で戦うつもりはないようだ。後方の電磁推進装置を点けて突っ込んできた。
「当たれッ!」
ハングラビオンは迷いない動作でイバラギアに右腕の機械的旋棍を突き出した。しかしイバラギアは推進器腕を上方に突き出す反動で屈み込み、それをかわす。そして掌底を当てるように武装腕をハングラビオンの腹部に突きつけコイルガンを放った。装甲が抉られ、ハングラビオンが後方に体勢を崩すが直ぐに肩部の電磁推進装置を点けて残る左腕を突き出した。だが僅かな感触があるものの、機械的旋棍が作動することは無かった。イバラギアは咄嗟に腕部のシールドを機械的旋棍の外殻にぶつけていた。バコンッ!という音が周囲に響き、シールドのステーがひしゃげたがそれだけであった。
「なるほど、中央の金属鎚に圧力センサーでも仕掛けているということか、そこに当たらなければ機械的旋棍は作動しない可能性が高いな」定は冷静に分析した。
イバラギアは再びハングラビオンに加速していく。ハングラビオンは肩の電磁推進装置でその重い腕部を素早く動かしている。だがそうなると簡単には腕の軌道変更がしにくくなる。慣性力と強力な推進力により、腕を直線的にしか動かせないのだ。威力は強いがかわしやすい。道場での鍛錬が無ければこうはいかなかったと思い返しながら、定は先程同様に機械的旋棍を受けて、攻撃を繰り出した。それにしても硬い装甲だ。一体何発当てれば良いのだろうか、定は体勢の崩れたハングラビオンに追撃を食らわせようとした。
だがその時である。
「マニュアルモード!」飛島がそう叫んだ途端、彼の視界の隅にある表示が切り替わった。そうすると腕部サイドの電磁推進装置が飛島の意思で作動し、ハングラビオンは不可思議な軌道を描いた。
「!」定はその変則的な動きに対処が遅れた。咄嗟に左腕で庇ったが、気付いた時にはそれが無残にひしゃげていて、その衝撃で吹き飛ばされるのに、姿勢制御を行いつつ先程の状況を必死に整理していた。
今まではピックのセンサーによりサイドの電磁推進装置が作動していたが、その作動タイミングを手動で操作する様に切り替えたということかと考えた。実に厄介な代物である。
飛島は戦いにおいてはセンスの塊の様な男であった。今自分の置かれている状況を瞬時に把握し、相手の対応できない攻撃を繰り出し続ける。その引き出しの豊富さが飛島の最大の武器であった。
定はコイルガンの残弾数が気になりだしてきた。早々当たらない弾を打つわけにはいかない。しかし、イバラギアの武装はこれしかない。いや、違う。定はひしゃげた左腕を見た。どうせこの腕は取り替えるものだ。ならどうしようと文句は言われまい。
イバラギアは両腕を構えると、ハングラビオンに突進していった。
度重なる重い構造物がぶつかり合う様な音が響く。イバラギアは左腕では打撃を、右腕では至近距離の射撃攻撃を行う。それに対しハングラビオンは腕部の電磁推進装置を巧みに使った軌道で回避と攻撃を高次元で行なっていた。装甲面でも攻撃力でもイバラギアが劣る。次第に定の限界も近づいてきていた。
このまま消耗戦を続けても勝てる気がしない。
それは両者同じ想いであった。
定「リミッター解除のスイッチを押すしかない...!」
飛島「あれを使うしかない...!」
定がリミッター解除のスイッチを押した時だった。
「ハングラビオン!全力闘魂モード!」
その瞬間ハングラビオンの分厚い前面の装甲が弾け飛び、核凝結路に反応加速流体が取り込まれる。それは1分だけ出力を大幅に向上させるブースターであった。
「「1分だけ持てばいい!」」
かくして互いに全力の1分間が始まった。
落下したハングラビオンの装甲が地面にぶつかり轟音と共に砂煙が舞った。お互いの機影が見えにくい中で、イバラギアはコイルガンで的確な射撃を行なった。しかし霧散した砂煙の中で、ハングラビオンは見事にその弾を躱しきっていた。
「あの機体、とてつもなく速い!」
定が驚くのもつかの間、ハングラビオンが全身の電磁推進装置にてあっという間にその距離を詰め寄った。それはイバラギアの動きに共通する何かを感じさせる。これこそがPMCSを搭載した特機の動きである。
すんでのところで躱した機械的旋棍が定の心に恐怖を与えた。まさに圧倒的なまでの機動性である。重い枷を外した中国の高機動特機は、伊達ではなかった。
しかしそんなことを考えている余裕はない。1分間でケリをつけると考えた定もまたイバラギアの特性を利用する。イバラギアの複合駆動システムでは、核凝結路の大気解放時の出力低下を防ぐ事だけでなく、一時的にその電磁モーターの力で核凝結路をアシストすることにより通常の出力以上の力を得ることができる。そしてその総出力は斬金のそれに匹敵する。イバラギアの重量でその出力は驚異的である。定は壱ヶ瀬から教わった事を反芻する。
「躱すべきは躱し、」
ハングラビオンが打ち出したもう片方の機械的旋棍を躱す。
「受け流すべきは受け流し、」
そこでさらに蹴りが入るのを受け流しハングラビオンの体勢を崩す。
「受け止めるは受け止め、」
飛島が驚異のバランス感覚で体勢を立て直しつつその回転力で機械的旋棍の装甲面で打ち付けてくるのを受け止める。
「相手の隙を突いて攻める」
右腕のコイルガンを撃つ。
その弾はハングラビオンの前部装甲に隙間を作り出した。定はそこを好機と捉え、突撃しようとした時であった。
「ごめんなさい、定さん」
定はPMCSの制御が強制的に切り離された。イバラギアは一転して後方に急加速する。すると目の前を猛烈なスピードで機械的旋棍が通り過ぎた。一瞬何が起こったのか分からなくなっていると間も無く通信が入った。
「定、撤退だ。LLPを装着して茨城に帰還だ。出来るか?」その突然の巖十郎の宣告に定はハッとする。
完全に我を忘れていた。あのまま行けば自分はどうなっていたのかと考えるだけで恐怖を覚えた。
「こちらイバラギア、これより帰還します...」
定は言葉少なに返答し、動揺する心を紛らわすようにLLPの装着を急いだ。ハングラビオンは自分の間合いに居る敵でないと攻撃しないのか、追っては来なかった。離陸し、遠くなる大阪の景色を見ながら定の心は別のところにあった。
そして暫くとしないうちに、この撤退が茨城にとっては大きな痛手となるのは言うまでもない。