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戦いが始まって約一年、愛知県の名古屋市作戦司令本部では次の戦闘に向け着々と準備が進められていた。既に五回の戦闘を経験して当然のことながらそのすべてで勝利していた愛知県のご当地ロボの名は「斬金」。戦闘に勝つたびに改修が行われ、今では五型となったこの機体は当初のご当地色を反映させた機体デザインから、勝つために無駄を排した兵器となっていた。そしてやはりその機体の人気は高く、プラモデルやグッズは子供達に大人気であった。
そして厳重なセキュリティで守られた司令本部の地下深くにあるシュミレーター室、ここでは今回の改修の目玉であるフルパッケージ仕様での戦闘シュミレーターを用いた最終調整が行われていた。
「あともう少し脚部のダンパーを硬くしてもらえますか?」コックピットの中で言うのは斬金のパイロット有馬功である。まだ若く見えるが、これでも一児の父親である。そうこうしているうちにもモニターに表示されている撃墜数カウンターは50機に達している。場所設定を市街地としたこの仮想空間の中でその機体は、まるでその場のすべてを制圧せしめようとせんばかりの威圧感を放ち王者のごとき振る舞いを見せていた。
そんな斬金の大柄な機体は、あらゆる武装が搭載されかなりの重量になっていた。だかしかし、ジェネレーターに超高出力の核凝結炉を用いることによって他の機体と遜色ないレベルまでの機動性を手に入れていた。さらに核凝結炉の弱点である“内圧解放時の大幅な出力低下”もパイロットの腕のおかげで機体のテンションが最も低い状態で“内圧解放”を行うために、ネガな部分を完璧なまでに抑えることに成功していた。
そのため、機体の動きは緩急のある独特な動き方をしていて、その動作の合間にリズム良く行われる排気音を聞くだけでもその場にいた者たちがその強さを知るには十分であった。
そして何と言っても特徴的なのが、斬金は肩と胴体の間に武装ハンガーを搭載し、そこに別々の大型砲を搭載する計画SWHS(Shoulder Weapon Hang System)を世界で初めて実用化した機体だということであった。それにより特徴的な機体構造をしている。この計画は開発当初技術者の間からは「そんなに武装を増やしても扱いきれるわけがない、ましてや重量も大幅に増えるため逆効果だ」と言われていたが、功は現在その機体を各部に搭載された強力なスラスターをもってしてビルとビルの間を縦横無尽に駆け回っていて、残る課題は搭載された武装をフルに使えるようになることであった。功は一週間前からそのことだけを考え、シミュレーションと調整を繰り返していた。
彼はこの機体を誰よりも信頼し、愛していた。故にこの機体の前に立ちはだかる敵は自分の技術をもってしていかなるものでも打ち倒すつもりだった。
彼が斬金に乗る前のこと、陸自のパイロットとしてその才を認められた功はその能力を買われ、米軍からのスカウトを受けていたのだが彼はそれをを受けはしなかった。というのもそのとき彼には既に守るべき人がいて、そのために日本から離れるわけにはいかなかったのだ。才能があるんだからそれをもっと生かすべきだと同期から言われたが、その時の彼には家族を置いていくのも、まだ幼い息子をつれて海外に行くことも考えられなかった。
彼の扱うのは人型ロボット、このころの日本では特殊戦略機、通称特機と呼ばれるもので、それは世界でも次世代の戦闘兵器としてその有用性が確立されたばかりであった。さらにはその操縦が非常に難しいという事もあり、米としては今のうちに一人でも多く優秀な人材を確保しておきたかったというのがあったのであろう。
そしてやはりそんな彼の技術は、他の者たちを圧倒的に追い越してしまっていた。いつしか基地内で彼を満足させることのできる相手はいなくなっていたのだ。
やがて戦う相手を失った彼は、ほぼ一日中シュミレーター室に篭りコンピューター相手に戦闘を続け、自分の名前しかないレコードを見るのが毎日の日課となっていた。
何度やっても変わらない仮想敵、上手くなっても本気で戦う相手などいない、そんな毎日。そのような生活を送る内に、彼は自分が何のためにここまでしているのかを見失っていたのだった。それとともに彼の居場所も段々と無くなりつつあった。第二首都争奪戦が始まったのもちょうどこの頃であった。
そんな暫くしたある日、彼は地元の愛知県がご当地ロボのパイロットを募集していて、それに際し機体の完成式典を開催していることを知った。あまり興味がなかったのだが、5歳になる息子の拓がせがむので、彼はこの式典に参加することにしたのであった。
広い公園を使った完成式典の会場は、多くの人々で賑わっていてその人ごみの中央には10m程の布に隠された目的の機体がある。テレビ局のレポーターがカメラを前に機体に関する僅かな情報を紹介をしているのを横目に彼は中身はいったいどんなダサいロボットなのだろうかと、普段使っている陸自の汎用機と想像したダサいロボットを比べ鼻で笑ったりしていた。
そうこうしているうちに各著名人の長いあいさつも終わり、海自の吹奏楽隊による演奏が始まる。落ち着きがなくなってきた拓の汗を持ってきたタオルで拭いてやりながら今流れている曲の曲名を思い出したりしていた。
やがて、いかにも軍楽隊らしい統制のとれた演奏も終わると入場する時に渡されたプログラム通りに陽気な声のアナウンスが場内に流れてカウントダウンが開始され、多くの見物人が見守る中で機体を覆う布がするすると引かれて行ったのだった。
さんさんと照りつける太陽のもとには黒と金で塗られた先程の自分の想像とは大きく異なる機体が立っていた。確かに実用的とは言い難い。だか、この感覚は何なのだ?その機体の容姿が、いつか子供のころに夢見た巨大ロボットと少し似ているからだろうか。その赤く光る目のようなレーダーライトを見ているうちに、いつしか自分の心の中にあった強い疑念が吹っ切れていた。それと同時に子供の頃の夢の続きを見たような気がしたのだった。
「俺、もう一度夢を追いかけてもいいかな…」三重にある自宅に戻り、息子が寝た後妻の早苗に話をした。
「何をするっていうの?」彼女はいつもの面白いものでも見つけたような笑みで聞いてきた。
話していながら自分でも信じれれなかったがあの黒金の機体が脳裏から離れなかったのだ。この決断をしていいのか迷ったが、最早彼の心は決まっていたようなものだった。
「愛知県のご当地ロボのパイロットになろうと思う」
それが彼と斬金との出会いである。
「有馬中尉、至急司令長官室まで向かわれたし、繰り返す、…」残り30機で今日のノルマが達成されたかと思えたとき、唐突に呼び出しのアナウンスが流れた。
「ここまでか…」彼は右手にある複合操作ディスプレーに表示されているメニューから強制終了を選択した。そうするとか細い電子音が一通りなった後、エアシリンダーからガスが抜けその窓のないゴンドラのような筐体が下降する。その後側面にある金属製のドアのロックが外され、丁寧にも白色LEDの室内灯が点灯した。彼は良くまあ特注品でこんな完成度が得られたものだと毎度のことながら感心しつつもシュミレーターマシンの中から出て足早に司令長官室に向かったのであった。
地下70階地上5階に渡るこの名古屋市作戦司令本部は表向きは県庁となっているが、今は立派な戦闘指令施設となっていて各階ごとに異なる目的で作られていることからそれぞれ異なった間取りをしている。そのため入ってから半年近くも経っている功でも迷うことは日常茶飯事であった。だがしかし司令長官室はわけが違う。今までで幾度となく行っているのでここにおいて迷わずに行ける数少ない場所の一つであった。
他の部屋と違い装飾が施され重厚感のあるドアの上には、司令長官室の文字が記されている。功は息を整えそのドアをノックした。
「入りたまえ、」中から聞こえたしゃがれ声に応じ、きびきびとした所作で中にいる長官である、幾多重好愛知県知事の前に気を付けの姿勢で正立した。
「有馬功中尉、呼び出しに応じて参りました。」
「ん、早かったな。では早速本題に入ろうか、」一切の迷いもないように見える長官の眼差しは、とても61歳には見えなかった。そしてその全体の所作からひしひしと感じられる冷静沈着な彼を、いつみても功はこういう人が上に立つのかと敬服せずにはいられなかった。
「次の対戦相手が決まった」ゆっくりと開かれた彼の口に、功は京都の名前が出てくるのではと考えていた。当分の愛知県の侵攻目標として設定されていたのが京都だったからである。だがしかし功の予想は大きく裏切られるものとなるのであった。
「今、第二首都争奪戦が始まってどのくらいになるかね?」
「およそ一年になります」即答した
「そうだ。その間我々は三重、和歌山、石川、山梨、千葉の計五県と闘ってきた。おそらく君はそろそろ京都かと思っていたことだろう。何せ今回の改修はいつにもまして大規模なものだったからな。」
「ではいったいどこの県と闘うんです?」功は訝しげに尋ねた。
「私もそろそろ京都を念頭に入れようとしていたんだが、いかんせん奴らに関する情報が不足していてな、念には念をということでとりあえず別の県と闘ってここは万全を期すことにした。」
取り決めとしてあるわけではないが、第二首都争奪戦において負けた県は勝った県に対して以後の戦闘において協力するのが慣例となっている。司令はそのことから不確定要素の多い京都に侵攻するよりも、今のうちに雑魚を落としてより勢力を拡大することにしたというわけだ。
「そこでだ、君は関東に一県だけまだ生き残りがいたのを知っているかね?」
「…」少し言葉に詰まった。すっかり関東には残存する県は残されていないと思っていたからだ。
「まぁ、無理もない。あの県はまだ一度も戦闘を迎えることなくここまで来ていたからな。私とてその存在を忘れていたぐらいだ。」
「その県は…?」未だにわからない彼に、司令は笑いながら答えた。
「茨城だよ」そうだ、やっと思い出した。第二首都争奪戦当初に全国で行われた有力候補地予想ランキングに名古屋、大阪、京都、福岡と名だたる県がランキングに入っていた時に、ワースト1としてその座に君臨していた県である。忘れてたのも無理はない。自然に笑いがこぼれた。
「まだその存在は確認されていないが、奴らとてご当地ロボぐらいはおそらく作っているはずだ。まあ斬金の実戦試験には丁度いいだろう。中尉、目標は無傷で帰還することだ。いいな」
「了解!」功は水戸黄門を模したダサいロボットで、納豆のトリモチでもやってくるのだろうかと嘲笑した。いずれにしても愛知の技術の粋を集めたこの斬金の相手ではないことは確かだろうと考えた。
「戦闘は3日後の壱参〇〇だ、詳しいことは明日のブリーフィングで作戦担当から話がある。万全を期しておけ。」
深々と一礼をして長官室を後にする。三日後までに今の課題をクリアしておかなければ。
功の目は、獲物を見つけた肉食獣の目をしていた。