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ご当地戦機 イバラギア  作者: くぴどー
第六話 灰虎繚乱!
29/32

6-4

対大阪戦を直前にした茨城県作戦指令本部では、イバラギアの出撃準備を行っていた。

改良が施されたイバラギアはその重量を7%減らす事に成功していた。その最たるものは、今まで腕があった場所に主兵装を移設したことである。腕がなくなったことによりさらに汎用性が無くなるが、腕部の軽量化や、腕と同軸上に砲口を置くことによりイバラギアは見た目以上に変化を遂げていた。

「しかし、良くここまでの改良をあの短期間で成し遂げてくれたな」巖十郎はいつもの下衆笑いを浮かべながら、ハンガーにいる川原に言った。一見簡単なことのように見えるが、配管の引き直し、専用固定具の開発、制御系の設定変更、重量バランスの変化による機体設計の見直しと意外とやる事が多いのだ。川原はその事を理解してくれていた事に多少驚いたが巖十郎ならそれくらい分かっていてもおかしくはないと思い至った。

「司令、わざわざご苦労様です。しかし、新型の操縦プログラムのトラブルで、直前になって以前のシステムに戻す事になってしまった事が悔やまれます」川原は小走りに巖十郎の元へと向かった。

「今の所、出撃準備は順調です。LLPには念の為、言われていた対遠距離用の装備を搭載していますが、アンシエント級の武装を持ち出されたら対応できかねます。」

「そうか、良くやってくれた。いかなる状況にも対応する、これが最善の中の妥協点であると信じたいものだな」

巖十郎はイバラギアを見上げ、いつもの表情を見せると川原と作業員達に労いの言葉をかけて去って行った。


巖十郎と入れ違いにハンガーにやってきたのは定だった。対Gスーツを着た姿もすっかり様になっている。

「やあ、定君!」川原はにこやかな表情で手を挙げた。それに定も笑顔で軽く会釈した。

「随分と強くなったそうだね、新しい戦い方を模索するその意気を私も見習いたいよ」

「そうですか?イバラギアの性能も格段に向上しているのに私も驚いてばかりですよ」

「さっき司令にも似たようなことを言われたよ。定君は会ったかい?」

「ええ、相変わらずでしたよ」

「ハハッ、そうかい。因みにこれから休憩所でいつものコーヒーかな?」

「ええ」定は視線をイバラギアに移した。

「それは良かった」

「どういうことですか?」

「うーん、待ち人来たりって奴かな?」川原は楽しそうに笑いながら言った。

「早く行ってあげるといい、君を待っている人がいるんだ。私もあと少ししたら行くつもりだったんだけどね」

「そうですか、ではすいませんが失礼させて頂きます」そう言うと、定は一つお辞儀をして小走りに休憩所へと向かっていった。

「これから死ぬかもしれない戦いに行くというのに...その真面目さを見習いたいものだね」川原はそう呟くと、作業に戻っていった。


イバラギアのハンガーを上から見下ろすようにある張り出したデッキの端にあるのが休憩室である。いつもは誰かしらが居たりするものだが、出撃前だと全く人気がなくなる。定は、出撃前はいつもここでコーヒーを飲みながら心を落ち着かせる。この時間を取るために定はあらゆる出撃前準備を早目に終わらせておく。それだけに彼にとっては大切な時間であった。

出撃準備が整った事を川原が無線を入れるまで、定はここにいる。最近は準備が慣れてきたからか、川原本人が直接休憩室まで出向き、カフェオレの缶を一杯飲んで一緒にイバラギアまで行くようになった。川原は定に何かを語りかけるわけでもないが、「じゃあ、そろそろ行こうか」と言う時には表情が切り替わっている。川原はこの行動が正しいのか分からないが、こういう時に無線で呼ばれるのは自分だったら嫌だなと、呼出の電子音を思い出しながら考えた結論であった。昔はそんな事考えもしなかっただろう。これは子供が出来たことによる心境の変化というものかと、5歳になる息子の顔を思い起こし、思わず苦笑いを浮かべた。

「この歳になって心が成長でもしたっていうのか?二十歳の頃の俺が見たらなんていうかな?」

川原は腕時計端末のホログラムを眺めながらそう呟くのであった。


定は川原に言われた待っている人の事を考え、身だしなみを整えながら休憩室へと向かっていた。最近は要職の人と会う機会が増えてきた。それも定が特機の操縦だけでなく様々な方面で活躍し始めている事の表れであった。広告代理店や、PMCSを使える者として研究所の人であったり、イバラギアの製作に関わる技術メーカーも多い。また、最近では自動車メーカーから試験に協力して欲しいとの依頼があった。定はそれらを今自分が何をするのが世の中に於いて効率的なのかを考え、それと今の自分の生活と照らし合わせ、一つ一つ丁寧に対応していた。今回は出撃前という事で長話にはならないだろうが挨拶程度で一声掛けるために来たのではないかと推察した。だがそれよりも定が気になるのは、果たして休憩室のドアはノックすべきだろうかということであった。そして扉の前で少し悩み、一応ノックをしてから入る事にした。

しかし、定の予想は大きく外れることとなる。強化ハニカム樹脂で構成されたその簡素な扉を開けると、そこには鷲宮が座っていた。

「あっ、お疲れ様です」定は一瞬戸惑い、いつもの挨拶をした。その間に彼は、相手がたまたま席を外していたか、はたまた何らかの理由で帰ってしまったのではないか、いや、そもそも別の休憩室で待っているのではないかなどとまで考えた。だが、この質問をせずして考えるべきではないと、定は鷲宮に聞いた。

「もしかして私の事を待っていましたか?」その質問に彼女は「はい」と返事をした。

最近何故か彼女は自分を見ると緊張したようになる。その事から私の事を恐れているのだろうかと考えてしまう。そして一旦そう考えてしまうとなかなかコミュニケーションが取りづらいが、しかしあの時の戦闘の事を考えると無理もないと定は内心諦めていた。だが、それと同時にせめてその中でも、最善は尽くして行こうと決めて彼女には気を配ってきていたのだ。だがそんな定の努力も虚しく、気を配れば配るほど、鷲宮との距離が段々遠のくばかりに感じていた。

しかしここに来てこの行動である。鷲宮の行動の意図が見えない。彼女との会話の中でも定は思考を巡らせ続けていた。

「すいません、お忙しい時に、」

「いえ、そんな事はありません。何か相談ですか?」そんな事は無いだろうが一応聞いた。

「いえ、その、これを渡しておこうと思って...」そうして差し出されたのは木彫りのお守りであった。定はそのお守りには見覚えがあった。丸が二つ連なったようなその形が珍しく、覚えていたのである。

「でも、これは鷲宮さんが大切にしていたものではないのですか?」

そう言われ、鷲宮はこくりと頷き、定をまっすぐ見て話した。

「これは、私が特機に乗る時は必ず持っていたお守りです。ですからもし迷惑でなければ、これを受け取ってもらえませんか?」その行動に定は少し戸惑ったが、取り敢えず受け取る事にした。

「そんな迷惑だなんて、ありがとうございます」そう言った定は頭を下げ、受け取ったお守りを胸ポケットにしまいこんだ。

「すいません、では私はこれで...」彼女は定が受け取ったのを確認すると目を逸らして扉の方へと向かった。そして彼女が出るまで定はその様子を終始見つめていた。

扉が閉まり暫くして、定は思いついたように顔を上げたが、苦笑いをして「まさかね」と呟き自販機へと向かった。今日も買うのはブラックコーヒーである。

ちょうどその頃扉の裏では鷲宮が顔を真っ赤に染めて胸に手を当てていた事は、誰も知る由がなかった。


司令室に戻った巖十郎は、パソコンの画面に置手紙が表示されているのを見つけた。だがその文面に巖十郎はしばし考え込んだ。

「壱ヶ瀬か...」そう呟き、巖十郎は電話の受話器を取った。番号を打ち込むと呼び出し音が鳴り出した。

電話はすぐに取られた。

「はい、壱ヶ瀬です」

「佐久間だ。いったいこんな時にどうしたんだ?」巖十郎は相変わらずの口調である。

「ああ、すまんが一つお前に訊きたいことがあってね」それに対し壱ヶ瀬は思いつめたような口調であった。


「普通の人間とお前の息子には根本的な部分で大きな違いがあるように見える。あれは一体何なんだ?教えてくれ」


巖十郎は外の景色を見つめ、逡巡の後首を振った。

「お前には色々とと世話になっている。だがこのことに関しては本人から聞いてくれ」

「そうか、なら仕方がないな」


「すまんなお前には迷惑を掛けてばかりのようだ」

「深くは聞かないが、例えどんな結果で今回の戦闘が終わろうとも、定をまだ暫く私の道場に通わせてほしい」

「私としてもそのつもりだったよ。引き続き宜しく頼む。さてそろそろ時間だ、これにて失礼するぞ、壱ヶ瀬」

「ああ」壱ヶ瀬は何か言いたそうにしていたが、出撃前ということで釈然としないといった感じではあるが返事をした。

電話が終わったあと、壱ヶ瀬は溜息交じりに呟いた。

「悪い結果とならなければ良いが・・・」


その時イバラギアには定が乗り込み、機体の引き起こしが行われていた。

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