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ご当地戦機 イバラギア  作者: くぴどー
第六話 灰虎繚乱!
28/32

6-3

大阪市内のボクシングジムでは今日もサンドバッグを叩く音が鳴り響いていた。他のジムより幾分か人入りの多いこのジムで飛島一騎は練習に励んでいた。そんな中この場に似つかわしくないスーツ姿の男がジムの扉を開けた。

「やあ、元気にしているかい?」このジムでは周りの音が大きく、近づかないと会話が成り立たない。飛島より一回りも小柄なその男は、彼に笑顔を見せながら話しかけた。

「田島さんわざわざこんなところまで、どないなさったんですか?」飛島はお辞儀を一つし、さりげない動作で静かな事務所へとその男を誘導した。

ジムを横切る中で、男は飛島に言った。

「いや〜、君の隣にいると私がとても小さく見えてくるよ」

だが飛島はすぐに反論した。

「田島さんは平均的な身長やないですか、体が大きいのも一概に良いとは言えませんし。それに、」

「?」

「人間性としては田島さんに比べて私は余りにも小さいとつくづく感じさせられますよ。」

「そうかねえ、私は君の人間性を見てスカウトしたんだが、いずれにしても、君はまだあの時の輝きを失ってはいないようで安心したよ。」あの時、そう、それは第二首都争奪戦が始まる前のことであった。


ヘビーボクシング、それは飛島の嫌いな言葉であった。その中身は今までと変わらない。だが、今までのボクシングがヘビーと言われるということは当然ライトなボクシングができたということだ。日本人の性格か、はたまた社会の風潮か、もてはやされたのはライトボクシングの方であった。殴って良いのは頭部以外の上半身のみ、それに胴体に10発当てたら勝利というルールだ。誰でも気軽に出来る事からテレビなどでもタレントがこぞってやっているのがライトボクシングで、スタイリッシュさや男らしさを演出するにはもってこいのスポーツとなった。そんな頃に飛島はヘビーボクシングチャンピオンに成り上がった。別に彼はライトボクシングが悪いとは思っていなかった。だが、ライトボクシングをやっている者が暴力沙汰を起こすニュースを見る度に悲しくも思っていた。そんな中彼がヘビーボクシングに拘っていたのは、時には血を流し、時には意識を失う。そんな激しく力強い戦いの場所に憧れを抱き、また愛していたからだったのかもしれない。

だが現実は厳しかった。流行り廃りの様にヘビーボクシングはごく一部のマニアにしか受け入れられなくなってしまっていたのだ。

「危ないから」

その言葉で今まで多くのものがこの世から失われてきた。しかし飛島はそれを否定することはできなかった。それがまた、彼をもどかしい気持ちにさせていたのかもしれない。

今日もまた、寂れたボクシングジムで飛島はサンドバッグと対峙していた。ジムの収入が激減していることから賞金をその赤字分に当てている為、厳しい現状であった。

街には既にライトボクシングに転向したジムがかつての勢いを取り戻していた。

「ジムを経営する相内さんにも申し訳が立たへん。」

飛島がチャンピオンの座を手にしていることから遠慮しているのだろう。だがそんなことも言っていられない。飛島は悩んでいた。

「ライトボクシングに転向すべきか...」

その時、ジムに背広を着た男が入って来た。にこにこと微笑みながら小太りの彼は、飛島の近くまで来て満足そうに一つ頷いた。

「その悩み、解決する術を私は知っていますよ」後に田島と名乗ったその男は自信有り気に言い放った。


「まずは付いて来てください」

田島にそう言われたものの 飛島は半信半疑だった。


その日は時間がないので後日に行くことになったのだが、彼が田島の案内に従ってやってきたのは、大阪府庁であった。

「何故こんなところに?」飛島は正門で待っていた田島に質問を投げかけた。

「ようこそいらっしゃいました。全ての答えはここの地下にありますよ」田島は上機嫌に返した。

県庁の地下から伸びる長い渡り廊下を歩いている間、飛島は田島の表情を伺っていたが彼はただ嬉しそうにつかつかと歩いているだけであり、それがまた飛島には分からぬことであった。

余りにもいかがわしい感じがして、人体実験でもされるのだろうかと冷や汗を流していた所で田島が口を開いた。

「着きましたよ」重厚な扉を何枚か抜けるとそこは真っ暗な空間。だが音の反響からそれなりに広い空間であることが伺えた。

「ここには何があるんですか?」飛島は立ち止まって聞いた。だが田島は歩き続けながら言った。

「今にわかります。ですが、これから見ることはくれぐれも他言無用でお願いします...」そう言って田島は照明のスイッチに手を伸ばした。


「これは...!」

天井高くの照明が着けられると、そこには人型の特機が立っていた。白と黒に塗られたそれは飛島のボクシンググローブと同じカラーリングであった。

「中国の高機動特機、玄武八式をベースとした特機、名前はハングラビオン。しかし、操縦方式に難がありましてね、もし誰もこれが乗れなかったら我々はデチューンして戦いに挑まねばならないのです」

「というと、他にも候補がいてはったということですか?」その質問をしながら飛島は考えていた。もし自分がこの特機で勝ち進めることができたなら、ヘビーボクシングの地位も取り戻せるかもしれない。それは、田島が思い描いた通りの反応だった。田島はそこで、意気揚々と最後の切り札を出した。

「沢山いたんですがね、全員使いこなせなかったんですよ。あなたが最後の候補です」

「もし自分がこの特機に乗れたなら...」

「?」

「格闘戦しか出来まへんよ」

その言葉に少し驚いたが、田島はさも愉快げに笑った。

「フフッ、ハッハッハッハッ!私は実は中国人なんですがね、あなたのような日本人は好きですよ、良いじゃないですか、格闘戦をする特機!」

そう、この日ようやく大阪のご当地ロボのパイロットが決定したのだ。そして体が大きく誰よりも熱血なこの男は一躍脚光を浴びることとなった。

だがハングラビオンの最初の戦いまでには、長い道のりがあった。

まず問題になるのは近接戦闘を行う為の兵装、これに関しては飛島がボクシングをやっていた事から、腕部に打撃系の武装が必要とされた。田島がこの案を本国に持ち帰ると、重慶兵器開発局は直ちに反応し、中国で使われていた衝撃破砕機の原理が応用された、機械的旋棍(メカニカルトンファー)を開発。これを搭載することにした。こういった格闘戦主眼という飛島の意見がほぼそのまま通ったのには、田島が本国と交渉していた事が大きかったのだろう。

そして次は戦い方である。特機で格闘戦など前例がない。そのためシュミレーターを使って戦術を編み出した結果、とにかく格闘攻撃が当たるリーチまでは絶対に攻撃を受けないようにする事が大前提とされた。そしてリーチに入った敵は確実に仕留める。それを実現するためには機体には圧倒的な瞬発力が求められる。飛島の訓練以上に、機体の改修は大掛かりなものであった。肩部に高出力電磁推進装置を設け、脚部には着地時のエネルギーを保存し、跳躍力に変える倍力装置が搭載されることとなった。

そして、機体の開発開始から数ヶ月が経った時、待ちに待った初陣の時がやってくる。

最初の相手は香川県だった。香川県の特機はプラネタリウム。その名の通りプラネタリウムのような機体構造をした特機で、廉価でありながらも主兵装の高出力レールガンと、独特な機動により期待されていた特機であった。

開戦早々プラネタリウムはそのレールガンでハングラビオンに襲いかかった。だが飛島の回避能力は伊達ではない。ハングラビオンの性能も相まってスラスラとかわしていく。そしていつまでも当たらないのでプラネタリウムは距離を詰めていくしかない。二機の距離は次第に詰まっていった。そんな中でも一向に反撃しないハングラビオンを大阪府民はもどかしく見ていたことだろう。

「なんで反撃しないんや!」

「全然攻撃せえへんやないか?どないなっとんねん!」テレビの前の人だかりからはその様な声が聞こえ始めていた。

だが、やがてその時はやってくる。プラネタリウムが徐々に近寄りハングラビオンの間合いに入った時、飛島は待ちに待ったメカニカルトンファーを作動させた。機体を動かすことができるほどの出力を持つ電磁推進装置を搭載したそれは、超硬金属鎚(ピック)から伝わる衝撃で作動する。ハングラビオンの力をさらに倍増させたメカニカルトンファー可動部は、その強烈な打撃力をプラネタリウムの横っ腹に叩き込んだ。プラネタリウムは機関部に深刻なダメージを受けたのだろう、機能を完全に停止し、油圧システムの油漏れが周囲に広がった。それはわずがコンマ数秒の出来事であったが、日本全国にその名を轟かせるには十分であった。

そして大阪でハングラビオンは、ヘビーボクシングと共に強さの象徴のように言われるようになったのである。


「せやけど...コイツは一体なんなんや?」現在、ハングラビオンの前には仁王立ちの機体がいた。灰色の地味な外装のその特機はただならぬ雰囲気を醸し出していた。今までこんな奴と戦ったことがない。

「俺の頭の危険信号がピリピリいってやがる...!」飛島は冷や汗を流していた。

「こいつは何を始めるつもりなんや?」飛島は動かない敵機に警戒心を強めた。だが、敵は予想外の行動に出た。スピーカーでこちらに向かって話し始めたのだ。

「宣誓!イバラギアは我ら茨城に勝利をもたらす為に、敵の機体ハングラビオンの機能停止を最大の目標とし、時に冷静に、時に効率的に、時に非常識に、時に冷徹に、時に激しく、時に狂おしく...!戦闘を行う事をここに誓う...」敵の前で堂々と宣誓を行う奴などみたことない。

「何を馬鹿な事を言うとるんや?」飛島は鼻で笑った。だが、イバラギアの次の行動が彼をさらに驚かせた。

目の前のイバラギアは独特な構えをした。腰を低く下げ、腕を構えるそれは明らかに近接戦闘を行う為のものであった。

「こいつ、格闘戦を行うつもりなんか?」暫く思考が巡っていたが、やがて飛島は考えるのをやめると、面白そうに笑い、自身もフォームをとった。

「ええやろう、やってやる!ただのこけ脅しなんて勘弁やからな!」そう言うとハングラビオンはイバラギアに向かって飛びかかっていった。

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