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鷲宮がPMCSを少しずつ使い熟し始め、役目に暇が出来てきたのを機に、定は間近に控えた対大阪戦に向けた戦闘シュミレーターを用いた訓練を行っていた。シュミレーターは愛知県の最新鋭品が貸与されたことにより、大幅に訓練の効率が向上していた。
「ある程度はハングラビオンに似せていますが、細かいところはご容赦ください。」
「承知しました、行動パターンに関してはどの程度反映されていますか?」
「シュミレーターの仕様上、今までのハングラビオンの戦闘の映像から50
%くらいの再現率といったところでしょうか」
「そうですか...」定はそれ以上は聞かずにシュミレーターを起動させる。例のゴンドラはPMCS非対応なのでイバラギアのコックピットに定が座ることになる。最後にコックピットに埋もれる定の光景は缶コーヒーのCMでも見たなと、見学に来ていた鷲宮は考えていた。確かキャチコピーは「本気の人に、本気のブラック」だった記憶があった。その広告の写真は対京都戦の直前のものらしいが、定の表情はどんな困難にも立ち向かっていく様なとても良い表情をしていた。
ブザーが鳴り各員が配置につき、データロガーも起動する。そして数秒間の処理時間の後、仮想空間大阪を舞台に戦闘が始まった。
ハングラビオンは少々見た目の再現率に難があったが、動きはなかなかそれらしかった。だが定は今までの訓練がある。戦いはイバラギアの優勢に進んでいた。
「なかなかやるじゃないか」たった今やってきた巖十郎は満足そうに頷いた。
「しかし、実際に相手と戦うとなると大丈夫ですかね?」隣に来た睦は油断ならないといった表情で巖十郎に伺った。
「どちらにせよイメージは大分掴めることだろう。やるのとやらないのでは大違いだ。定も今頃それを感じているんじゃないか?」
「そうですね、しかし、今回は特別試験も兼ねていますから、私はそちらの方も心配です。」睦のその言葉に、傍で聞いていた鷲宮は首を傾げた。そんなもの聞いていないからだ。もちろん打ち合わせの時同行したのだから、定が聞いていることでもなさそうであった。
「特別試験...?」
鷲宮のその様子に睦が説明をした。
「実は、定君には知らせていなかったのですが、今回はこのシュミレーターの中で特別な試験を行う予定なんです。」
「それは一体?」鷲宮は先を促したが睦は「じきにわかりますよ」とだけ言いモニターを注視することにしていた。
そうこうしていると、巖十郎がシュミレーター管理室に連絡を入れた。
「恐らく定が勝つだろう、プログラムBを起動してくれ」巖十郎の目線は戦闘の映像ではなく、定のモニタリング結果であった。毎度の戦闘の様に極度に異常なモニタリング結果。この各種表示の一つ一つが定の現在の様子を事細かに示していた。
戦況が優勢に進み、定がコイルガンでの一撃を喰らわせた時、運悪くハングラビオンは前面の装甲が剥がれてしまった。さらにもう片方のコイルガンを向け、あと一撃となった時、定は何かに気づいた。
「...!」
定は今までの行動から一転、全速でハングラビオンの後方に回り込んだ、そしてそのままハングラビオンとの距離をとったのだった。
「ほお...」巖十郎は興味深いといった様子でその光景を眺めた。
だがここで今度はハングラビオンが予想外の行動に出た。何と今まで使ったことの無い頭部のバルカン砲を使ったのだ。
「一体どうしたんですか?」驚く鷲宮とは裏腹に、イバラギアはそこから動くことなく腕部のシールドを構えた。
イバラギアから何か通信が入っている様だが時は既に遅かった。ハングラビオンは急加速し、イバラギアに詰め寄るとその強烈な破壊力を持つ機械的旋棍を叩き込んだ。
イバラギアは機体に大穴が開き、機能停止となった。状況からコックピットは潰れているだろう。だが出てきた定はしばし放心状態の後、一筋の涙を流し「良かった...」とだけ呟いた。
「...?」困惑している鷲宮に睦は説明した。
「イバラギアの足元を見てください」
「あれは...!」睦が指さした先には子供がいた。そこだけ妙にリアルに再現されていたが、戦闘中によく見つけられたものだと感心した。だがシュミレーターでそこまで感情移入しなくてもと鷲宮は思ったが、定がこの間言っていた言葉が蘇る。
「戦闘中に果たして自分は人としての良心を保てるのか?」
その時だけは切実な表情をしていた。人間離れしていくということがどういうことなのか、鷲宮にはその気持ちがよく分からない。だが定の今の表情からその片鱗だけでも垣間見えた気がした。
(未だかつてこんな真摯な人は見たことが無い)
いつしか鷲宮の定に対する警戒心は解けていた。