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ご当地戦機 イバラギア  作者: くぴどー
第五話 その瞳に光はあるか?
25/32

5-5

茨城県作戦司令本部、その門前では不安げな顔の女性が傘をさして立っていた。彼女の名前は鷲宮玲。彼女にとって今日というこの日は重要であった。しかしあいにくの雨、傘から滴る雨滴は刻々とその間隔を狭めていた。

「うまくできるかな...」最大限の努力はしたつもりだが、効果的な練習方法も浮かばずここまできてしまった。手元の紙面を頼りに受付までたどり着いた時にはその紙は雨水でふやけてしまっていた。

「すいません、私は鷲宮玲と申します。本日は適性検査の為参りました。担当者の方をお願いします」鷲宮がそう言うと、受付嬢は返事をし、内線の受話器を取った。すると、暫くとしないうちににこやかに白髪の男がやってきた。

「お待ちしておりました。私茨城県作戦司令本部司令補の松井睦と申します。本日はご協力ありがとうございます。では、検査の方の準備が有りますのでその間、見学でもして行かれませんか?」鷲宮は待っていても緊張するだけだと、お言葉に甘えることにした。

まず案内されたのは県庁棟である、ここでは主に県庁としての役割を担っていた。改築や増築ではなく、完全に新規で建てられたこの本部は分かりやすく各部署が配置され、鷲宮が一回通れば迷わなそうな構造であった。職員と時折視線が合い、お辞儀をされるのに鷲宮は慌ててお辞儀を返していた。所々の壁に見えるポスターにはイバラギアや定を起用した様々な企業の広告が貼られていた。勿論その中には茨城県警や、茨城県観光協会などの地域活性化としての側面も垣間見ることが出来た。やはりこうした効果というのも見逃せないのだろう。

次は作戦司令本部棟、こちらは先ほどとは打って変わり、作業着姿が目立っていた。あまり内部の方までは見せてはもらえないようであったが、京都とは違った雰囲気に、鷲宮は圧倒されていた。

「なにか気になるものでもありましたか?」

「いいえ、ただ、何となくですが、皆さん生き生きしていらっしゃる気がして...」

「そうですか、司令はここによく各企業の管理職の方々を見学に招くのですが、みなさん口を揃えて同じことを仰っていましたね」睦は嬉しそうに答えた。

「さて、次はパイロットや機体の為の区画の方にご案内します。申し訳ありませんが、機密の為電子機器の電源を切って頂いてもよろしいでしょうか?」鷲宮は、腕時計端末の電源を落とし、渡り廊下へと進んでいった。その廊下には、沢山の応援メッセージが書いてあった。鷲宮はゆっくりとその中を通って行った。

やがて渡り廊下も終わり、睦が鋼鉄製のドアにカードをかざすと微かな電子音と共に扉がスライドして開いた。しかし扉の向こうの風景は鷲宮の想像するものとは著しく異なったものであった。

扉の先には子供たちの列が出来ていたのだ。小学生くらいであろうか、彼らは皆興味津々といった感じで周りをきょろきょろと見回していた。

「申し訳ありません、子供達の見学とかぶってしまいましたね」睦がそう言うのもつかの間、鷲宮の姿に気づいた子供の一人が鷲宮を指差して言った。

「オレこの人知ってるー!京都の特機に乗ってた人じゃん!ねえなんでここにいるの?」その彼の言葉に周りの全員が振り返る。次の瞬間には、小学生の列がどっと鷲宮に押し寄せていた。

「ねえねえ、あの特機どうなったの?」

「特機の中ってどんな感じなの?」

「いーなー、俺も乗りたーい!」

鷲宮が子供たちの対応にたじたじになっていたその時、またもや最初に声を上げた少年が鷲宮の後ろを指差して言った。

「ねえ!本物だよ本物!ほら!」その言葉にまたもやその場の全員の視線が今度は鷲宮の後ろを向いた。睦は額に手を当てていた。

「今日の稽古は随分と早かったね」

「ええ、今日は広報関係の仕事が有りまして、早く切り上げさせてもらったんです。しかし、これは随分と賑やかですね、睦さん」そこには作業服姿の定が立っていた。子供達はテレビに映った有名人二人の登場に完全にテンションが上がりきっていた。

その後、暫く定も同伴で子供達との見学が進められたが、イバラギアのハンガーに来るまで子供達は定の周りに人垣を作っていた。

「それではこちらに見えますのが、我が茨城県の守り神とでも言うべき、イバラギアです。今は次の戦いに向けて準備している最中になっていますので様々な部品が外されていますが、持ち前の素早さを武器に、今までに愛知と京都の2戦をくぐり抜けてきました。」ガイドの言葉をそこそこに、鷲宮も子供達と一緒にイバラギアを見上げていた。近くで見るとこんなにも巨大な物で戦っていたのかと思うと鷲宮は信じられなかった。

鷲宮は視線を定に移し、尋ねた。

「見学はよく行われるのですか?」

「司令の命令なんですよ。重要な時以外はこうやって見学会を開催するんです。」定は子供達を見ながら言った。

「少しでも子供達に夢と希望を与えたいと言っていました。」

定はそう言うと、子供達がまだイバラギアを見上げているうちに鷲宮を通用口に避難させた。

「すいません、ありがとうございます。あの、そちらのお時間は大丈夫ですか?」先に聞いたのは鷲宮だった。

「ええ、今回は本部の方で行われるそうなので」

そこで、睦もそっとドアを開けて入ってきた。

「いやー、大変だったねー。あ、サダ君紹介遅れたね、鷲宮さんには今日は適性検査の為に来てもらっているんだ。こちらとしては暫く滞在してもらっても良かったんだけど、今日中に帰ってしまうみたいで、あともう少しで時間過ぎちゃうところだったよ。ありがとう!」定は少し考えるような仕草をした後、鷲宮に言った。

「そうでしたか。では、自分もこれで失礼します。」

「あとそれから鷲宮さん」

「はいっ!」

「最善以上の事は出来ませんから、あまり気負わずに」そう言うと定は手を挙げて、歩き出した。

「では、私達も急ぎましょう」睦は反対方向を指差した。


「それでは説明通りにリラックスして下さい」鷲宮は念入りに受けた説明通りにPMCSの簡易装置を被り、深呼吸をした。そして目を瞑り、体の力を抜く。

「では、接続を開始します」医師やエンジニアが数名、側で鷲宮の様子を注視していた。久しぶりの適性検査という事もあり、彼らも多少緊張の色を示していたが、複合電子デバイスによりその表情は読み取れない。

鷲宮の様子を逐一メモしていた男がモニターに目を移したのと同時に鷲宮の意識は隔絶されたのだった。

鷲宮が目を覚ました時その周囲は試験官が一人いる部屋だった。鷲宮はイバラギアの代わりに全高1m程の人型ロボットを操作することになっていた。台座に座らされていた体制で、腕を上げるように指示をされる。「すさのお」がやっていた様に機体を制御してみる。そうすると僅かに右腕が上がった。試験官の喜ぶ様子が見れた。だがこれくらいならMCSの範囲内。PMCSはあらゆる制御を行うことにその難しさがある。鷲宮は右腕を上げるのでこの集中力を必要とするのに、イバラギアの操作ともなると圧倒的な制御量になる。確かに人間に扱うのは難しいのだという事を痛感した。これはドイツも諦めてAIを使用する訳だ。とにかく今はこの人型ロボットを使いこなせないといけない。鷲宮は気の焦りもあり更に集中して立ち上がろうとした。しかしその時、猛烈な気持ちの悪さを覚えた。「すさのお」と接続した時とも違うもっと根底的に人間としての脳が拒絶する感覚。視点がふらつき、地面に倒れ込んだところで接続が解除された。

「大丈夫ですか?」複合電子デバイスを外した医師が心配な顔を覗かせた。

「ええ、なんとか」鷲宮はただ驚いていた。今までに感じたことの無い感覚。これは続ければ慣れるものなのか?それとも自分の意思の弱さが原因か?などと思考を巡らせていたが、脳が限界に近づき、鷲宮は意識を失った。


鷲宮が酷い頭痛と共に目を覚ますと簡易式のベッドに寝かせられていた。

周りには誰もいない。だがその場の冷え込んだ空気に、鷲宮は急にトイレに行きたくなってしまった。試験はおそらく失敗だろう。定に一言お詫びしてから帰ろうなどと考えながら、尿意の方が優先していたため扉の外に出ることにした。だがそこには通ったことの無い無機質な廊下が続いていた。

「トイレはどこ?すみませーん、どなたかいらっしゃいませんか?」

返事が無い。

鷲宮は取り敢えずこの廊下にはトイレは無さそうだと一番奥の「C区画」と書かれたドアを開けた。するとそのドアの向こうには薄い非常照明に照らされた細い道が続いていた。しかしその奥はどうやら開けた場所の様だ。そこまで行けば誰かいるだろう。そう思いひんやりとしたその通路を彼女は進むことにした。

道を進むごとに彼女はその開けた空間が予想以上に広大であることに気付く、先ほど見たイバラギアのハンガーと同じくらいはありそうだ。だがそこにあったのはイバラギアでは無い、別の機体であった。


挿絵(By みてみん)


鷲宮の後ろでは慌てて駆けて来る作業員の姿があったのだが、時は既に遅かった。

鷲宮の目の前には傷つき、ボロボロになった特機があった。薄暗闇の中でもその白を基調としたカラーリングは色褪せない。先鋭さを強烈に主張する外装、そしてその後ろにあるマント。彼女はこの特機に見覚えがあった。むしろ知らないはずがないのだ、この機体は

「…ダイ…サイタマ」

鷲宮はなぜこの機体がここにあるのかが理解できなかった。

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