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畑の中に佇む古い見た目の屋敷に定は赴いていた。巖十郎の旧知の友であるということであったが、定が会ったことはない。
「これは道に迷わないな...」この時代に於いて呼び鈴は無く、門には彫刻で掘られた壱ヶ瀬道場の文字が掲げられている。巖十郎から道着以外は持って行くなと言われた理由が何と無く理解できた気がした。だがそれと同時に巖十郎のことを好きなタイプでない人間ではないかという憶測が頭の片隅に過ぎったが、決めつけるのは止めておいた。
「すみません!佐久間定と申します!本日は父の紹介で参りました!」
小鳥のさえずる声が聞こえ、留守だったかと心配した時、玄関から一人の男が顔を出した。
「おお!初めまして、私は壱ヶ瀬新道と申します。巖十郎さんからはお話を伺っていますよ。」
「よろしくお願いします」暫く定を見た後に壱ヶ瀬は言った。
「では道場の方に案内しますので、先ず道着に着替えましょうか」
そう言われて定は屋敷の中に招かれた。定は壱ヶ瀬の後について行く間、屋敷の中を観察したが、どうやら必要最低限の電化製品はあるようであった。
「特別現代の文化が嫌いというわけではないですよ。ただこれは私なりの個性と捉えてもらえれば、間違いはないかと。」定の視線を感じたのか壱ヶ瀬が話した。
「個性、ですか...」定は、では自分の個性は一体何なのだろうかと自問しているうちに道場へと着いたのであった。
仕度を済ませ、道場の中央で向かい合い一礼すると、壱ヶ瀬は元々細い目をさらに細めて言った。
「では、まず最初に今のあなたの実力を知る為に、少しお手合わせを願いましょうか」
「手合わせというと、戦うのですか?」
「ええ、先に地面に倒れた方の負けということにしておきましょう。私も手抜きはしませんがお互い怪我のない程度にやりましょう。あなたはあなたなりの戦い方で私を倒してくれればそれで良いのです。では...」そう言うとお互い一礼をし、壱ヶ瀬は構えをした。その姿は次の敵のハングラビオンとかぶり、定の気を引き締めさせたのであった。
「...自分なりの戦い方」定はこれといった武術の心得はない。だから戦おうにもどうするべきか迷っていた。取り敢えずイバラギアでの戦闘態勢を取る。
壱ヶ瀬はただ構えているだけであったが、そこからはとてつもない威圧感を感じた。ゆっくりと足を運ばせる姿は水のように滑らかで鋼のように隙が無かった。
そしてふとした定の隙を突き、壱ヶ瀬の腕は鋭く定に迫ったのであった。
(この世にはまだ、私の知らないこんな世界があったのか!)体が宙を舞う中でも、定の気分は高揚していた。
「君と手合わせをしていると新鮮で良いですね。まだまだ私自身も知らない世界があると気づかされましたよ。」手合わせが終わった後、倒れた定に壱ヶ瀬は言った。
「私も全く同じことを思っていました。」定は息を整えながらも返した。定は3戦3敗で完全に負けていた。だが彼の心は充実していた。
「これからあなたを対大阪戦までの二ヶ月間で、私を超えるまでに育て上げる。巖十郎さんに頼まれた時は少々難しすぎる計画かとも思っていましたが、それも杞憂かもしれませんね。しかし忘れないでください。あなたがやるのは格闘戦ではなく、特機と特機との戦いなのだということを...」
常に目的だけは忘れるな、それは定が巖十郎に言われ続けていたことでもあった。




