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「うっ、クッ!」身体中に激痛が走る。これは肉体の方の痛みだろう。だがイバラギアはそれどころでは無さそうかもしれない。
すぐさま故障箇所のチェックを行いつつアンシエントの射線から機体を隠す。本体の方の損傷が軽微だったのが最大の救いだったようだ。居るとしたらの神に感謝しつつも冷静に状況を判断しようとした。
「やってしまった」という感じである。後悔先に立たずだが、悔しくないと言えば嘘になる。自分がどうするべきかをまず考えた。問題が発生した際は先ず状況の確認、そしてその報告、そして対応策を考えるのだ。定は状況を報告し、イバラギアの機体情報を本部に転送した。
今回イバラギアの各所にはテレビ中継のカメラが搭載されている。メディアの侵入が規制されている戦闘に於いてはそのカメラのみが戦闘の様子を伝えていた。そして墜落したイバラギアの姿は全国も勿論であるが京都の司令本部にも流れていた。
京都府作戦司令長官八戸 新造府知事は冷や汗を拭う事も忘れ、食い入るようにイバラギアからの映像を見ていた。
いつだってジョーカーの存在は我々にとっては気がかりであった。異端者、切り札、掟破り。ジョーカーを表すその言葉どれもにその機体は当てはまる。我々の最も恐れていた敵である。だが茨城などバックに付く県を間違えたのだ!さあこれで終わりだ、この戦いに勝てばきっとドイツからも我々は認められる!早くやってしまわねば。
気の焦りも手伝って彼の声はいつもと違い大きくなっていた。
「茨城のご当地ロボもここまでだ。この際多少の建築物の損壊は厭わん、さあ奴の足が止まっているうちにトドメを刺すんだアンシエント!」その声はアンシエントに届き、「すさのお」はすぐさま武器選定を行った。
「戦闘の継続は可能か?」イバラギアの中、定には巌十郎の声が頭に直接響いていた。
正直安心した。何故こんな時に安堵を覚えているのだ?全く私はまだ親離れができてないのかもしれない。そう思いつつも頭が冷やされ、多少回復した意識で返答を行った。こういう時は良く考えてから返事をして良いと親父から言われてたはずだ。冷静に考えて自分に問いかけるのだ。本当にできるのかと...
「核凝結炉が止まった。掛け直してみる。」
だがそんな事をしている暇は無かった様だ。イバラギアのレーダーは高速で飛翔する物体を2つ捉えていた。一旦上空へと跳ね上がった後急降下して街並みのすれすれを通過してくるそれは、正しくVLS対地ミサイルの動きであった。定は即座にモーター駆動のみで機体を引き起こし、ECMを作動させた。アンシエントから放たれた先発と後発2つのミサイルはECMに多少惑わされつつも確かな進路で突き進む。そして定が核凝結炉の再始動を終えた時には、先発が真上から降り注ぐような形で襲いかかってきていた。
(動け!...)
だがイバラギアを動かそうとした途端にまたもあの感覚に襲われた。今度のは今までのものより強いものであった。音がなくなり時が遅くなる。それでも定はイバラギアを動かす事が出来なかった。今動かせば奴に飲み込まれる!自分を見失う!眼前の2つの恐怖が定を錯乱させていた。
「一体定君は何を迷っているのですか⁉︎」実際どうすることもできないのだが、居ても立ってもいられずそう尋ねた睦に、巌十郎はスクリーンを見据えたまま答えた。
「彼は今苦しみを味わっている。」
「苦しみ?...」睦にはまだ理解できていなかった。
「睦は定がイバラギアを操縦し、戦っている時の顔を見た事はあるか?」
「いえ、私には無いですが、」
巌十郎は暫く考え込んだようだったが、尚もスクリーンの映像を見つめたまま意を決したように話し始めた。
「彼は笑っているんだよ。」
「笑っている?」睦は冗談かと考えた。いつも少し疲れたような表情でコックピットから出てくる彼である。しかもいざ戦いともなれば少しのミスも命取りになるのだ。笑って居られるなどあり得ないことである。
「定君にそんな表情できるんですか?あのポーカーフェイスの彼ですよ?」
「私も最初にあの顔を見た時は驚いたよ。だがあれがもう一つの定だ。本人が必死に隠してもふとした拍子に出てきてしまう。昔から色々と手を尽くしたのだがな、彼は元々強い正義感を持っていたのだが、かえってその相反する二つの精神が彼自身を苦しめる結果ともなってしまっている。彼は今戦っているのだよ、己自身とな...」
「私にはなかなか信じられるものではありません。彼はいつも普通に会話してたではありませんか?そんな事が有るのですか?そんな事が...」そう言っておきながら睦には心当たりがあった。巌十郎が定をいつも側に置いていたこと、あの痛みを隠すような表情、そして時折見せるぎこちない笑顔も...
イバラギアは二発のミサイルの直撃は何とか免れたものの、至近距離でその爆風を浴び、各部に深刻なダメージを伴う事となった。最早彼は何も考える事が出来ない程に意識を侵食されていた。ドス黒く禍々しい何かが現れようとしている。無抵抗に押しつぶされまいと食いしばっても、そのとてつもない質量に成す術は無かった。
「まだ奴は稼働しているぞ!直ぐさま次弾を打ち込め、アンシエント!」すんでのところで躱されたミサイルに八戸は容赦なく追撃を命じた。即座にアンシエントのVLSから放たれた対地ミサイルの軌跡を見つめ、次こそは仕留めてくれよと祈らずには居られなかった。イバラギアからの映像は先ほどから変化が無い。イバラギアを仕留めるまで、後少しである。