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アンシエントのコックピットに座る鷲宮 玲はひどく怯えていた。市内の一番高いビルのヘリポートに設けられたアンシエント専用の砲台の周囲にはエンジニア達が撤収作業に追われていた。無数の電線が張られた辺りには警報が鳴り響き、無数の輸送用飛行機が飛び交っていた。敵の機体"イバラギア"は刻一刻と京都にやってきている。アンシエントはそれを決して市内に入れてはならないのだ。愛知との一戦を見た彼女にとってはその姿はまるで不幸を運んでくる悪魔のように思えていた。
だめだ、精神状態は接続に影響を及ぼしてしまう。そう思い彼女は敵が現れるであろう遠くの山の稜線を見ながら敵機の説明の内容を確認する事にした。
今回の敵、茨城県の機体はイバラギアだ。まだ一戦しか経験していないにも関わらずその完成された機体性能とパイロットの操縦技術を鑑みれば愛知県に勝ったのも偶然では無かったことが伺える。機体の特徴に関してはしっかりと勉強してきた。イバラギアは推進器を搭載した推進器腕を機体後方に搭載していることと電磁モーターと核凝結炉のエネルギーを利用した油圧システムを組み合わせた複合駆動システムによって高い機動の自由度と安定性を有していることが最大の特徴であるが、多少かさばった重量のためか加速はそんなに良く無い。攻撃性能を見ても唯一の武装をレールガンからコイルガンに変更したために絶対的な威力は落ちている。
でもこんなことを考えていてもそんなに意味は無い。AIとの接続を開始すれば私の脳はAIの思考回路の一部として利用される。そうすることでAIは人間の柔軟な思考を手にすることができるというわけだ。そこに私の意思はエラーになるため干渉できない。私の持っている知識はAIによって検索がかけられ判断材料として使用されるからいちいち確認しなくてもいいというわけだ。だがそれだけを聞いていると誰でもなんて楽なんだと思うだろう。しかし実際はそんなに甘いものではないのだ。
「アンシエント、迎撃態勢に入れ。繰り返す...」
通信が入ると私はひとつ深呼吸をしてAIへのリンクを開始した。そうだ、いつものようにやればいい。そうすればきっと、きっと今回も耐えられるはずだ。アンシエントのとらえた京都の景色が見える。だがその空には幾つもの目があった。すでに見慣れたその目であるが、私にとってはそれは何よりも恐ろしい。あの存在全てを否定されるような目が私を睨み続ける。あの日々を思い出さないように努めて平静を装い錯乱し、絶叫しようとする精神を押さえつける。精神状態は稼働率に影響してしまう。私は歯を食いしばって耐えることに専念した。間も無く稜線から奴が現れる。アンシエントに搭載されたAI「すさのお」は機体の制御を行いアンシエントを動かし始めた。レールガンのその長い砲身は機械的に迷いない動作で山の稜線へと向けられる。恐らく敵の電磁波を山頂に設置されたレーダーが捕らえたのだろう。徐々に空を支配する目が見開かれ始め、そこからは私を罵る怒号が聞こえ始めた。
京都の中心部から一直線に伸びるレールガンの砲身とは裏腹にそこで待つもの達は皆辟易していた。県長も技術主任もそして鷲宮も、府民とドイツの高い要求の重石が彼等を苦しめていた。一体この戦いは誰のために、何のためにやっているのだ、嗚呼、私達は一体何処で間違えたのだ。早く誰かこの争奪戦を終わらせてくれ。救いを求めるかのように彼らは空を見上げていた。だが空に広がる分厚い雲は、彼らに闇を見せるばかりであった。