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やがて暫くの時が経った。茨城県作戦司令本部では各作業が大詰めを迎えていた。ようやく明日が対京都戦である。機体は京都侵攻に際して改修が施され、長距離パッケージングが為されていた。イバラギアを覆うように搭載されたそのLLPも機体のデザインと同様無骨な鋼板を繋ぎ合わせただけの様な外装をしている。最早定着しつつあるこのデザインであるが、それは整備性の良さの為という何とも言えない理由だった。今回の改修は今までその大電流を必要とするが為に機体の駆動の方に影響が出ていたレールガンから、威力は及ばないが消費電力の少ないコイルガンに武装が変更されたことである。だが、それに伴いより出力の高いモーターと電磁推進装置を搭載したことにより、機体フレームの補強にまでその改修は及んでいた。それもこれもこの無骨な外装があってこそである。
定はその機体の元で、メカニック達と話し合っていた。
「3番4番の関節部のブレーキの効きが甘かったので一回バラしてもらえませんか?」
「今からかい?」
「ええ、さっきの試験運転で途中から効きが悪くなりだしたので。」
「となるとあの位置だと排熱関係とかかもしれんな。3、4番はエンジンに一番近いからな、だがしかしあそこはクリアランスギリギリで放熱スペースがとれないからなぁ。そうなると…」
この様な一見些細に見える不良も、争奪戦に於いては見逃すことはならない。終盤を迎えたこの戦いで勝ち残ったのは皆超一級の機体に超一級の操縦者、そしてそれらを支える施設や設備なども完璧に揃った県のみである。そんな中で茨城県は戦うのだ。今の状態では恐らく最後の一県になることは叶わないであろう。だがしかしこの県はどの点においても日々目まぐるしく成長している。そのことにより周囲からの期待が日々増えていた。だがそんな中で定は最近横這いを続ける自身の実力に焦りを感じていた。
(機体は確かに日々完成度が増している。最早一級品の機械といってもいいぐらいだろう、だがそれでは今ひとつ勝つ決め手に欠ける、私が変わらなければ、この状況を打破する為にどうすればいい、考えろ、何かあるはずだ)技術主任と会話をしながらも頭は別のことを考えていた。
定には目的があるのだ。見たい景色があるのだ。こんなところでくじけているわけにはいかなかった。
それは第二首都争奪戦が始まる前の話、巌十郎は定にまだ試作途中の特機の前で自慢げに話をしていた。大学生最後の年で、これからの進路に頭を悩ませていた頃のことだった。どの企業を見てもパッとしない、勉学を極めようとも到底思えない。お前がしたいことはそんなことだったのか?頭の中にいる何者かがそう定に囁きかけるのだ。見てきた企業に入った未来ではいつか後悔することになる。そんな気がしてならなかった。定はモヤモヤした気持ちで目の前の機体を眺めていた。夜遅くで周りに人のいないこのハンガーは普段の慌ただしさも影を潜め、静寂がその場を支配していた。
「お前には話しておこうと思う、だがこの事は決して他言無用だ。」
巌十郎は目の前の機体を見ながらおもむろに話し始めた。
「いつかは分からないがこの日本でこいつらを使った戦いが起こる。いや、私がそうなる様に手を回したのだがな。戦争というわけではではないのだが、これに乗るやつに命の保証はできない。そんな戦いだ」
「命の保証が?」定はただ呆然とその緻密に計算された機械の織りなす美しさに見とれながら話を聞いていたのだが、驚きの声を上げた。
「そうだ。だがな、これに乗ってくれるっていう奴らはもう4人ぐらい候補がいるんだ。」定はよくそんな事ができたものだと今の自分と照らし合わせていた。何が悲しくてそんな命の保証ができない事をしなくちゃいけないんだ?全く理解ができなかった。
「まぁそうしてもらえると私も助かってはいるんだが、何故そこまでできるのか私にはさっぱり理解できん。睦曰く世の中にはそれほどまでに多様な人間がいるものらしい」巌十郎はさも残念そうに付け加えた。
「しかしこいつには私の夢が詰まっている。目的が、目標がある。そしてこの機体がそれを達成させてくれると信じている。だからこそ、それを達してくれる彼らには感謝してもしきれない。私は私のできること全て持ってして操縦者をサポートするつもりだ」
「その親父の夢って一体なんなんだ?」自分とは対照的な巌十郎のその自身に満ちた眼差しを見て定は気になり尋ねた。それに対して巌十郎はいつものあの笑い方をしながら自慢げに答えたのだった。
「世界を変えるのさ」
一体何をバカな事を言っているんだ?最初に定はそう思った。だが意に反して口からは自身も意外な言葉が出ていた。
「親父、例えばもし、俺がこれに乗りたいって言ったらどうする?」流石の巌十郎も少し焦った様だがやがてふと笑った。
「何をバカな事を言っているんだ、まぁお前がこれからいかなる選択をしようとも私は止めはせんがな」
「まあ冗談ってことで」定は自分の中に芽生えた気持ちはきっと気のせいだとその時は考える様にした。
それから2月ほどが経ち、順調に開発が進んだ事もあり、ついに機体は完成した。だがその試験を行う時にその問題は起こったのだった。
それは機体に搭載されたPMCSという操縦システムが原因であった。
完全型意志操縦装置PMCSと呼ばれるこの操縦方式は、現在各種兵器に主流として使われている意志操縦システムMCSとは大きく異なっている。
MCSは、機体の基本的な動作のみをパイロットの意志(脳波)からくみ取った信号で行うものでどこまで人間に行わせるかはものにより様々ではあるが、どれも一貫して言えるのはその全てがあくまで操作の補助的な立ち位置としてのシステムであることだった。現在の特機が人型に似た形を持つのもこのシステムに依るところが大きい。
それに対しPMCSは、パイロットの意識を機体に完全に同調させて機体のすべての操縦をMCSのみで行うというものであり、その際にはパイロットの神経すべてを機体に同調させていることから、パイロットはその間人間では普通受け取らない情報などを受け取りそれを理解し、人間では使わない可動域の操作やスラスター、エンジンの出力調整をMCSで行わなければならないのだ。そのため現在の操縦システムには技術としてはあるものの、搭載されてはいなかった。人が扱えるものではないという事からの判断である。だがそれを搭載することにより得られる効果は非常に大きなものであることもまた事実であった。
そして灰色の地味な外装を施されたこの機体はそのシステムを搭載していた。恐らく世界で初めての試みであろう。だがそれも扱える人間がいての話であった。
そう、誰もその機体を使いこなせなかったのだ。どの操縦者も機体を降りて早々、口々に「こんなの人間が使えるものじゃない」と言って去っていった。
その話を巌十郎から聞いた定は、残念に思った。
この世界ってつまらないなぁ、そんな考えが頭を巡っていた。
だが頭の中のあいつはそんな定を叱責した。
(お前はいつでも傍観者だ、やろうともしないのに文句だけは出てくるようだな。何もせずに何かが変わるとでも思っているのか?変えたいんだろ?ならば行動を起こせ!お前の手で、お前自身の手で世界を変えて見せてみろ!)
「何なんだよ、お前は…」だが間違いじゃない、確かに俺は傍観者だった。ただただ流されてあるがままの日常を変えようともせずに苦痛をただ受容しているだけだった。自身の手で変えなければならなかったのかもしれない。
ふと親父のあの時の言葉を思い出していた。
「世界を変えるのさ」
第二首都争奪戦が始まるのはこれよりまだ後の話である。