表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ご当地戦機 イバラギア  作者: くぴどー
第三話 心身の休息
13/32

3-2

「…ということであり、茨城がジョーカーであるということは最早明確かと…」

ここは某県の作戦司令本部。飾り気のない無機質なこの部屋ではホログラムで表示された重役と思しき人々が集まり、会議が行われていた。

「現地司令、我らの機体の現在の稼働率はどのくらいだ?」日本人ではない、その男は別の男に質問投げかけた。

「40%前後となっております…」言いづらそうにしたその男に周りの者たちは言葉を詰まらせた。

「いいか?現地司令…あれには莫大な費用が掛かっている。最早あれは君の県だけの問題ではないのだ。そんな甘えた気持ちでやっているようでは我々も提携の解除も考え得るぞ。」その言葉に黙って聞いているしかなかったその日本人の男は最後の言葉に焦りを漏らした。

「今提携を切られては我が県の敗北は確実です!最早残存する他県には我が県の様にそれぞれバックが付いております。御国の方にも我々が第二首都になれば特約を結ぶ約束はしているはずです!そんな勝手なことを仰られても…」

どうやらこの場で盛り上がっていたのはこの日本人1人だけであった様だ。その御国の重役からは抑揚のない無機質な言葉が返ってきた。

「我々はそんなもの期待していない。我々が求めるのは貴重な実戦に於いて得られたデータだ。我々が君たちに渡したのは緻密な計算をされた製品である。故に我々に機体のせいという言い訳は必要ない」その言葉を最後に重役達は次々にその会議室からログアウトしていった。そして薄暗いその部屋に残ったのは、憔悴した日本人だけであった。

やがてその日本人は内線の受話器を取ると、何処かに連絡を取った。

「技術主任か、私だ。この前の君からの提案は受け入れられない。…そうだ。そのまま引き続き変わらずだ。何?そんなのどうでもいい。君は何が重要なのかを理解していないようだな。我々にはそんな甘やかしなど必要ない。もっと効率的な考え方をしたまえ。」そう言ったきりその日本人は疲れた顔を見せ、天を仰いだ。たがしかしそこにあるのは無機質な照明のみであった。


複雑かつ近代的な装置が整然と配置された部屋に、エンジニアたちが窓越しに見守る中、今日もその試験は行われていた。

「試験準備完了確認、これより接続試験を開始します」

まただ、またやってくる。この地獄のような時間が、その部屋の機材の中にいる唯一の人間である彼女は室内に流れるその無愛想な声に半ば諦めにも似た絶望を感じていた。

「LINK開始、」彼女がその言葉を発すると、まるで待っていたかのように、彼女の中にその禍々しい何かが入り込んでくる。その時点で彼女は自身が"それ"に呑み込まれないようにするのに必死だった。一通りの初期動作を終えるとその感覚も薄らぐのだが、彼女の思考に接続されたそれは彼女を自身の一部とみなし、その精神もろとも侵食を開始し始める。試験はこれからが始まりであった。


それはほんの些細なことだった、私は一枚のアンケートを渡された。今からすればこれがすべての始まりだったのだ。あの時あのアンケートに答えていなければ、もしくは違う回答をしていれば、私にはまた違った未来があったのかもしれない。だがそのことを考えれば考えるほど自分が辛くなるだけだった。

「簡単なアンケートです、ご協力お願いします」そう白衣を着た男の人に声をかけられたのは秋を彩る色づいた落ち葉がコンクリートを微かに覆う大学の構内だった。

私は気さくなその人の誘導に乗せられ、20問足らずの簡単なアンケートに記入をしたのだった。やけにしっかりとしたアンケート用紙と、学部やクラスの記入欄があることに疑問を感じたが、案内する人誰も彼も真面目な感じにやっていないこともあり、特に質問を投げかけもせずに提出をしたのだった。

後日、学食で友達と昼食を摂っていると、男の人に声を掛けられた。振り向くとこの間アンケートの呼び込みをやっていた人がそこに立っていて、彼は相変わらずの調子で言葉を続けた。

「鷲宮さん、この間の事でちょと時間を取らせてもらえないかな?もし良ければうちの研究室まで来て欲しいんだ。うちは君のような人が是非とも欲しいんだ。じゃあ今日の4時ってことで、よろしく」そういうなりそそくさと去ってしまった彼を尻目に、友達は呑気に茶化しを入れていた。そしてその時の私も大して気には止めていなかった。

約束を破るわけにもいかないので結局時間の5分前にその研究室の扉を叩くことになった。中から出てきたのは昼間声を掛けられたあの人で、中に入ると、その室内には用途は分からないが最新の設備が整然と並べられていた。その一角のいかにもなデスクで、私は彼にようやく詳しいことを聞かされたのだった。

彼はこの研究室で若くにして教授をしている人で、彼が研究しているのはコンピューターと人間の脳の接続について。コンピューターを人間の脳の補助とすることで人の思考能力を飛躍的に向上させようというのがざっくし言った研究内容で、脳の機能障害を持つ人々に用いることで、以前の状態に戻すという医学的利用を目指しているとのことだった。そこで、そのシステムのより多くのデータを取るために、よりコンピューターとの親和性の高いとされる人をアンケートという形で探していたということだった。

「アンケート結果によれば君はこのシステムに優れた親和性を持っているはずなんだ。もし君が協力してくれるならきっとこの研究は成功するだろう。世の脳障害で苦しむ人たちを救うことができるんだ。この研究はドイツの研究施設との共同研究っていうこともあって、かなり規模の大きい研究だから協力金の用意もあるんだ。ドイツの方から成果を出すのを急かされてしまっていて、出来れば今週中に返答をしてくれると助かるんだけど、どうかな?」そう言われはしたものの、私も流石に常識はある。いきなり実験台になれと言われても乗り気は起こらなかった。まずはその日は他の詳しい話を聞いて帰ることにした。


その日私は一晩中考えていた。


私は幼い頃、親から虐待を受けていた。毎日が辛く生きていくことに絶望しか感じられない。そんな日常が続きいつしか、私はこの世界に必要とされていない。そんな考えが頭の中に染み付いてしまっていた。毎日のように体に痣を作り、それを隠すような学校生活を送っていた小学校3年生のある日、ようやくそのことに気づいた当時の担任の先生が助けてくれた頃にはもう私の中の子供らしい部分は失われていた。そしてやっと地獄のような日々は終わりを告げた。警察にもお世話になり法的手続きが着々と済まされた。親に引き取ってもらえるような親戚が居ないのは私自身も分かっていたため、養護施設に行くことになった時も私は素直に喜ぶことができた。そして私は養護施設で育てられることになったのだ。

そこは何も不満もない生活だった。今更普通の子みたいに生きたいなんて思うのは私には贅沢だと考えていたので施設では他の子と平等に接してくれることが何よりも有り難く嬉しかった。だが私もいつかは自立しなければならない。その時に困ることのないよう私は高校の3年間は勉強に専念することにしたのだった。

努力をすれば夢は叶うとは言ったものだ。私は高校で成績トップにまでなることができた。そこでも満足せずに努力を続けた結果、さらには私は京都で有名なK大学になんとか入学することができたのだった。入ったあとは勉強も難しく、大変であったがなんとか普通くらいの成績を維持することができていた。


それなのに、なんら不満もなかった筈なのに、ふと昔のあの時の感覚を思い出してしまったのだ。

「私は今までこの世界で必要とされてきたことがあっただろうか?あるいは一体これから必要とされることがあるのだろうか?」

この時そう考え至った私は、急に焦りを覚えた。あの二人の冷たい目が脳裏に鮮明に蘇る。あの物を見るような存在全てを否定されるようなあの目が私は怖かった。殴られている時は体の痛みよりもそのことを身を以て味わうようで心の方が痛いのだ。その時は自覚していなかったが、私は求めていたのかもしれない。自分が必要とされる場所を。次の日には私は彼の研究所の扉を叩いていた。


私が承諾すると、後日すぐに最初の実験が開始された。

頭に複雑そうな装置が覆い被さり、頭に微妙な違和感を覚える。だがそれもそこまで、あとは自分の思考が研ぎ澄まされたようで勝手にどんどん頭が働くのが面白かった。

また、実験結果を見る教授の満足そうな表情を見れば、誰かの役に立てているという実感が湧いてその後も接続による疲れも感じることはなかった。

そう、それは彼らが来るまでは...


その日もいつものように調整とテストをしていると、外国人と思しき人々が研究室を訪ねてきた。教授はかしこまった感じで応対をし、彼らをデスクに案内する。恐らく共同研究をしているドイツの人だろうと感じたが、この時はただただ訳の分からぬままその話を聞いていた。

英語ではないその言語もあって理解する事は叶わなかったが、深刻そうな表情を浮かべる教授になにやら不穏なものを感じたのだった。

故意か偶然か、第二首都争奪戦が始まったのも丁度このころのことだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ