3-1
ここは私の体だろうか?深くて暗い闇、その中で私はもがくように頭を働かせた。
そもそも私はどうやって体を動かしていた?脳をどう働かせればいいのだ?そういえば、私の体は一体どんなものであったのだろうか?そこに浮かぶのはぼんやりとした鋼鉄の部品の塊でできた四肢だけであった。
「わた…し…は?…」
考えれば考えようとするほど分からなくなっていく。そもそも私は何者であったのだろうか?思考が霞み、判断が鈍っているのもあるのだろうか?いつもならこういう感じで体が動かせたはずなのに…どうして、
「わた…し…は?…」
なにやら声が聞こえてきた。私の声ではないその声をすがるように聞き続けると段々と何かを思い出し始めた。
そうだ!こっちの体はこう動かすんだっけ?
痺れる感覚と共に私の体が動き出す。重い瞼を上げると、そこには白衣を着た人物がひとり立っていた。私はその姿を見て咄嗟に目を覚ます。そうだった。私は昨日…!
「我々は…勝ちましたか?」私は私の様子を逐一見ていたその男に質問をぶつけた。朦朧としながらもほぼ反射的に私の口から出たその問いに、彼(恐らく医師であろう)は尚も私の目を見続けて言ってくれた。
「えぇ、勝ちました…我々茨城の勝利です…」その言葉を聞き心が安らぐのを感じた。ここでやっと戦闘が終わった実感を手に入れた私は、安堵感を覚えると同時に、今は悪いが休ませて貰おう。そう考えが至った。恐らく現状で私のとる行動ではそれが一番効率的であろう。
「先生、私は暫くこのまま休ませて頂いてもいいでしょうか?」
医師は深く頷くと、駆けつけた看護婦に何やら言付けをしてから去っていった。明るい陽光が窓のサッシから微かに溢れ、病室のベッドを照らしている。今までの戦闘指揮車両での仮眠室と違い、困るほどに良いこの居心地が、再び定の意識を緩やかに落としていった。
「そうか、定が目を覚ましたか!」医師と構内有線通信を交わしているのは佐久間司令である。書類整理の僅かの合間に来ていたイバラギアのハンガーの片隅で嬉しそうにする。さも心配していたかのような口調ではあったが実際は書類に目を通しながら、今後のスケジュールの調整を考案していた。
その姿は、ただ冷徹と言ってしまえばそれまでである。だが彼、或いは定にとっては寧ろそれで良いのだ。全ては効率性の為、彼ら親子にとってはそちらの方が正しい事であり、なんら不満もない。それが果たして本当に悪いことなのか、今現在の人類に於いてはその結論は出しようがない。
「そうか、なら定が起きる気になってくれたら私までまた連絡を頼む。」口調と表情は一致していなかったが、彼に父親としての自覚が無いわけではない。
「出来れば今日の夕方には起きていてもらえるといいんだが…」その呟きに医師は口調を厳しくする。
「司令、先程も申しました通り私の立場から申しますと暫くは休暇を取って様子を見させて頂きたいのですが、」
「なに、争奪戦のことではないんだ。実は今日は彼の誕生日でね、できることなら今日に祝ってあげたくてね」その言葉に医師はふと緊張を解いた。
「そうでしたか、失礼いたしました。それでしたらこちらの方でも昼過ぎには一回経過観察も兼ねて定さんには起きて頂きますので、その時に伺ってみます。」
「助かる、ではまたよろしく頼む」そう言って電話を切ると彼はいつもの下衆笑いを浮かべたのであった。
「さて、ではプレゼントの用意をしなくてはな」
手に持った定のスケジュールにはしっかりと休暇の日程がとってあったのだった。