2-5
「このままでは負ける!」コンテナパックに戻り補給を行う有馬は冷や汗を流していた。だがこの充実感は何だろう?今までこんなに本気で戦ったことが果たしてあったろうか?豪華絢爛のその機体の外装は打ち付けられた弾丸により歪まされ、穴が空き、所々欠落していた。本体の方に不具合が出ないのは、それだけ斬金の設計が優れていた事の表れである。
だがしかし有馬はこの窮地の中に於いても言い知れない幸福を感じていたのもまた事実であった。
そんな中、斬金に通信が入った。
「こちら司令本部、幾多だ」
「こちら斬金、どうぞ」身構える中尉に司令は依然と冷静な口調で続けた。
「有馬中尉、斬金の特殊武装の使用を許可する。」
その言葉に有馬は幾分ショックを受けたようだがしばらくの沈黙の後、心を決めたように返事をした。
「…了解しました。最後のチャンスと捉えます。」
最後、そう。その武装は斬金にとってのリーサルウェポン、それを使わなければならなくなったということは自分の技術が至らなかった事も原因である。本当であれば争奪戦が終わる最後まで使いたくなかったというのは、司令のみの考えでは無かった。
特殊武装を使うためにフルパッケージの装具解除が行われた。コンテナパックの簡易装置により全ての銃火器及び追加装甲、追加ブースターを外されていく斬金。その中で有馬は目を瞑り、ひとつ深呼吸をした後に顔をあげる。そうすると今までやって来た訓練や戦い、そして斬金と初めて会ったあの時の光景が瞼に映る。目をそっと開けると、自身を包み込むようなコックピットの風景が広がっていた。
(そうだ、私には信頼できる仲間が…)
斬金を整備、改修し、一緒に作り上げてきた整備士たちが脳裏に映る。
(応援してくれる人々が…)
自宅で見守ってくれているであろう早苗と拓、そして声援を持って送り出してくれた愛知県の人々が脳裏に映る。
(そしてこの愛知の技術の粋が付いている!)
眼前の光景を見つめ、勢いよくスロットルを開けると、核凝結路の獰猛なサウンドが周囲に響き渡った。
(茨城のご当地ロボ、斬金が斬金と呼ばれるその所以を貴様の機体に叩き込んでやる!)
一通り大気開放を終えた斬金は、勢いよく飛び立っていったのであった。
しばらくしないうちに二機は会敵した。先に仕掛けたのはイバラギア、だが身軽になった斬金はそれをやすやすと交わし、胸部に内蔵された機関砲でイバラギアの動きを止めた。その一瞬を有馬は見逃さない。
(今だ!)
特殊武装のセーフティロックは既に解除済みであった。
斬金は内蔵されていたスモークミサイルを射出し、周囲を瞬く間に煙で覆う。そして煙に包まれた中で特殊武装の起動シーケンスを開始したのであった。
身軽になった斬金の腕部には仰々しい武装のような何かが搭載されていた。
「ツァルナエフ起動…」
コンソールパネルを操作し、システムを起動する。そうするとディスプレイにカウントダウンが表示される。
残り6秒、斬金は音波検知モードに切り替え、イバラギアの位置を特定する。
残り5秒、退避するその機体を全速で追いかけ始めた。
もうすぐ煙が拡散している領域を抜けてしまう。その前に、こいつを…!
3秒
着々と減っていく数字と共に絶えず一定間隔で流れていた電子音の感覚が狭まる。
ピーピーピーピーピピピピピピピピーーーー
0秒
煙が晴れると目の前には敵が転回してこちらを迎えていた。構えられた銃口には目もくれず操縦桿のトリガーを引くと右腕の装置の先から棒状に高温高圧縮粒子の電磁的結合体として、その固まりが形成されはじめる。通常の戦闘では有り得ないほど近くで向かい合った状態で、中尉は奴のその生物のように全体の駆動部を使った滑らかな動きに見惚れながらも全身全霊を右腕部に込めていた。