Civil War in Albion - 2
意気揚々とアルビオンに乗り込んだライザは、港でクライドの私兵たちに捕まった。エリアルたちも拘束され、ライザは暴れたがどうにもならなかった。そのまま一気に王都まで行けたのはラッキーと言えなくはないが、この半年でクラウドは何をしたのだろうか。土地がやせているような気がした。
「久しぶりだな、エリザベス。まさか本当に生きているとはな」
かつてエリザベスの父が主だったアルビオンの宮殿、ニクス宮殿でライザはケンドール公爵クラウスと対面していた。我が物顔で宮殿内を歩くクラウスに腹が立つが、それ以上に半年も彼に勝手を許した自分に一番腹が立つ。
「お久しぶりね、クラウス。再会ついでに、わたくしに玉座を明け渡してくれない?」
「相変わらずふてぶてしい女だな。私がうなずくと思っているのか?」
「思わないわ。ずうずうしいものね、あなた」
2人はふん、とばかりに鼻を鳴らした。似た者同士なのかもしれない。もしかしたら。
「玉座は渡さないが、玉座の隣に席を用意してやる。ありがたく思え」
「あなたの王妃になるつもりはないわ。わたくしがいるべきは玉座。それ以外はあり得ない」
ライザは言い切った。家族がいなくなった以上、ライザは何としてもアルビオン王になるつもりだった。ライザは家族を見捨てて逃げた。たとえそれが、その家族に逃がされたからだとしても、ローデオルまで亡命したのはライザの意思に他ならない。
ライザだけが生き残った。だから、ライザはその役目を果たす。
「お前のような小娘に女王が務まるか」
「あなたのような人格破綻者に国王が務まるとは思えないわ」
そう言って互いに互いをにらみ合った。ライザは自分に経験も年齢も不足していることは理解していた。16歳にしてナイツ・オブ・ラウンド第1席だったが、それはお飾り、マスコットのようなものだ。実際、顔立ちの整った末の王女であるライザは、周りにかわいがられていた。
だが、経験が足りないならそれを補う人を雇えばいい。ナイツ・オブ・ラウンド第2席のユージン=リプセットと第3席のエリアル=フェアファンクスは事実上のライザの補佐官だった。ライザは決して責任を彼らに投げなかったし、彼らの助言を受けてちゃんと決定を行っていた。……だから、力不足なのは認める。
「血筋ではわたくしが正当な後継者。人望も集められないようなあなたは、とっとと引っ込みなさい。今なら公爵位をはく奪しないであげる」
「……口が減らないな、エリザベス」
「そういう性格ですもの。仕方ないわ」
自分でもひねくれているなぁ、と思うくらいにはライザは性格が悪い。
「だが、いつまでもそんな態度でいいのか? お前を慕っている者たちはすべて、私の手の中にあるんだぞ」
「……何するつもり」
ライザはつりあがり気味の目を細め、クラウスをにらんだ。クラウスはライザの顎をつかんで上向かせた。
「あいつらは私の手の内だ。どうすることも、私の勝手だ。確かに、お前を死なせれば国民の反感を買うだろうが、牢の中の奴らは違う。どれだけでもいいわけが効く」
「……下種が」
「なんとでも言え」
クラウスがライザを乱暴に突き放したので、彼女はよろめいたが、何とか踏ん張った。クラウスはおとなしくなったライザに言う。
「お前が私の妃となるなら、あいつらは見逃してやる。私にはむかったら容赦はしないが」
「わたくしが妃にならなかったら?」
「お前の目の前で、奴らを一番苦しい方法で殺す」
「……この極悪人。初夜でわたくしに刺されないようにせいぜい気をつけなさい」
「冷静冷徹と言われるエリザベス王女も、愛する者には弱いか」
「わたくしが冷静冷徹なら、あなたは冷血よ」
笑いながら冷静な決断を下すナイツ・オブ・ラウンド第1席エリザベス王女。たとえそれが第2席ユージンの発案であっても、ライザは自分が決定を下したようにふるまってきた。手柄を横取りしたいわけではなく、責任を負うのはすべて、一番偉い者の役目だと思っているのだ。
責任を負うのは、王女である自分だけでいい。そう考えていた。
「戴冠式は1週間後だ。その時、同時に婚姻も結ぶ。覚悟しておけ」
クラウスはそう言って部屋から出て行った。ライザはよろよろとソファに腰かける。
豪奢な部屋。かつて母が使っていた部屋でもある。つまり、王妃の間だ。そこは、簡易軟禁部屋となっていた。
窓に格子をはめ、扉の鍵を閉めただけの簡単な軟禁部屋。それだけで済んだのは、ライザが逃げないとわかっているからだろう。クラウスに冷静冷徹と言わしめたライザだが、その分、自分の仲間がかかわると弱かった。
ライザはソファに倒れこみ、クッションに顔を埋めた。
クラウスがライザと結婚したがっているのは、ライザの身分が魅力的だからだ。家族を全員なくした悲劇の王女。ウィリアム2世の末娘であるライザを王妃に迎えることで、クラウスは己の王位継承権の低さを補おうとしている。王妃が暫定王位継承権第1位のライザならば、クラウスが王になっても反論は起こらないだろうと考えたのだ。
おそらく、ライザの方が継承権が高いことから、元老院は共同統治を訴えるだろう。しかし、共同統治といっても人質を取られているライザは身動きが取れない。クラウスは、おそらくそう考えた。
たしかに、エリアルたちを人質にとられていたら、ライザは動けなかっただろう。本当に人質だったなら。
「さて」
ライザは顔を上げると、行動を開始した。
* + - 〇 - + *
「……考えてみれば、自分で牢に入ったのは初めてだな」
暇すぎて、エリアルは意味のない独り言をつぶやいた。ナイツ・オブ・ラウンド第3席として、エリアルは多くの反逆者をこの牢に放り込んできた。まさか、自分が入る日が来るとは。世の中、何があるかわからない。
一応周辺を探ってみたが、近くに宰相もナイツ・オブ・ラウンド第2席のユージンもいなかった。どうやら、離れたところに閉じ込められているらしい。
事前に、宰相であるスペンサー伯とナイツ・オブ・ラウンド第2席ユージンが捕まり、牢に入れられているという情報は入手していた。そして、エリアルはその2人の救出をライザに任されていたのだが……。
「……無理だな」
早々にあきらめた。当たり前だが牢の鉄格子には外からカギがかけられている。格子の間から錠前に手は届くが、専用の道具がなければ開けられない。エリアルは捕まった時に、剣その他武器になりそうなものはすべて取り上げられている。ついでに言えば上着もむかれたので、少々寒い。
共にアルビオンに降り立ったライザは、今頃クラウスと対面していることだろう。ライザの物言いは腹が立つため、クラウスをきれさせていなければいいのだが。
彼女、アルビオン第4王女エリザベスはお飾りのナイツ・オブ・ラウンド第1席だった。ジョージ王太子仕込みの策謀術とジョージ王太子妃フランチェスカ仕込みの剣術を武器としていたが、何分経験が足りなかった。そのため、ユージンとエリアルがそれぞれ第2席、第3席として補佐の代わりにつけられた。
エリアルはライザの護衛でもある。ユージンは軍師の代わり。しかし、ライザは彼らに責務を丸投げするようなことはしなかった。確かに16歳の彼女はマスコット的なところもあったが、ちゃんと第1席としての責任を果たしていたと思う。
性格は悪いが基本的に表裏のないライザは、本人が思っているより周囲に気に入られている。無理やり王位を手に入れようとしているケンドール公爵よりも、ずっと。
だから、ライザが女王になろうとするのなら、この再クーデターは成功する可能性が高かった。
だが、それは実際に行動を起こすことができれば、の話だ。現段階では、ライザがどんなに拒否しても、彼女はケンドール公爵の王妃になるしかないだろう。エリアルたちが事実上の人質になっているのも痛い。
といっても、そのライザから「脳筋」と評されるエリアルにはいい案が浮かばないのも事実だ。これはライザに脳筋と言われてもしょうがないのかもしれない……。
どうなるにしても、もう一度ライザに会いたいな……。
そう思った自分に驚いた。
「エリアル!」
そして、今思っていた少女の声が聞こえてさらに驚いた。
「ライザ?」
「エリアル……大丈夫?」
格子柵を握って中を覗き込んでくるライザに近寄り、エリアルは首をかしげた。
「……お前……どうやってここに来たんだ?」
本当は、「お前、何をたくらんでるんだ?」と聞こうとしたのだが、彼女の背後に見張りがいるのに気が付き、エリアルはセリフを方向転換した。彼女の様子がおかしいのも見張りがいるからだろう。
「……こっそり忍び込んだの。あなたに言っておきたいことがあって」
「……」
エリアルはどちらかというと、「監禁されているはずのお前が、どうやって部屋を抜け出したのか」を聞きたかったのだが、ライザはちょっとずれた回答をくれた。
「わたくし……クラウスと結婚するわ」
エリアルは顔をひきつらせそうになり、何とかこらえた。お前がただの王妃に収まるような器か、というツッコミはしなかった。
これは、何か企んでいるな。エリアルはそう判断し、ライザの演技(と思われる)に乗ることにした。
「そう……か。少なくとも、お前は生きられるんだな」
エリアルは手を伸ばし、ライザの頬に触れた。ライザは驚いた表情になったが、すぐに顔がゆがみ、泣き出しそうな表情になった。これが演技だとしたら、たいした役者である。
ライザはエリアルの手に自分の手を重ねた。彼女は一度目を閉じ、ゆっくりと瞼を持ち上げると、その碧眼でエリアルを見つめた。
嫌な予感がする……。
そう思ったエリアルを、誰も責められないだろう。彼女の性格をよく知っている分、その思いは強くなった。
そして、ライザは衝撃的な言葉を紡いだ。
「愛してるわ、エリアル」
「……」
何度も言うが、誰もエリアルを責められないだろう。それくらい、ライザの言葉が衝撃的だったということだ。
衝撃的過ぎて言葉の出なかったエリアルだが、すぐに笑みを浮かべた。
「……俺もだよ」
そう言うと、エリアルは少し身をかがめてライザに口づけた。
名残惜しそうに振り返る(ふり)をしながら牢を出ていくライザを見送ったエリアルは、手の中に残ったものを見た。
「……あいつ、女優になれそうだな……」
ライザがわざわざここまで来て渡したもの。それは一般にマスターキーと呼ばれるものだった。
* + - 〇 - + *
ユージン=リプセットはリプセット侯爵家の次男だ。ウィリアム2世につかえるナイツ・オブ・ラウンド第2席にして、お飾りである第1席エリザベス王女のお目付け役。ちなみに年は26歳。
アルビオン人に多い金髪碧眼。整った顔立ちをしているが、あまり感情の起伏が見られないため、鉄面皮と言われている。
そんな出世街道まっしぐらと言っていい(これ以上出世できる先があるのかはわからないが)ユージンは、半年の間牢に閉じ込められていた。まさかこの牢に自分が入ることになろうとは……どこぞの第3席と同じことを考えるユージンである。
半年前、政変が起こった。政変というか、はっきり言うとクーデターである。ウィリアム2世の甥ケンドール公爵クラウスがウィリアム2世とその家族を皆殺しにしたのだ。
ユージンは、クラウスに自分側につかないかと誘われてきた。しかし、ユージンはずっとそれを断っている。それでも彼が殺されないのは、クラウスにとってまだ利用価値があるからだろう。まさか、かつての大学での同級生を殺せないとか、そんなくだらない落ちではないと思う。
「おい、ユージン」
名を呼ばれて格子の外を見ると、半年間見なかった男の顔を見た。ユージンは粗末なベッドに腰掛け、膝に頬杖を突き、不遜に言い放った。
「私が予想したより、10日ほど早いな。あのじゃじゃ馬娘は元気か?」
「ライザなら元気だ。というか、私はあの子の口の悪さは、お前に似たような気がする……いや、なんでもない」
ユージンが鋭くにらむと、エリアルは気にしないでくれ、とばかりに首を左右に振った。しかし、記憶力の優れたユージンは忘れるつもりはなかった。
「あのはた迷惑な性格よりましだと思うぞ。あと、お前の脳筋さよりもましだな」
「……絶対お前のせいだな。助けてやらないぞ、まったく……」
そういいながら鍵を開けるエリアルはかなり素直な男だ。エリザベスとエリアルは、性格が逆であればよかったのではないかとたまに思う。
「エリザベス殿下が捕まったようだな。彼女が捕まったから、自分のもとに来ないかとクラウスに誘われた」
「捕まったの、今朝方なんだが……暇だな、ケンドール公爵」
「それは私も思った」
エリアルの素直な問いに同意しつつ、ユージンは彼から剣を受け取った。さすがに自分の愛用のものではなかったが、なかなかいいものだ。
「ユージンはライザが生きているとわかっていたのか?」
エリアルが不意に尋ねた。ユージンは眉をピクリと持ち上げる。
「愚問だぞ、エリアル=フェアファンクス。王族としての義務をしっかり果たすあの娘が、クラウスなんぞにやれらるとは思えない。生き延びて倍返しを狙っていると考えた」
「……相変わらずの推察力だな……恐れ入るよ」
「当然だな。それが私の役割なのだから……っと。エリザベスにはどこかで身をひそめていろとでも言われたか?」
「残念。惜しい。場所の指定があるんだ。ティルファーニア神殿」
じゃらっとエリアルが見せたのはマスターキーだ。そして、その中のひとつを見てユージンは思わずため息をつく。
「さすがはじゃじゃ馬姫。お見事だ。戴冠式が行われる大神殿に侵入しろとは」
「言いたいことはわかるけどね。戴冠式に乱入しろってことだろ」
「……まあ、そういうことだろうな」
同意を示す言葉を吐きながらも、ユージンは頭の中でエリザベスの行動パターンを思い出していた。おそらく、彼女は自分自身の力でクラウスを何とかしようとする。そして、彼女は、その方法をすでに考え付いているのだろう。でなければ、アルビオンに戻ってこようと思うまい。
エリザベスの軍師的立場としてナイツ・オブ・ラウンドに配属されたユージンだが、エリザベスも相当頭が切れる。時々、自分はいなくてもいいのではないかと思うくらいには思い切りもいい。
「……目先の問題として、うまくこの宮殿を脱出できるか」
「私1人では絶対に無理だからな……ちなみに、今日は上弦の月だ」
「月があるのか」
さりげなく今日の月の情報を提供したエリアルは、実は天文学者である。政治的駆け引きが苦手なため『脳筋』扱いを受けているが、下手をしたらユージンやエリザベスより頭がいい可能性があった。
まあ、それはともかくだ。
「抜け道を使って外にでるか」
「そんなのあるのか」
クラウスのクーデターが起こった際、真正面から正門を突破して夜のロザリカに逃げたというエリアルは抜け道の存在を知らないらしい。だから、ユージンはこう言った。
「お前、エリザベスがどうやって城下に降りたと思っている」
「ああ……そういえばそうだな」
エリザベスは王族だけが知るその通路を使って外に出た。ユージンはエリザベスが逃げ出したことを知りえなかったが、状況を考えれば、こっそり抜け出せるのは抜け道だけだ。エリザベスはなかなかに狡猾で、自分に似た遺体を用意し、目くらましをした。その間に城下に降りてしまったのだろう。
このクーデターでは、国王に忠誠を誓ったはずのナイツ・オブ・ラウンドが何名も裏切り、そのほとんどが亡くなっている。反乱軍に殺されたものと、反乱軍に属し、エリアルに斬り殺されたものの2パターンになる。
ユージンはこのクーデターが起きた時、逃げるつもりはなかった。もちろん、ユージンも逃げようとすれば逃げ切れただろう。だが、それをしなかった。
なぜかはわからないが、逃げてはいけない、城の中にいなくては、という気になったのだ。そして、それは結果的に正しかったと言える。エリアルがこうして助けに来た。王となる覚悟を持ったエリザベスを連れて。
「これは、我らが女王陛下にお会いするのが楽しみかもしれんな」
珍しく楽しげに、ユージンはそうつぶやいた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
やっぱり、たくらみごとは苦手です。




