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Found Spell  作者: 雲居瑞香
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Civil War in Albion - 1

今回から国が変わり、アルビオン内乱の話です。

 今日は新月だ。


 アルビオン王国の王都ロザリカは闇に包まれていた。月がないため、周囲は暗く、吐く息は白い。刺すような寒さはアルビオンの冬の特徴。寒さと先が見えない不安の中、彼女は走る。


 でも、それでいい。ライザは1人、そううなずいた。彼女は今、この王都から逃げようとしているのだから。


 たった1人。暗い色の外套と、剣を手に、ライザはひっそりと落ち延びる。明かりがないこの夜、頼りになるのは自分が作り出した小さな明かりだけ。あまり明るくすると、追っ手にばれてしまう。


 さて、どこに行こうか。もう夜も遅い。今夜は野宿になるだろう。元騎士のライザは、いざという時のために野営訓練を受けている。大丈夫。むしろ危ないのは、ライザの性別と身分。ばれたら、売り飛ばされるのはまだいい方で、悪くすれば首をはねられる。

 船が出るのは朝だ。さすがに、こうも日が暮れてしまっては、貿易船も出ていないだろう。ライザは歯噛みした。もともと計画がなかったから仕方がないといえばそれまでだが、もっと考えておくべきだった。『彼』の動きはわかっていたのだから、こういう事態を考えておくべきだった。


 ライザは足を止め、背後を振り返った。闇の中で見えないが、その視線の先には白銀のニクス宮殿がそびえたっているはずだった。


 白い、おとぎ話に出てくるようなお城。その城が、今頃は血で赤く染まっていることだろう。


「……お父様、お母様、お兄様、お姉様。ごめんなさい。わたくしは、逃げる」


 謝ってはみたものの、ライザはそれが最善だとわかっていた。だからこそ、すぐ上の兄はライザを逃がしてくれた。どこまでも冷静で冷徹。ライザはそういう少女だった。


 逃げるのならば、『彼』が気づく前にできるだけ安全な場所に身を隠さなければならない。ライザがいないことに、『彼』が気づく前に。

 自然、ライザは速足になる。見つかれば、殺される。


「ライザ?」


 声を掛けられ、ライザはびくっとした。しかし、落ち着いて考えてみると、聞いたことのある声。いや、聞きなれた男の声。


「……その声……エリアル?」


 そっと尋ねると、男はほっとしたようにうなずいた。

「よかった……! ライザを逃がしたからと、リチャード殿下に追い出されて」

 男は鋭い面にどこか柔和な笑みを浮かべた。



「本当に、ご無事で何よりです、エリザベス王女殿下」








* + - 〇 - + *





 メルフィス暦1529年2月。アルビオンで反乱がおこった。宮廷に出仕していた国王の甥ケンドール公爵クラウスがクーデターを画策したのである。事前に動きを察知していながら、アルビオン王ウィリアム2世は反乱を食い止めることができなかった。


 新月の夜、ケンドール公爵は剣の王と呼ばれたウィリアム2世を討ち、王位を簒奪した。そして、彼の王妃と子供たちを殺しにかかった。


 事前に周到な手回しをしていたケンドール公爵は簡単にクーデターを成功させたという。


 6人いたウィリアム2世の子供の中で生き残ったのは、末の第4王女エリザベス・ヴィクトリアだけだった。


 この事実は、反乱から半年たってから判明した。






* + - 〇 - + *





 メルフィス暦1529年8月。ライザは海を渡ってアルビオンの隣国、ローデオルに来ていた。魔法剣士であるライザは、魔術大国であるローデオルではうまい具合に埋没していた。

 ローデオルの王都はウィリデという。隣の国は政変が起こっているが、海を挟んでいることもあり、ローデオルには影響がないようだ。


 そのウィリデにある屋敷で、ライザはアルビオンからの書簡の写しを眺めていた。


「エリザベス王女は生きているので、見つけたら保護してアルビオンへ送り届けてほしい……ねぇ。クラウスは結構頭がよかったみたい」

「何言ってるんだお前は。完全にお前の計算通りだろうが」


 にこにこ笑って向かい側の席に座る青年にライザは語りかけると、青年から痛烈なツッコミが入った。


「客観的にエリザベス王女が生きていると証明されれば、ケンドール公爵は王女を呼び戻さざるを得ない。なぜなら、彼は王位継承権が低いから……そう言ったのはお前だ」


 長い脚を組み、テーブルに肘をつく彼はエリアル=フェアファンクス。名前からわかると思うが、ライザと同じくアルビオン人である。ともに亡命してきたのだ。むしろ、エリアルがいなければライザは死んでいたかもしれない。ライザはくすくすと笑った。


「といっても、わたくしも王位継承権第6位。でも、ウィリアム2世の実の娘だわ。となれば、クラウスはわたくしを呼び戻さざるを得ない。おそらく、自分が戴冠するときに、わたくしを王妃にしようとするでしょうね」

「馬鹿だな。アルビオンの王位継承は長子相続。女性にも王位が継げるのに。元老院が納得するはずがない」

「まあ、アルビオンの腐敗度もなかなかのものだけどねぇ。みんなで一斉にテコ入れするはずだったのに、計算外だったわ」


 ライザは肩をすくめるとため息をついた。

 ライザ=シザーズ。もしくは、エリザベス・ヴィクトリア・オブ=アルビオン。アルビオンのウィリアム2世の末娘、第4王女だ。シザーズは王妃であった母親の旧姓だ。



 アルビオン内乱はメルフィス暦1529年2月、ウィリアム2世の甥、つまり、ライザの従兄がウィリアム2世を討ったことから始まった。従兄の名はクラウス=ケンドール。ケンドール公爵の息子だ。彼はウィリアム2世の一番下の弟の息子であり、王位継承権は第14位。順当にいけば、彼に王位が回ってくることはなかった。


 アルビオンの王位は長子相続。第1子なら女児でも王位を継ぐことができるという、レイシエリル大陸周辺の王国では珍しい相続法を用いている。

 ウィリアム2世が存命の時点で、王位継承権第1位がウィリアム2世の長男、第1王子のジョージ。第2位が第1王女マリア。第3位、第4位が双子のパトリシアとフェリシア。それぞれ第2王女と第3王女だ。その次、第5位に第2王子リチャード。その次の第6位でやっと第4王女エリザベス、つまり、ライザの順が来る。


 しかし、エリザベスより継承権が高い者は、すべて反乱でケンドール公爵に殺されてしまった。だから、今はライザが最も継承順位が高いことになる。これが生きていたとなれば、アルビオンを事実上制圧しているケンドール公爵も無視できない。


 先ほど言ったように、もともとケンドール公爵クラウスの王位継承順位はさほど高くない。相続順位はライザの後にウィリアム2世のすぐ下の妹ベアトリス、その娘メアリと息子のヘンリとエドワード、さらにウィリアム2世の上の弟ジェイムズ、その息子のチャールズとギルバート、前ケンドール公爵であるウィリアム2世の末弟はなくなっているので、ギルバートの次にクラウスが来る。


 クーデターを起こしたクラウスだが、そのクーデターは宰相であるスペンサー伯が起こしたものであると報道されていた。王家のみなが殺されるところにたまたま居合わせ、仕方なくアルビオンの支配権を握った……というのが公式回答である。ライザは「よく言うわ」とあきれたものだ。


 だが、皆殺しにしたと思っていた王家の末娘が生きていた。現在、事実上のアルビオン王であるクラウスを、引きずりおろせるだけの力をライザは持っている。国王の直系である、という事実はこんな時に役に立つ。


 クラウスは武力で王位を簒奪した。そのため、民衆からの支持は低く、議会の承認はまだだ。戴冠式がまだおこなわれていないのも、議会の承認が得られないからだろう。そこに、ライザ、というか第4王女エリザベスが生きていることが発覚した。


 まあ、ライザ自身がその情報を流したのだが。


 ライザはアルビオンを亡命する時点で自分の遺体をでっち上げている。ライザは長い銀髪に碧眼の整った顔立ちをしている。細身だが、女性にしては背が高い。そんな条件の人間はそうそういないが、背格好さえ似ていれば、顔立ちや髪の色を似せることはできる。もともと、死んだ人の顔はわかりにくいというし、人の認識を阻害する魔術をかけ、銀髪にしておけば、思い込みでだませる。

 そして、実際にクラウスは最近までだまされていたようだ。半年後の今、ライザが生きているという噂を聞きつけ、遺体を確認すると、『第4王女エリザベス』だと思っていた遺体は銀髪ではなかった、違う人だった、というわけだ。


 その事実に、議会はライザをアルビオンに呼び戻すべきだと主張。クラウスはその意見を受け入れるふりをし、ライザの捕獲命令を出したというわけだ。


「議会も平和ボケしてんのかしらねー。あっさりクラウスにわたくしの捕獲命令を出させてるんじゃないわよ」


 愚痴るライザを見て、エリアルはため息をついた。ライザは少々面倒くさい性格をしている。


「……お前、どこまで計算通りなんだ?」


 エリアルが書状の写しを見ながら言った。ライザは「どこまでかしらね?」と微笑む。


「議会、もしくはクラウスがわたくしの捕獲、もしくは召還命令を出すところまでかしら? 捕まれば、絶対に宮殿に入れるもの」

「……すごいとほめればいいのか、よくそんなことを思いつくな、とあきれればいいのか悩むな」


 と言いながら、エリアルはあきれ気味だ。ライザは彼に微笑みかけた。


「エリアルにも役目はあるわよ」

「何だろう。ものすごく嫌な予感がする」

「相変わらず勘はいいわね」


 遠まわしに脳筋と言いつつ、ライザはエリアルに果たしてほしい役目を伝えた。





* + - 〇 - + *





 話は変わるが、ローデオル国内において、アルビオンの王女であるライザたちをかくまっているのは、ローデオル王室と影の王族と呼ばれるウェルフェルト公爵家だった。ライザたちが間借りしているこの屋敷はウェルフェルト公爵家の王都ウィリデ内の屋敷のひとつらしい。

 ウェルフェルト公爵家が影の王族と呼ばれるのは、ローデオル王家の傍流であることもあるが、彼の家は王家に代わり、暗殺、諜報、情報操作、隠ぺい工作、戦場での軍師の働きなど、なんでもござれの汚れ仕事を請け負う家であるからだ。現在の公爵はウェルフェルト公爵領に暮らしているらしいが、呼び出しがあればいつでも駆けつけてくる徹底っぷり。


 それが、ウェルフェルト公爵家の評判である。


 本人たちに確かめたところ、そんなに間違っていないらしい。噂は8割がた本当だといっていた。少なくとも、情報操作をしているのは確かである。なにしろ、自分たちが所有する屋敷に亡命してきた王女をかくまっているのに、ローデオルの王都では噂になっていませんからね。


 基本的にこの屋敷に暮らしているのは、今のところ、ライザ、エリアルをはじめ、ライザについてアルビオンから亡命してきた10数名だ。しかし、今日はお客様が来ていた。


 お客様というか、この屋敷の本来の持ち主の息子の嫁だ。エルシリア=ウェルフェルト。26歳で、ライザより10歳年上になる。


「お久しぶりね、ライザ。お元気?」

「元気ですよー。長い間、お屋敷を間借りしてしまってすみません」


 ライザはぺこっと頭を下げる。エルシリアはくすくすと笑った。


「あなたがそんな殊勝だと、変な感じね」


 エルシリアは優しげな風貌の女性である。淡い金髪にジェイドグリーンの瞳の美女。精神感応系の魔法を得意とする彼女は、ライザのちょっとはた迷惑な性格も正確に見抜いている。これは別にジョークではない。

 優しげながら、1人で王都を訪れるその度胸、称賛に値する、と考えていると、どうやら夫のウェルフェルト公爵子息とともに来たらしい。


「そろそろあなたが決起するんじゃないかって話を聞いてねぇ」


 ゆっくりお茶を飲みながらエルシリアは世間話をするようにのんびりと言った。ライザは首をかしげる。


「そんなお話をした覚えはありませんが……」

「あなたからは聞いていないわね。うちの夫が決起するならそろそろだろうって。ちなみに、グラも同意見だったわ」

「……さようですか」


 エルシリアの夫はウェルフェルト公爵の跡継ぎとして、様々な教養を身に着けている。そのひとつが戦場指揮だったりするので、年若いライザの考えなどお見通しだろう。エルシリアが『グラ』と呼ぶ人はこの国の王太子妃で、ファルシエの『夜の女王』グラシエラ様のことだ。友人らしい。


「本当に行くつもり? 捕まるわよ」

「それが狙いですから」


 あっさりといったライザに、エルシリアは少し顔をしかめて言った。


「ねぇ、ライザ。わざわざ危険に飛び込まなくても、私たちならあなたたちをかくまってあげられるわ。グラに頼めば、ファルシエまで亡命させてくれるでしょう」

「……」

「それでも、行くの?」


 ライザはまっすぐエルシリアを見つめ返して、ゆっくりとうなずいた。



「ええ。わたくしはアルビオンで生まれ育ち、そして、アルビオンに骨を埋めるのです。私は、ナイツ・オブ・ラウンド第1席だった。なのに、反乱を止めることができず、わたくしだけ生き延びてしまった。だから、わたくしには果たすべき役割があると思うのです。誰にもできないのなら、わたくしがクラウス……ケンドール公爵を止める。それが、生き延びてしまったわたくしの使命だと思うんです」



 アルビオン第4王女エリザベスは、お飾りのナイツ・オブ・ラウンド第1席。客観的に見てそれは間違っていないと言える。実質的にナイツ・オブ・ラウンドを率いていたのは第2席だった。


 実を伴わないただの飾りである第1席。飾りでしかないのに、家族を守れなかった。それが運命なのだとしても、ライザは家族を守れなかった自分を恨む。


 これは、クラウスと、そして頼りない自分に対する復讐だ。


 父が残したアルビオンの民が苦しんでいることから目をそらし、自分だけ安穏と生きることはできない。これはライザの矜持との勝負でもある。


「願わくば、ローデオルとは良き友人同士であれることを祈っております」

「……そうね」


 ライザの意思が固いことを悟ったエルシリアはため息をついてそういった。





* + - 〇 - + *





「本当に行くのかね」

「もちろんです」


 ローデオル国王ディートリヒ3世に尋ねられ、ライザは深くうなずいた。彼女の背後にはエリアルをはじめ、ライザについてきてくれた十数名の騎士がいた。彼らには感謝してもしきれない。こんな頼りない王女についてきてくれた。


「長い間、お世話になりました」


 ライザはスカートをつまんで上品にお辞儀をする。顔を上げると、ディートリヒ3世の後ろに控えた王太子妃グラシエラと目があった。


 ライザは、彼女と初めて話した時のことを思い出す。


 かつて、ファルシエ王国第1王女として『魔法大戦』に参戦した彼女は、『夜の女王』の異名をとる戦上手だった。エンブレフ帝国皇帝エドアルドと並び、『史上最高の指揮官』とすら呼ばれていた。ライザの長兄ジョージの妻であった女性は、エンブレフ帝国皇帝エドアルドの異母妹フランチェスカだったのだが、彼女は敵ながら見事な指揮官だった、とグラシエラを絶賛していた。ちなみに、ライザに剣を教えてくれたのはフランチェスカだ。


 しかし、『夜の女王』は、もう女王ではない。


 もともと、性根が優しかったのだと思う。たまたまグラシエラには才能があったから、自分がやらなければならない、自分がやらなければ、守れない、と思い込んだのだと思う。


 グラシエラはライザに言った。あなたがやる必要はないのだと。何故戦うのだと問うた。


 だが。


 グラシエラが優しさゆえに戦ったのなら、ライザは残されたものの義務として戦う。ライザは、グラシエラほどの才能はなく、優しくもない。


 ただ、これだけは言える。


「グラシエラ様」


 ライザはグラシエラの冷たいアイスブルーの瞳を見つめて言った。


「あなたは、戦ったことを後悔していますか?」

「ちょ、ライザ」


 エリアルがあわてたように止めに入ったが、もう遅い。ライザはグラシエラをじっと見つめていた。グラシエラはゆっくりと首を左右に振る。


「いいえ」


 グラシエラの返答を聞いて、ライザは会心の笑みを浮かべた。


「ですよね。きっと、わたくしもです。むしろ、やらない方が後悔する。これが、わたくしの戦う理由です」


 ライザが戦う理由はそれだけで十分。やらなければ後悔する。だから、ライザは前に進むしかないのだ。


「だから、行きます。次に会うことがあれば、わたくしは玉座にいることでしょう」


 そう宣言して、ライザはローデオルを出立した。



ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


アルビオン内乱はエリザベス女王が即位するまで。『魔法大戦』のグラシエラは優しさゆえに戦ったけど、エリザベスは己の矜持ゆえに戦う女です。そして、性格悪い。

ちなみに、エリザベスの長兄ジョージの奥さんがエンブレフ帝国のフランチェスカです。『魔法大戦』エドアルド視点のときにちょろっと出てきています。

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