The vision - called Incompetent
久しぶりの投稿です……。
一応これが『魔法大戦』シリーズ最後となります。
あまりいいところのないファルシエ王太子ロレンシオ視点の話です。
彼女が指揮を執り始めた途端、今まで自分が率いていた隊は急速に持ち直していった。ただただ衝撃を受けていたロレンシオは思った。
ああ。自分と彼女では、次元が違うのだ。
自分に、彼女と同じ働きはできない。どんなに頭がよくなっても、どんなに経験を積んでも、彼女と並ぶことはできない。
ロレンシオの妹グラシエラは、生まれながらの王だった。
* + - 〇 - + *
メルフィス暦1517年秋。15歳になったファルシエ王国王太子ロレンシオは初陣を飾った。ブラウアー地方、エンブレフ帝国側ではカルデローニ地方と呼ばれる方面へと派遣された。
メルフィス暦1512年に始まったエンブレフ帝国とミューラン同盟(帝国以外の国々の軍事同盟)軍の戦闘は収まるところを知らず、むしろ激化していた。そんな時代を生きるファルシエ王太子ロレンシオが戦場に赴くのは当然のことだった。ファルシエは帝国に接しているのだ。
そんなロレンシオは今、ブラウアー地方から撤退し、王都クレアーレにある宮殿、アーレ・レーギアに戻ってきていた。ともに出陣していた妹の第1王女グラシエラも一緒だ。ロレンシオより2歳年下の13歳である彼女は、ロレンシオの複雑そうな視線を無視しているのか気付いていないのか(おそらく前者だ)、控えの間で本を読んでいた。豪胆だな、妹よ。
「ロレンシオ王太子殿下、グラシエラ王女殿下。国王陛下がお呼びです」
侍従が控えの間に入ってきてロレンシオをグラシエラを呼ぶ。ロレンシオはグラシエラに呼びかけた。
「行こうか、グラ」
グラシエラがおとなしく立ち上がる。ロレンシオとグラシエラは外見が似ている。2人とも黒髪に切れ長気味のアイスブルーの瞳。顔立ちは整っているが、表情が少ない分、グラシエラのほうが冷たい印象を与える。
玉座の間には2人の父親であるファルシエ国王カルロスが待ち構えていた。そのほか何名かの高官がいる。
「ロレンシオ、グラシエラ。先の戦、ご苦労だった」
2人は黙って頭を下げる。若いころから武勇で名を馳せていたカルロスには物足りない結果となっただろう。グラシエラがうまく撤退戦を行ったとはいえ、撤退したということは負け戦なのだ。
「ブラウアー地方の帝国側司令官のランベルト皇子はなくなったそうだ」
カルロスのさらりとした報告に、ロレンシオとグラシエラは目を見合わせた。2人とも、敵の大将首を上げた覚えはない。どちらかというと、自軍を守ることに必死だった。ランベルトの死亡原因に心当たりがない2人は戸惑った。
「死因は落馬による首の骨の骨折だそうだ」
なにそのくだらない死因。ロレンシオとグラシエラの思いは、この時同じだったと思われる。
「よって、お前たちの敗戦は不問とする。初戦にしてはよくやった」
「……おほめにあずかり、光栄です」
待ってみたが、グラシエラが口を開かなかったのでロレンシオがそう答えた。ランベルトに比べて経験が劣るロレンシオとグラシエラの2人では歯が立たないのは当然だ。結果論に過ぎないが、相手方の指揮官が亡くなっているので、偶然とはいえ初戦にしては充分の結果だろう。
「グラシエラ」
「……はい」
名指しで呼ばれたグラシエラが返事をする。名前を呼ばなければ彼女が反応しないことに、カルロスは気付いたのだろう。グラシエラは基本的に事なかれ主義者である、とロレンシオは見ていた。
「半年やろう。それまでに、剣術、乗馬、魔法剣術、戦術。すべてを戦闘指揮をとれる最低レベルまで引きあげろ。教師役はつける」
「御意に」
グラシエラが礼をとって簡潔に答えた。ロレンシオはぎょっとした表情を隠そうとしなかった。
彼女は、たった半年でそれだけ仕上げることができるというのか。戦闘指揮官となることを受け入れるというのか。
本来なら、ロレンシオの役割だった。
グラシエラなら、半年で指揮官として使えるようになるだろう。それが妬ましく思うと同時に申し訳なくも思う。
ロレンシオには、それだけの才覚がなかった。
とはいえ、才能に恵まれていないだけであり、平凡な結果を出すことはできるだろう。ただ、父カルロスは戦の才能に恵まれた男だった。だからこそ、妹に劣るロレンシオを戦場から引っ込めた。
半年後、一通りの教育を受けたグラシエラは戦場に出て行った。彼女は特に特定の砦を守るということはなく、各砦の増援という形で戦場に行くことが多かった。
彼女は確実に戦功を上げていった。彼女が現れるだけで兵の士気が上がる。黒髪に黒い軍服をまとっていることから『夜の女王』と呼ばれ、戦場を駆け抜ける。
本来なら、ロレンシオの役割だった。
グラシエラの才能がうらやましい、妬ましいと思わないわけではない。
しかし、最近気になるのは会うたびに感情表現が少なくなっている妹のこと。『夜の女王』と呼ばれて敵軍からどころか、自国の貴族からも恐れられようが、グラシエラはロレンシオの妹である。
何があっても、自分だけはあの子の味方でいたい。
そう思うようになった。
ロレンシオは戦場に行かない代わりに内政に関わっている。どうやら、こちらの才能はあったようで、ロレンシオは宮廷内で一目置かれる存在となりつつあった。
「ロレン」
あまり呼ぶ人のいない愛称を呼ばれてロレンシオは振り返った。そして、背後にいた人を見て少々驚いた顔をした。
「アミディオ。帰ってきていたのか」
「ええ。国王陛下の命令がありましてね……おそらく、配置換えでしょう」
アミディオ・エンリケスはロレンシオの2歳年上の従兄だ。彼の母親が国王カルロスの姉なのである。彼も数年前から指揮官として戦場に立っているが、彼はロレンシオと違ってそちらの才能があったらしい。うらやましい限りだ。
アミディオが今まで詰めていた砦は、エンブレフ帝国、セレンディ、ファルシエの3国が接するあたりだ。セレンディが押され気味だったのでどうなるかと思ったが、どうやら落ち着いてきたらしく、ゆえにアミディオが呼び戻されたらしい。
「ロレンは何か考え事ですか?」
図星を指されてロレンシオは戸惑った。唇をひきつらせる。アミディオがニコニコとこちらを見てくるので、観念して口を開いた。
「私は、戦争に関して何も役に立てないからな……かなうなら、私だけでもグラの味方でいたいと、思う」
だが、その考えは傲慢だ。それがわかるから、ロレンシオは葛藤しているのだ。アミディオも「傲慢ですねぇ」と微笑む。その笑みは、ロレンシオを馬鹿にした様子はなかった。
「あなたも一度は戦場に出たことがありますからわかると思いますが、戦争というのは不毛です。何も生み出さない。その中で戦い続ける私やグラの神経がすさんでいくのは仕方がありません。特にグラは女性で、私のように小さなころから戦争指揮官になるべく育てられたわけではないですからね」
アミディオは小さなころから傍流王族として指揮を執るための訓練を受けている。そのため、覚悟もあろうというものだろうか。しかし、ロレンシオは彼の様子も日々すさんでいくのを感じていた。
「だから、そういうロレンの思いはグラにとってうれしいものだと思いますよ。……まあ、表情に出るかはわかりませんが」
「……その辺は私も期待していない」
グラシエラの表情が少ないのは昔からだが、最近では笑うことも少ない。自分が指揮官の才能はなかったからだな、とロレンシオは思う。
「ロレンのせいじゃないと思いますよ」
唐突に、ロレンシオの心の中を読んだようにアミディオが言った。ロレンシオは驚いて自分より少し背の高いアミディオを見上げた。
「グラは、自分に才能があるとわかれば、自分から飛び出していったと思います。それは、ロレンに戦の才能があっても同じです。あの子は優しい子ですから」
まあ、そんな才能なんてない方がいいですけどね、とアミディオは笑った。
* + - 〇 - + *
メルフィス暦1521年。春。ロレンシオは宮殿アーレ・レーギアで妹グラシエラの姿を見つけた。
「グラ」
「兄上」
振り返ったグラシエラが無感動にロレンシオを呼んだ。彼女ももう17歳。思春期のほとんどを戦場で過ごしたことになる。グラシエラは美しく成長したが、そのすさんだ周囲の状況は、彼女の雰囲気に殺伐としたものにしていた。
美しいが、近寄りがたい。人に触れれば切れるガラスの刃のような印象を与えている。
「また勝ったそうだね。おめでとう。さすがは君だね…」
「まだまだ未熟です」
さらりとそう言ったグラシエラに、ロレンシオは思わず悲しげな表情になった。しかし、すぐに笑顔を取り繕った。
せめて、笑わない彼女の代わりに自分が笑おうと思う。
「母上が君が帰ってきたと聞いて、会いたがっていたよ。行こう、グラ」
「わかりました」
母エリアナはカルロス王の王妃だ。グラシエラが戦場に行くようになって一番心配したのがエリアナだ。おそらく、彼女はロレンシオが戦場に行くことになっていても心配しただろう。
エリアナは体が弱く、少々心配性だ。精神状況がそのまま体に現れることもあり、グラシエラの率直な物言いが彼女の体に響いたようだ。
「現在、ファルシエ王族で最も戦果を挙げているのが私です。当然のことでしょう。戦略的に見て最善の判断と思います」
グラシエラは自分が激戦地オルドアに派遣されること、そう表現した。確かに、グラシエラの言うことは間違っていない。しかし、置いてけぼりにされたエリアナや、何よりグラシエラ自身の心はどうなるのだろうか。考えても詮無いことだとは分かっているが、ロレンシオは思わず考えてしまった。
「お兄様」
声をかけてきたのは下の妹のフェリシアナだった。母親が同じ兄弟なのはグラシエラとフェリシアナの2人だ。フェリシアナは第3王女になる。
フェリシアナは父親に似ているロレンシオやグラシエラと違い、母親のエリアナに似た優しげな風貌の少女だ。グラシエラほどきつい顔立ちをしていないロレンシオですら、人に怜悧な印象を与えるというのに、フェリシアナはふんわりとした雰囲気を醸し出しているから不思議だ。
「フェル。どうした?」
「お姉様……大丈夫ですよね。戻ってきますよね」
「……」
ドレスを両手でつかみ、瞳を潤ませるフェリシアナに、ロレンシオは何と答えたものか迷った。
グラシエラは、いつでも帰ってきた。だからと言って、次も帰ってくるとは限らない。
この時、ロレンシオはフェリシアナに返す言葉を持たなかった。
* + - 〇 - + *
メルフィス暦1521年7月4日。グラシエラがオルドア草原に設置された砦エスカランテから戻ってきた。帰還命令が出たためだ。理由は簡単で。
「兄上!」
「ああ! グラ、お帰り。怪我をしたって聞いて心配してたんだ」
「怪我は治りました」
「ならよかったけど。あまり無理しちゃだめだよ?」
「それより兄上。停戦条約が締結するのですか?」
ということだ。珍しくグラシエラの方から話しかけてきたと思えば、数日前にエンブレフ皇帝アルフレードが崩御し、暫定的に最高権力者となった皇太子エドアルドがした『降伏宣言』の確認。
戦争が終わるのだ。今は、講和条約をどこで結ぶか検討中なのだそうだ。
戦争が終わる。グラシエラが、もう戦場に行くことはない。ロレンシオも王妃エリアナもそれに目をとられて、グラシエラの様子に気が付かなかった。
メルフィス暦1521年8月26日『ユルフェ条約』が締結される。これでのちに『魔法大戦』と呼ばれる戦争が終結したこととなる。新皇帝エドアルドの第1皇子オリヴィエの祖父殺し発言、ローデオル皇太子ラファエルのグラシエラへの求婚など、予想外の事態が多々あったが、おおむね平穏に講和会議は行われたと思う。
条約が締結され、ロレンシオはカルロス王、グラシエラとともにアーレ・レーギアに戻った。
このころから、グラシエラの様子がおかしくなった。母や妹に誘われれば外に出るが、それ以外は自室に引きこもっていた。かと思えば、塔から飛び降りようとしたり、刃物を手に持っていたりした。
とはいえ、それ以外は特に問題なく、普通に日々を過ごしていたと言っていい。しかし、条約締結から約1か月後、それは起きた。
グラシエラの自殺未遂。不運なことに、見つけたのはたまたまグラシエラのもとを訪れていた第2王女マティルデだった。マティルデはカルロス王の第2夫人の娘である。第2夫人はグラシエラを敵視しているため、マティルデは母にこってり叱られていた。とはいえ、グラシエラが自殺未遂で済んだのはマティルデが悲鳴を上げてくれたおかげだ。
助かった後、グラシエラは軟禁された。刃物や自分を傷つける恐れのあるものは、すべて部屋から取り除かれた。何もしゃべらなくなったグラシエラに侍女は怯え、コロコロをグラシエラ付きの侍女は変わる。
何人目だかの侍女に変わったころ、エルシリアがローデオルから訪れた。ローデオルの魔術師である彼女は、かつてオルドアでグラシエラと共闘した戦友でもある。
グラシエラはエルシリアとは比較的仲が良かったらしい。グラシエラにも友人がいたのか、と、ちょっと失礼なことを考えてしまったのは内緒である。
エルシリアが最後に何を言ったのかはわからないが、彼女が帰国して数日後、グラシエラの侍女に呼び止められた。
「殿下っ!」
「ん? どうした?」
息せき切って走ってきた侍女を振り返ると、彼女は言った。
「第1王女様が外に出たいとおっしゃっているのですが!」
「は?」
思わず疑問口調になったのは誰にも避難できないと思う。だって、数か月単位でひきこもっていたグラシエラだぞ?
「お1人では外に出られないので、誰か呼んできてほしいと言われたのですが……」
「あー、うん。なるほど」
納得した。何が原因か……いや、たぶんエルシリアが原因だが、とりあえず、外に出ようと思うようになったのはいい傾向だ。それにどんな下心があったとしても。
ロレンシオは笑みを浮かべて言った。
「よし。私が行こう」
ロレンシオはいい笑みを浮かべて言った。侍女にも、部屋にいたグラシエラにも驚かれたが、その辺は適当に言いくるめておく。ちょっとずれた会話をしていたグラシエラと侍女が面白かった。
グラシエラを連れて廊下を歩きながら、ロレンシオは尋ねた。
「それで、グラはどうして突然部屋から出る気になったのかな?」
やはりエルシリアが関係しているのだろうか。この時は思っただけだったが、後から聞いてみると大いにかかわっていたらしい。
グラシエラがアミディオに会いたいというので取り次ぐと、そのまま3人でオルドア草原の近くまで行くことになった。戦中を思い出させるその場所に、グラシエラは固い表情になったが、次々と住人にお礼を言われて泣きそうな表情になった。ただ、『女王様』と呼ばれるのは微妙な気分になったらしい。
ともあれ、グラシエラが立ち直れてよかった。
* + - 〇 - + *
メルフィス暦1522年3月。アーレ・レーギアは突然の賓客を迎えていた。
「ラファエル! どうしたんだ、突然。というか、事前に連絡くらい入れてくれ……」
「すまんな、ロレン! ところでシエラはいるか?」
「シエラ? ……グラのことか」
突然の賓客はラファエルだった。その斜め後ろでお供らしいアレクシス・ウェルフェルトが微妙な表情になっている。どうやら無理やり出国してきたらしい。
なぜかはわからないが、ラファエルはグラシエラを『シエラ』と呼んでいた。彼女の名前の愛称は『グラ』のはずなのだが、本人が訂正しないのなら放っておこう。そういえば、エルシリアもグラシエラを『シエラ』と呼んでいた。ちなみに、彼女はアレクシスと結婚したらしい。
「グラなら今朝から孤児院建設予定の王都郊外まで行っている」
「案内してくれ」
「なぜに」
思わず素で尋ねると、ラファエルは悲痛な言った。
「シエラから手紙が来たんだ」
「へえ、それはすごいね。あの筆不精が手紙を出したのか」
グラシエラは戦地に行っても手紙は出さず、報告書だけ送りつけてくることで有名である。まあ、行政官の中で、ということだが。
「断られた……」
「……意味が分からないんだが」
「求婚を断られたっ!」
「ラファエル、本気だったのか」
ロレンシオは少なからず驚いた。グラシエラは嫁向きの性格ではない。人見知りはしないがどちらかというと、性格は内向的だし、何より愛想がない。賢いが、あまり頭はよくない。ロレンシオはかわいらしいと思うのだが、それは身内の欲目があるのを否定できないだろう。
「本気に決まっているだろう。王太子である私が、軽々しく結婚を示唆する発言をするか」
「あー、うん。各国の君主たちの前で堂々と言ってたもんね。グラも冗談だと思ったんじゃないかな」
ラファエルの言葉に納得しつつも、ロレンシオはグラシエラを擁護した。グラシエラが嫁向きの正確でないのも冗談にとられた理由だが、ラファエルの口調が軽すぎたのも問題なのではないだろうか。
「……まあ、あの子を幸せにしてくれるなら私には文句はないけど……あの子の何がよかったんだ? ああ見えてグラは内気だぞ」
「……まあそうだろうな」
ラファエルはうなずいた。ロレンシオはあきれた。
「それを知ってグラに求婚したのかい? 私は家族だからそういうところもかわいいと思えるけど、他人から見たらあの態度、腹立つらしいよ」
「腹は立つな。何で何も言わないんだって」
おや、なんだか話が違う方向に流れている気がする。
「だが、それ以上にかわいらしいと思うし、守ってやりたいと思う。あの子は戦った分、幸せになる資格があると思う。この国では無理なら私が連れて行けばいい。そう思った。……同情したわけじゃない」
「よかった。同情したって言ったら、ラファエル、斬り殺されてたな」
「お前に私が殺せないだろう?」
「いや、アミディオとか、グラとか、いろいろいるよ」
「……まあ、確かにシエラに言ったら斬られそうだな……」
ラファエルが何故かしょんぼりして言った。ロレンシオは気を取り直して彼の肩をたたいた。
「まあ、父上も誰と結婚するかはグラに任せるといっているし、私はあの子を守ってくれるなら文句はないよ」
「じゃあ、彼女のもとに連れていけ」
「……」
ロレンシオは笑顔で固まった。そういえば、そんな話だった。
結論から言うと、グラシエラはローデオルに輿入れすることになった。とはいえ、4月にはファルシエ第2王女マティルデが帝国に嫁ぎ、逆に帝国からは第1皇女リーディアがロレンシオのもとに嫁いでくる。そのため、挙式は6月となることになった。
ラファエルの思いは聞いたので、ロレンシオはグラシエラにも確認した。
すなわち、何故ラファエルに嫁ごうと思ったのか? と。すると。
「しつこいので」
素直じゃないなぁ、この子。と、思った。
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4月になり、マティルデがエンブレフ帝国に嫁いでいった。マティルデの母である第2夫人は最後までごねたが、カルロス王は折れなかった。
『グラシエラ王女を嫁がせればいいでしょう。第1王女ですし』
『あれはローデオル王太子の婚約者だ』
という会話が延々と繰り返されていた。飽きないな。マティルデが了承してしまっているのだから、第2夫人に口をはさむ隙はない。
それでも一応、ロレンシオはマティルデにも意思確認をしている。その時言われたのは、
「お兄様やお姉様が頑張って手に入れてくださった平和なのです。わたくしが帝国に行くことでその平和が守れるのなら、わたくしは行きます」
だ、そうだ。こんなに意思の強い子だったかとロレンシオは疑問に思ったが、微笑んで「ありがとう」というにとどめた。マティルデは照れたように笑っていた。
そういえば、グラシエラに頼まれてマティルデに紅い意志のついたイヤリングを渡した。自分で渡せ、と思ったが、第2夫人の手前、マティルデに接触することを避けたいらしかった。別れ際にも表れなかった徹底ぶりだ。マティルデは帝国に嫁ぐ。グラシエラは帝国に足を踏み入れるのは難しいから、これきり会えなくなるだろうに、いいのだろうか。
と思ったが、グラシエラはアーレ・レーギアのバルコニーから手を振っていた。
すごく気が抜けた。
入れ替わるように、帝国から第1皇女リーディアが嫁いできた。エンブレフ帝国皇帝エドアルドに似た淡い金髪、明るい青の瞳の美少女だった。まなざしはきつく、結婚式の間もロレンシオは睨まれている、という錯覚に陥った。
貴族の中には「グラシエラに似ている」という人が多かったが、違う。グラシエラはどちらかというと目が死んでいる。リーディアは目が生気に満ちていた。
リーディアは気遣いのできる優しい娘だった。人は見かけによらない……いや、なんでもない。少々口調はきついが、それを補って余りある度量の広さだと思った。
なんなのだろうか、ロレンシオの周りにはできる女性が多いのか? ロレンシオに対する嫌がらせだろうか。自分が平凡であるという意識のあるロレンシオはため息をつくことが多くなった。
「何ため息なんてついてますの」
突然話しかけられてロレンシオは飛び上がった。振り返ると、すぐそこにリーディアがいた。明るい青の瞳に見つめられて、ロレンシオは後ろに下がった。
「お兄様、何して……あ、リーディアお義姉様、こんにちは」
「こんにちは、フェル」
ロレンシオの前では妻が、背後では妹がニコニコ笑っている。なんでもいいが、ロレンシオをはさんで会話するな。
「何なさってるんですか?」
リーディアにすっかりなついているフェリシアナは小首を傾げて尋ねた。
「ロレンシオ様がため息をついていらしたから、どうしたのかしらと思ったの」
「あ~。お兄様は苦労性ですから、気にしなくていいですよ」
フェリシアナ、それはひどい。
「そうなの? 王太子って大変ね……」
リーディアの目が曇ったのは、戦場に出ていた自分の父を思い出したからだろう。そこに、さらに妹がやってきた。グラシエラである。
「兄上、何してるんですか……義姉上、フェル」
「あら、グラシエラ様。こんにちは」
「ごきげんよう、お姉様!」
「こんにちは……というか姉上。私を様付で呼ぶのはやめてくれませんか」
義理とはいえ妹に様付け挨拶をするリーディアは、やはりグラシエラに含むところがあるのだろうか。グラシエラはリーディアの母国と最前線で戦っていたから、敵愾心があっても仕方がないが……。
「仲良くしてよ、2人とも」
リーディアとグラシエラを見て言うと、2人は顔を見合わせた。
「別に仲は悪くありませんよ?」
「ですよね」
「……」
女同士の関係はよくわからん。
「それより兄上。引き継ぎ作業の続き」
「……そう急ぐことはないでしょ」
「私、あと2週間でいなくなるのですが」
グラシエラはあと2週間でローデオルに赴くことになっている。本当なら、こうして引き継ぎ作業をしている場合ではないのだ。ちなみに、ロレンシオがグラシエラから引き継ぐのは戦争被災者支援だ。あまり頭のよくないグラシエラだが、集中力と努力でカバーしていた。頭がよくないといっても、考え方が戦争向きなだけであり、知識がないわけではない。
「……やっぱり、グラが王太子やらない?」
「……何言ってるんですか、疲れてるんですか?」
ロレンシオがファルシエ国王になるまで、あと13年。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
『魔法大戦』関連はこれが最後になります。最後までしまらないロレンシオでした。
次は『アルビオン内乱』シリーズの予定です。




