The War of Magic - side Olivie
ちょっとすさんだ精神の持ち主、エンブレフ帝国のオリヴィエのお話。
直接の表現はありませんが、彼が祖父を殺したという表現がありますので、ご注意ください。忌避感のある方は回れ右を推奨します。
エンブレフ帝国皇太孫オリヴィエが物心つくころには、すでにその戦争は始まっていた。行き違いから始まったこの戦争は、事実上、エンブレフ帝国と軍事大国ファルシエの全面戦争だった。理由は簡単。ファルシエが、エンブレフ帝国を領土を接しているからだ。
母である皇太子妃はオリヴィエを生んですぐになくなり、皇太子は日々戦場に行き、手柄を立て続けた。オリヴィエは姉2人と行動を共にすることが多かった。
戦争初期のころは、皇太子である父の異母妹、フランチェスカがよく面倒を見てくれた。しかし、日夜嫁に行く気はない! と豪語していた彼女は、16歳になると戦場に出るようになった。さすがは父の妹というか、彼女にも才能があったらしく、しばらくしてファイエッラ地方を任されるようになった。そして、彼女もなかなか帰ってこなくなった。
父も、叔母も、会えるのは半年に1度か2度。寂しくないと言えばうそになる。
そして、同じくらい、大好きな父と叔母から表情が消えていくのが悲しかった。
オリヴィエが10歳の時、叔母フランチェスカが詰めるファイエッラ地方の前線が押し戻されたと聞いた。攻略したのは、たった14歳の少女だということに衝撃を受けた。
この時の衝撃が、オリヴィエをのちの凶行に走らせる。
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メルフィス暦1521年2月。オリヴィエの父、皇太子エドアルドは、今だ戦場を転々としていた。オリヴィエは今年で13歳。もうすぐ、彼も戦場へ連れて行かれるだろう。
そう思うと、怖くなった。
オリヴィエは戦場を知らない。それでも、戦争で心を壊していく人たちを見てきた。それは、父であり、叔母であり、姉たちであり、そして、祖父でもある。
父のエドアルドは、オリヴィエたちを見れば優しく微笑んで頭を撫でてくれる。大丈夫だよ、もうすぐ戦争は終わるから、と言う。その言葉を信じるほど、オリヴィエはもう無知ではない。そして、父の笑みの奥にあるすさんだ光が嫌だった。
叔母のフランチェスカは、相変わらず楽しげな笑みを浮かべている。しかし、その笑みが凶悪な色を含んでいることに気づかずにはいられない。オリヴィエは、彼女はそんなことをしないとわかっていても、彼女のその笑みが恐ろしかった。
姉のリーディアとクラリッサ。最近、憂鬱そうな表情でため息をつくことが多くなった。オリヴィエを見れば笑顔になって、遊ぶ? 勉強する? と尋ねてくれる。そうして、気を使われるのが嫌だった。
そして、最も怖いのは皇帝である祖父アルフレード。オリヴィエにとって、祖父は恐怖の対象だった。お前は皇帝の駒なのだ。だから、一定の年齢に達すれば戦場に行くのだといわれているようで嫌だった。
何もかもが嫌だった。こんな世界、なくなってしまえばいいのにとも思った。しかし。
父や、叔母や、姉が、もう一度ちゃんと笑っている世界を見たい。自分は、戦場に行きたくない。しかし、そんな状況は待っていては訪れない。
そういえば、ファルシエの第1王女は、14歳の頃から戦場で軍を率いているのだったか。そう思うと、13歳の自分にも何かができる気がした。
そして、4か月後。オリヴィエは、祖父である皇帝アルフレードと面会していた。
戦争が始まって、祖父はすこしやつれた気がする。戦争による疲労ではなく、ただの老いである気がしたのはオリヴィエの偏見ではないだろう。
祖父も、老いには勝てなかったか。むしろ、その方がいろいろなことに説明がつく。言いがかりをつけて戦争を始めた理由も、老いによる判断力の低下のせいなのかもしれない。
それでも。
オリヴィエは、もう決意してしまった。
「オリヴィエ。お前には、来年から軍を率いてもらう。エンブレフ帝国皇族に恥じぬ働きを期待しておる。幸い、お前はエドアルドに似て武術の才があるそうだからな」
はい、言われると思いました! そんなことを考えるあたり、オリヴィエも確かにエドアルドの息子だ。反応が同じである。
「おじい様。私は、戦場に行くつもりはありません」
オリヴィエは即答した。ぴくり、と皇帝の眉が動く。重々しい声が漏れた。
「なんだと」
威圧するような視線を向けられる。しかし、オリヴィエはひるまなかった。皇帝の目の前に小さな小瓶を置く。
「陛下。お飲みください」
「貴様っ。実の祖父に毒を盛るというのか!」
「はい」
ファルシエの第1王女は14歳で戦の指揮を執るようになった。なら、13歳の自分にも、これくらいはできる。そう思った。
皇帝アルフレードを止めるには、殺すしかない。
「血迷ったか」
「血迷ったのは陛下の方です。今まで、この無意味な戦争でどれだけの人が亡くなりました? 父上も、フランチェスカ叔母上も、国民も、みんなみんな傷ついています。そんな状況を作り出しながら、陛下にはこれを止めるおつもりがない」
「当然だ! 勝つための戦争ぞ!」
「ふざけるな! 何が勝つためですか! はじめはただの行き違いから始まったものでしょう! 確かに、要求を無視したファルシエ国王も悪い! しかし、問答無用で攻め込んだのは帝国の方です! 宣戦布告すらなかった! だから、ミューラン同盟軍は……ファルシエ王国は、投降しない」
だから、この戦争を止めるには、帝国が負けるしかない。祖父にははじめから負けて戦争を終えるという発想がない。いや、普通はない。しかし、宣戦布告の事実がない以上、戦争を先に仕掛けた帝国側が引かなければ、相手も引かない。
このままいけば、確かにエンブレフ帝国は勝てるかもしれない。レイシエリル大陸の西半分の覇権を手に入れられるかもしれない。しかし、そこまでして手元に残るのはなんだろうか。大陸の半分の覇権を手に入れても、もっと大事なものはその手から零れ落ちていくような気がする。
ここで、皇帝アルフレードを止めなければ、オリヴィエの大事なものは失われる。
オリヴィエの父エドアルドなら、この戦争を止めてくれる。最前線にいる彼だからこそ、見えているものがある。宮殿の奥深くで安全に守られている皇帝には、戦争を唱える資格はない。
「ですから、これをお飲みください、陛下。大丈夫です。この帝国が亡くならないよう、私は努めます。父上なら、よき皇帝になられます……」
「エドアルドには気骨がない。あれは優しすぎる」
この期に及んでそんなことを言う皇帝に、オリヴィエははっきりと言った。
「確かに、父上はおじい様を止める気概はなかった。しかし、優しいだけの人間が、戦場に行けると思えません。今現在において、宮殿の奥深くにいる陛下より、父上のほうが民衆に支持されています。それだけで、父上には皇帝になる資格があるのです」
少なくとも、オリヴィエはそう思う。父は不服だろうが、戦争の英雄として、エドアルドは民衆に支持されて即位できる。父に足りない部分は、自分が担えばいいと思っていた。
「おじい様。父上が優しいことを知りながら、戦場に行かせたのですね」
ぽつりとオリヴィエは言った。皇帝は、自分の息子のことを理解しながら、戦争をやめない。それどころか、その「優しい」と称した息子を、最高司令官として最前線へ送り込む。
「お飲みください、陛下。おじい様がいなくとも、帝国はなくなりません」
先にレイシエリル大陸の勢力均衡を崩したのは皇帝アルフレード。彼を殺すことでその償いができるわけではないが、それ以外に13歳のオリヴィエには方法を見つけられなかった。
このことについては、翌日、皇帝アルフレードが自室で服毒死しているのが見つかったとだけ記しておく。メルフィス暦1521年6月25日没。享年61歳。
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メルフィス暦1521年7月1日。皇帝崩御を聞き、皇太子エドアルドが戦地から帝都ペルグランデのプラエテリトゥム宮殿に戻ってきた。オリヴィエは、皇帝アルフレードの棺が置かれた玉座の間で4か月ぶりに父と再会した。
「――――父上」
オリヴィエはアルフレードの遺体が収められた豪華な棺の前に膝をつく父に声をかけた。心持ち痩せたような気がする。
「……オリヴィエか」
エドアルドはそういって振り返った。オリヴィエは言葉を続ける。
「ご無事のお戻り、うれしく思います」
「……ああ」
疲れたように父はうなずいた。オリヴィエは、これから父に告げる自らの罪を意識した。戦場から帰ってきたばかりの父にこんなことを言いたくはない。だが、黙っているのはより罪深いと思う。
「父上……おじい様を、皇帝アルフレード陛下を殺したのは、私です」
「……はっ?」
「おじい様を殺さなければ、戦争は終わらないと思いました。父上やフランチェスカ叔母上は、会うたびに疲弊していくし、姉上たちはいつも悲しそうな目をしています。みんなをそんな風にする戦争になんか、私は行きたくありません」
オリヴィエは一息に言い切ると、混乱している様子の父を見上げた。自分がやったことを後悔はしていない。しかし、父はどう思うだろうか。オリヴィエは廃嫡も覚悟していたし、処刑されることも考えていた。
だが、祖父の言うとおり父は優しすぎた。
「……お前の言うことが、事実かは私にはわからない。だが、お前がこんな嘘を言うとも思えない。私はすでに、ミューラン同盟軍に降伏の書簡を送った。まもなく、講和会議が開かれるだろう。そこで、お前の処遇を決めることにする」
「……わかりました」
オリヴィエは内心、父の行動の速さに驚いていた。エドアルドがプラエテリトゥム宮殿に帰ってきてからいくばくもたっていない。なのに、すでに降伏を宣言していたらしい。
皇太子である以上、次の皇帝はエドアルドだ。戴冠は済ませていないとはいえ、次の皇帝であるエドアルドの言葉は絶対だ。
エンブレフ帝国は、負けたのだ。待ち望んだ戦争終結なのに、寂しい気持ちなのはなぜだろうか。
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講和会議が開かれるまでの間に、エドアルドは急遽皇帝と入して即位した。簡易的な戴冠式となったが、これでエドアルドはエンブレフ帝国の皇帝に、オリヴィエは第1皇子になった。
そして、メルフィス暦1521年8月3日。セレンディのユルフェという都市で講和会議が開かれた。戦争に関連した国々の代表が集まっており、壮観だ。ミューラン同盟に加盟していた国が多いのは仕方がないだろう。
最初に入室したエドアルドとオリヴィエとは逆に、最後に入室してきたのはファルシエの国王と王太子、そして『夜の女王』グラシエラ王女だった。
オリヴィエは、父がグラシエラ王女に話しかけるのを興味深く見つめていた。オリヴィエは、彼女が14歳で戦場で指揮を執っていると聞き、自分でもできることを考えた。その結果がこれだ。後悔はしていないが、もうやらないとは思う。
ふと、着席したグラシエラ王女と目があった。ああ、父と同じ目をしている、と思った。戦場を知っている人の目だ。なんとなく目線を逸らしたオリヴィエは、会議開始の合図とともに手を挙げた。
「初めまして。僕はエンブレフ帝国第1皇子オリヴィエと申します。会議を始める前に、ひとつ、申し上げておきたいことがあります。よろしいでしょうか?」
ぐるりとオリヴィエは周囲を見渡し、戸惑いながらも止められることはないと判断した。立ったまま話を続ける。
「僕は、先の皇帝、アルフレードを殺しました」
その瞬間、痛いくらいの沈黙が降りた。オリヴィエは構わずに言葉を続ける。
「僕は、おじい様……先の皇帝が生きて、この国の権力を握っている限り、戦争は終わらないだろうと考えました。僕はまだ13歳ですが、このまま戦争が続けば僕も戦争に行くことになる。それは嫌だった。戦争で疲弊していく国や、疲れて帰ってくる父上を見たくないから。そんな私情で、僕は先の皇帝を殺しました。戦争を起こした皇帝だからと、こんな行為が許されると思っていません。父上は、この会議で僕の身の振り方を決めるとおっしゃいました。父上に事情を説明してもらうような腑抜けに思われるのは嫌だったので、この場を借りて話させていただきました。以上です」
一息に言い切り、オリヴィエはきっかり腰を曲げて頭を下げ、それから着席した。相変わらず場は沈黙に包まれている。
「……まあ、会議を始めましょうか」
ローデオル国王ディートリヒ3世の言葉で会議は始まったが、オリヴィエについてはほとんど触れられなかった。結局、オリヴィエの処遇が決まったのは、会議の最終日、つまり、最初の会議が開かれてから1週間後のことだった。
一応覚悟していたのだが、処刑、ということにはならなかった。おそらく、オリヴィエがエドアルドの唯一の男児だからだろう。ここでオリヴィエがいなくなってしまえば、エンブレフ帝国で皇位継承戦争が起こる可能性がある。前皇帝アルフレードの子が多いためだ。エンブレフ帝国で内乱が起これば、諸外国にも影響が及ぶ。それを避けた判断なのだろう。
とはいっても、オリヴィエの皇位継承権は剥奪されることになった。しかし、1代限りの剥奪のため、オリヴィエの子供には継承権が発生することとなる。帝国諸侯を抑えられるエドアルドという戦争の英雄がいる今だからこそできる強硬策と言える。普通、戦争で『英雄』と呼ばれる人に戦争を仕掛けようとする人はいない。
さらに、オリヴィエはファルシエ王国第2王女マティルデと政略結婚することになった。彼女は事実上の人質である。逆に、オリヴィエの姉第1王女リーディアはファルシエ王太子ロレンシオに嫁ぐことになっている。
さらに、いつそうなったのかさっぱりわからないのだが、叔母フランチェスカがアルビオン王国の王太子に嫁ぐことになっていた。何故? フランチェスカは結婚したくないから軍人になったといっていたのに。まあいいけど……。
メルフィス暦1521年8月26日、後に魔法大戦と呼ばれる戦争の講和条約、『ユルフェ条約』締結。
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メルフィス暦1522年春。ファルシエに嫁いだリーディアと入れ替わるように、ファルシエの第2王女マティルデが輿入れしてきた。彼女はオリヴィエより2歳年上。今年、16歳になるという。
彼女を見て初めに思ったのは、ファルシエ国王と似ていないな、ということだった。オリヴィエがユルフェ条約の会議でであったファルシエ王族は、国王カルロス、王太子ロレンシオ、第1王女グラシエラの3人だ。3人とも黒髪に青い瞳をしていた気がする。しかし、マティルデは見事な栗毛だった。オリヴィエと目が合うと、おどおどと下を向いた。大丈夫かな、彼女。
そう思ってからはっとした。オリヴィエは、実の祖父を殺している。その噂が彼女の耳にまで届いていても不思議ではない。これは人生経験の少ないオリヴィエでは対応しきれないかもしれない……。
とまあ、初顔合わせはこんな感じで終わった。とりあえず、マティルデはオリヴィエの次姉クラリッサとは仲良くしているらしい。ちなみに2人は同い年だ。
とはいえ、クラリッサもそろそろ嫁いでしまうだろう。そうなれば、マティルデはこの国では生きていけないかもしれない。彼女がファルシエ出身ということで貴族たちに敵視されているのはわかっていた。しかし、皇族でありながら皇子ではないオリヴィエには強い発言権はなく、どうしようもなかった。
そんなオリヴィエがマティルデからお茶に誘われたのは初夏の頃だった。彼女の部屋に行くと、マティルデ自身が出迎えてくれた。2つ年上の妻ははにかむように微笑んだ。
「あの。こんにちは。来てくださってうれしいです……ど、どうぞ」
「いえ……失礼します」
オリヴィエは少し遠慮がちにマティルデに挨拶して彼女の部屋に入った。
その部屋は、エンブレフ帝国式の調度品を残しているものの、どことなく異国情緒があった。オリヴィエが寡聞ゆえに知らないだけかもしれないが、おそらく、ファルシエ式のものがちらほらあるのだろう。
「えっと、そちらにおかけください。その……お茶は私の祖国で親しまれているものなんですけど、大丈夫ですか?」
「構いません」
マティルデがほっとしたように指定された椅子に座ったオリヴィエを見て笑った。オリヴィエも思わず笑い返した。マティルデが侍女にお茶の用意を頼んでオリヴィエの前に座った。やや間をおいてから、次女が2人の前にお茶と茶菓子を出して、扉のわきに下がった。
出されたお茶を一口飲むと、さわやかな香りが口の中で広がった。
「おいしいですね」
「はい。ファルシエで人気のものなんです。お気に召していただけて、よかったです……本当は、こういうものを出さない方がいいとは思っているのですが」
『こういったもの』が何を指すのかわからず、オリヴィエは思わず首をかしげたが、すぐに『ファルシエのもの』を指すことに気が付いた。エンブレフ帝国とファルシエはつい1年前まで戦争をしていたから、そのことを気にしているのだろう。これだけで、マティルデがどれだけこの宮殿にいづらいかわかるというものだ。
「私は気にしません。おいしいものに罪はありませんし、あなたのような人がいる国を悪いとは思えませんから」
その瞬間、マティルデの顔が赤くなった。何か恥ずかしいことでもあったのだろうか。
それより、オリヴィエはなぜ彼女がいきなりお茶に誘ってくれたのか気になった。マティルデのほうがオリヴィエより年上だからと、気を使ってくれたのだろうか。
その辺を尋ねると、マティルデはああ、とうなずいた。
「その……実は、時々オリヴィエ様のご様子を拝見させていただいておりまして……すみません」
「いえ……それは構いませんが。白状すれば、私も時々マティルデ様のご様子をうかがっていますから」
ぺこりと頭を下げたマティルデにそういうと、彼女は再び赤くなった。「あー」とか「うー」とか意味をなさない言葉をいくらか吐き、落ち着いたころに再び口を開いた。
「その、それで、失礼とは思いますが、オリヴィエ様は少し、お姉様に似ているなと思いましてっ」
「お姉様って、『夜の女王』……グラシエラ王女ですか? 今はローデオルの王太子妃ですか」
「そ、その人です」
マティルデがこっくりとうなずいた。
ファルシエの第1王女グラシエラがローデオルに嫁いだのは6月の頭のこと。その報告がエンブレフ帝国にももたらされている。
そのローデオルの王太子妃とオリヴィエが、似ている?
「どのあたりが似ているかお聞きしても?」
「はい。実は、わたくし、オリヴィエ様にお会いしたとき、怖いなって思ったんです」
「……それはすみません」
「いいえ。怖かったですけど、その、オリヴィエ様が本当は優しい方なんだとすぐに気が付きました。ファルシエの王女であるわたくしがこの3か月近く、何事もなくこの宮殿で過ごすことができたのは、オリヴィエ様の配慮のおかげです」
オリヴィエは何とも言えない表情になった。何事もなく、と彼女は言っているが、陰口まではさすがに取り締まれなかった。皇帝エドアルドも配慮したようだが、さすがに粛清してしまっては、どこに反発が来るかわからない。10年の戦争がやっと終わった今、新たな火種はできるだけ作りたくない、というのがエドアルドの本音なのだと思う。
「興味なさそうにしながら、見てくれている。欲しいときに、本当に大切なものをくれる。そんなところが似ていると思ったんです」
マティルデがにこりと笑った。彼女は、どうやら腹違いの姉のことが好きなようだ。マティルデの母であるファルシエ王の第2夫人は王妃とその子供たち、とくに戦功をあげたグラシエラが気に食わないような報告を読んだ気がするが、親は親、子は子ということなのだろう。
「そ、それで……お姉様は出不精でいらっしゃいましたけど、お茶に誘えば出てきてくださったので、その……」
「私のこともお茶に誘ってくださったのですか」
「はい……考えが浅くてすみません」
「そんなことないです。私は誘われてうれしかったですから」
オリヴィエが慰めるように言うと、マティルデは再びほっとした表情で微笑んだ。そして、それからはっとする。
「だ、だめですね! わたくしの方が年上なのだから、しっかりしないと!」
「いや、私もしっかりしているわけではないですが……」
オリヴィエは1人で盛り上がるマティルデに控えめにツッコミを入れた。見かけによらず、面白い人だな、この人。
大丈夫。きっと、彼女となら分かり合える。
何故なら、彼女はオリヴィエが祖父を殺したことに触れなかった。彼女はオリヴィエの過去を気にせず、彼自身を見てくれる。
気が付いた。オリヴィエは自分を認めてくれる人がほしかった。エンブレフ帝国の皇子や皇帝を殺した孫としてではなく、彼自身を見て、「大丈夫」と言ってくれる人がほしかった。
私も、子供だったんだな……。
勝手に大人の仲間入りをしていたと思っていた少年はそう思って微笑んだ。
目の奥が熱くなるのを感じながら、オリヴィエは必死に微笑んでいた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
エンブレフ帝国側からの魔法大戦はこれで終わり。あとはファルシエのロレンシオの話で魔法大戦関連は終わる予定です。
その後、アルビオン革命について更新していく予定です。




