The War of Magic - side Edoardo
エンブレフ帝国新皇帝エドアルドの回想録です。
メルフィス暦1521年8月26日。10年近くにわたって続いた、のちに『魔法大戦』と呼ばれる戦争が終了した。講和条約は先に降伏を宣言したエンブレフ帝国に不利すぎることはなく、かといってまったく賠償がないわけではないユルフェ条約が締結された。
そう。賠償を請求しないわけにはいかなかったのだ。彼らは。なぜなら、この『魔法大戦』はエンブレフ帝国が始めたに等しいのだから。
新皇帝エドアルドは目を閉じ、この戦争のきっかけとなった出来事を思い出した。
* + - 〇 - + *
「謀反……ですか」
20代後半の、金髪に紫の優しげな瞳をした男が、少し眉をひそめてつぶやいた。彼の父エンブレフ皇帝アルフレードは大仰にうなずく。
「ああ。どうも西のほうがきな臭い。よもや、ファルシエが何かしかけてこないとも思わないが……」
アルフレードは忌々しげに舌打ちした。彼の第1皇子であるエドアルドはその姿に、思わずため息をつきそうになった。あわててため息を飲み込む。
人は、エドアルドが優しすぎるのだと言う。しかし、果たしてそうだろうか? エドアルドには、父のほうが皇帝にふさわしくないように見える。妄執に取りつかれている、とでもいうのだろうか? 少なくとも、父が正気とは思えなかった。
「エドアルド。軍を率い、討伐に行って来い」
……言われると思いました。エドアルドは心の中でこっそりツッコミを入れた。反論するだけ無駄だと知りつつも、一応確認する。
「討伐、ですか? まず事実確認を行った方が」
「構わん。皇族にはむかうものは逆賊ぞ。すべて切り捨てよ」
「…………承知しました」
釈然としないものを抱えながら、エドアルドはうなずくことしかできなかった。――――いや。
後から考えてみれば、エドアルドは楽な方へと流れることに慣れていたのだ。この時、エドアルドが父の命令に従わなければ、少なくとも、レイシエリル大陸の西半分を巻き込む大戦争がおこることはなかっただろう。
エドアルドは西方に出陣し、謀反を計画していた貴族を打ち取った。しかし、その残党がファルシエ方面へと流れた。
さて。少し話が変わるが、エンブレフ帝国とファルシエ王国の国境沿いには、緩衝地帯が存在する。今までも争いがなかったわけではないエンブレフ帝国とファルシエだ。暗黙の了解として、緩衝地帯が設けられるようになったのだ。あろうことか、残党はその緩衝地帯、しかも、ファルシエ側に踏み込んだ。
エドアルドは迷ったが、正規の帝国軍を率いる自分が無断でファルシエに踏み込めば、帝国とファルシエの全面戦争になりかねない。それは避けたいところだ。ファルシエは帝国の4分の1程度の国土しか持たないが、かの国は軍事大国と名高い。実際に、国王カルロスは戦の名手だった。
そこで、エドアルドが取った方法は、皇帝アルフレードに許可をもらい、書状をファルシエ側に送ることだった。つまり、貴国に我が国の謀反人たちが侵入してしまった。彼らをファルシエ側で討伐するか、そうでないならば、貴国の領土に足を踏み入れる許可がほしい、というものだ。確かに、そういう内容の書状を送ったのだ。
しかし、ファルシエ側はそれを攻め入るための口実だと考え、無視した。これに皇帝アルフレードは激怒。エドアルドにファルシエ侵攻を命じた……これが、後世にまで語られる、『魔法大戦』開戦の真実である。公式にはエンブレフ帝国の領土拡大戦争から始まった、ということになっているらしい。その一面があることは否定できないが、どちらかというとこの時の行き違いが凄惨たる結果を招いたと言えよう。
当たり前だが、エドアルドはファルシエ、いや、エンブレフ帝国対抗戦線であるミューラン同盟軍に対する戦の総指揮官として各戦場に派遣されることになった。
* + - 〇 - + *
メルフィス暦1517年秋。エドアルドはけだるげに瞼を持ち上げた。そして、目の前に現れた顔に驚いた。
「……ジョズエか。何かあったのか」
そういって身を起こそうとすると、青年はあわてた様子でエドアルドの肩を抑えた。
「まだ寝ててください! あなたに何かあれば、帝国軍は総崩れなのですよ、兄上!」
兄上、とジョズエはエドアルドを呼んだが、この2人、兄弟というほど顔立ちが似ていない。当然だろう。ジョズエはエドアルドの亡き妻の弟だ。とび色の髪と明るい緑の瞳の整ったジョズエの顔は、エドアルドに亡き妻アンナマリアを思い出させた。
ジョズエの言葉に、エドアルドはおとなしく身を寝台に戻した。といっても、戦場野営地の天幕なので、かなり簡素な寝台だった。
「それで、何かあったか」
「それが、ですね」
ジョズエは言いにくそうに口元をひきつらせ、それから一度ため息をつき、やっとその言葉を言った。
「……ランベルト殿下が、亡くなったそうです」
エドアルドはピクリと頬をひきつらせた。にわかに、先の戦いで切られたわき腹が痛む。その痛みをやり過ごしてから尋ねた。
「ランベルトは、カルデローニ地方に派遣されていたな。誰にやられた? エンリケス公爵の息子か?」
1年ほど前から、ファルシエ国王の姉の息子、つまり、エンリケス公爵の息子がファルシエ側から指揮官として出陣していると聞く。まだ若い、というか幼いくらいだが、なかなかの戦巧手らしい。エドアルドが彼に遭遇したことは、今のところ、ない。
エドアルドの問いに、ジョズエは首を左右に振った。
「実は、ファルシエ王太子のロレンシオ王子が初陣だったらしく」
「まさか、初陣の相手に負けたのか?」
「いえ。ランベルト殿下は、ロレンシオ王子の部隊を壊滅寸前まで追いつめたそうです。王子は敗走したのですが、引き際が見事だったらしく」
エドアルドは、ジョズエの戸惑いがわかる気がした。撤退戦は、難しい。相当うまい指揮官でなければ、「見事な引き際」とは言えない。
「ランベルト殿下は逃げられたことに激怒し、馬から落ちて首の骨を折ったらしいです」
「………………」
無言になってしまったエドアルドを、誰も責めることはできないだろう。敵に斬られて死んだならともかく、怒った勢いで落馬して死ぬ。なんて残念な死因なのだろうか。もともと残念な性格の弟だったが、最後まで残念である必要はないのに……。ランベルトはまだ25歳だった。ジョズエとそう年が変わらない。死ぬには早すぎる年齢だった。
エドアルドは腹違いの弟に黙とうをささげるように目を閉じると、再び開いた。
ランベルトは、残念な性格ではあったが、なかなか優秀な指揮官だったと言える。その彼が、亡くなった。エドアルドも、先の戦いで受けた大けががまだ治っていない。これは、エンブレフ帝国にとってまずい状況だ。
ミューラン同盟。エンブレフ帝国に対抗する国々で結ばれた同盟。しかし、実際に戦っているのは、帝国と領土を接しているファルシエとセレンディだけ。しかも、セレンディのほうには竜骨といわれる山脈が邪魔をして、エンブレフ帝国側からは攻めにくくなっている。そのため、この戦争はエンブレフ帝国と軍事大国ファルシエの全面戦争といっていい。
ファルシエは、ちょうど世代交代の時期なのか、若い王族に連なる指揮官を次々と実戦投入していた。エンリケス公爵の息子も、王太子ロレンシオもその例だ。新しく初陣を飾ったロレンシオ王太子が、ランベルトの手から逃げ切れる戦上手であったとしたら、少々厄介なことになるかもしれない――――。
そう思ったが、事実はもう少し複雑だった。
それから約半年。メルフィス暦1518年初夏。久しぶりにエンブレフ帝国の帝都ペルグランデにあるプラエテリトゥム宮殿に戻っていたエドアルドのもとに、興味深い情報が寄せられる。
「ファルシエ第1王女の、グラシエラ?」
「そ。私が詰めてるファイエッラのほうに攻めてきて、一夜にして前線を下げさせられたわ」
そう語るのは腹違いの妹でフランチェスカという。エドアルドより16歳年下の20歳。嫁に行くのが嫌で軍人になった皇女だ。エドアルドは、この気の強い妹を結構気に入っていた。
エンブレフ帝国は皇族が多い。理由は簡単で、アルフレード皇帝がいわゆる『節操なし』だからだ。皇子皇女だけで10人以上いる。皇帝の愛人はもっと多いだろう。
それなのに、戦争で指揮をとれるものは限られている。みな、戦争に行きたがらないからだ。死にたくないのだろう。気持ちはわかるが、皇族として生まれたのなら、その役目を果たすべきだとも思う。そういう意味で、亡くなったランベルトも、このフランチェスカも気骨があるといえる。
「それは……すごい才能だな。まだリーディアと変わらないくらいの年じゃなかったか?」
「14・5歳だったとは思うわ。これがさ。続きがあってね」
フランチェスカがテーブルに肘をついて身を乗り出してきた。エドアルドも心持ち身を乗り出す。
「去年の秋、ランベルトお兄様が亡くなった戦があったでしょ。落馬したやつ」
「ああ」
「あの時、グラシエラ王女は魔術師として従軍してたんだって。それで、初陣でおろおろする兄王太子に代わって残存部隊をまとめ上げて、見事ランベルトお兄様の追跡を振り切って見せたらしいわ」
「……だとしたら、恐ろしいな」
「でしょう?」
フランチェスカは楽しげに笑った。
恐ろしい、と思うと同時に、悲しいな、ともエドアルドは思う。グラシエラ王女は、これから先、否応なしに戦争に巻き込まれていくだろう。そして、抜け出せなくなる。エドアルド自身がそうだ。
ケラケラと笑うフランチェスカは強い。しかし、彼女も確実に戦争によって精神をむしばまれていると感じる。
「お父様……」
フランチェスカと別れたところで、控えめに声がかかった。エドアルドの長女リーディアが、弟妹と手をつないで立っていた。
「リーディア、どうした?」
できるだけ優しく問いかけると、リーディアはうつむいた。次女クラリッサが心配そうに姉を見上げた。第3子の長男オリヴィエは不思議そうに首をかしげていた。リーディアは顔を上げて、尋ねてきた。
「次は、どこに行かれるのですか?」
「……まだ決まっていないけど、おそらく、フランチェスカとともにファイエッラ地方に行くことになるだろうね」
「……そうですか」
帝都ペルグランデから戦場は遠い。エドアルドがプラエテリトゥム宮殿に帰ってくるのは、半年に1、2回程度。15歳のリーディアは、まだ幼い弟妹達を守らなければという使命感と、父親がいない寂しさの板挟みになっている。彼女は、長女として強くあることに決めたようだ。
「………お父様。どうか、次も、ご無事で……。クラリッサとオリヴィエは、わたくしが見ていますから、大丈夫です。安心して、ください」
本当は別のことを言いたかったのだろう彼女は気丈に言った。そして3歳年下の妹と5歳年下の弟の背中をつつく。
「お父様。ご無事のお帰りをお待ちしています」
「父上。どうかお気をつけて」
ああ、無理をさせているな、と思う。彼女たちの母親は、この戦争が始まる前にすでに亡くなっている。オリヴィエを出産したとき、体調を崩し、そのまま儚くなってしまった。だから、この子たちを親として慈しみ、愛することができるのはエドアルドだけだ。
それなのに、自分は子供たちをおいて戦場に行く。
それが、罪深い裏切りのような気がして、エドアルドは胸が痛くなった。同時に、そんな感情が残っている自分にほっとする。
「ああ。すぐに帰ってくるから、みんな、いい子に待っていてくれ。リーディア、クラリッサとオリヴィエを頼む」
残酷なことを言ったと思う。エドアルドは子供たちの頬にキスをすると、それからすぐにフランチェスカとともにファイエッラ地方に向かうことになった。王女グラシエラに押し返された前線を押し戻すためである。
とはいえ、エドアルドとフランチェスカが当地についたころには、ファルシエ側の指揮官は変わっていた。そのまま、エドアルドは、戦争終結直前になるまで、グラシエラと遭遇することはなかった。
* + ― 〇 ― + *
エドアルドがその訃報を聞いたのは、メルフィス暦1521年6月28日のことだった。カルデローニ地方からファルシエのオルドア草原に攻め込もうとしているところに、その報告が入った。
「皇帝崩御?」
エドアルドが思わずという風に聞き返すと、宮殿からの使者は「はい」とうなずく。
「アルフレード陛下が、お亡くなりになられました。どうやら服毒死のようですが……」
「……そうか」
服毒死。エドアルドは顔をしかめた。父が、自殺をしたりするだろうか。そう思ったが、今は先にすることがある。皇帝アルフレードが亡くなったということは、皇太子であったエドアルドが暫定最高権力者となる。
「では、すぐにペルグランデに戻ろう。フランチェスカはまだファイエッラか? 彼女も呼び戻せ」
「御意に」
エドアルドはファルシエの砦エスカランテがある方向を見た。おそらく、エスカランテの指揮官はグラシエラ王女。前回の戦いで、彼女は怪我を負ったはずだ。しばらく出てくることはないだろう。自分が怪我を負ってもしっかり報復してくるあたり、さすがは『夜の女王』だ。
プラエテリトゥム宮殿に戻ったエドアルドは、父の遺体に対面した。豪華な棺に寝かされた父は、痩せ衰えていた。
「――――父上」
「……オリヴィエか」
人払いをした棺におかれる玉座の間に、エドアルドの息子がやってきた。13歳になった息子は、このまま戦争が続けば、エドアルドと同じく戦場に出ることになるだろう。
「ご無事のお戻り、うれしく思います」
「……ああ」
いつの間に、こんなに大きくなったのだろうか。オリヴィエの姿を見たエドアルドは、子供たちの成長を見られなかったことを悔やむ。
そして、戦争にかまけて子供たちを顧みなかった罰なのだろうか。オリヴィエは恐るべきことを口にした。
「父上……おじい様を、皇帝アルフレード陛下を殺したのは、私です」
「……はっ?」
エドアルドは目を見開いた。今、自分の息子は何と言った?
父親が混乱しているのをしり目に、息子は話し続ける。
「おじい様を殺さなければ、戦争は終わらないと思いました。父上やフランチェスカ叔母上は、会うたびに疲弊していくし、姉上たちはいつも悲しそうな目をしています。みんなをそんな風にする戦争になんか、私は行きたくありません」
だから、自分のために皇帝を殺したのだ。彼は、自分に言い聞かせるようにそういった。だが、エドアルドは気付いた。
ああ。オリヴィエは、自分の息子は、父親である自分のために、皇帝を殺したのだ。
エドアルドには、父を止めることができなかった。本来エドアルドがやらなければならないことを、オリヴィエが代わりにやったのだ。方法がどうあれ、彼は、アルフレードの暴走を止めた。
この子の方が、皇帝にふさわしい。
そうは思ったが、皇帝殺しは重罪だ。それがたとえ、皇太孫であっても。だから、エドアルドは開かれるであろう条約会議で、オリヴィエの身の振り方を決めると告げた。自分1人の独断で決められることではない。
そう。この時、すでにエドアルドは、ミューラン同盟軍に降伏を宣言していた。
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メルフィス暦1521年8月3日。条約会議の準備は急ピッチで進められ、エドアルドの降伏宣言から1か月ほどでセレンディはユルフェという都市で会議が行われることになった。事実上の敗戦国の国主として、エドアルドはオリヴィエを連れて最初にその会議室に入った。
それに続くように、各国の代表たちが入ってくる。最後に入ってきたのはファルシエ国王と王太子、そして『夜の女王』だった。
「あの娘が『夜の女王』」
「かわいらしい顔をして、恐ろしいものじゃ」
「怒らせないよう、気を付けなければな」
わざと聞こえるように言っているのだろう。エドアルドが見る限り、『夜の女王』グラシエラ王女の表情に変化はないが、彼は立ち上がって彼女の前に立った。
「初めまして……ではないのでしょうね。グラシエラ殿下、新しくエンブレフ皇帝となりました、エドアルドです」
はっとしたように『夜の女王』グラシエラ王女は顔を上げた。長い黒髪に切れ長のアイスブルーの瞳。整った顔立ちにはどこか殺伐としたものが見られた。おそらく、エドアルドも同じような雰囲気をしているだろう。
彼女が『夜の女王』と呼ばれるように、エドアルドは国内で『光の英雄』と呼ばれていた。おそらく、エドアルドが金髪であることからそう呼ばれるようになったのだと思う。
「皇帝に即位なされたこと、お慶び申し上げます。グラシエラです。よろしくお願いします」
形通りのあいさつに、エドアルドは思わず苦笑した。
「あなたがいらっしゃると聞いて、お会いするのを楽しみにしておりました。戦場でお会いしたのは2度ほどでしょうか。あなたの指揮は素晴らしい。何度も負けを覚悟しましたよ」
これは、エドアルドの偽らない本心だった。しかし、彼女はそう受け取らなかったらしい。むしろ、彼女の兄と父のほうが誇らしげだったから。
「いえ。経験も実力も、私は陛下に劣っていました。あのまま戦い続けていれば、ほぼ確実に私が負けていました。ですから、停戦を申し出てくださって感謝しています」
グラシエラの実力は、エドアルドに勝っていたと思う。経験では確かに彼女の言うようにエドアルドが勝るが、それだけでは覆せない才能がグラシエラにあったのも確かだ。
だが、若いがゆえに彼女は自分以上に傷ついている。そう感じる。
オリヴィエに宣言した通り、この会議で彼の処遇が決められた。エドアルドもオリヴィエ自身も、処刑も覚悟していたが、彼らはそこまで腐っていなかったらしい。というか、実際に戦場に立っていたものより、後方で安穏としていた者のほうが良心に疑問があるって何事だ。
この会議で、エドアルドの娘リーディアがファルシエ王太子ロレンシオに嫁ぎ、ファルシエの第2王女マティルデがオリヴィエに嫁いでくることが決まった。オリヴィエへの制裁として、彼の皇位継承権をはく奪することになっているので、バランスを欠く内容となっているが、仕方がないだろう。ちなみに、エドアルドがかわいがっている異母妹フランチェスカは、アルビオン王太子ジョージに嫁ぐことになるのだが、この時の会議ではその話は出ていない。
そういえば、面白いことが起きた。あわやオリヴィエの相手がグラシエラになりかねない、というとき、ローデオル王太子ラファエルがいい笑顔で言ったのだ。
『エドアルド陛下。すみません。グラシエラは私が先約です』
マジか。エドアルドは俗っぽく心の中でツッコんだ。オリヴィエの意見を無視していいなら(というか、政略結婚の時点で無視している)、エドアルドはグラシエラを帝国にもらってもいいかな、と思っていた。彼女と、もっと話をしてみたい。
ただ、戦の女神の祝福を受けたとすら言われるグラシエラが帝国に嫁ぐとなると、いろいろ問題が生じてくる。まず、彼女は戦争で帝国の最大の敵だったといっていいし、同じく戦神と噂されているらしいエドアルドがいる国に嫁ぐとなれば、周囲の国々も黙ってはいまい。全力でつぶされる可能性がある。そういう意味で、ラファエルの言葉はある意味渡りに船だった。
冷静に混乱するグラシエラを見て『ああ、なんか楽しそうだね……』とつぶやいてしまったエドアルドは、別に悪くないと思う。
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後年、彼は『魔法大戦』と呼ばれるようになったこの時の戦争を、本にまとめることにした。これが、エンブレフ帝国皇帝エドアルド著『魔法大戦の真実 ― 帝国と軍事大国 ― 』である。これはさらにのちの時代、教科書等の参考文献としても使用されるが、著者の息子が「父上、ネーミングセンス、微妙」とつぶやいたことは誰も知らない。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
グラの視点ではあまり出張らなかった彼。結構まともな神経をしている設定です。彼の息子のほうが神経擦れてますね。次はそんな擦れた神経の持ち主、オリヴィエ視点で大戦をお送りしたいと思います。




