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自転車部シリーズ  作者: はせがわ
大学時代編
9/9

海の向こう、待つのはキミ。

 近所の自然公園にある、古めかしいベンチに腰掛けると、ミシッと音を立てた。それについて特に何も思わずに、私はその場で伸びをする。パキポキッ、と痛々しい音が身体の中で響く。内心、悲嘆を零して空を見上げた。鬱陶しい位に綺麗な入道雲と、その境をすり抜けて飛ぶ飛行機、そしてその後ろに残る空の獣道。私は、いつかの授業中の会話を思い出して、感慨深く思った。

 我ながら、歳を取ったものだ。


「どうして、あんたは私を置いていったのよ……」


 私はため息を吐いて、右手の布製とシリコン製、二種のリストバンドを撫でた。シリコン製は、夢の舞台ツール・ド・フランスで無敗を誇る伝説のロードレーサー、ランス・アームストロングが、自分の掛かった病の撲滅運動のための資金源として作った、黄色の物である。少し前ホワイトバンドが若年層を中心にブームになったが、その火付け役となったものである。

 そして、布製のものは青と白と赤。フランスの国旗色を使用したよくあるタイプのリストバンド。

 両方、あいつ――私がマネージャーを勤めた自転車部部活のエースだった柳が、私にくれたものだ。廉価なそれらだが、奴が私を置いていってから、私はそれを肌身離さず着けている。外すのは風呂の時くらいだ。


(はあ、なんでまったく私が)


 柳は大学を中途退学して、私に何の相談も無くフランスへ飛んだ。相談も無く――相談を強要する権利も私には持ち合わせていないが、それでも憤りを感じてしまう。


 何故、私には教えてくれなかったのか。

 そんなに私は頼りないのか。


 高校生の時分、一緒にフランスへ行こうと、誘ってくれたのは何処の誰だったのか。

 プロポーズ(まが)いの言葉を投げられ、他の女の子とは一線を画した扱いを受け、確かに無意識で自惚れていた。

 それは、認める。

 だけど何故。幼馴染であるリカちゃんには相談し、元マネージャーで今でも時々、国内で大会があるときには付いていってサポートをする私には、何も言ってくれなかったのか。

 ぎゅっと、こぶしを握り締めて、ゆるゆると手を開く。

 目の前で不思議そうに眺める少年が、私の足元にあるボールを取って、友人が待っているところへ走り去っていった。折角の日曜日、一人で寂しくベンチに座っている変な女に構っている余裕も無いのだろう。途中、仲間のところへ戻る前、男の子ばっかりの遊びには飽きたのか一人でしゃぼん玉を作っている少女に、にかっと笑いかけたのを見て、私はもう一度ため息を吐いた。青春だ。

 奴に実際に会って、一言文句を言うまでは何も出来ない。もはや、私は夢を見ていられるような子供ではなくなった。だから、もう柳の隣に立ってレースのサポートなどという安易な夢は語らない。

 だが、実際に柳に会うために、とりあえず当面はお金を貯めなくてはならない。 フランスまでの旅費は、大学生である私にとって、高額なのだ。

 明日からまた、バイトと大学の講義、それからフランス語の自主勉強も頑張らなくては、とパンッと顔を叩いて気合を入れる。


 不意に、黄色いシリコン製のリストバンドを外して、無駄にぎらつく太陽に透かす。

 たしか、これは奴が国外逃亡する三日前に、奴がつけていたのをそのまま貰ったんだっけか。

 男物の所為で、ぶかぶか過ぎる。

 内心文句を言いながらも、そんなに嫌ではない男物の大きさにむしろ嬉しく思いながら見ていると、ちょっとしたことに気が付いた。


「あれ……?」


 リストバンドの内側に文字が見える。今まで、外さなかったから気がつかなかったが、橙色のマジックペンで何かが書かれているようだ。


「えーと?」



『J'attends Mino』

  ――待ってる、三野


 確かに、そう書かれていた。

 覚えたてなのだろう。(つたな)いフランス語で、〝w〟に見えかねない特徴のある〝n〟の文字。


 確かに三年間見続けていた、あいつの字で。


「あいつ………」


 リストバンドを持っていない方の手、左手で顔を隠してそのまま俯いた。



 やってくれた。

 なんで、あいつはこう………。

 言ってから行ってよ! こんな風に、格好付けなくてもいいから!


 心の中で悪態を吐くが、やっぱり何処か嬉しい気持ちは誤魔化せない。

 落ち着かない気持ちを静めるために周囲を見回すと、しゃぼん玉が何処からとも無く、弱々しく目の前に漂ってきて、それが無性に腹が立った。私はそれを左手で握りつぶした。

これは高三、引退前の作品だったかと。

『群青色の関係』より前に書いたせいで、ちょっと整合性が取れていないのはご愛嬌。連載・連作なんてそんなもん。

仏語は、翻訳システムにお世話になりました。

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