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自転車部シリーズ  作者: はせがわ
高校時代編
4/9

群青色の関係1

 部室の前から見上げた空にはポツポツと雲があって、けれども爽やかな蒼が広がっていた。雲ひとつない、作り物の様な青空よりかは安心感があると私は思う。

 小さな飛行機が雲の向こうに消えて行くのを見届けてから、チラリと腕時計を見て考える。部員達がそろそろ帰ってくる頃だろうか。

 ずっと上げていた顔が必然的に平素の位置に戻り、耳に掛かっていた特別長くも短くもない髪が揺れて、さらりと落ちた。

 私がマネージャーとして所属している自転車部は基本的に自主参加性であるけれど、今日のように休日でも活動している。特に今は大会が徐々に迫ってきているから余計だろう。集まりが割りとよい。

 自転車競技と言ってもいろいろと種類があり、もしかしたら日本人は競馬の自転車版みたいな、競輪の方を思い浮かべるかもしれないが、うちの部活はそれとは異なりロードレースを主とする。

 ロードレースとは、公道を走る車と同じかそれ以上のスピードで街中を走る競技だ。テレビ中継なんかで見た事がある人も居るかもしれない。

 プロのそれでは、風景があっという間に変わり、美しい町並みや鮮やかなユニフォームには思わず目を奪われる。

 とはいっても、日本ではまだまだローカルな競技であるため、知らない人が殆どだと思うけれど。実際、自転車部などという部活がある学校はほとんど無い。

 今日は土曜日だからか少し遠出をすると言って、部員達は各々の自転車点検をいつも以上に入念に行っていた。今学期初めての中間考査が終わったところだから、久しぶりにのびのびと走れれば良い、と思う。気張って走られて、怪我でもされたら大事だ。

 彼らが出て行ってから、もうすぐ二時間だ。遠出と言ってもマネージャーを連れて行く程ではなかったようだし、そもそも顧問の先生に知らせてないからあまりに遠いところに行くのはマズいだろう。

 さすがに部長の柳もそれくらいは解っていると思うので、やっぱりそろそろ帰ってくるのではないだろうか。

 最低限、私が今日中にやらなくてはならない事はとっくに済ませてある。

 手持ち無沙汰になっていた私は休憩がてら、奥まった場所にあるこの部室の前から運動場の近くまで歩いた。

 フェンスに手を引っかけてグラウンドを覗き込むと見えるのは、熱心に練習しているたくさんの生徒達。その中でもひと際目を引くのは、同学年の友人である陸上部部長のリカちゃんだと思う。

 整った顔立ちといい、スッと通った鼻筋といい、意志の強そうなクリクリとした瞳といい……容姿だけでも目立つと言うのに彼女の走りはしなやかで、見るものを圧倒させる華やかさがある。


「頑張ってるなあ……」


 本人が常日頃から言う通り持久力が無いらしく、一本走り終わった今は木陰でヘバっている。それでも輝いて見えるから不思議だ。

 持久走は全然ダメとはいっても、、短距離走では彼女に勝る者はこの学校には居ない。スプリンターか、と思って苦笑した。リカちゃんの幼馴染とは正反対だ。

彼女の幼馴染である彼は、瞬間的にスパートをかける短距離(スプリント)勝負には強くない。大柄でないという体系的にもそうだし、たぶん性格的にも向いていないのだろう。

 噂をすれば何とやら。別に声に出して話していた訳ではないにしろ、リカちゃんの幼馴染で、うちの部長である柳を先頭とした自転車部の面々が帰ってきたらしい。数台の自転車が校門を通ってこちらに向かってくる。慌てて部室へ戻ってドリンクとタオルを用意。部室まで辿り着いた部員達に配った。

 部員が集まってガヤガヤと喋っている中に、柳が居ない。きょろきょろと捜せば、部室の壁にもたれてぼんやりと何かを考えているようだ。


「お疲れ様」


 声をかけつつ、柳の隣に同じように寄りかかった。日陰になっていたおかげで、壁はひやりと冷たくて気持ち良い。コイツが輪から外れることはそれほど珍しくはないにしろ、こうも視点が定まっていないのを見ると放っておけない。

 盗み見るようにして柳の表情を窺うが、やはり晴れない顔つきである。


(……最近、いつもこんな調子なんだよね)


 高校三年生の春。そろそろ卒業後の進路を現実的に考えなければならない時期にさしかかってきている。

 おそらくコイツの悩みはそれ関係だろうと見当をつけ、そっと息をついた。自分にとっても頭の痛い問題だ。

 具体的に何がしたいのか。それが自分でもよく解っていない。不安で押しつぶされそうな気持ちが、容赦なく胃を痛めつける。

 コイツも同じような気持ちなんだろうか。


「柳はさあ……進路、どうするの?」

「……とりあえず、大学へ行くつもりだ」


 苦々しげに呟く様は、柳本人の意思ではないことを物語る。それでもおとなしく従うのは、やはりロードレーサーとしてだけで簡単に食べていける程プロは優しくないと解っているからだろうか。それとも、今まで育ててくれた恩のある母親の意向には逆らえないだけだろうか。

 柳の常日頃の様子だと、父親は自転車競技には理解がある風だったと思う。

 そういえば、柳とこうやって現実的な未来の話をするのは初めてだったか。ふと思い当たって、なんとなくまごつく。


「まあ、それは仕方無いかもね」


 普段の調子で返せただろうか。柳は鈍いから、私の微妙に複雑な気持ちは全く察していないと思うけれど。言い当てられても、自分では解らないざらざらとした気持ちが心の底でうごめく。


「わかってはいるんだけどな……でも、」


 いつもはっきりとした物言いとは言いにくい柳だったが、こうして中途半端に途切れさすことはあまり無い。珍しい物言いで何かを呟こうとしたその時、それを遮って声が聞こえた。男子の声だが、高校生にしては若干高めである。


「三野センパーーイ! なにやってんですか、こんなところで。放っておかれると俺、サミシイっスよ」

「あ、トーマくん」


 盛り上がっているところを邪魔しないようにと隅っこにいた私たちを、めざとく見つけて駆け寄ってきたのは、後輩の桐麻(きりあさ)くんだ。私はトーマくんと呼んでいる。


「ちょーっと、進路相談をね」

「よりにもよって、ソイツとっスか?」


 トーマくんは、柳に敵意を籠った視線を向ける。遠慮を知らないズバズバとした言い様に、私は思わず笑ってしまった。

 基本的に同じ競技をする相手には、先輩だろうと誰だろうとライバル意識を持っているようだが、柳に大しては別格だ。親の敵かと思う程に鋭い眼光を向ける。入部して一番最初に柳と顔を合わせた時は、もっとやわらかい顔つきだったのに。

 最初は戸惑っていた柳だったけれど、一年経った今ではすっかり慣れてしまったらしく、軽くあしらって頭をポンポンと撫でた。怒りのオーラが、トーマくんの周囲に充満した。


「柳、トーマくんで遊ぶのは止めなよ。トーマくんも、敵対心を向けない」

「はあい……三野センパイが言うなら向けません」


 柳相手には大反発するトーマくんだけれど、私には良く懐いてくれていて、おとなしく言う事を聞いてくれた。素直で可愛いんだけどな。昔、柳にそう零したら「何処が?」と信じられないものを見る様な目で見られた。


「トーマくんも、うかうかしてると、すぐに三年生なっちゃうよ」

「……センパイが卒業するのは、寂しいっスよ」


 ため息をつきながらの言葉にトーマくんは、うるうるとした目で私を見上げた。私も寂しいよ、と言いながら頭を撫でると、猫の様に片目をつむった。


(こういうところが可愛いんだよ、柳)


 柳に視線を向けると、私の心の中の声を理解したらしく眉を吊り上げた。


「三野センパイ。明日、部活休みっスよね?」

「ええ、あ、うん。そうだけど、どうして?」


 トーマくんは唐突に聞いたが、急に思った事ではないらしい。安心したように一度顔を緩ませてから、手慣れない動作で私の指に自分の指を絡める。

 私よりも、少し高い位置にある顔を見上げて直視。引き締められて硬くなっている表情に、私の身体も自然と固まる。

 助けを求めるように隣の柳へ視線を逸らせば、「三野先輩」そう呼びかけられ、再度トーマくんへ戻される。


「明日……もし良かったら、」

「……三野、明日は部活の買い出しに行くんじゃなかったか?」


 トーマくんを遮るように、柳は口を開いた。

頷いて肯定後、「まあ、部活の…というよりかは、個人的に買いたいものがあるんだけどね」と正直に告げる。

 すると、柳は気難しそうに沈黙を置く。

 もしかしたら、部活の買い出しと言っていたくせに、と暗に私を責めているのかもしれない。

 少しだけそう思いもしたが、基本的に不器用な柳の事だ。そんなことは出来ないだろう。

 トーマくんはといえば、柳の横槍でくじけてしまったらしく、口を閉じたままだ。決意するように先ほど私の指に絡めた手は、するりと外して所在無さげに宙にさまよわせた後、ジャージのポケットの中に突っ込んだ。

 何かを言いたげなのは変わらないけれど、柳を睨みつける事だけは忘れない。柳はやはりそれに堪える様子は無く、右手を自分の髪の毛にやった。


「明日、僕もついていくよ」


 珍しさに目を見開いた。柳が私の学校外での動向を気にする事すら珍しいのに、それに付いてくる――それが部活に関係する事だったとしても、今までに無いことだ。


「……別に良いけど、トーマくんは? 明日、何か私に用事でもあった?」

「いや…予定があったなら、いいんス」


 完全に出鼻をくじかれてしまったらしい。ふいっと視線を背けて、こちらを見てくれてもしない。それに、言葉の内容と違って、声は非常に頼りない。

 トーマくん、ともう一度呼びかけようとするが、その前にトーマくんが部活仲間の方を見た。一通り休憩も終わったらしく、もう帰る準備をしている。


「あ、そういえば、今日はこれで終了なんスよね? 次の大会、頑張りましょうね。エースの柳センパイ」


 先輩の部分を妙に強調して、トーマくんは非常に素敵な笑顔を柳に向ける。

 柳は頷いて、トーマくんを挑発するように唇を持ち上げた。


「そうだな…お前もせいぜい、足を引っ張らないように」

「余計なお世話ッスよ。柳センパイこそ俺に負けて、泣くハメにならないようにね」

 勝ち負けって、この自転車の大会は基本的にチーム戦みたいなものなのに。確かに、個人優勝とかもあるけれども。


(それに……)


 言い方も、なんだか意味深だったし。

 含むように一瞬だけきらりと輝かせた瞳をすぐに閉じ、トーマくんは身を翻した。

 二、三歩、部員達のところに歩みを進め、停止する。


「俺、簡単に先輩に負けるつもりはありませんから」


 温度の籠っていない声色。背中は思いのほか大きくて、ゾクリとした。

 西日が前方から降り注ぎ、トーマくんに直射する。黒い影がにゅうっと伸びていた。

 トーマくんの先ほどの言葉が、やけに頭に残った。

続きます。

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