路地裏の最強孤児、王女の盾となる 〜無自覚な規格外魔力で、悪意に塗れた学園を親友と切り拓く〜
この世界はゆるゆる異世界です。何でもありです。
前世の記憶を抱えたまま、私はこの剣と魔法が支配する過酷な世界へと転生しました。
と言っても、用意されていたのは貴族の温かな揺りかごではなく、凍えるような冬の路地裏、湿った石畳の上でした。
両親の顔も名も知らず、拾われた孤児院すら数年で潰れ、私は十歳になる前には一人で生きる術を学ばざるを得ませんでした。
この世界において、身寄りのない子供が生き残るための道はただ一つ、命を削って魔物と戦う「冒険者」になることだけでした。
ギルドの門を叩いた時、受付の大人たちは鼻で笑いましたが、私はその場で彼らの認識を塗り替えてやりました。
私には、自分でも正体の分からない特別な力が備わっていたからです。
それは聖女が操るような清らかな光でも、大魔導師が放つ派手な爆発でもありません。
魔力を目に見えないほど細く、そして鉄をも断ち切るほど鋭い「糸」や「針」のように凝縮し、自在に操る技術でした。
本人は単に、魔法効率を突き詰めればこうなると信じ込んでいましたが、それは魔力の分子構造に干渉するような、世界の理の外側にある力でした。
私はこの目に見えない刃を使い、路地裏を襲う野犬から、森の奥に潜む巨大な魔物まで、数多の首を跳ねてきました。
気づけば私は冒険者たちの間で、名前すら知られぬまま「死神の稚児」と囁かれる存在になっていたのです。
しかし、そんな血生臭い日々は、ある晴れた日の市場での出会いによって、劇的な転換を迎えることになります。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
その日、私は仕留めた魔物の素材を換金し、好物の串焼きを頬張りながら賑やかな大通りを歩いていました。
ふと、喧騒の奥から不自然な魔力の揺らぎと、金属がぶつかり合う不穏な音が聞こえてきたのです。
路地を覗き込むと、そこでは数人の騎士たちが、見たこともないほど豪華な旅装束に身を包んだ少女を守って孤軍奮闘していました。
彼女らを囲んでいたのは、街の中に現れるはずのない、凶悪な「影狼」の群れでした。
騎士たちはすでに満身創痍で、最後の一頭が少女の喉元に食らいつこうと跳躍したその瞬間、私の体が動きました。
私は串焼きの竹串を一本、無造作にその魔物へ向けて放り投げました。
ただの木片には、私の凝縮された魔力が「超振動」となって纏い、音速を超えて狼の眉間を貫通しました。
そのまま私は影の中に潜んでいた群れのリーダーを、指先から放った不可視の魔力針で一瞬のうちに絶命させました。
「……助かった、のかしら?」少女が呆然と呟きました。
彼女こそが、この国の第一王女、アルテア様でした。
彼女は自分の命を救ったのが、泥に汚れた同年代の少女であることに驚愕し、同時にその力に強く惹かれたようです。
「あなたのその力、そして迷いのない瞳……。お願い、私の名前を教えてくれないかしら?」
私は名乗るべき名を持たないことを伝えると、彼女はひどく悲しげな、けれど決意に満ちた表情で私の手を取りました。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
アルテア様の強引な招待により、私はそのまま王宮へと連行されることになりました。
豪華な馬車に揺られ、到着したのは雲を突くような白亜の城です。
数日前までネズミと共に眠っていた私にとって、ふかふかの絨毯や香油の匂いは、まるで別の惑星に迷い込んだような感覚でした。
そこで待っていたのは、この国の最高権力者である国王陛下との謁見でした。
「王女を救った功績、誠に天晴れである。しかし、その力……貴殿は何者だ?」
玉座に座る国王陛下の眼光は鋭く、私の内側を見透かそうとするような威圧感に満ちていました。
私は緊張することもなく、淡々と自分の生い立ちと、生きるために身につけた我流の技術について話しました。
国王は私の言葉の端々に嘘がないこと、そして私が王家に対して何の野心も抱いていないことを察したようです。
「アルテアがこれほどまでに他人に執着するのは珍しい。……リィン、お前に新たな名と居場所を与えよう」
国王は私に、王女の「学友兼護衛」としての身分を公式に与えることを宣言しました。
それは、平民である私がいきなり貴族の子弟が集う国立学園へ入学することを意味していました。
アルテア様は隣で「これでずっと一緒ね!」と、まるで幼子のように無邪気に喜んでいました。
私は戸惑いながらも、自分を「道具」ではなく「友人」として見てくれる彼女の熱意に、初めて心を開き始めました。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
学園での生活は、魔物との命のやり取りに比べれば、天国のような平穏さでした。
午前中は難しい歴史や数理の講義を受け、午後は美しい庭園でアルテア様とお茶を楽しむ。
私にとって最大の敵は、巨大な魔物から、睡魔を誘う退屈な教科書へと変わりました。
アルテア様は、私が文字の読み書きに苦労していると、優しく指でなぞりながら一から教えてくれました。
「リィンは飲み込みが早いわね。将来は私の最高の軍師になれるかもしれないわ」
しかし、そんな微笑ましい光景を、苦々しく見つめる者たちが学園には大勢いました。
血筋と家格を何よりも重んじる貴族の生徒たちにとって、どこの馬の骨とも知れぬ平民が王女の隣に座るなど、許し難い冒涜だったのです。
入学して数週間が経つ頃には、教科書がズタズタに引き裂かれていたり、私の席だけが中庭に放り出されていたりすることが日常茶飯事となりました。
前世の記憶がある私にとって、こうした「いじめ」はあまりに幼稚で、笑い飛ばすことすら容易なものでした。
「あら、ごめんなさい。泥に汚れた野良犬には、この場所がお似合いだと思ったのよ」
公爵令嬢のエレナは、取り巻きを引き連れて、私の頭からわざとらしく冷めた紅茶を浴びせました。
私は表情一つ変えず、懐から出した布で顔を拭うと、そのまま講義の準備を続けました。
彼女らの放つ悪意よりも、冬の森で獲物を待つ空腹感の方が、よほど私を苦しめてきたからです。
アルテア様はその様子を遠くから見つめていましたが、私が助けを求めない限り、介入しないという約束を守っていました。
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アルテア様は、私の自尊心を尊重するために、あえて沈黙を貫いていました。
彼女は、私が自分の力でこの環境に適応しようとしているのを、誰よりも近くで見守っていたのです。
「リィン、もしあなたが『嫌だ』と言ったら、私は一瞬でこの学園を浄化する準備ができているのよ?」
お茶会の席で、彼女は冗談めかして、けれど瞳の奥に鋭い光を宿してそう囁きました。
私は「大丈夫です、王女様。これくらいの雨、冒険者時代に比べれば微々たるものですから」と微笑んで返しました。
しかし、私が沈黙を守るほどに、エレナたちの行動はエスカレートしていきました。
ある日は魔法演習の最中、背後から殺傷能力のある炎の魔法が私に向けて放たれました。
私は詠唱すら行わず、指先を微かに動かしただけで、その熱量を原子レベルで分散させ、無効化しました。
周囲が「暴発か?」と騒ぐ中、エレナだけは自分の魔法が意図的に消されたことに気づき、顔を真っ赤にして私を睨みつけました。
彼女たちにとって、平民が自分たちの誇る魔法技術で対等以上に振る舞うことは、何よりも我慢ならないことだったのです。
その憎悪が、ついに物理的な攻撃へと変わったのは、薄暗い放課後の回廊でのことでした。
私はアルテア様に頼まれた資料を抱え、学園で最も長いと言われる「大理石のらせん階段」を降りていました。
背後から、複数の足音が近づいてくるのは気配で分かっていました。
しかし、ここでもし私が彼女たちを返り討ちにすれば、アルテア様の顔に泥を塗ることになると、私はあえて無防備を装いました。
「消えなさい、汚らわしい平民!」
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背中に強い衝撃が走り、私は慣性に逆らわず、自ら階段の向こう側へと体を投げ出しました。
高さは十メートル以上、普通の人間なら打ち所が悪ければ即死するような急勾配です。
しかし、私は落下する数秒の間に、空気中の魔力を薄い膜のように展開し、全身に「防御の衣」を纏わせました。
石の角に体が当たる瞬間、衝撃を逃がすための独特な回転を加え、最小限の被害で済むようにコントロールしました。
ガシャン、という大きな音と共に私は一階の床へと叩きつけられました。
「リィン!」聞き慣れた叫び声が、階段の上から響きました。
そこには、次の講義のために移動していたアルテア様が、目を見開いて立ち尽くしていました。
私はゆっくりと立ち上がり、乱れた制服を払いながら「……驚かせましたか。少し足元が滑ってしまったようです」と微笑みました。
膝からは血が滲み、腕には大きな擦り傷がありましたが、致命的な怪我は一つもありません。
アルテア様は階段を駆け下りてくると、震える手で私の傷に触れ、そのまま黙って私を抱きしめました。
「滑った……? そんな嘘、私に通じると思っているの?」
彼女の体は、怒りと悲しみで激しく刻んでいました。
アルテア様は、階段の踊り場に立って、こちらを青ざめた顔で見下ろしていたエレナたちを一瞥しました。
その時の彼女の瞳は、市場で魔物を睨みつけた私よりも、よほど冷酷で鋭いものでした。
私は彼女の怒りを宥めようとしましたが、アルテア様は私の口を指で制し、そのまま低い声で命じました。
「リィン、今日はもう休みなさい。……明日、全てに決着をつけます」
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翌朝、学園の正門には王宮直属の近衛騎士団が整列し、不穏な空気が漂っていました。
私を含む関係者全員に、国王陛下からの「緊急召喚状」が手渡されました。
エレナたちは「王女が転んだ私を心配しただけだわ」と自分に言い聞かせていたようですが、その足取りは目に見えて震えていました。
王宮の謁見の間は、以前私が訪れた時とは異なり、重鎮たちが居並ぶ厳粛な「法廷」の場と化していました。
国王陛下は玉座に深く腰掛け、傍らに立つアルテア様の目には、慈悲の欠片も見当たりませんでした。
「学園は、この国の未来を育む聖域である。しかし、そこを私利私欲の場とし、他者の命を脅かす者がいたとは」
国王陛下の威厳ある声が広間に響き渡り、エレナたちはその場に崩れ落ちました。
アルテア様は一歩前へ出ると、一通の書類を広げ、氷のような声で読み上げ始めました。
そこには、私に対する教科書の損壊、食事への異物混入、魔法による妨害、そして昨日の「殺人未遂」の詳細が、実行犯の名前と共に克明に記されていました。
彼女は私が何も言わなくとも、影の護衛を使ってすべての証拠を収集していたのです。
「アルテア殿下、それは誤解です! 彼女はただの平民で、教育のために少し厳しくしただけで……!」
エレナの父親である公爵が、必死の形相で弁明しようとしました。
しかしアルテア様はそれを一喝し、階段から私が突き落とされた瞬間の「記憶映像」を魔道具で空間に投影しました。
そこには、醜く顔を歪めて私の背中を押すエレナの姿が、残酷なほど鮮明に映し出されていました。
「言い訳は不要です。貴女たちは、私の大切な友人を殺そうとした。それは、王家に対する明白な叛逆と同じです」
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「公爵家は即刻、爵位を剥奪し、全財産を没収。関与した生徒とその家族は国境の開拓地へと永久追放とする」
国王陛下の冷徹な宣告が下された瞬間、謁見の間には絶望の悲鳴が響き渡りました。
衛兵に引きずられていくエレナは、最後に私を見て何かを叫ぼうとしましたが、その声は途中でかき消されました。
私は一番端の席でその光景を見つめながら、かつて路地裏で自分の領地を荒らした野良犬を追い出した時のことを思い出していました。
結局、力がなければ守れないし、権力がなければ裁けない。
それがこの世界の真理であることを、私は改めて痛感しました。
皆が去り、静まり返った広間で、アルテア様は私の元へ歩み寄りました。
彼女は先ほどの冷酷な女神の仮面を脱ぎ捨て、一人の少女として私の手を強く握りしめました。
「リィン……遅くなってごめんなさい。あなたがずっと耐えていたこと、私は知っていたのに」
彼女の瞳から大粒の涙が零れ落ち、私の手の甲を濡らしました。
私はその温かさに、前世でも現世でも味わったことのない「守られている」という安らぎを感じ、小さく首を振りました。
「いいえ、王女様。私はあなたの友人になれて、本当に幸せです」
私は特別な力を隠すのをやめ、指先から小さな光の蝶を作り出し、彼女の周りを飛ばせました。
それは私の魔力を極限まで緻密に編み上げた、この世で最も繊細な芸術品でした。
アルテア様はその光を見つめ、驚きに目を見開き、やがて満開のひまわりのような笑顔を見せてくれました。
「綺麗……。ねえリィン、これからも私の隣で、この世界を一緒に見てくれる?」
私は深く頷き、彼女の隣を歩き出しました。
孤児として生まれ、戦うことしか知らなかった私の人生。
しかし今、私の手には剣ではなく、大切な友人の温もりがありました。
これから先、どんなに険しい道が待っていたとしても、私はこの特別な力を使って彼女を守り抜こうと心に決めました。
窓の外には、新しい時代の幕開けを告げるような、眩いばかりの太陽が昇っていました。
私たちの物語は、この輝く光の中で、ようやく本当の始まりを迎えたのです。
(完)
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