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Scrambled Egg  作者: 読まれる前提
《たまごの殻》

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6章.《決意》

人は、何かを決める時、

大きな出来事の中で決意するわけではない。


むしろ――

静かな場所で、逃げ場のない言葉を突きつけられた時に、

初めて「自分がどこへ進むのか」を知る。


この日、莉花は

自分が進もうとしている世界の重さを初めて知る。

6.《決意》


デザートを食べ終わる頃、

玄関の方から人が入ってきた。


重なっていた手が、自然に離れた。


さっきまでの二人の時間が終わり、現実が戻ってきた。


莉花

「あら、お爺様、おかえりなさい」


僕は思わず立ち上がり、挨拶をする。

「こんにちは」


藤堂高虎は年を取ってはいるが、

背筋は一本の狂いもなく伸び、

その場の空気を一瞬で支配する佇まいだった。


鋭い眼光が悠輝を射抜く。

値踏みするような、しかし感情を一切含まない視線。


「……うむ」


短く、それだけ言って頷いた。

それだけで、僕は背筋が伸びるのを感じた。


その横には、屋敷を取り仕切っているらしい女性が控えていた。


高虎

「昨日は無断外泊で、貴子さんが心配していたぞ」


貴子

「朝帰りのご年齢になられたのですね」


莉花

「私も二十四です。もう大人です」

「そんなに心配しなくてもいいのに」


貴子

「……大人でいらっしゃるのは、存じております」


「ですが、朝になるほどお帰りが遅い時は――一言くださいませ」


「……お帰りになるまで、灯りを落とせませんでした」


莉花は視線を逸らす。


少し間を置いてから、

「……貴子さん、大げさにしすぎ」

「大丈夫だって!」


貴子さんは莉花をじっと見ている。


「……」


じっと見ている。


「……」


「ごめん……なさい」


莉花が僕に向かって笑顔で話す。

「貴子さんは亮平のお母さん」


「でも、私のお母さんの代わりも、ずっとしてくれてる」


高虎

「そうか莉花も、そんな歳になったか」


そう言ってから、再び悠輝を見る。


「……で、こちらが彼氏か」


莉花

「そうよ」

「婚約します」


僕は気押されないよう、大きな声で言った。

「橘悠輝と言います。

よろしくお願いします」


高虎

「うむ、元気でよろしい」

「橘悠輝君、だったな」


名を呼ばれただけで、

胸の奥を掴まれたような気がした。


一拍、間を置く。


「悠輝君、この子の母親は、病で亡くなった」


「莉花を産んですぐにな」


「この子は、両親の愛情を知らん」


「ワシはそれが不憫でな」


悠輝を真正面から見据え、

低く、重く言い切る。

「この子のそばに、いてやってくれ」


僕は思わず「はい」と答えていた。


お母様が亡くなっていたことを初めて知り、

僕は、莉花のことを何も知らなかったのだと改めて思った。


そういえば、

母の卵焼きを「美味しい」と言っていたな。


今度、本当に家に連れて行こう――

そう考えたが、

莉花が、うちの小さな家を見て

どう思うのか、少し不安にもなった。


高虎

「……貴子さん」


「昼の支度を」


貴子

「かしこまりました」


そう言って、貴子は部屋を出ていく。


莉花は、高虎に尋ねた。

「パパが倉橋専務に急用で呼び出されたけど、何があったと思います?」


高虎

「日山食品の大掃除が決まったかな?」

「あまり無茶はしないといいが」


莉花は、戸惑った表情を浮かべる。


高虎

「こちらの彼と婚約するということは、

わしの後は継がないと考えていいのだな」


莉花

「いいえ。お爺様の次の次は、

私が継ぎたいと考えています」


高虎

「後を継ぐというのはな、

覚悟でどうにかなるものではない」


「何もせずとも、

お前には一生困らぬだけの地位と財がある」


「それでも――

その椅子に座ると言うのか」


「でも私は後継ぎとして、

勉強や鍛錬をしてきました」


高虎

「そうだな。莉花は本当に優秀な子だ」

「そして、後を継げるよう学びもさせた」


「だが、

世界で商いをするということはな、

正義だけでは立っていられん」

「莉花も薄々は、わかっているだろう」


「国も、正義も、時には簡単に裏返る」

「綺麗な取引の裏で、

誰かが必ず血を流している」


「日山も例外ではない」


「采配一つで、人は死ぬ。

それを理解して座る椅子だ」


淡々とした口調だからこそ、

その言葉は骨身に染みた。


――


「今、高雄がやっていることも相当に危うい」

「だが、それでも前に出ねば、

あの男は進めないと思っている」


「必死に、自分の力量を

取締役たちに示さなければならない」


「私が今死ねば、取締役の半分は即座に高雄に牙を剥く」


「日山とは、そういう集団だ」


一拍。


「だからこそ、強い」


「高雄は自分のやり方で、全てを掌握しようと思っているが、無理な話だ」


「それが日山ホールディングスだ」


「……」


「今、高雄が担当している日山食品は、

もともと朝日川商事が分裂し……」


「日山と合併したのは、

販売を担当していた朝日川食品だ」


「現在の朝日川商事は、

アジア地域の輸入に強い」


「東南アジアでは今も、

独裁国家や反政府ゲリラが

商売相手になる地域が多い」


「反政府ゲリラに援助したり、

子どもたちを奴隷のように使う

独裁者に加担することもある」


「もちろん、日山商事も

同じようなことをやっている」


「ここから、高雄が

うまく日山食品をまとめられるか、

私にもわからない」


「日山商事が強い南米やアフリカなども、日本にいてはわからないほど

闇の取引が多い」


「毎日飲むコーヒーやチョコレートは、

多くの奴隷のような人々が生産し、

マフィアがシンジケートに流す」


「それをメジャーが買い漁るのが現状だ」


「莉花」


名を呼ぶだけで、

場の空気が引き締まる。


「この世界は、

優しさだけで生き残れる場所ではない」


「――それでも、お前は進むのか」


貴子さんは部屋の入り口に入りづらそうに立っていた。


高虎が気がつく。

「貴子さん、すまん」


「話に夢中になってしまった」

「昼は何がある?」


貴子

「ご昼食は、鰻御膳、中華飲茶セット、神戸牛サーロインステーキがあります。」

「何に致しましょう。」


高虎

「莉花たちはもう食べたんだな」

「何食べた?」


莉花

「クラムチャウダーとロブスターサンド」


高虎

「それは朝、食べたな」

「中華にしよう」


貴子

「はい」

また部屋から出ていった。


高虎

「まだ直ぐには返事はしなくていい」


「この道を進めば心は、壊れて行く」


「欲には限りがないんだ」


「せめて横に寄り添ってくれる人がいればいいが、薄っぺらい覚悟ではな」

そう言って、僕を見る。


「どうしたいか決めるのは莉花しだいだ」

莉花は頷く。


「どんな答えを出しても、おじいちゃんは、莉花の味方だ」


「ありがとう」

あの時、私はまだ知らなかった。


これが、

すべてを失う最初の一歩になることを。

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