3章. 《消えたハンバーグ》
善意と悪意は、
ときどき同じ顔をして、
同じ箱に入っている。
それを開けるまで、
何が入っているのかは、
誰にもわからない。
莉花の運転は本当に軽快だ。
「車に乗ると性格が変わる」と言う人もいるが、
莉花の場合、完全に良い方向に変わっている。
莉花
「紗希!ちゃんとナビしてよ!ここ曲がる?」
紗希はスマホで位置情報を確認しながら伝えている。
「もう少しまっすぐ」
「歩道橋を越えてから、あと、信号三つ目を右」
「曲がったあと、すぐ左」
「ここだ!」
「ん?児童館?」
紗希
「こども食堂、土曜日開催って書いてあるよ」
———
三人で中の見える場所を探す。
児童館に入りきらない人たちもいるようで、
庭には折りたたみテーブルが並べられ、
親子たちが楽しそうに食事をしていた。
細川課長がエプロンをして、こどもたちに
料理を配っているのが見える。
紗希
「莉花!何が転売だ!」
「慈善活動じゃない!」
「たいした金額じゃないし、
高く売っても、
大の大人が数千円を二人で分けるって、ありえんだろ!」
「人生を賭けて着服する金額じゃないじゃん!」
僕
「でもこれって、やってることは良いことだけど、会社的には横領罪か窃盗罪になりそう」
莉花は、こどもたちから目を逸らすように、ほんの一瞬、目を閉じた。
そして、いつもより低い声で言った。
「刑法第253条――業務上横領罪。
業務上、自己の占有する他人の物を横領した場合は、
十年以下の懲役」
「刑法第235条――窃盗罪。
他人の財物を窃取した者は、
十年以下の懲役、または五十万円以下の罰金」
———
「すごいですね、本当に法律覚えているんだ」
なぜか僕の胸の奥が、少し騒がしかった。
「でもこれ、廃棄する商品ですよね」
「どうでも良くないですか?」
「たいした金額でもないし、厳密に言えば横領ですが、それで助かるこどもたちがいると思うと、そっとしておきたいとも思います」
莉花
「とりあえず帰ろう」
「どうすればいいか、考えてみる」
紗希
「横領社員を捕まえるって聞いた時は、
少し面白いかな〜って思ってたのに」
「バカみたい、つまんね〜。せめて転売しろよ!私のひと月返せ!」
———
車に乗り、エンジンをかけようとした、その時だった。
児童館の中から、若い男が出てきた。
日山食品の段ボールを抱えている。
逆さまになった、カラピヨの絵柄。
こどもが喜びそうな、あまりにも無害に見える箱だ。
それを抱える男の首元には、
トカゲのようなタトゥーが覗いていた。
男は荷物を乱暴にトランクへ放り込み、
そのまま駐車場を出ていった。
走り去る車の後部座席に、
もう二つ、人影があった。
スモークガラスで顔までは見えない。
ただ、窓越しに揺れた輪郭の一つが、
どこか見覚えのある体格に思えた。
――気のせい、だと思った。
だが、車が角を曲がる直前、
助手席のヘッドレスト越しに傾いた肩の線が、
吉野課長に、少しだけ似ていた。
紗希
「なんか場違いの人だな」
僕
「でも、食べてる人の中にも、ちょっと怖そうな人いましたよ」
紗希
「そう言えばそうだね」
僕
「吉野課長、用事があるって言ってたのは、ここに来ることだったんですね」
莉花
「でも、それだとおかしいよ」
「それだったら、あの段ボール、
吉野課長が直接運んだ方が疑われなくて済むし、簡単じゃん」
「なんか怪しい」
僕は、頭の中を少し整理する。
「細川課長の車にあった段ボールを、
あの入れ墨の男が運び出したと見るべきです」
「取り違えないように、
最初からマークが逆さになるよう使っていた」
「箱を逆にして、テープを貼り直している」
「中身がハンバーグなら、
そんな面倒なことはしません」
「細川課長は、ハンバーグの箱に混ぜて、
別の物を運んでいた。
そして——」
一拍置く。
「吉野課長は、その中身を知っている」
「橘君すごい!……莉花も、そう思う」
紗希
「もういいじゃん。どうせ中は、安いハンバーグだよ」
莉花
「だから、ハンバーグじゃないって言ってるでしょ。
橘君の話、聞いてなかったの?」
紗希
「聞いてなかった。
チンケな犯罪には、興味ないし」
———
僕は、こども食堂というものを初めて見た。
言葉では知っていたが、気にかけたことは、今までなかった。
知らない人同士が、笑いながらご飯を食べている。
それを当たり前のように手伝っている課長たちを見て、
僕は、少しだけ胸が熱くなった。
違う世界を、窓越しに見ているようだった。
そう、僕の知らないことが、世界にはたくさんあるんだ。
ただ、
あのハンバーグが、何に変わり、誰の手に渡ったのか。
それだけが、少しだけ気になっていた。
———
会社へ戻る道は、昼間よりも車が多かった。
さっきの笑い声や湯気の立つ食卓が、現実から少しだけ浮いたまま、
胸の奥に残っている。
信号に何度も引っかかる。
進んでは止まり、止まっては進む。
そのたびに、
さっき見た景色が、少しずつ遠ざかっていく。
途中、僕のスマホが鳴る。
知らない番号からだ。
少し胸騒ぎがした。
「もしもし、橘さんの電話で合っていますか?」
「はい、そうです」
「私は、日山食品専務の倉橋です」
「あ!はい、なんでしょうか?」
「今、スーパーアサヒから苦情の連絡がありました」
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
「状況を把握したいので、お店に戻れますか?」
「今日は会社が休日で、たまたま出社していた私しかいません」
「何の苦情があったのでしょうか」
「詳しくはまだですが、どうも――
陳列した商品と販促ボードの間に、
こどもが入り、
商品が崩れて怪我をしたそうです」
「先に親御さんへは連絡しておきます。
アサヒで合流できますか?」
顔から血の気が引く。
「わかりました。大至急向かいます」
「どうしたの?」
莉花の声は、いつもより優しかった。
「お願いします、大至急アサヒに戻ってください」
「僕のせいです」
「こどもが怪我したみたいで!」
「とにかく急いで」
莉花の表情が、一瞬で硬くなった。
何も言わないまま、アクセルを踏み込んだ。
———
お店に着くと、倉橋専務がいた。
「今、親御さんとお話ししました」
「少し擦りむいていましたが、
息子が悪いと言っていましたので、
大事にはなりませんでした」
「店長さんが現場にいます。行きましょう」
店長
「どうも、これは!専務さんまで」
店長はポケットからスマートフォンを取り出した。
「一応、担当の細川さんにも連絡しているんですが……」
呼び出し音がしばらく続く。
出ない。
店長は少し眉を寄せ、通話を切った。
――細川課長は、さっき児童館にいた。
喉まで出かかったが、
言える空気ではなかった。
ふと、莉花を見る。
僕と同じように、莉花も店長から目を外していた。
そして、ほんの一瞬だけ視線が重なる。
――。
莉花も、何も言わなかった。
「ここのボードと商品の隙間を無くさないと、こどもが入って危ないですね」
「小さい子どもは、狭い所が好きだから」
僕
「すみません、全部僕のせいです」
「本当にすみませんでした」
僕は、隙間を作ってなかったが、言い訳は良くないと感じ、とにかく謝った。
倉橋専務
「いえ、こちらの指示が曖昧でした」
「私から課長への指示も、他店舗の映像を見せて終わっていました」
「配慮が足りませんでした。申し訳ありません」
店長
「私どもも注意不足でした」
「怪我も軽度で済んで助かりました」
「お互い様ということで、これからもよろしくお願いします」
倉橋専務
「こちらこそ、よろしくお願いします」
四人とも深く頭を下げて、車に戻った。
僕
「倉橋専務、本当にすみませんでした。全部自分のせいなんです」
倉橋専務
「いえ、現場の判断は間違っていません」
「こちらの指示が曖昧でした」
倉橋専務は、迷いなく言い切った。
「写真データは、私に転送してください」
「先方への最終報告、説明はこちらで入れておきます」
こういう人が上にいると、話が早い。
仕事は楽になる。
ほっと息をついた。
ふと見上げたとき、
莉花の目に、抑えきれない涙が満ちているのが見えた。
あっ、と僕は思った。
全部自分のせいだ。
そう言ったのに、
莉花は、まるで自分のことのように
受け止めてしまったんだ。
だから、あんな顔をしているんだと、
そのときは、そう理解した。
ふと顔を上げたとき、
倉橋専務と、莉花の視線が重なっているのに気づいた。
それでも僕は、その視線よりも、
莉花の表情のほうが気になっていた。
莉花は、ほんのわずかに目を細めた。
その表情は、
怒りでも困惑でもなく、
何かを静かに計り始めた人の目だった。
それが何を意味するのか、
その時の僕には、わからなかった。
———
車内は、静かだった。
突然、口火を切ったのは紗希だった。
「もう、気を落とさないで」
「明るくいきましょ」
「悠輝君も、莉花も」
「専務、大丈夫だって言ってたじゃん」
僕
「そうですね」
「専務が来てくれて、助かりました」
紗希のトーンに合わせる。
「あ、そうだ」
専務のスマホに、
自分が撮った写真データを送った。
———
車を戻す際、警備室に鍵を返さなければならない。
紗希が同乗している理由を説明するのも面倒で、入口で先に降りてもらった。
社用車は、会社の地下駐車場へ滑り込んだ。
スリップ防止の凹凸がタイヤの音を大きくする。
エンジンを切ると、休日の会社は急に静かになる。
さっきまで流れていたロードノイズが嘘みたいに消え、
代わりに、天井の低い駐車場特有の湿った、冷たい空気を感じる。
「お疲れ様」
莉花の声はまたトーンダウンしていた。
シートベルトを外す音が、やけに大きく響く。
僕は無言でドアを開ける。
白線の上に足を下ろした瞬間、
さっきの出来事が思い出される。
こんな失敗は初めてだった。
整然と並ぶ社用車。
莉花の足音が、反響している。
エレベーターに向かって歩きながら、
さっきまで隣にいた莉花の横顔を、無意識に見てしまう。
エレベーターの扉が閉まる。
莉花はまた
「ごめんなさい」と低い声で言う。
莉花の顔を見つめる。
僕が「なぜ」を言う前に、
扉がまたすぐ開く。
莉花はそのまま警備室に鍵を返し、用紙にサインをする。
警備員
「お疲れ様でした」
莉花
「お疲れ様です」
僕も、少し遅れて頭を下げた。
莉花は何も言わず、歩き出す。
前を向いてはいるが、視線はどこにも定まっていない。
まるで、もっと遠い場所を見ているようだった。
——莉花の顔は、この一年間、何度も見てきた。
だからこそ、わかる。
その横顔には、
今まで見たことのない表情があった。
仕事の顔でも、笑顔でもない。
一つの区切りを越えた人だけが纏う、静かな翳り。
胸の奥が、わずかにざわつく。
会社の入口には、紗希が立って待っていた。
紗希
「あー、お腹すいた。ご飯食べたい」
莉花
「橘君、何食べたい?」
「変なことに付き合わせちゃったから、今日は何でも奢るよ」
僕
「いいですよ。母が晩ご飯の支度してますから」
莉花は一瞬だけ、きょとんとした顔をしてから笑った。
さっきまでの張りつめた空気が、ふっと緩む。
——戻ったな。
よかった。
紗希がいると、場が自然となごむ。
紗希
「え〜、橘君。一緒に行こうよ」
「今日は飲んで忘れよう!」
「とことん付き合うからさ」
莉花
「……そうだね」
一拍、間があった。
「そうだ!上司命令!」
声のトーンが、完全にいつものそれに戻る。
僕は、ほっとする。
僕
「上司って……莉花さん、僕と同じ担当職じゃないですか!」
笑いながら言い返すと、
莉花も、いつもの調子で肩をすくめた。
切り替わった莉花を見ると、
やっぱり、少し嬉しかった。
「一年でも先輩でしょ!」
「とりあえず、お母さんに電話して」
「莉花が話すから!」
「もう、強引ですね」
電話をかけると、
強引にスマホを取られた。
「もしもし、初めまして」
「私は橘さんの上司で、藤堂莉花と申します」
「本日、取引先の接待が急遽入りまして」
「橘さんに同席をお願いしています」
「今日、橘さんの夕食は不要ですので、よろしくお願いします」
言いたいことを言い終えると、
有無を言わさず、スマホを切った。
「橘君、了解取れたよ」
「めちゃくちゃしないでくださいよ」
「嘘ばっかりじゃないですか」
「紗希は、何食べたい?」
紗希
「あ〜、何がいいかな〜」
「焼肉?フレンチ?イタリアン?」
「あ!そうだ、お寿司行こ、お寿司!」
「ボストンやニューヨークのお寿司もかなり美味しくなってたけど、やっぱり本場で食べないとね」
「了解!お寿司ね。ちょっと待って、電話するわ」
「橘君!タクシー止めて」
電話をかける。
「もしもし、藤堂だけど、今から三人で行くけど空いてる?
たぶん二十分ぐらいで着く」
「いいよ、カウンターでよろしく」
電話を切ると、
「三人座れるって」
———
タクシーが走り出す。
少し時間が経つと、窓の外で西日が街を照らしていた。
僕
「回転寿司じゃないんですか?」
「なんかここ、高そうですよ」
紗希
「いいよ、いいよ。莉花のおごり」
「お金だけは、めっちゃ持ってるから」
玄関を開けると、
「いらっしゃいませ!」
元気のいい声がこだまする。
店主
「いつもありがとうございます」
柾目の白い無垢一枚板のカウンターテーブルが目の前にあり、高級感が漂う。
僕を挟んで、三人並んでカウンターに座る。
店主
「今日はお任せでよろしいですか?」
莉花
「そうだね」
店主
「はい、お任せ三丁」
奥から若い衆の声が聞こえる。
「へい!お任せ三丁」
店主
「飲み物は何にしましょう?」
莉花
「何飲む?ビール?日本酒?」
紗希
「冷や(冷酒)で」
「じゃあ僕は、ビールお願いします」
「莉花も冷やで」
店主
「ビールは生か瓶か、どちらにしますか?」
僕
「生でお願いします」
店主
「生、一丁。冷や2つ」
奥の人たちにも聞こえるように、声を出す。
若い衆
「生、一丁。冷や2つ」
女将さんが生ビールと、升の中にコップが入っている酒を持ってくる。
店主
「今日は良いお酒が手に入りました。
純米大吟醸『勝駒』です」
女将さん
「どうぞ」
コップから溢れたお酒が下の升に落ちる。
僕
「冷やって、お水じゃないんですね」
紗希
「……」
莉花
「……」
店主が小気味よく両手を動かす。
ほんの数回の動きで、次々と美しいお寿司が出てくる。
白身、コハダ、イカ、マグロ、エビ、穴子、トロ……
絶妙のタイミングで提供される。
今まで回転寿司やスーパーのお寿司しか食べたことのない僕は、これが本物のお寿司なんだと実感することになる。
「本当に美味しい」
紗希
「やっぱり、アメリカで食べるお寿司とは別物だね」
「有名なお店もたくさんあるけど、やっぱり違う」
店主
「美味しいものを、美味しく食べていただけるように
提供しているだけです」
「日本の魚や野菜の一級品は、ここに辿り着くまで
誰一人、手を抜かないんです」
「漁師さんが獲ってきて、市場の仲卸、仲買、配達の人――」
「誰一人として手を抜かない、すべて一流の人たちです」
「そんな美味しいものを、私が失敗してはならない」
「良い素材の実力を、発揮させるだけなんです」
「特別なことは何もしていません」
「先代から教わったことを、やっているだけです」
「オヤジさん、話が長い!」
「そんなの、これ食べれば誰だってわかるよ」
「ね、橘君」
僕は、あまりの美味しさと、店主の話で、ハッとした。
美味しさの意味を初めて知った気がした。
莉花
「ここの天ぷらとか、茶碗蒸しも美味しいよ」
若い衆が茶碗蒸しを持ってくる。
「熱いので、お気を付けください」
「橘君、このお酒、少し飲んでみる?」
飲んでいたグラスを差し出す。
僕は、間接キスにならないように、
グラスを少しだけ回して口をつけた。
僕
「美味しい……」
「何これ。お酒じゃないみたい!」
「でしょう!美味しいよね〜」
「それよりさ、なんで莉花の飲んだところ、避けるのよ」
「そんなに私、汚い?」
僕
「いや、間接キスになっちゃうし、嫌がるかなと思って」
紗希がゲラゲラ笑う。
「もう面倒だからチューしちゃいな!」
「悠輝は奥手だから、
私が代わりにもらっちゃおっかな。
ファーストキス」
紗希は、わざとらしく唇をすぼめる。
莉花
「紗希!いい加減にしないと怒るよ」
紗希は下品に笑ったままだ。
「ごめん、ごめん」
「冷やをもう一つ追加して」
「あと、莉花もおかわり」
紗希
「私もお願い」
お酒のペースが早くなっていく。
お酒も飲みやすく、つまみの刺し盛りを食べながら、三杯、四杯と、いつの間にか飲んでいた。
これほど、お酒を飲んだのは初めてだ。
紗希
「もう、お腹いっぱい」
莉花
「そろそろ、次行く?」
紗希
「そうだね」
僕はお酒に慣れていない。
そもそも日本酒は、
ほとんど飲んだことすらなかった。
とても良い気分で、
頭がクラクラしていた。
「お勘定、お願い」
「これでお願い」
財布の中からブラックカードを出す。
店主
「お父様から言われていますので、ご一緒に請求させていただきます」
「いや、今日は莉花の奢りだからさ」
「カードでお願い」
女将さんがカードを受け取る。
「ありがとうございます」
莉花がレシートをもらいながら言う。
「どこ行くの?」
紗希
「亮平の所でいいじゃん」
「え〜、昨日行ったじゃん」
紗希
「いいの!あそこは、私たちが行かないと潰れるから」
「馬鹿なこと言って」
「亮平、見た目はいい男だし、結構繁盛してるよ」
「まあ、莉花のタイプじゃないけど」
「亮平はたぶん、莉花のこと中学からずっと好きだよ」
紗希
「出た!この勘違い女!」
「亮平は、絶対私のことが好きだ!」
「どっちでもいいけど、莉花には橘君がいるから」
「ね〜、橘君」
「莉花のこと、好きだよね?」
僕は酔いが回っていて、
何もよくわかっていなかった。
「うん」
それでも、
この場の空気だけは、心地よかった。
「私たち、結婚しようね」
僕はまたつられて
「うん……」
紗希
「莉花!もう一回言って録画するから(笑)」
「悠輝、私たち結婚しようね」
心の中で、何かが決壊した気がした。
それが恋なのか、
それとも、もう引き返せない予感なのか。
まだ、わからない。
ただ、あの時の——
莉花の翳りだけが、頭に残っていた。
あの翳りの理由を、
僕は、まだ知らない。
それが証拠なのか、
罪なのか、
それとも――
引き返せない選択なのかは、
まだ、わからない。




