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Scrambled Egg  作者: 読まれる前提
《たまごの殻》

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21章.《オペレーション・ブラインド》爆心

人は、選んでいるつもりで

選ばされている。


ほんの一通のメールで、

人生の方向は変わる。

HAVENの中。


悠輝は、椅子に座らされている。


莉花が泣きながら言った。

「無茶、しないでねって言ったのに」

「バカ」


「ごめんね、私が巻き込んだせい」

そう言いながら、傷の手当てをする。

右腕の包帯が、痛々しい。


「違うよ」

「自分で決めたことだから」


「もう、泣かないで」


亮平が、わざと明るい声を出す。


「でも、フェンス乗り越えたり、体当たりして捕まえた時、かっこよかった」


「ちょっと好きになったかも」


「亮平、もう一発殴るよ!」

莉花が涙を拭いながら睨む。


亮平は肩をすくめた。

「悠輝、かっこよかったんだって」


「惚れなおした?」

冗談ぽく悠輝が言う。


「ううん」

莉花は、まだ鼻を赤くしながら笑った。

「なおさなくても、ずっと惚れてるよ」


紗希が、冷めた声で割り込む。

「はいはい、ラブコメは違う所でやって」


亮平

「あのー」

「僕もここ殴られて、腫れて傷があるんですけど」


紗希

「ちょっとこっちおいで」


亮平

「紗希姉さん、痛いって」

「もっと優しくやってよ、あっちみたいに」


紗希

「おまえは絆創膏でじゅうぶんだ」


亮平

「差別だ!」


笑いが落ちる。

その瞬間、部屋の温度が戻った。



テーブルの上には、千堂が吐かせた櫻井の情報をまとめたメモが並んでいる。


千堂が低く言った。

「殺したのは、櫻井」



「……衝動的な犯行だな」

「ずいぶん薬をやって、おかしくなっている。」


「櫻井は半グレの末端だよ」

亮平が応じる。声に疲労が滲んでいる。


莉花が淡々と続けた。

「でも、流れをある程度知ってる」


「半グレでも末端、薬の入手経路でも末端」

「ってことは――中心人物じゃない」


悠輝は、この時まだ気づいていなかった。


すでに“カードを使う段階”に入っていることに。


莉花はメモを閉じた。


誰も、すぐには言葉を発しなかった。

キーボードの音も、グラスの音もない。


紗希だけが、画面から目を離さない。


そして――

莉花が言った。


「攻撃開始」


その一言で、空気が定まった。



「倉橋が罠を乱している」


「野崎に仕掛ければ、もう逃げるしかない」

莉花が断言する。


亮平が眉を上げた。

「奴って、打たれ強いタイプじゃないの?」


「そう」

「だけど、ここまでやってきた人」

「バランス感覚はいい」

「彼は、見切りをつけられる人よ」


「じゃないと朝日川商事は、とっくに買収されてる」


千堂が静かに頷く。

「逃げ道はつくってるだろうな」


「奪われるくらいなら、証拠を消すため、全てをぶち壊す男だ」


莉花が続ける。

「朝日川商事の買収の時、野崎は旗色が悪くなると――何も残さないように会社を分割した」

「闇資金と東南アジアルートを隠すために」


沈黙。


「だからメールには、“もう待てない”とだけ書く」

「逃げ道も、指示もしない」


亮平が理解する。

「焦らせて、自ら破壊させるってことだよね」


莉花は一度だけ頷いた。

「自分の意思で動いてると誤認させるために、説明はいらない」


「できるだけ簡潔に」


「倉橋は、欲深い」

「でも、有能」

「だから残したい」


「……あの人は、もう選べない」

「残る道は、こっちだけ」


「それなりの物を出せば、喜んで私たちに寝返る」

莉花は言い切った。


亮平がむきになって言う。

「俺なんか嫌だな、倉橋って」

「あいつのせいで、荒木が死んだようなものだ」


千堂

「ここは堪えたほうがいい」

「後方支援する人間も必要になってくる」


「千堂さん、ありがとう」

「倉橋には、裏の事務処理をやってもらうつもり」

「父と戦うには、必ず必要になってくる」


「父、高雄にとって一番困るのは、

東南アジアルートと、あの二人を失うことだから」


《オペレーション・ブラインド》

「発動」


紗希が用意したファイルは、暗号化された経路でシンディーの元へ送られた。


シンディーが画面越しに言う。

「Alright.」


「Showtime.」


紗希はキーボードから手を離した。


「私、これで帰るね。

ちょっと用事があるの」


紗希はスマートフォンを確認し、短くメッセージを返していた。


「もう?」と悠輝が言う。


「ごめんね、やること残ってるの」

「今日はここまで」


そう言って、軽く手を振り、HAVENを出て行った。


計画通りのサーバーを経由し、三通のメールが、それぞれ別の空へ放たれる。


爆弾攻撃は、キーボードを叩く音で始まった。


それは、人に選択を強いる神の所業だった。


見えない場所で均衡が歪む感覚に、莉花は微かな快感を覚えた。



【1】倉橋専務――選択


[日山食品役員室]


役員室の一室を、倉橋は「使用中」の表示に切り替え、内側から鍵をかけた。


無音に近い。

壁際で低く唸る空気清浄機だけが、存在を主張している。

澄んだ空気は、どこか肌寒い。


倉橋は無意識にリモコンへ手を伸ばし、設定温度を一度だけ上げた。


室内は役員室にしては驚くほど簡素だった。

白い壁、余計な書類のないデスク。

権威を誇示するものは、何ひとつない。


椅子に腰を下ろした瞬間、最近起きた事象が順不同のまま頭に浮かぶ。


偶然にしては、整いすぎている。


結論は、もう出来ていた。


――やはり社長とは、袂を分つ頃合いだ。


その時、タブレットが淡く光る。

未読の通知がひとつ。


倉橋は一瞬指を止め、息を整えてから画面をタップした。


差出人:pear blossom

件名:選択の件


あなたと一緒にいた

ジャスミンの香りの場所を覚えています。


あの時の話の続きをしましょう。

今度は、二人だけで。


連絡、待つ。



倉橋は画面から目を離さなかった。


「ペアブロッサム……梨の花」


「ジャスミンは――茉莉花まつりか


「莉花」


喉の奥で、名前を確かめる。


「……お嬢様」


背筋が冷えた。


胸の奥で、何かが静かにほどけた。

恐怖ではない。驚きでもない。


むしろ、ようやく辻褄が合ったという感覚だった。


ここ最近の不自然な出来事、噛み合いすぎた偶然、崩れない均衡――

すべてに、ひとつの意思が通っている。


あの人ならやりそうだ。

そして、やってしまった以上、もう戻れない。


倉橋は理解した。

これは取引ではない。


――選択を迫られているのだ、と。


「これは、知られては困る」

「――いや、違う」


「メールは傍受されている」

「……暗号だ」


会え、ということか。

話がある、ということか。


関わっているなら――もう会うしかない。



差出人:倉橋専務

件名:Re:選択の件


了解致しました。

30分後、電話を致します。

詳細はその時に。


倉橋


送信。



【2】藤堂社長――誤算


[日山商事 取締役室 ― 夜]


夕刻、関西支社から戻ったばかりだった。

ネクタイを緩め、椅子に深く沈む。


窓の外の灯りは、すでに夜の色になっている。


室内は冷暖房で外界と切り離されている。


重厚な応接セットと、艶を抑えた大きな執務机。

ここは、日山食品の目も届かない。


藤堂が戻る前から、受付には来客の記録が残っていた。


藤堂高雄は椅子に深く腰を下ろし、不可解な出来事を俯瞰する。


――なぜ、倉橋は俺を裏切った。


この話を持ってきたのは、倉橋自身だ。

四年をかけて準備した計画。

朝日川商事を分断し、東南アジアルートを押さえ、最終的に日山へ吸収させる。


その見返りに、日山の社長の椅子。

約束はした。


……それでも、足りなかったのか?


藤堂は机を強く叩く。


裏金か。

いや――違う。


欲しかったのは、金ではない。

“金のなる木”そのものだ。


タブレットに未読通知が積み上がっていた。


藤堂高雄は、その一つを開いた。


――倉橋からのメール。


差出人:倉橋

件名:忠告


藤堂社長


誤算が多すぎます。

既に、あなたは一人だ。


これ以上、手を伸ばせば失うものが増えるだけです。

東南アジアルートについても、取得は不可能です。


倉橋



「おかしいな。このメール」


藤堂が、わざと聞こえるように呟く。


ソファの端では、

ノートPCを膝に乗せた小柄な人影が、

画面から目を離さない。


「プロフェッサー」


短く呼ぶ。


応接セットの椅子にちょこんと座る女の子が、

むくれた。


「だからプロフェッサーじゃないって!高ちゃん」


「ここで高ちゃんって呼ぶな」


「だってさ、私、高ちゃんの部下じゃないし。

ただの私設アルバイトだもん」


藤堂は無視して言う。

「どう思う」


「ちょっと待って。調べてあげる」

デスクトップに向かい、手が動く。


キーボードの音だけが、部屋に残る。


「……うん。確かに変」

「海外サーバー経由。しかも、混ざってる。たぶん本物もある」


「ちょうど間に合ったみたいね。まだ消されてない」


少女は、視線を画面から外さないまま答えた。


「偽メール、送れるか?」


「送れるけど、影で送ってる人に絶対バレる」

「さらにややこしくなるよ」


藤堂は短く息を吐いた。


「こういう時は、シンプルに戻すのが一番だな」


――俺が見誤るはずがない。


「あいつを動かす時だ」



【3】野崎――決断


[朝日川商事 社長室]


落ち着いた広さの室内に、高級な応接セットが静かに据えられている。

サイドボードには高級な酒と、選び抜かれた調度品。


奥の執務机。

野崎はその椅子に座ったまま動かなかった。


どうする。


胸の奥で、焦りが膨らむ。

俺を排除するつもりだ。


あいつらに東南アジアルートを渡すつもりはない。


いくら独裁政権でも、日本経由で捜査が入れば、ブローカーは現地で捕まり――無期懲役だ。


麻薬は即、無期懲役になる国だ。

日本と違い出てくることはない。


賄賂が効かない段階まで行けば終わりだ。


だが、その前なら抜け道はある。

現地には、証拠隠滅と爆破処理の人員を配置してある。


こちらから暗号を送ればいい。

――BLACK LOTUS。


「今がその時か」

「金はある程度、確保してある」


「逃げるなら……今か」


その時、タブレットがメールの到着を告げた。


差出人:匿名

件名:高雄


もう待てないようだ。

高雄が東南アジアのルート確保に動いている。


――私は、そちらには付かない。



野崎の指が止まる。


「……倉橋からか」


一瞬だけ、目が細くなる。


「結局、仲間になることは無理だな」


それなら――腹を括るしかない。


電話を取った。

現地スタッフの番号は、暗記している。


『BLACK LOTUS』を伝えるしかなかった。


遠い地で起きたはずの爆発が、なぜか耳の奥で鳴った。



【HAVEN】


「これで、三人とも動く」

莉花が言った。


「野崎は壊しに行く」

「藤堂は縋りつく」

「倉橋は……選ぶ」


悠輝が問う。

「仲間になるかな?」


「まだわからない」

莉花は即答した。


「でも、少なくとも――敵ではなくなる」


沈黙が落ちる。


爆心は、すでに生まれていた。

音もなく、確実に。


その歪みは、誰の意思とも無関係に――

だが確実に、人を巻き込みながら広がっていく。


その夜、

紗希には連絡がつかなかった。


彼女が、どこへ向かったのか――

この時、誰も知らなかった。


爆発は、火薬だけで起きるわけではない。


疑念。

欲望。

恐怖。


それらが一か所に集まったとき、

見えない爆心が生まれる。

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