第33-3話 〜其々の生き方〜
——アークセントリオン
アラコールより遥か北方。
その異国の地に伝わる、
『武神・アークセント』
その地を治めるヴァルテリウス家、
それに因みエリシアが、大将軍カイルに与えた称号だった。
「は!その名を拝命した事に恥じぬよう心してこの任を頂戴致します」
と、片膝をつくセリナだった。
そして、二人に礼を施し退室するセリナ。
それを待って窓から白い雲を見るフリをするエリシア。
「ほほ、今更わしに隠さんでも」
「あら司祭様に見られて困るものなんてもうないわ」
「本当じゃな」
言いながら笑顔が溢れる。
「司祭様はどうなの?」
「わしかあ……どうじゃろなあ」
「じゃあ、やっぱりベラさんを」
「まったくお前は、いつまで経っても……」
その部屋の中だけでは収まりきらない笑い声を二人は上げた。
依然と白い雲を見つめるエリシアは、
(あなたの娘はこんなにも)
そう呟きながら、また熱いものを流すのだった。
そして、その想いはカイルのもう一人の忘形見リヴィアを憂うものとなった。
頼みましてよ、クラウディア——
——月下に青く滲む疾風
夜っぴて馬を飛ばしたクラウディア。
今回もこんな長旅でも、まだ馬はピンピンしていた。
やはり、その技術と思いやりの成せる業なのだろう。
そして、その白い駿馬の活躍が目覚しいのも言うまでもなかった。
「ありがとう、アルジェ!」
と、クラウディアはいつも信頼を込めて、そう言ったのである。
頼り甲斐のない月明かりの元、下馬するクラウディアは躊躇わず歩き出した。
懐かしいはずの枯葉が、違和感を告げて来た。
そして歩を進める度に、それは胸騒ぎへと形を変えていった。
「リヴィア。クラウディアです。リセル居ないの?」
問いかけは虚しく寂然へと戻っていった。
隠れ家にも……
辺りにも……
そこに二人の居た温もりさえ消えていた。
何かを思い起こすように、
「行こう、アルジェ」
と、跨るクラウディア。
じっとしてても始まらない。
サングィナトーレスへの帰路なら何処を通るだろうか?
と、思案しながら馬を飛ばすクラウディアだった。
間に合って欲しい。
あの吊り橋での惨状が頭を過った。
あの少女の、人形の様に表情を崩さない死に顔。
それが、その映像が今も胸を離れず、クラウディアを締めつけた。
そして、もしもそれがリヴィアやリセルだとしたら?
二度とさせない——
そう誓い手綱を握るのだった。
功を奏したと言えば、それは単騎でここに来た事だったのだろうか?
単騎であるが故に、細い道を、道なき道を突き進めたのである。
対し、テオドラ達は行軍である。
その隊列を保つためにもなるべく広い道を選んだ。
今回の任務は急ぐよりも、確実性が試された。
ならば、無理に狭路を行き奇襲に遭うより、標的を囲み悠々と進む事が望ましかった。
(ごめんね、無理ばかりさせて)
と、アルジェの頭に顔を寄せるようにクラウディア。
それにヒーヒヒと白い駿馬が、
(大丈夫だ、今はそんな時では無いだろ)
と、クラウディアに檄を飛ばすように、嘶くアルジェだった。
——激雷の猛将
大行軍の総隊長テオドラ。
後方から、彼女に駆け寄る一頭の馬が、
「追跡者の影の報告は御座いません」
と、後ろの安全を伝えた。
それに、引き続き怠るな!と、言い終えた所で、前方にもリアンらしき影のない事を、伝える早馬の声がした。
(よし、これならいける!)
度重なる失態を挽回する機会の、その到来を嬉々と予感するテオドラであった。
『お前の身体の無事が一番だ』
と言う総督ヴァルグラムの言葉を、信じてはいないテオドラ。
彼女よりも前に寵愛されて来た女達が、そうだったからである。
そう、『救済』の対象とされて行ったのであった。
(私は違う。あの人たちの様にはならない)
そう心に決め、鉄の仮面を被り続けるテオドラであった。
テオドラはセントリオルムだったガレンに拾われ、サングィナトーレスに来たのだった。
ガレンから全てを教わった。
生きる術を有りとあらゆる……
そして、ガレンはいつしか消えてしまった。
テオドラを残して……
そして、彼女はそんな傷心を埋めたヴァルグラムに心を惹かれていった。
そう、真にテオドラを縛ったのは『救済』への恐怖ばかりではなかった。
ヴァルグラムへの想いであった。
その心に走った女ほど強いモノはないだろう。
それが、この汚名挽回の切なる思いの所以であった。
そんな思いに耽っていた彼女の耳にその声は上がった。
「おおっ!」
と、地を揺るがすほどの響めき。
前の方で何やら問題が起きたらしい。
ヒーーヒヒんっ!
と、馬たちの声が、
「どうしたっ」
叫ぶテオドラの声を消した。
前方の様子が分からない。
何よりも未だ報告が来ていない事が、その危急性を教えていた。
焦れるテオドラ。
「どけっ」
と、配下の兵を押し除け、前へと出た。
「なっ!?」
と、テオドラのその目に飛び込んできたのは——
この大軍を前に、威風堂々と立ち塞がる影であった。
完




