第29-3話 〜連携と分断〜
「なんと、その者はサングィナトーレスですか」
とマーヴェルの言葉に、ベラを取り囲む騎士たち。
背信感に思考を奪われ、放心するベラ。
それに、今度は悪戯っ子のように笑みを浮かべるクロエは、
「ごめん、ごめん、この子はそんなんじゃないよ。この子もアイツらの被害者さ」
ヒラヒラと手を振り誤解を解くように言うのだった。
胸を撫で下ろす思いのベラは、まだ意図が掴めずクロエを見続けた。
「この子はあまり内情に詳しくはないようだが、少しは役に立つだろうさ」
「そうですか、クロエ様の折角のご厚意とあらば」
と許諾せざるを得ないマーヴェルだった。
「良かったねベラ。これであんたも安泰だよ。なんせあそこは私の姉さんの所だからねェ」
と、片目を瞑ってみせるクロエ。
それに驚いたのは、どちらかと言うとアマリスだった。
「クロエさんのお姉さんですか……」
「はい、我らが総帥エリシア様はクロエ様の姉君に御座います。そしてカイル様もまたクロエ様の兄君にして……」
とマーヴェルがその続柄を説明していると、
「え!?クロエさんてそんなに凄い——」
と甲高い声を上げ、驚きを隠し得ないアマリス。
(あの魔王本人を目の前にして……)
と、アマリスのややズレた一面を慮るベラとマーヴェルだった。
そして、クロエに礼を述べ、おチビとの別れを惜しむベラだった。
おチビを救うためとはいえ、ピュチェリを犠牲にしてしまったことが心残りではあった。
そんなベラの上着を引っ張りおチビは、
「大丈夫よ、ピュチェリは少し休んでいるだけだからね」
と耳に手を添えてそう囁くのだった。
二人を乗せた馬車はセレスタリアへと再び滑り出していった。
旅の末に、銅鑼の音に迎え入れられたマーヴェル一は、クロエからベラを預かった経緯などの報告をするのだった。
「そう、あの子と会ったのね」
僻むようにも見えるエリシアのその眼差しは、遠くヴァルミナの地に注がれていた。
そして隣に居たセリナへ、
「このベラという方の処遇はあなたに委ねるわ」
と、言い残しエリシアは去って行った。
(クラウディア様だったのなら)
と腹の中で唸るマーヴェル。
彼女には、この戦士一辺倒のセリナの心の内が読めない。
強くも優しいクラウディアなら、ベラを無碍にはすまい?と憂いたのだった。
ところが意外にも、
「このベラとやらを客間に通しておけ、もしも何か所望があれば叶えよ」
と、配下の騎士へそう伝え去って行くセリナだった。
これは腹が減っていれば食わせてやれと言うことだった。
そのひと言で、ベラに対する害意が無いのもまた分かった。
素っ気なく不器用なセリナ、その隠れた優しさがクラウディアと馬が合うのだろうと、気づかされるマーヴェルだった。
そして、独り客間に取り残されることとなったベラ。
セリナは別の問題を抱えていたのだった。
マーヴェルが帰還するその前夜に、一悶着が起きていたのだった。
静寂のセレスタリアに、その声は轟いた——
「出奔!出奔者が出たぞー!!」
と、門兵が銅鑼を鳴らし囃し立てた。
それにいち早く駆け付けたのはセリナだった。
「どうしたっ」
言葉短なセリナ。
「は、閣下に申し上げます。先程、出奔したと見られる白い騎馬がございました」
と、伝える門兵。
「白い——だと」
唇を噛むセリナ。
「大変申し上げ難いのですが、あの装いは双月閣下に相違ないと存じます」
と、例え双月であれど規則は規則、それで銅鑼を鳴らしてしまったと門兵は背を丸めた。
「いや、ご苦労であった。気に病む事は無い。引き続き職務に励んでくれ」
咎められるかと思いきや、激励され安堵する門兵。
そして、セリナは足速にエリシアの居室へと向かうのだった。
既にそこには、先客がいた。
アベラルドとカエサルだった。
「あぁ、セリナ。クラウディアが」
と狼狽える素ぶりのエリシアに、
「は、心得ております。今し方、門兵に聞いて参りました」
と、冷たい様相のセリナ。
そんなセリナの顔に珍しく苦い顔をするアベラルド。
事の重大さを理解する顔だった。
「陛下、何卒今度ばかりはこの私に免じて。何卒」
と、いつに無く平伏するアベラルドに、どこか作為的なモノを感じるセリナ。
「私にもその仔細をお伝え願えますか?」
とセリナが、蚊帳の外を嫌って入り込んできた。
グランヴェルのことを聞いたセリナ。
怒りが一気に沸点へと到達した。
「マルセルを此処へっ」
と、血走るような目が叫ぶ。
「待ちなさいセリナ。まだ彼が首謀とは証拠が無いわ」
と、宥めるエリシア。
サイノゼールはエリシアにとってサングィナトーレス時代からの盟友とも言える存在だ。
そして、やはりセリナにとっても叔父のような存在だった。
父カイルと共にいつも見守ってくれ、カイルの死後は、まさに父親代わりでもあった。
「サイノゼールおじさん……」
俯いたセリナの足元が濡れた。
そして、何かを思い出したセリナ、
「先日マルセルは、伯爵家の遣いと言う者と面談をしておりました」
マルセルが相手にできるのは男爵が関の山、良くて子爵だろうと主張するセリナ。
それを否定する報告もすでに上がっていた。
「その馬車なんだけれど、確かにアラコールの地で発見されたわ。そしてあそこには、ダリオン伯爵家があったはずよ」
と、エリシアがセリナの暴走の兆しを止めた。
そこへ、
「ダリオンと言えばフェルナスの!?」
と、きな臭さを感じたアベラルド。
「ならば、まだ疑いの余地は有ります。やはりマルセルを此処に」
断固とした態度のセリナ。こうなると聞き分けがない。
「セリナ落ち着きなさい。私だって」
なおも宥めようとするエリシアを遮る声が上がった。
「いい加減にするのじゃセリナよ。エリシアの気持ちも考えんか、お主は誰のための剣か、もう一度よく考えてみるのじゃ」
アベラルドの怒った表情を初めて見たセリナ。
聖職者とは思えぬその迫力に、度肝を抜かれたと言っても過言ではなかろう。
「司祭様!?」
無意識にそう呼んでは固まるセリナ。
セリナにとってもアベラルドは、特別な存在に他ならなかった。
「すみませんな閣下」
と、アベラルドは一応の詫びを入れ、エリシアが危惧している所をセリナに伝えた。
「あれは本当に狡猾じゃ。もしも迂闊に手を出せば、そなたのその地位も返上せざるを得ない手を隠し持っておるやも知れんて」
それをエリシアは恐れていた。
ただ、セリナやクラウディアと引き裂かれる危険だけは避けたかったのである。
そして、人の思いを踏みにじる行為は、まさにアベラルドの嫌う所だった。
「申し訳ございませんでした。取り乱したようで恥ずかしく存じます」
と、謝罪するセリナ。
「いいわセリナ。私も気持ちは同じなのだから、そこは分かって頂戴。アベラルドやカエサルも、そしてクラウディアもね」
そう付け加えた。
それが逆撫ですることになったのか、
「レンツは法を犯しました。それは理由如何なく裁かれなければいけまけん」
毅然とした物言いだった。
「しかし、あなたの妹を思っての行動よセリナ」
思い留まって欲しいエリシアが、困惑と共に言う。
「はい、しかしそれは関係のない話です」
ビシッと釘を刺すセリナ。
「うーん、困ったわねぇ」
アベラルドを見るエリシア、今回ばかりはお手上げの様子のアベラルド。
法の正義はセリナにあるのだ。
「これより追っ手を差し向けます故、下知を」
強くエリシアの目を捉えるセリナ。
クラウディアにどれだけ人を差し向けても返り討ちに遭うだけだった。
それなら自分が出向いて、刺し違えてでも連れ戻す覚悟なのだろう。
時に、融通の効かない女は手強かった。
人を重んじる者と法を重んじる者。
果たしてこの二人、セリナとクラウディアは、そんな線で区切れるほど簡単ではなかった。
そして、娘とも呼べる二人の仲違いだけはさせまい翻弄されるアベラルド。
二人を思えば思うほど、憂い沈みゆくエリシアであった。
完




