第29-1話 〜連携と分断〜
「おはようピュチェリ、おはようベラ……あ?クロエも」
うつ伏せからの起きがけに、元気に挨拶するおチビクロエ。
その頬にはシーツの線が刻まれていた。
この頃になると毎朝のおチビの魔王イジリにも、ようやくベラも慣れてきたようだった。
しかし、毎朝揶揄われるクロエも、
「あんた、あんまり私に舐めた態度を取ってると……」
と、今朝はとくに機嫌が悪いのか冷たく言い放つのだった。
そして……
「ぐわぁはは、やめてクロエ。くすぐったいよー。ごめん、ごめんてばぁ」
と、堪らず笑いながら謝るおチビがいるのだった。
実のところは、寝起きのおチビが魔王の一番のお気に入りのようだった。
そんな朝の日課を済ますと、
「少し散歩でもしてきます」
と、ベラは“おチビ”二人を引き連れ丘の方へと出掛けて行った。
すっかり打ち解け、そして信用されたベラ。
信じ合うという毎日が、足元を彩る野の草花が、今の彼女にとってはかけがえのない日々のエッセンスであった。
「ベラ、今日はどこで食べようか?」
と、母親に持たされた朝ごはんを、嬉しそうに見せびらかすおチビクロエ。
「まあ、今日はどんなお料理かしらね?」
手を後ろに組み、おチビの視線に合わせながら心底楽しみに微笑むベラ。
おチビと食べるその食事が彼女の心へ温かさを、もしも自分にも子が……
(こんな気持ちになれるなんて?)
そんなベラに束の間の幸せを与えていた。
「あ!?」
と、何かを思い出したのか?後ろを振り立ち止まるおチビ。
「どうしたの?クロエちゃん」
幼い子の不安とは人に移るものだった。
兎角、ベラのようなお人好しには……
「あのね、えっとね、クロエの分も持って来ちゃったの」
と、少し涙を浮かべるおチビ。
そんな些細なこともおチビにとっては一大事なのだろう。
そう思うとその小さな身体を、愛おしく抱きしめるベラだった。
そんな、心地よい朝の風景を壊すものがあった。
ガサガサ、
と、忍び寄る影。
「ベラ、良くやったな。魔王に殺されただろうと思っていたら、これまた大きな成果を挙げたな」
と、例の黒ずくめの男が歩み寄って来たのだった。
おチビを連れ出した自分の迂闊さを、即座に悔やむベラは、
「クロエちゃん逃げて、クロエさんの所へ!」
そう言うと、おチビを自身の背後へと隠すように立ち塞がるのだった。
「どうしたベラっ」
思いもよらないベラの言動に、その表情を窺う黒ずくめ。
その後ろには十五人ほどの影が姿を現すのだった。
後ろへ走らせようとした、その先には既に黒い壁が出来上がっていた。
「ベラ、お前は本当に何をしているんだ、まさか裏切るのか?」
と、剣を抜く男。
「ダメーっ!」
と、小さな両手を広げてベラを庇うおチビ。
その顔には、恐怖よりもベラを一心に助けたいと言う想いが溢れていた。
「どけっ、お前も斬られたいか?」
と、威嚇する男に、
「そいつが標的だ」
と諌めるような小声。
今度こそは生きて捕えろ。
それが今回の任務の絶対条件であった。
失敗すれば何が待っているかなど分かりきっている。男は黙って剣を収めるのだった。
その頃、小さい嵐の去った宿で、漠然と空を見上げる魔王。
このヴァルミナ地方の空は格別な美しさに思えた。
(あの雲の白、あの奥行き感がいいのよね)
などと一人で解釈を広め、コーヒーを鼻へそして口へと運んでいると、
「クロエー、クロエさん!」
それを吹き出させるような、突拍子もない声がまた下から聞こえてくるのだった。
「何だい、今度こそは幽霊かい」
優雅な時を壊され、苛立つクロエを、なんとか抑え込むリオラ。
「奴らだよ、黒いのがまた出たんだってよ丘の方にさ」
「何だって、丘だって——ベラとクロエはさっき」
と、言いながらまたしても飛び降りるクロエ。
「待ってな、今助けに行ってくるから」
と、リオラの肩を軽く叩くと、今度は飛び立って行った。
草木に覆われた丘に降り立つクロエ。
そこに人影は見当たらなかった。
「遅かったのか——」
とさらに見回すと、
「これは!?」
と、拾ったのはおチビがいつも手にしている弁当の袋だった。
「どっちへ行った」
痕跡が無いか探すクロエ。
「こうも木が多いと空からも……」
と、呟きながらよく見ると、そこに木の実が落ちていた。
そして、あっちにも?と道標を作っていた。
(お手柄よピュチェリ、今行くからね)
と、木の実を追いかけるクロエだった。
「標的を手に入れたとは言え、裏切りは許されぬぞベラ。『救済』は免れぬからな」
冷たく言う隊長。
目の前が真っ暗になるベラ。
このままこのおチビも助けられず、この身を弄ばれ、そして切り刻まれていくのか——
おチビを見つめ、手に力が籠るベラ。
(いや、違う。私は構わない、でもこの子は)
と、おチビを助けるために何ができるかを考え出すのだった。
今の自分にできることは——
「ピュチェリおねがいっ」
と叫び、察したピュチェリもその騎士の頬を引っ掻いた。
「うわっ」
と顔を覆い隠す黒ずくめ。
しかし、リスの爪程度で怯むわけもなく、そこにピュチェリをはたき落とすのだった。




