第27-1話 〜クロエにはクロエを〜
ノルヴィエルの街外れの林の小径に休むクロエ。
日はすでに高く昇り、昼の頃を知らせていた。
クロエの膝の上で、頭を小刻みに揺らしナッツを食べるピュチェリ。
昨夜飲んだ酒瓶を揺すり残りを確認するクロエは、そのコルクを抜いた。
(もうこれだけかね、誰だい飲んだのは?)
そう嘯きながら一人吹き出すように笑みを浮かべるクロエだった。
「あぁ、それにしてもベッドが恋しいねぇ、いっそこんな小さいのじゃなくて、熊と旅すればベッド代わりにでもなったのだろうがね?」
誰もいない雑木に向かい呟くクロエは、ピュチェリが食べているナッツに手を出した。
「あ痛っ」
言葉は分からずとも気持ちは伝わる、ピュチェリがその指を噛んだのは当然と言えた。
「もお、アンタは冗談も通じないのかね?」
困りつつもその愛らしさに笑顔が溢れるクロエだった。
倒木に寝そべり、先日の酒場の主人の家を思い出すクロエ。
彼女は元々侯爵家の令嬢なのだ。フカフカのベッドが忘れられないのも無理はなかった。
宿場町へと向かうことを決めたクロエが歩き出す。宿を取るために、働き口を探すことを思いついたのだ。
まあ彼女にできる事と言えば、用心棒、助太刀など要するに問題解決が主だったところだろう。
さっそく見つけた宿場町で、破格の依頼が舞い込んで来たのである。
なんでも最近、村の若者たちが行方不明になると言う。
「駆け落ちなんじゃないのかい?野暮はゴメンだよ」
顔の前でヒラヒラと手をふるクロエ。
しかし駆け落ち程度にこんな高額が提示される訳もないことをクロエは理解している。
「アンタらこの私をまさか嵌めようってのかい?」
他に理由が思いつかないクロエは短絡的に凄んだ。
「いやそうじゃないんですよ、実は」
と、その話を持って来た食材屋の女店主のリオラが口を開いた。
話によると二ヶ月程前か、靴屋の娘がいなくなった。
それから二十日ほどしてまた二人、更にその五日後には三人と立て続けに消えたと言うのだった。
「みんな若いとなると、大きな町にでも行ったんじゃないのか?ここよりかは色々と揃っているからね」
と、クロエ。
この村で店を営むリオラはそんないわれが面白くもない。
「貧相な村でゴメンよ。しかし、ひと月前にいなくなったのは帽子屋の嫁で、まだ子供が産まれて間もないんだ、そんなの置いていくかね?」
と、あっさりクロエを否定した。
「そうだね、そうなると——」
考え込むクロエに、
「どれもいなくなる前に村人が不審な女たちを見ているんだ。そして、その後に……」
村人たちが口々にその話をするのだと言う。
「そうかい、不審な女たちねえ」
顎に手を添えるクロエ。
「それともう一つ思い出したよ、隣の主人が黒ずくめの人たちを見たって言うんだ」
しかしこれは一人しか証言がなかったらしいのだ。
「そうかい、でもそんなの見間違うはずもなさそうだしね。ふーん、報酬のためだ一つ乗ってみるかね」
片目を瞑り笑みを浮かべるクロエ。
そんなクロエの現金さに不安を抱くリオラだった。
しかしその依頼は報酬だけではなく、待遇までもが良かった。
依頼を受けている間は宿屋の一室が提供され、そして食事もついて来たのだった。
その部屋で寛ぐクロエ、
「はぁ〜いいねこんな生活も。いっそのこと吸血鬼なんてやめちゃおうかしら?」
そう言いながらベッドに寝そべり、胸元を緩めるのだった。
そこへ、髪を引っ張るのは小さな助手のピュチェリ。
(吸血鬼は辞められるものなのか?)
と言って現実に連れ戻しているようだった。
「はは、アンタはこんな生活は嫌なんだね?野山に寝るのが好きなんだ」
と、ピュチェリの鼻を擽ぐるクロエだった。
柔らかく包み込む大きな枕に頭を埋め、睡魔に襲われるクロエ。
今の彼女にはそんな些細な魔さえも強敵と言えた。
そこへ、
「クロエ、クロエー出た、出たよ!」
食事の時間か?と起きるクロエ、だが声が例のリオラだった。
彼女は、宿屋の外から叫んでいたのだ。
鎧張りの窓を開けると、
「早く、早く来てよ!」
クロエを見上げ手招きをする。
窓枠に肘をつき身を乗り出すクロエ。
「何だい騒々しいねぇ」
眉間に皺を寄せつつクロエは軽く窓から飛び降りた。
それに腰を抜かすリオラ、
「ええ、あんたあそこは三階だよ。平気なのかい?」
と、クロエの足が折れていないことに驚きを隠せない。
「それより何が出たんだい?幽霊なら専門外だからね!」
魔王と呼ばれても、幽霊は怖いのだろうか。
「いや違うよ、例の女だよ、それに今日はあの黒いのも来てるらしいんだよ」
またしても早口が出るリオラ。
「分かった、でどっちだい」
リオラの指差す方へ駆け出すクロエだった。
村の外れで、腕を掴まれる少女の姿があった。
掴んでいるのは話通りの黒ずくめだ。
あれは騎士か——
それを認め近寄るクロエ。
「アンタら何やってんだい」
慌てて後ろを振り返る黒ずくめたち。
そんな近くまで人が迫っていることに驚きよりも、恐れすら感じていたのだ。
「なんだお前は?余計な真似はよして貰おうか」
黒ずくめのうちの一人の男が言う。
「ふん、アンタらには余計でも、その子にはそうじゃ無いみたいだねぇ」
八人ほどの騎士たちを前に、恐れる素ぶりのないこの女。
そんなクロエの顔を凝視する黒ずくめたち。
すると、
——赤い髪に赤い瞳、そして赤い細剣
それに気づく者が出てきた。
「あっ!?つ、吊り橋の……」
あの時の魔王か——
黒ずくめたちから各々声が上がった。
「ほーう、あの吊り橋のことを知っている黒ずくめねぇ、なる程……」
こいつらには聞きたいことが山ほどあるが、
「その子を置いて行きな。さもないと分かるね」
クロエが嘲るように言う。
いくら相手があの魔王といえど、そんな余裕をチラつかされては黙っていられないと言うものも出てくるのだった。
「やれっ」
と頭らしき黒ずくめが、少女を掴んだ騎士に、顎をしゃくって指示を送るのだった。




