第26-2話 〜兆し〜
真剣の重みに手が震えるカシアン。
その重みはまた、人の重みでもあった。
なかなか一歩が踏み出せずにいる。
そんなカシアンに業を煮やし、
「カシアン、躊躇いは死を招くことになるぞっ!」
と叫ぶ師匠としてのマグヌス。
震える手に無理に力を入れ、
「いやあっ!」
今や声変わりを済ませたカシアンの気合いは、あの頃より迫力を増していた。
恐怖に足元を掬われるリアン。
後ろに引こうとしたその踵が、芝に掴まれ倒れこんでいくのだった。
そこへ打ち込まれるカシアンの剣。
辛うじてリアンの右上腕を掠め、そこに血が垂れた。
腕を押さえるリアンの出血は止まらない。
初めて肉を斬った感触にカシアンは愉悦に浸り、そして狂気が湧いて来るのだった。
口元が緩みわずかに歯が覗いた。
さらなる感触を求め剣を振り下ろすカシアン。
ザっ
剣が芝を薙ぎ土に刺さった。
やっとの思いで地面を転がり、何とか躱すリアン。
カシアンが剣を引き抜こうと持ち替えた、その僅かな隙にリアンは反応した。
腕の痛みを庇っている場合ではない。
(どうせ殺されるなら、やってやる!)
無我夢中に駆け寄り、カシアンを精一杯の体当たりで吹き飛ばした。
勢いよくカシアンとともに転がったリアンは、いち早く起き上がり一目散に剣へと急いだ。
——緊張に狭まる視界
(背後を取られたってなんだって!?)
しかし、逃げる夢を見ている時のように、足が思うように動かない。
あと少しで剣に手が届く所で、
ドンっ、
と、やはり背後からその背を突き飛ばされたのだった。
リアンは剣の手前で止まるはずだったが、それによろけ剣にぶつかりながら転がった。
チっ、
鋭く短い痛みが、リアンの腿の辺りに走った。
まずはリアンの動きを止めてから剣を拾おうと判断したカシアン。
仰向けに寝転がるリアンに上から覆い被さるように飛びかかった。
「げふっ」
腹を圧迫され息と共に声が漏れる。
そして芝に転がったのはカシアンだった。
下から突き上げたリアンの足に蹴り上げられたのだった。
今となっては先に剣を取りに行けばと、後悔に打ちひしがれることとなったカシアン。
(今だっ)
横に転がり真剣を手にするリアン。
天高く振りかぶる剣。
やはりその重みは伝わったが、迷っている暇はない。
そして、手をついて立ちあがろうとするカシアン。
「いやぁっ」
振り下ろされる剣が、朝日を浴び一瞬の煌めきを放った。
そしてそこに、カシアンの首が鮮血とともに転がるのだった。
——初めての殺戮
「うわぁっ」
興奮が雄叫びへと変貌した。
何かから解放されたような気がして心が高揚した。
それとも殺しの味に目覚めてしまったのだろうか——
「カシアン!」
叫ぶその声はすでに師匠ではなく、ただの父親だった。
まさか秘伝を伝授したはずの息子がやられるとは夢にも思わなかった。
シャカっ、
抜剣の音がリアンを振り向かせる。
師範代のドリウスが剣を握り、リアンに詰め寄った。
「このデクがぁ、坊ちゃんを!!」
師範代だけあって鋭い斬撃を放った。
チィーーン、
受けるリアンの剣が振動した。
木剣とは、しかもカシアンのそれとは、比べものにならない手の痺れだった。
これが真剣の、そして手練れが与える恐怖なのか?
ガラ空きの腹を、シュッとドリウスが切り裂く……
そのはずだった。
しかし、それよりいち早く踏み込んでいたリアンの剣が、ドリウスの胸を貫通していた。
——目覚める野生の勘
赤く染まる芝に倒れゆくドリウスの胸からなのか、口からなのか、ヒューと音が漏れ出ていた。
そしてついに動くことなく、自身の血の海で天を仰ぐドリウス。
即死だった。
師範代とは言え、実戦経験のなかったドリウスは、刺突のショックで絶命したのだった。
「き、貴様ぁ!」
声を荒げるマグヌス。
今はもう二人の死より、お家大事が優った。
このままではマギステルどころか、家そのものが断絶される。
門下でもないデクに師範代までもが討たれたのだから当然の危機だった。
しかし、得物がない。
自身の剣はカシアンに渡し、そしてそれをこのデクが奪い取っていた。
地に倒れるドリウスの剣に目がいくマグヌス。
それに答えるように、
「ほらやるよっ」
とその剣を投げるリアン。
マグヌスの足元でそれは二度跳ねた。
「ちっ!」
舌打ちをしつつも拾うマグヌス。
デクに情けを掛けられ、さらなる恥辱の焔に怒り震えるのだった。




