第26-1話 〜兆し〜
「いいぞ、そうだそこだ!」
中庭に男のその声が朝を告げた。
「はい、師匠!」
素直な返事をするのは、カシアンと言う少年だった。
カシアンに打たれて跪く少年がいた。
それに向かい、
「何をしておる、さっさと立たぬか!このデクめがっ」
と叱責するのは師範代のドリウスだった。
そこへ、
「まあ待てドリウス」
と制止させたのはマグヌス=セプティリウス、この家の当主である。
セプティリウス家は、騎士団の剣術指導を、国王から拝命する王剣導師だった。
その中でも更に高位のマギステルを拝す、それは王国随一の腕前を意味していた。
そして、カシアンはまさに英才教育を受けている最中であった。
「さあ、もう一度構えるのだ。剣の向きはこうだ、いいな」
当主のマグヌスが少年の形を指導する。
「さぁカシアン、奴の構えをよく見ろ。お前ならどこを打つ?やってみなさい」
「はい、師匠」
稽古中は父でも師匠と呼んだ。
狙いを定め木の剣を打ち込むカシアン。
「いやぁ!」
と、声変わりの来ていない、その気合いに可愛らしさが残る。
カコーン、
突っ立った少年の頭で木剣が鳴った。
頭から血を流しうずくまる少年。
「よおーし、そうだ今のはいいぞカシアン。それを忘れるな」
少年の血など眼中に無い。
「さあ、もう一度だ」
と言って、少年を引きずり起こす師匠。
そして今度は違う構えを取らせた。
「さぁ、やってみろ!次はどこを狙う?」
そうは言われても、さすがに血を流している相手に打ち込むのを躊躇うカシアン。
そんなカシアンは師匠の顔を伺う。
「なあに気にするな、壊れたらまた別のを買って来てやる。さあ、思い切り打ち込むのだ!」
その師匠の掛け声に押され、今度はその腹を薙ぎ払った。
「ベヘェっ」
少年は堪らず地べたに倒れこみ、そのまま気絶した。
「今日はここまで」
と朝食に向かう、親子に戻った二人。
後始末を任された師範代のドリウスは、
「起きろデク、起きぬか!」
と、少年を足で蹴り起こした。
意識の戻った少年の目に、屋根の谷間から漏れる朝日は眩しかった。
「情けないザマだ。そんなんで餌を貰えると思っているのか?リアン!」
ドリウスが喚きながら、手にした木剣でリアンの尻を引っ叩いた。
ペシっ、
音につられ、両手を青々とした芝に着いて倒れた。
「あぁもう立て、さあ早く!」
師範代のイライラは今日も健在だった。
つい先日まで、少年リアンは奴隷商人の家で、猫背のサヴェリに作法を叩き込まれていた。
その後、さる伯爵家に買われたのだが、その道中で山賊に拐われてしまった。
そして、また別の奴隷商人の手に渡り、それを経てここマギステルの家に買われて来たのだった。
今となっては、英才教育の相手をするデクを、つまりは人間サンドバッグをやらされる毎日であった。
リアンの顔や手など、目に見える部分の肌はどこも傷やあざだらけで、元の肌の色を成している所はすでに見当たらなかった。
(どうしてこんな毎日が?)
窓の無い部屋に押し込まれ、目に涙を浮かべるリアン。
友達と駆け回った丘の黄緑の草花。
畑を踏み荒らしてしまった時、追いかけて来た麦わらの爺さん。
まだ十二歳のリアンには、どれも楽しかった思い出として、その目に浮かんで来るのだった。
——そんな日々が六年も続いた
当主マグヌスの予想に反し、リアンは壊れづらいデクだった。
今もその肉体は健在で、与えた”餌”の割に屈強な身体つきをしていた。
そして、ただのデクではと多少の剣術も仕込まれた。
それに加え、秘伝の技を日々打ち込まれていたリアンに、それは自然と身体に染み込んでいったのだった。
「さあ構えろ、デク」
例の中庭に早朝から立たされるリアン。
「今日はこれを使いなさい。これで思いっきり斬ってみるんだ」
と、マグヌスは息子のカシアンに、真剣を渡したのだった。
そろそろ初陣を迎えるカシアン。
戦地では人を斬ることを躊躇う騎士も少なく無い。
そんな不安の解消を、訓練のうちに済ませようと言うのだった。




