第2-3話 〜銀と赤の交錯〜
「そうだろうな百二十年も経ったが、俺の他にはまだそんなやつ見たことも聞いたこともないな」
と、悪怯れる様子のないリアン。
その毅然とした態度に、疑いを見出せないエリーは震えながらも、
「この子たちだけは助けてください」
と、弱々しい声とは裏腹に、その目は強く光っていた。
そして更に続けて、
「行き場の無いこの子たちを救ってくださるのは、エレスミア様だけ……そ、そしてあなたもです」
と、苦し紛れの中に懇願するのだった。
(何を言っているんだ)
と考え込むリアンは不思議そうにエリーを見つめた。
——沈黙が生まれた
(何、どうしたの)
と、不安に揺れ動くその翠玉の瞳は、その目の前の大男を見つめ返した。
どこまでも、果てしなく透き通るその瞳。
その儚く揺れるつぶらな瞳……
それに吸い込まれていく自分を感じたリアンが、
「ハハハっ」
と、エリーに心を見透かされまいと、わざと高笑いを響かせた。
しかし、その笑いを威嚇と受け止めたエリー、
「エレスミア様どうかどうかこの子らをお救いください」
と両手を広げて背中の子供たちを庇い、祈り声を上げるのだった。
「フっハハ、今さら神に祈りを捧げたところでもう遅いわ」
と、その薄い金色の髪の華奢な身体は抗うこともできず、無造作に掴まれ引き寄せられるのだった。
そこに、小さな抵抗が起きた、
「おねぇちゃんを返して!返して!」
と、リアンの膝にしがみ付き、叩く子供たち。
「やめて、逃げなさい。早く!」
身を投げ打つ子供たちに、心を痛める翠玉色の願い。
互いを守ろうとする美徳な心。
だが、リアンにとってそんなものは、何の効力もなかった。
「ははぁ?」
と、ニヤけた口が子供たちを見る。
抗えないエリーが、
「お願い、私のことは好きにしていい。だから、せめてこの子たちは見逃してください」
と、涙ながらに懇願するのだった。
その顔を睨みつけるリアン。
それに真っ向立ち向かう、翠玉の瞳。
——何だこれは?何で今頃になって
リアンの中に浮かぶ景色があった。
赤き獅子王の閉ざされた心に、少しだけヒビを入れるのだった。
そのヒビ割れから溢れ出した景色が、記憶と重なった時、あの幼い日の光景が甦っていった。
そしてそこへ、
「せめて、この子たちだけは!」
と、叫ぶエリーの声が、今のリアンの耳に聞こえたのか?
それとも、心の中に残っていた……
あの日の母の声となったのだろうか——
——甦る母の記憶
兵士に連れ去られるリアンを荒れ狂う業火の中から、
「その子だけは返して!返して!」
と、泣き叫ぶ母のあの顔が……
あの時の煙の味が……
ついに、そのヒビ割れはリアンの中で、音を上げ砕け散っていった。
力を失ったリアン。
エリーを手放すと同時に、ドスっと床に崩れ落ちた。
自由を取り戻した彼女は逃げることを選ばず、子供たちを覆い包み込んだ。
そこに怯えながらも、リアンを睨む無垢な目。
自分を守るエリーを心配する小さな思い。
そこに見てはいないはずの、あの時の自分の顔が重なった。
(俺は今まで何を)
疑問と共に胸を締め付ける感情があった。
——沈黙の後
「すまぬ」
と、細い声が零れ落ちた。
エリーに、それは聞き取れなかった。
だが、
ぽたぽた……
と赤い絨毯に染み落ちる涙に、それを理解するのだった。
——百四十年ぶりだろうか
この男の目にそれが溢れたのは……
そのリアンの頭をそっと抱きしめるエリー。
エリーはリアンの悲しみさえも汲み取っているのだった。
それは温もりから溢れる安らぎと、
そして母の深い優しさ……
それに包まれて、
止まることを知らない、その涙。
——その心を洗い流していくように
隣国の兵士に奴隷として連れ去られた十一才の日。
あの日から閉じ込めてしまった人としての心。
それを今、取り戻すことができた。
割れた窓から冷たい風が吹き込んだ。
その風は蝋燭の灯を止め、次の光を誘い込み流れていった。
そしてそこに、
何年ぶりかの月が、この聖地を照らした。
その青い月明かりは、
今夜のエリーを褒め称え、
子供たちにも、祝福を与えた。
——そして、その大きな子供にも
月は赦しを、
与えるように微笑んでいるのだった。
完




